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「世界史の眼」No.16(2021年7月)

木畑洋一さんには、「世界史寸評」として、「ホブズボーム伝翻訳余滴」と題して、今月発売されるリチャード・J. エヴァンズによるホブズボームの伝記『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』の翻訳から見えたものを紹介いただきました。

また、連載中の『世界哲学史』シリーズの書評ですが、今号では近代の2冊を対象としています。早稲田大学の弓削尚子さんに『近代I 啓蒙と人間感情論』を、一橋大学の黒岩漠さんに『近代II 自由と歴史的発展』を評して頂いています。

木畑洋一
世界史寸評 ホブズボーム伝翻訳余滴

弓削尚子
書評:伊藤邦武/山内志朗/中島隆博/納富信留(責任編集)『世界哲学史6―近代I 啓蒙と人間感情論』ちくま新書 2020

黒岩漠
伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留『世界哲学史7 近代Ⅱ 自由と歴史的発展』(筑摩書房、2020年)

リチャード・J. エヴァンズ(木畑洋一監訳)『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』上・下(岩波書店、2021年)の岩波書店の紹介ページは、上巻がこちら、下巻がこちらです。筑摩書房によるシリーズ『世界哲学史』の紹介ページは、こちらです。

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世界史寸評
ホブズボーム伝翻訳余滴
木畑洋一

 このほど(発売は本稿公開の数日後になるが)、リチャード・J. エヴァンズ『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』上・下(岩波書店、2021年)という本を邦訳した。原書は800頁近くあり、非常に細かなこと(たとえば、ホブズボームが子供の頃急死した父が埋葬されたウィーンの墓地の墓石番号)まで書き込まれた伝記である。イギリス帝国史や国際関係史の気鋭の研究者5人との共訳で、よいチームワークのもと、翻訳作業を始めてからほぼ予定通りの2年間で刊行できた。本書に書かれていることの内、特に印象に残った点のいくつかは「訳者あとがき」に書いておいたので、ここではそれ以外で世界史に関わる問題を三つほど記してみたい。

 ホブズボームの仕事は、ヨーロッパ中心主義的であると言われることがよくある。筆者自身も、彼の「短い20世紀」論を批判して「長い20世紀」論を提唱する際に、それを中心的な根拠とした。とはいえ、彼の視野はヨーロッパに限られていたわけでは決してない。とりわけ、ラテンアメリカについて彼は強い関心を抱いており、一時期、彼は世界のなかで社会革命をめざす「人々の目覚め」がもっとも進んでいるのはラテンアメリカであると考えていた。それに対応して、ラテンアメリカの側ではとりわけブラジルにおいて、彼への関心、彼についての評価がめざましかった。ブラジルで彼の著作がきわめてよく売れたことはその指標である。たとえば、『資本の時代』は9万6千冊の売り上げがあり、『極端な時代』(邦題『20世紀の歴史』)は実に26万5千冊売れたいう(著作の出版、販売事情についての説明の詳しさも本伝記の特色である)。ホブズボームとラテンアメリカの関係について、筆者も漠然としたイメージはもっていたものの、ここまでとは考えたこともなく、これは本書に接して最も驚いた点の一つであった。

 次は、ホブズボームとアフリカの関係である。ホブズボームには『面白い時代 20世紀の人生』(邦題『わが20世紀・面白い時代』)という自伝があるが、そのなかでごく簡単な言及(「1938年にチュニジアとアルジェリアへの研修旅行に行くことができた」)ですまされている旅についての記述も興味深かった。ケンブリッジ大学在学中の1938年夏にホブズボームは調査旅行のための助成金をもらって、これら2か国(いずれもフランスの統治下にあった)の農業実態調査に出かけたのである。「数冊のノート」を埋め尽くす情報を収集することになるこの旅行を著者はかなり詳細に描いた上で、この旅が「財産を奪われた農村の貧しい人々に関心を抱いた最初の兆し」であったかもしれないと推測している。

 この調査旅行をホブズボーム自身重視していたことは、翌1939年に大学院での研究テーマを決めるにあたり、「前の年にすでに進めていた研究作業を踏まえた仏領北アフリカについての博士論文の研究構想を提出」した点にも示されている。しかし、すぐ後に軍務につくことになったため、彼はその研究にとりかかれなかった。実際に博士論文の準備を始めたのは戦後になってからであり、その時には「すでに結婚していたこともあり、長期間外国に出かけてしまうべきではない」と彼は感じた。そのためにイギリス国内で史料調査ができるテーマ(フェビアン協会の研究)を選んだのである。著者が指摘するように、アフリカへのホブズボームの関心は希薄なままに終わってしまったが、もしも彼の研究活動が仏領北アフリカ研究から出発していたら、北アフリカとサハラ以南のアフリカは大きく異なるとはいえ、アフリカとの彼の関わりや彼の描く世界像に変化が起こったかどうか、問いかけてみたくなる。

 ホブズボームの関心の中心にあったヨーロッパについては、ホロコーストに対する彼の姿勢が非常に気になった。自身ユダヤ人であり、親戚のなかにはアウシュヴィッツで殺された人もいたにもかかわらず、彼はホロコーストを正面から論じようとはしなかったのである。アメリカの歴史家アルノ・メイヤーが、『なぜ天国は暗黒にならなかったのか』というヨーロッパ史の文脈のなかにホロコーストを据えた本の原稿を彼に送ってコメントを求めた際、「この問題に向き合うことは心情的に非常に困難」とメイヤーに答えている。また、この伝記の読み所の一つは、『極端な時代』のフランス語訳遅延をめぐる顛末であるが、それに関わる部分では、フランスの歴史家ピエール・ノラがホブズボームの友人に対して、この本でアウシュヴィッツは一度しか取りあげられていないと指摘した、ということが述べられている。その友人も、ホブズボームはホロコーストについて「まるで関心を持っていない」と感じていたという。著者は、ホブズボームのように「巨視的かつグローバルな視野をもつ者にとって、ユダヤ人は(中略)戦争における犠牲者のごく一握りにしかすぎなかった」というこの友人の言葉を引くのみで、この問題についてのそれ以上の議論を控えているが、考えさせられる点であることは確かである。

 その他にも本書で気づく話題は数多いが、それらを頭の片隅に置きながら、ホブズボームの著作(幸いその多くは邦訳されている)をあれこれ読み返してみるのも一興であろう。

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書評:伊藤邦武/山内志朗/中島隆博/納富信留(責任編集)『世界哲学史6―近代I 啓蒙と人間感情論』ちくま新書 2020
弓削尚子

 18世紀ヨーロッパの「啓蒙の時代」。人間の理性こそ、社会の不条理や蒙昧を啓くと説かれ、「理性」はこの時代のキー・コンセプトとなった。これに対して、本書では、スコットランドのデヴィッド・ヒュームなどを中心に、人間の本性は理性ではなく感情であるという議論に目を向ける。理性だけでは、善悪の判断は不可能で、理性は人を懐疑的にし、自由な発想を奪うことすらある。相手の境遇に同情したり、言動や行為に共感することこそが人との交際を自然なものにする。理性主義の弊害を論じ、合理主義の陥穽を見抜く思想もまた啓蒙の一つの潮流をなしていた。

 理性よりも感情を――そのような声はユーラシア大陸の遥か東方でも独自に発せられていた。18世紀、清国の実証主義者である戴震は、当時、「体制教学」であった朱子学を批判した。朱子学は「理」という概念を「世界の根本概念」としたが、戴震が生きた時代には、為政者は「理」「天理」というものを国の支配のために都合よく解釈し、「情」を軽んじ、厳格な道徳主義が人びとを苦しめていた。戴震は、人びとが互いの「情」というものを推し量らなければ、「理」というものは成立しないと考え、「感情の哲学」を展開した。

 本書は、西洋の光が東洋の闇を照らし出すという発想で編まれているのではない。むしろ、西洋哲学に立脚した哲学史を反省し、西洋中心からの脱却を目指すという。ヨーロッパ、アメリカ植民地、イスラーム、中国、日本に生きた数々の思想家たちが「世界哲学史」という一つの舞台に登場する。本書を読んで、東西を越えた架空の哲学対話に興じるのは読者の特権だ。

 たとえば、戴震は、孟子の性善説をひきつつ、人は生まれながらにして善というよりも、自ら学び、人間としての成長が可能なるがゆえに善という。イマヌエル・カントは同世代の戴震にこう語りかけるのではないだろうか。

 「人は怠惰や臆病のせいで自ら未成熟な状態に陥ってしまう。そこから抜け出すことが啓蒙だと私は名づけました。自ら学び、人として成長することを善とする考えは、啓蒙につながりますが、感情だけでは権威や権力に盲従してしまいます。自分の知性を用いる勇気をもって立ち向かう。それには人間の理性というものがいかに必要か。」

 すると戴震は答える。

 「知性や理性というのは、人間誰しもがもつとお考えか?私はどんな人間でも、「恐れ」や「優しさ」といったさまざまな感情に出会うことで、学びの契機をもつと思うのです」。

 戴震は「悔いて善に従うようになれば下愚ではなくなるし、それに加えて学んでいくなら、日増しに智に近づく」と考えた。理性は感情の上位にあるのではなく、「感情の鍛錬を補佐するもの」という考えはヒュームにも通じる。一方、カントは果たして万人に通じる理性を語ったのかと疑問もわいてくる。

 より洗練され、完成した人間になるために感情や感性を重んじる姿勢は、18世紀の日本でも見られた。本居宣長は、歌や物語を学ぶことで多様な立場の人びとの心情を理解し、それが温和な人間という理想像へ導くとした。伊藤仁斎や荻生徂徠も、道徳をめぐる朱子学の理解に距離をおき、「人情」を知り、理解することの肝要さを説いた。人情に通じれば、他人の過ちにも他人の気持ちにも寄り添うことができ、「寛容」で「柔和」な人になれる。寛容の精神は、西洋の啓蒙思想の柱でもあるが、理性から踏み込むか、情から近づくか、方法は一つではない。

 西洋から東洋へ、という伝播ではなく、18世紀における東西の哲学の同時代性が紡がれていくおもしろさが本書にはある。他方、19世紀から20世紀初頭におけるイスラームの「啓蒙」、あるいは「目覚め」や「復興」を意味する「ナフダ」と呼ばれた思想が取り上げられていることも本書の価値を高めている。「近代思想の祖」、リファーア・タフターウィーは、西洋の「自然権」や「自然法」、「自由」や「平等」という概念を、ムスリムの宗教的、伝統的な理念の中に見出そうとした。19世紀半ばに生まれたムハンマド・アブドゥは、西洋の拡張主義をにらみつつ、「啓示と理性の調和」を希求した。読者の中には、明治期日本の「啓蒙思想家」を想起し、イスラームの「啓蒙思想家」との異同を読み取る者もいるだろう。

 本書は、「哲学という場において「世界」を問い、「世界」という視野から哲学そのものを問い直す試み」という。この姿勢が最も鮮明なのは、フランス政治思想の革命への契機をとらえる論考だ。18世紀半ばに七年戦争が勃発し、アジア・アフリカ・アメリカの植民地をめぐるイギリスとの戦いに敗北を喫したフランスでは、既存の枠組みを超えた新たな政治経済秩序体制が構想された。「啓蒙から革命へ」。近代主権国家・国民国家分立体制は、ここから世界的拡大を開始する。

 とはいえ、本書における西洋思想の考察の多くは、「西洋世界」にとどまり、グローバルな「世界」が感じられない。ヒュームは一神教の不寛容と迫害を多神教の寛容と対比させたというが、それ以上は深く掘り下げられない。ヒュームやアダム・スミスが説く「共感」の対象に、被植民者や奴隷がなぜ想定されなかったのかも気になる。トーマス・ジェファーソンらが説く自然権や人民主権というアメリカ独立の思想が、いかにフランスに影響を与えたのかを論じる論考が収められているが、D.A.グリンデ・Jr./B.E.ジョハンセン『アメリカ建国とイロコイ民主制』(星川淳訳 みすず書房 2006)などによると、「建国の父たち」は「インディアンの政府」を参照し、先住民の「民主主義」や「自由」概念から示唆を受けた。本書の読者は、むしろこうした考察が世界哲学史にどう組み込まれるのかということに関心をもっている。

 西洋において、「人」とは誰で、「世界」とは何を指したのか。哲学であれ、歴史学であれ、西洋近代に確立された学問体系をいったんエポケー(停止)するという作法が、世界史を論じるためには不可欠である。自戒をこめてそう感じさせられる一冊であった。

(「世界史の眼」No.16)

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伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留『世界哲学史7 近代Ⅱ 自由と歴史的発展』(筑摩書房、2020年)
黒岩漠

 世界史とはいかなる試みでありうるのか。世界史を描くためにはどのような問題の設定の仕方が要求され、それをいかなる文体と構成のもとに表現すればよいのか。『世界哲学史』と題された思想史家たちの挑戦を前にするとき、歴史家が心に抱くことになるのはおおよそこのような問いであるにちがいない。19世紀を対象としたその第7巻の批評を書くにあたって、各章の多岐にわたる内容に分け入っていくのではなく、世界史という問いそのものをまず念頭に置くのは、私自身も歴史家の一人としてこの問いを抱き続けてきたからにほかならない。すなわち本評は、西洋中心的な哲学史から脱し、新たな世界哲学史を描かんとする者たちへの、歴史学者という立場からする遠くからの応答である。

 世界史というものを、たんなる情報の併記ではないかたちで構成しようとするのならば、おおよそ僕らは二つの視点に頼ることになる。異なる地域のあいで人物から人物、社会から社会へと伝わっていった事物や観念に注目する〈伝搬〉の視点と、異なる地域において直接的な因果関係は認められないもののどこか類似した文化形態や共通した社会関係に注目する〈構造〉の視点である。本書のなかでしばしば使用されている「共鳴」や「重なり合い」といった語彙は、この両方の視点をゆるく押さえようとするものだと言える。これらの語彙こそが本書を「世界哲学史」というかたちへと構成する仕方を示しているのであって、その試みが西洋中心的な視点から哲学史を解放できているのかという問題への解答もやはりこれらの語彙に関係することとなる。

 さて、「自由と歴史的発展」なる副題の付けられた第7巻では、「共鳴」や「重なり合い」といった語彙の具体的内容は、伊藤邦武氏による第1章においてあらかじめ示されている。本巻の編集者でもある伊藤氏は、自らの目標のために積極的に意志を発揮する「自発性の自由」、およびさまざまな目標のなかから無差別にいずれかを選び出す「無差別な選択の自由」という、デカルトにおける二種の自由の捉え方を持ち出す。そしてそれらの自由は、19世紀においてはそれぞれ歴史のなかに求められることとなったという。すなわち、ヘーゲルが典型である歴史的発展の哲学(第2章)と、時間的推移のなかでの偶然の積み重ねをみるダーウィンに顕著な哲学(第5章)である。アメリカ独立革命およびフランス革命に続く19世紀という時代は、まさにこの「自由と歴史的発展」の絡まり合いのなかにおのれの哲学を見出したというわけである。幕末・明治における日本の「文明開化」という観念もその一種として位置づけられることとなる(第10章)。

 しかし、それだけであれば西洋中心的な哲学史を脱したとは言い難い。日本の事例がそうであるように、そのような自由の観念は西洋からの輸入、少なくともその影響のなかで形成されていったことは周知の事実である。そこで本書は第三の自由を持ち出す。すなわち、自らの性質を自分の力で変更し、新たな自己へといたることを可能にする自由、「習慣形成」としての自由である。本書は、この自由にこそ新たな哲学史を描くための「共鳴」を見出そうというのだ。要するに、この「習慣形成」という契機こそがアメリカのプラグマティズム(第7章)だけではなく、フランスのスピリチュアリスム(第8章)、インドのベンガル・ルネッサンス運動(第9章)、あるいは日本の福沢諭吉らにおける「修身」概念にも見出されるというわけである。

 本書を世界史として構成する核がこのような自由の「共鳴」であるとするならば、それが西洋中心的な哲学史からの離脱の契機にもなっていなければならない。しかし、そのことは何を意味するだろうか。近代世界史を成立させているものとしての世界市場は、私たちが常日頃触れる学知の国際的な流通経路にも深く影を落としている。たとえば、どの地域の学者・思想家の名前をどれくらい挙げられるかという単純な問いにすら、個々の能力というよりもこの地政学的関係こそが解答するだろう。言うまでもなく、その関係の中心にあるのが「西洋」であり、それこそが西洋中心的枠組みを生み出している。だとすると、この知の流通経路に対抗するだけの概念的・構成的強度があるかどうかがここで試されているのである。本書の考察を読み終えて最後に残るのはこの点での疑問である。19世紀とは、まさにこの知の世界市場が新たに形成されていった時代ではなかったか。そしてそれはまた、20世紀の世界戦争と植民地戦争に繋がっていくものではなかったか。少なくともこの第7巻に関してはこの点をはっきりと構成的に組み込んだうえで、それとの関連のなかで自由の問題も考察し、「共鳴」といった語彙も用意するべきではなかったか。世界哲学史という試みに続き新たな世界史を描かんとする歴史家たちにこそ、これらの問いは残されたのである。

(「世界史の眼」No.16)

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「世界史の眼」No.15(2021年6月)

今号では、中央大学附属横浜中学校・高等学校の柴泰登さんに、MINERVA世界史叢書の一冊として刊行された、桃木至朗(責任編集)、中島秀人(編集協力)『ものがつなぐ世界史』(ミネルヴァ書房、2021年)を評して頂きました。また、大阪大学の秋田茂さんには、杉原薫『世界史のなかの東アジアの奇跡』(名古屋大学出版会、2020年)の書評を寄せて頂きました。

先号より、『世界哲学史』シリーズの書評を連載し始めました。今号では、明治大学の薩摩秀登さんに、『世界哲学史』シリーズの中世の3冊を評して頂いています。

柴泰登
書評:『ものがつなぐ世界史』

秋田茂
書評:杉原薫著『世界史のなかの東アジアの奇跡』(名古屋大学出版会、2020年)

薩摩秀登
伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史3 中世Ⅰ 超越と普遍に向けて』ちくま新書、2020年

伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』ちくま新書、2020年

伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史5 中世Ⅲ バロックの哲学』ちくま新書、2020年

桃木至朗(責任編集)、中島秀人(編集協力)『ものがつなぐ世界史』のミネルヴァ書房による紹介ページは、こちらです。杉原薫『世界史のなかの東アジアの奇跡』の名古屋大学出版会による紹介ページはこちらです。また、筑摩書房によるシリーズ『世界哲学史』の紹介ページは、こちらです。

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書評:『ものがつなぐ世界史』
柴泰登

1. はじめに

 本書は、ミネルヴァ書房から発刊されている「MINERVA世史叢書」シリーズの中の1冊である。このシリーズでは、各国史の寄せ集め状態であった従来の世界史を反省し、グローバルヒストリーの視点から世界史を捉え直すことを試みている。このことは、各巻の巻頭において、以下のように力強く宣言されている。

 これは、これまでのわが国における世界史を反省して、新たな世界史を構築することを目指すものです。これまでの世界史が、世界の国民国家史や地域史の寄せ集めであったり、自国史を除いた外国史であったり、欧米やなんらかの「中心」から見た世界史であったりしたことへの反省を踏まえて、また、近年の歴史研究の成果を取り入れて、それらの限界を突き破ることを目指しています。

 シリーズの中で本書は、シリーズ全体の5巻目、「第Ⅱ期 つながる歴史」においては2巻目にあたる。第Ⅱ期は、「人々」「もの」「情報」にそれぞれ注目して世界史を再構築する諸巻を取り揃えており、世界史を全体的に、あるいは各国史の「タテ」ではなくグローバルヒストリー的に「ヨコ」の視点から捉えるものとなっている。

 その中でも、本書は「もの」に注目している。「人々」や「情報」と比較した場合、「もの」の形態は様々であり、その運搬手段もまた多種多様となる。また、「もの」の移動には需要と供給の関係がより強く働く。そのため、「もの」をテーマとして歴史を概観していく場合、諸地域間におけるプル要因とプッシュ要因、あるいはそれを可能にした輸送技術について必ず言及することになる。そのため、グローバルヒストリー的な視点から歴史を考えていくことが必須となり、結果として本書はシリーズの趣旨に叶う内容となっている。

2. 本書の構成

 本書の構成は以下の通りである。

 序 章 ものがつなぐ世界史(桃木至朗)
 第Ⅰ部 工業化以前の世界をつないだ「もの」
  第1章 馬(覚張隆史)
  第2章 帆船(栗山保之)
  第3章 陶磁器(坂井隆)
  第4章 貨幣(大田由紀夫)
  第5章 生薬(内野花)
  第6章 火薬原料(山内晋次)
  第7章 スズ(水井万里子)
  第8章 ジャガイモ(山本紀夫)
  第9章 毛皮(下山晃)
 第Ⅱ部 近現代世界を動かした「もの」
  第10章 石炭と鉄(小林学)
  第11章 硬質繊維(早瀬晋三)
  第12章 大豆(ディヴィッド・ウルフ(左近幸村訳))
  第13章 石油(西山孝)
  第14章 天然ゴム(高田洋子)
  第15章 半導体(西村吉雄)
  第16章 ウラニウム(井上雅俊・塚原東吾)

 実際に紹介された「もの」は16種類となっているが、その中には「生薬(第5章)」「半導体(第15章)」「ウラニウム(第16章)」の様に、従来ではあまり扱われることのなかった「もの」が取り挙げられている。特に、後者の2つの「もの」を中心に、本書では歴史学とは接点の薄かった、いわゆる「理系」の研究者が執筆を多く担当している。このことは、「文理融合型」による研究の重要性を日頃から主張しており、本書の責任編集である桃木至朗氏の面目躍如足るところと言える。

3. 総論

 本書の序章では歴史学において「もの」の研究がもたらす新しい可能性が論じられ、各論の導入となっている。執筆を担当している桃木氏の主張を整理すると、以下の3つにまとめられよう。

① 「もの」がもたらす新しい歴史学…従来には無かった視点を獲得することが可能となり、宗教・エスニシティ・ジェンダーなどの各テーマにおいて、新しい知見を得られる。また、国民国家史への建設的な批判が可能となる。

② 「もの」がもたらすグローバルヒストリー的な成果…近現代だけでなく前近代も射程としながら、グローバルヒストリー的な研究展開が出来るようになる。その結果、人類の拡散と技術伝播においてであったり、具体的な「国家」の成立と周辺との関係であったり、多くのテーマで成果を得られる。

③ 「もの」がもたらす射程の広さ…「商品」や「道具」だけでない「もの」(細菌・ウイルス・隕石・溶岩・火山灰など)も射程に入れることで、これまでの歴史学では明らかに出来なかった問題の解決が可能となる。

 総じて、「もの」が新しい歴史学に寄与する側面を、桃木氏はここで的確に指摘している。

4. 各論

 ここからは、各章の内容が、序章で桃木氏が整理した3つの可能性のどの事例に該当するか自分なりに当てはめていきながら、その概要を紹介していきたい。

 「もの」が歴史学に新たな知見をもたらした例として最初に挙げたいのは、「第5章 生薬」である。内野氏は、生薬の歴史を紐解いていくことで、現在のような現代西洋医学への偏重は近代以降の現象であり、近代科学技術の発展を土台にした現代西洋医学が世界を席巻するまでは、各地に独自の伝統医学が存在し、生薬を使用した治療が行われていたことを明らかにした。日本においても、医師になるためには西洋医学の習得が必須という法制度が明治時代に確立するまでは、いわゆる「漢方」と呼ばれる伝統医学が重要な存在であったことを示唆している。

 次に「第7章 スズ」において、水井氏はコーンウォール半島に軸足を置いてスズの歴史を見ていくことで、この金属を原料とするさまざまな用途と技術の開発、それに携わる人々と、製品を使用する地域が連関している様子を浮かび上がらせた。北米植民地のピューター業がロンドンのカンパニーの強いコントロール下で展開したこと、またコーンウォール出身の技術者たちが海峡植民地まで進出して現地のクーリーたちを指導していたことなどは、本章において初めて学ばせていただいた。

 「第11章 硬質繊維」では、フィリピンにおける硬質繊維生産と日本の産業の結びつきについて早瀬氏が丁寧に分析した結果、マニラ麻に代表される硬質繊維が、戦略物資、衣糧物資の原料として、両国の人々にさまざまなかたちで影響を与えたことが解明された。家父長制が強かった第一次世界大戦以降の時代、社会にあって、麻玉によって成人男性以上に稼ぐ女性が誕生したことにより、日本の一般家庭のあり方に影響をもたらした可能性を早瀬氏は指摘しているが、それは従来のジェンダー史を書き換えることになるかもしれない発見と言えるだろう。

 ディヴィッド・ウルフ氏は、「第12章 大豆」において、20世紀の大豆輸出の世界市場の動向が日本を望みのない戦争に駆り立てたことも含め、日米関係の紆余曲折を反映しているものであることを明らかにした。第二次世界大戦以前には満州産が世界の大豆輸出の大半を占め、その輸出貿易の分析が、東北アジアの地域形成だけでなく、主に日露による植民地化をめぐる競争の状態を示唆する基準となるという指摘も、非常に興味深いものであった。

 「第14章 天然ゴム」では、高田氏が、仏領インドシナにおけるプランテーションを分析して英領マラヤ、蘭領東インドとの比較を試みた。その結果、いずれのケースでも、開発に必要な労働力としてインドや中国、ジャワ等から大量の人々が集められ、多様な人種・民族から編成された複合社会が出現したこと、また、過酷な労働の実態から、資本の論理が人権に優先するという状況が明快に示された。現在でも著名なタイヤ会社などがこの開発に関わっていたことは、世界史における「不都合な事実」の一例と言えよう。

 また西村氏は、「第15章 半導体」において、トランジスタとコンピュータがほぼ同時に産声を上げた後、ともに刺激し合い、支え合いながら、急激に発展していく20世紀後半の産業界の過程を解明した。この章では、半導体発明に関わったスタッフが、単なる技術的な発明だけでなく「ムーアの法則」や「最小情報原則」など、それ以外の分野にも影響をもたらした知的営為も紹介しており、産業界の発展が我々の生活に及ぼしたインパクトの大きさを改めて知ることが出来た。

 続いて、「もの」がグローバルヒストリー研究に寄与している例として私がまず挙げたいのは、「第3章 陶磁器」である。この章では、坂井氏が陶磁貿易の歴史を概説的に紹介しながら人間と人間の空間を超えた交流の結果を伝えてくれており、窯業技術の拡散と生産組織がグローバル化していく過程を知ることによって、我々が世界の一体化について学ぶことが出来る章となっている。

 「第6章 火薬原料」では、硫黄という商品を通じて、ユーラシア世界に形成された「硫黄の道」の変遷が、グローバルヒストリー的な視点から明らかにされている。この章では、日本列島からペルシア湾・紅海にまたがる広大な地域から、海上貿易を通じて中国が硫黄を吸収していく「硫黄の道」が、やがて「複雑化」「多核化」していく過程が、山内氏によって見事に描き出されている。

 山本氏が執筆を担当している「第8章 ジャガイモ」では、ジャガイモがアンデスから世界へ、どのようにして広がり、世界各地でどのように利用されるようになったのかが概観されている。この章を読むと、グローバル化に伴って拡散していったジャガイモが各地の救荒作物として人々を救ったこと、それでも飢饉が起きたアイルランドでは、新天地への移民という現象が起こったことが分かる。

 「第9章 毛皮」においては、意外に詳細な先行研究が少なかった毛皮という商品をクローズアップして、下山氏が世界のグローバル化の一端を解明している。下山氏はそこから、先住民社会を強圧的に引き込み、ケモノを商品化して乱獲を競った毛皮のあくなきフロンティア精神が西欧的植民地主義の特徴と言えるものであり、多くの地域や産業を結び付け変質させながら、シベリアやアラスカなどの極北の地まで及んでいったと結論付けている。

 「第10章 石炭と鉄」では、製鉄のグローバルヒストリーを概観し、さらにイギリスの製鉄法の歴史を精査した小林氏が、製鉄と動力機関の発展における関係性を明らかにしている。すなわち、産業革命のなかで、蒸気機関を含む機械に鉄製の部品が使われるようになるとともに、史上初の熱機関である蒸気機関は製鉄法や鉄工所の原動機として使用され、共進化しながら展開したと小林氏は主張している。

 また、石炭と鉄とともに現代世界に欠かせない石油については、西山氏が「第13章 石油」でその歴史を紹介している。そこでは、埋蔵地の偏在性によりグローバルな世界商品となっていく石油が政治的戦略製品となり、資源ナショナリズムを巻き起こし、はては金融商品として扱われるようになっていく経緯を描き出している。

 最後に、「もの」が持つ射程の広さが生かされている例として、最初に「第1章 馬」の事例が挙げられる。いわゆる「理系」出身の研究者が「歴史科学」の姿勢から研究した馬の歴史は、これまで扱ってきた「もの」が、いつから馬によって運搬されるようになったのかを明らかにしている。覚張氏によれば、それは家畜化されてから1000年以上経ってからであったという。その背景には、馬を制御する馬具の発明があったと考えられている。

 同じように、運搬手段として発明された船については、「第2章 帆船」で栗山氏がその歴史や船の構造について、特にインド洋世界の事例を挙げながら詳細な分析を行っている。栗山氏はそこで、帆船の歴史を研究するにあたって、船そのものとともにそれを操る航海技術の重要性について最後に言及しており、インド洋世界でまとめられた『海洋の学問と基礎に関する有益の書』について、その概要を紹介している。

 一方、「もの」と「もの」の交換を媒介する貨幣については、大田氏が「第4章 貨幣」で、東アジアの事例を中心とした精緻かつ概説的な紹介がなされている。そこで大田氏は、1000年来のユーラシア経済史を概観した結果、そこに東アジア貨幣史が陰に陽に影響を及ぼしていることを指摘している。そして、東西で同一の貨幣(銀)が広く共用される15世紀以降、信用貨幣に依拠する西欧と現金(金属貨幣)に依存した東の諸地域(中国やインド)との差異が、世界各地の銀をアジアに引き寄せ、グローバルな銀流動を出現させる一因となったと結論付けている。

 また、「第16章 ウラニウム」では、従来の歴史研究では「もの」として扱われることが少なかったウラニウムを「もの」として捉えることで、井上氏・塚原氏によって新たな知見が提出されている。彼らによれば、時や場所に合わせた政治的意図に従って作り出される「原子力性」こそが「もの」としてのウラニウムの特徴で、現代社会における核をめぐる力の構造を生み出しているとのことである。

5. おわりに

 ところで私は普段、大学附属の中学校・高等学校でおもに世界史分野の授業を担当している。そこでは、時代・地域を特化させた大学の専門的な教育と異なり、様々な学部への進学を前提とし、全時代・全地域を網羅した「世界史」を教授する必要があり、そのため、私自身はいわゆる近年の「グローバルヒストリー」研究がもたらした成果を吸収しながら授業を展開することに努めている。

 しかしながら、世界の構造についての概念的な理解は、中学生・高校生といった発達段階の生徒には難しい側面がある。そう考えたとき、具体的な「もの」をキーワードとしてグローバルヒストリーを語っていくことは、複雑で多様な様相を見せる「世界の一体化」の過程を生徒が理解する上での一助足り得る。そういった点で、本書は全国の中学校・高等学校の教員が手元に置くべき必須の一冊となるであろう。

 また本書は、16種類にも及ぶ「もの」を扱うことで、人類の誕生から現代までにおいて、運搬・輸送技術の発達に伴って多くの「もの」が商品化し、またその流通範囲が拡大していく歴史を明らかにした。従来の「ひと」(王など)を追って歴史を構築するのではなく、「もの」を通じてそれを行った本書は、間違いなくグローバルヒストリー研究の発展に寄与したと言える。

(「世界史の眼」No.15)

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書評:杉原薫著『世界史のなかの東アジアの奇跡』(名古屋大学出版会、2020年)
秋田茂

 日本におけるグローバル経済史研究の代表的論者、杉原薫による待望のモノグラフが、ついに刊行された。序章、終章、三つの補論を含めた全18章、765頁におよぶ大著である。本書は、1996年のロンドン大学歴史学研究所でのグローバルヒストリー・セミナー報告から2020年に至る25年間の、杉原の研究の集大成である。前著『アジア間貿易の形成と構造』(ミネルヴァ書房、1996年)で、近現代アジア経済史研究の地歩を固めて以降、杉原の研究は文字通りグローバル・スケールで展開した。本書には、杉原が京都大学東南アジア研究所時代に文理融合型グローバルCOEプロジェクトで取り組んだ、「生存基盤論」による環境史の研究成果が大幅に反映されている。この25年間で杉原の研究は、オーソドックスな経済史から、環境・エネルギー問題の経済史への統合、環境経済史という新領域の開拓に大きくシフトした。評者自身は、経済史と政治外交史をベースに、政治経済学としてグローバルヒストリー研究に取り組んでおり、環境史や地球環境学には疎いが、西洋中心史観を脱構築して「アジアから見たグローバルヒストリー」の構築をめざす点では、杉原と志を同じくする。以下、評者がカバーする領域の限界をふまえつつも、書評を試みたい。

I 二つの経済発展径路の融合―西洋中心史観の相対化

 歴史学全般における本書の最大の魅力は、第I編「東アジア型経済発展径路の成立と展開」の標題にあるように、工業化を実現するにあたり、(1)従来常識とされてきた、イギリス産業革命以来の「西洋型」の工業化のパターン(径路)を相対化して、東アジアにおける独自の工業化の径路を対置した点と、(2)20世紀後半の東アジアで両者が「融合」して、新たな発展径路が生まれた結果、急速な経済成長(工業化)が実現した点を、膨大な貿易統計データで実証したことにある。これにより、工業化を起点とする近現代世界史において、支配的である西洋中心史観が相対化されて、新たな世界史像が浮かび上がった。

 西洋型の工業化とは、イギリス産業革命に代表されるような、労働力を機械化で代替する過程で大量の資本を投入する「資本集約型」(capital-intensive)工業化である。それに対して、東アジアでは、19世紀後半以降、資本の不足を補うべく、人口の増加に支えられつつ、良質で安価な労働力を活用した「労働集約型」(labor-intensive)工業化が展開した。日本の工業化は、西洋技術の移植と、在来技術の近代化の複雑な相互作用を通じて実現した。さらに西洋型の工業化は、石炭に代表される「化石エネルギー資源」の大量消費を伴う「エネルギー集約型」であったのに対して、東アジアでは、石炭や石油の消費を抑えた「エネルギー節約型」発展径路が主流であった。

 杉原論の独自性は、第3章「資源節約型径路の発見」の標題に示されるように、二つの経済発展径路の対照的な把握だけでなく、(3)工業化の本質が「化石資源世界経済」の発展であったこと、(4)新大陸の無尽蔵の資源を活用できた西洋に対して、資源制約に直面した東アジアは、近世以降の「アジア間貿易」(intra-Asian trade)と自由貿易体制を通じてその資源制約を緩和できたこと、以上のように、土地に関わる資源・エネルギー問題を焦点化したことであろう。資本・労働・土地は、生産の基本的な三要素であるし、杉原の前著が20世紀中葉までのアジア地域間貿易の実態を解明した点をふまえると、生産の三要素論とアジア間貿易論の接合には、アジア経済史家としての杉原の業績が全面的に反映されている。

 ここまでは、基本的に比較史の手法に基づく分析であるが、上記の二つの工業化・経済発展径路が、第二次大戦後の冷戦体制のもとで、「偶然」の結果として(90頁)「融合」することになった。戦後の世界経済・国際分業体制は、軍需・石油化学工業を中心としたアメリカの資本・資源集約型工業化、民需部門主導で繊維・造船・家電・自動車等の労働集約型工業化を進める東アジア諸国、および熱帯アジア・アフリカ・中東産油国のような第一次産品供給国の間の「三極構造」として発達した(図2-6 :103頁)。この過程で世界経済は、「南北格差をともなう世界貿易の二重構造から脱し、資本、労働、資源の三つの生産要素において比較優位をもつ諸地域が、それぞれ資本集約型工業品、労働集約型工業品、第一次産品を輸出するという国際分業体制を発展させることによって新しい発展径路を獲得した」(104頁)とされる。ここでは、グローバルヒストリー研究の関係史的手法が全面的に活用されている。多様な生産面での要素賦存を抱えた、太平洋を跨ぐ「アジア太平洋経済圏」の形成は、冷戦体制のもとでの第二次交通革命を通じた、経済発展径路の「融合」を実現したのである。第9章「アジア太平洋経済圏の興隆」の叙述は、非常に説得的でわかりやすい。

II 生産の三要素論から「生存」のための五要素論へ

 ここまでであれば、従来の経済史研究で支配的であった西洋中心主義、西洋モデルを大幅に修正して、東アジアモデルを組み込んだ、バランスの取れた、生産面を重視する工業化論・経済発展論として解釈できる。しかし、本書の真骨頂は、後半の補論3「熱帯生存圏」と「化石資源世界経済」の衝撃」で示されるように、工業化全史の再検討を行い、生産に関わる資本・労働・土地の三要素賦存論を、人類生存のための五要素論に拡張する、環境経済学・環境史からの問題提起にあると考えられる(図終-6 : 670頁を参照)。

 生存のための要素賦存として新たに加わったのは、化石資源と水である。前者の化石資源は、本書第3章で論じられた「エネルギー・資源節約型発展径路」論につながる。さらに後者の水は、補論1「南アジア型経済発展径路の特質」で論じられ、二径路論を補足する第三の径路としての、生存基盤の確保を課題とする「生存基盤確保型発展径路」論にかかわる。化石エネルギーとしての石炭や石油は、商品として輸入することで移動が可能であり、グローバル化の進展による対外貿易の拡大を通じて、アジアにおける化石エネルギー資源の制約が緩和された。

 南アジア・インドの経済発展でボトルネックになったのは、化石資源の制約よりもむしろ水の確保であり、その問題は、菅井戸の普及を伴った「緑の革命」による食糧増産・自給化の達成により突破された。「水」との格闘が、現代のアジア、とりわけ14億の人口を抱えるインドをつくりあげてきた点については、スニール・アムリスの『水の大陸アジア―ヒマラヤ水系・大河・海洋・モンスーンとアジアの近現代』(草思社、2021年)のような研究でも注目されている。「非貿易財」としての水や土地を、生存のため要素として改めて見直し、生態系の一部として保全することが、不可欠となっている。生態系システムは、工業化、都市化の環境的な基盤を提供しており、「水や土地を生態系から切り離して無理な商品化を図ることも、国際競争力に影響する可能性がある」(670頁)。こうした「生存基盤論」の詳細については、京都大学グローバルCOEプロジェクトの成果として刊行された、6巻本の生存基盤講座を参照するしかないが、杉原の「生存」のための五要素論は、ロンドン大学SOAS時代から積み上げてきた、南アジア地域研究との地道で緊密な研究協力からその発想が生まれたであろうと推測できる。アジア・アフリカ地域研究をベースとした、環境経済学の構築、環境経済史からの問題提起として注目に値する。

III いくつかの課題

 以上、700頁を超える大著の概要をかいつまんで紹介したにすぎない。最後に、いくつかの問題点を指摘して、書評者としての責務を果たしたい。

 第一に、これほどの大著であっても、当然紙幅には限界があるので、25年にわたる杉原のグローバルヒストリー研究の全貌を提示するには限界があったと思われる。経済史研究として、詳細な統計データを提示・分析する数多くの図表が収録されている(図表一覧を参照:図110個、表63個)。だが、それらをもってしても、経済理論やモデルに関係する箇所の叙述には、説明不足が感じられる。あるいは、読者がすでに主要な研究史を理解・把握していることを前提として、議論が展開されている。

 特に、冒頭の第1章「勤勉革命径路の成立」は、考察の対象時期が、1500年から1820年までにおよび、「近世」アジア世界(海洋アジア)の独自性が説明されるが、図表による議論の抽象度(難易度)も非常に高い。21世紀以降に登場したグローバルヒストリー研究の勃興の契機は、2000年のK.ポメランツの『大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』(名古屋大学出版会、2015年:原著The Great Divergence, Princeton University Press, 2000)の出版と、杉原自身も中心的にかかわった、グローバル経済史の国際共同研究であるLSEのGEHN(Global Economic History Network)である。それ以来、近世(early modern)、あるいは「長期の18世紀」に関する世界史像は劇的に変わり、現在でも新解釈が次々に出されている。本書第1章を的確に理解するには、「大分岐」論に関する論争だけでなく、速水融とヤン・ド・フリースの「勤勉革命論」(industrious revolution)など、今や経済史研究で常識となりつつある研究史の展開を丁寧に押さえておく必要がある。終章で展開される、「発展径路の三段階」を的確に理解するためにも、第I編には、「大分岐」論関連で、近世の経済史に関する別の章があってもよかったのではないだろうか。

 第二に、本書の画期性が、環境経済学、「生存基盤論」に依拠した環境史の観点からの考察・分析であることは前述の通りである。だが評者のように、杉原の前著『アジア貿易の形成と構造』に惹かれて、アジア経済史研究に関わるようになった者には、本書の環境史の色合いが強すぎる点が気になった。この点は、第III編「戦後世界システムと東アジアの奇跡」で提示された、冷戦と「東アジアの奇跡」との相互連関性、「同じコインの表と裏」という表現に象徴される、冷戦体制と東アジア諸国の高度経済成長との密接な繋がりの評価に関わる。

 第4章「近代国際経済秩序の形成と展開」では、20世紀後半の「開発主義的国際経済秩序」の世界史上の独自性が指摘されている。アメリカ合衆国の覇権性、「構造的権力」とアジア諸地域の工業化との関係性は、歴史学の研究対象として、公開された第一次史料を駆使して、近年急速に研究が進んでいる。杉原も部分的に指摘する、1980年代後半から90年代のアメリカ経済の金融化現象は、金融・サービスと工業化を結びつけて「東アジアの奇跡」を加速した、決定的な要因であろう。また、インド経済の国際競争力が構造的に弱体化した要因も、冷戦体制だけで説明するのは無理がある。やはり、政治経済学の観点から、総合的に考察する必要があるのではなかろうか。

 第三に、同じ問題は、「生存基盤確保型発展径路」を将来的に広めていく上で不可欠な、化石資源と水の安定的確保の問題にもあてはまる。モンスーン・アジア(海洋アジア)における水資源の確保をめぐる軋轢は、南アジアの大河や、インドシナ半島のメコン河開発で、国連や世界銀行、アジア開発銀行などの国際機関を含めて、国際協力・民間協力の焦点となっている。また杉原は、1970年代の石油危機が、メカトロニクス革命と併せて、資源節約的で労働節約的な工業化への転換点となり、「東アジアの奇跡」の技術的革新をもたらしたと指摘し、石油危機の技術面・発展径路面での画期性を強調している。評者も、1970年代の石油危機が、世界システムの一大変革(ソ連を中心とする社会主義圏の衰退、アフリカの経済的停滞、アジアにおける「緑の革命」の進展、東アジアの経済的再興)をもたらした相互連関性について、政治経済学の観点から、国際共同研究を行っている。環境問題と国際政治経済秩序の結びつきこそ、現代においてさらに探求すべき課題であろう。

 いずれにしても、この杉原の大著が、日本の学界から、世界の学界に向けて独創的な問題提起を行ったことは間違いない。欧米の研究者の研究成果を批判的に検討するだけでなく、人類史の未来に向けて、新たにアジア・日本からの世界史像を提示した画期的試みとして、高く評価できる。本書の学術的価値はもちろんであるが、本書で提示された近現代世界史像は、2022年から高等学校で始まる地理歴史科の新科目「歴史総合」のモデルにもなりうる。今後、本書をめぐる議論が広がることを期待したい。

(「世界史の眼」No.15)

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伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史3 中世Ⅰ 超越と普遍に向けて』ちくま新書、2020年
薩摩秀登

 本書は、世界史的な視野のもとで普遍的・多元的な哲学の営みを全8巻(および別巻1)で展望するシリーズの第3巻である。このような試みを前にすれば、哲学という言葉自体がどのような意味であったかとふと考えてしまう。古代ギリシアに生まれ、長い道筋をたどって近代西欧に引き継がれたものが哲学であろうか、それとも世界各地で独自の哲学が展開したのであろうか。今でも哲学書と言えば、ヨーロッパの古典語や近代語で書かれた膨大な著作を想像しがちである。しかし本書の第1章では「「哲学」という語はギリシア起源であっても、その思考は世界至る所にある。西洋にしか哲学を認めないのは、哲学に対して偏狭すぎる」と明快に表明されている。

 この巻の対象はほぼ7世紀から12世紀であり、すでに古代文明の時代ではない。しかし世界を一つのシステムに吸収していく傾向が現れるのはまだ先である。西欧では中世の社会と文化が少しずつ形を整え始める。ビザンツ帝国やイスラーム帝国はこの時期に頂点を迎えており、隋・唐の世界帝国や北宋もこの範囲にほぼ収まる。本書はこうした時期における各地固有の世界観、世界認識の流れをたどっており、いわば同時進行的に、全く異なった文明のもとで、人間と世界に関して根底において通じ合う思考が展開されていたことを見通せる構成になっている。

 評者自身は哲学を正式に学んだことはないし、仮に「入門」程度を試みたにしてもただちに挫折した経験しかない。以下はそうした評者でも可能な範囲での紹介にとどまることを前もってご承知願えればと思う。

 第1章「普遍と超越への知」(山内志朗)は、この巻が対象とする時代を中世の前半部分と位置づけ、これを古典古代の文化が独自の展開を見せ始めた時代、文化が特定の地域に内閉せずに交流を始めた時代と性格づける。第2章「東方神学の系譜」(袴田玲)では中世ギリシア人の国ビザンツ帝国が舞台となり、東方神学の中にも実はギリシア哲学の用語や概念が潜んでいること、とはいえ東方神学の特質を最もよく示すのはヘシュカスムに代表される神秘主義的世界観であることが論じられる。以下、4つの章が、神学をすべての基礎としていた中世西欧において古典古代の学問がいかに取り入れられたかを論じている。第3章「教父哲学と修道院」(山崎裕子)は、「私は信じるために理解することは望まず、理解するために信じている」と述べたカンタベリーのアンセルムスから、「哲学とはすべての人間的神的事物の根拠を徹底的に探究する学問分野である」と述べたサン・ヴィクトルのフーゴーへ、時代の大きな転換を跡づける。第4章「存在の問題と中世論理学」(永嶋哲也)によれば、古代ローマ人によるラテン語訳でアリストテレスの思想を引き継いだ人たちにとって、その論理学は「神の真理に達する道が示されているかもしれないが、迷宮に導くかもしれない「地図」のようなもの」でもあった。第5章「自由学芸と文法学」(関沢和泉)は、自由学芸が人間の不完全性を補うために必要な学問と認識され始め、中でも文法学は諸学問の起点であり基盤であるとみなされたことを示す。さらに第7章「ギリシア哲学の伝統と継承」(周藤多紀)は西洋中世哲学の主要なスタイルである「註解」に注目し、これが権威への単なる盲従ではなく、観察や経験に基づき、自分が知りえた概念装置を駆使してテクストを分析し、その可能性を引き出す創造的な試みであったことを論じている。

 西洋以外で人々はいかに人間と世界を見つめてきたか、4つの章がいくつかの断面を示している。第6章「イスラームにおける正統と異端」(菊地達也)によれば、シーア派の一派イスマーイール派は独自の宇宙論・創世神話を発展させ、10世紀からは新プラトン主義哲学も導入された。これは異端視される可能性もあったが、イスラーム世界では正統と異端の区分線自体がもともと明確ではなかった。第8章「仏教・道教・儒教」(志野好伸)は、中国の人々が初めて遭遇した高度な外来思想である仏教と、古来の思想である儒教や道教との間で、精神や霊魂、心の構造、「孝」の実践などをめぐって展開した哲学的議論をたどる。第9章「インドの形而上学」(片岡啓)は、仏教とバラモン教双方の最先端の思想家たちが繰り広げた、認識論、存在論、意味論、論理学などに関する深遠な論争を紹介している。第10章「日本密教の世界観」(阿部龍一)は、密教的世界観をもとに平安朝宮廷の基本的方向性を示した空海について論じる。『大日経』のテクストの文字に無限の意味を読み取り、言葉と物との間に同時発生的関係を見出す空海の思想は、現代の言語学にも通じる。

 中世前半と言われれば停滞の時代を想像しがちだが、世界各地で古代の思想が引き継がれ、独創的かつ多彩な展開を見せていた姿が本書を通じて浮かび上がってくる。(文中敬称略)

(「世界史の眼」No.15)

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伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』ちくま新書、2020年
薩摩秀登

 シリーズ第4巻は主に13世紀が対象となる。この時期設定は明らかに西欧における哲学の展開を念頭に置いており、実際、全10章のうち6章が、アリストテレス哲学の全面的導入によって本格的に開花した西欧中世スコラ哲学にあてられている。それ以外ではアラビア哲学と中世ユダヤ哲学に1章ずつ割かれるが、こちらでは西欧に先駆けてアラビア語訳を通してアリストテレス哲学が導入されたことによる新たな思想的展開が論じられている。というわけで本書の主役はアリストテレスということになるかもしれない。古代ギリシアの学知の頂点が、千数百年にわたる時を隔ててユダヤ教、キリスト教、イスラームという一神教に取り入れられた時、そこに大きな揺さぶりをかけ、神についてあるいは世界の認識について深い議論を喚起し、新しい知的世界を切り開いていく様子を楽しみながら読み進めることができる。それ以外は中国の朱子学と日本の鎌倉仏教にそれぞれ1章があてられる。さすがにこちらは「アリストテレスの枠組みが適用できるような付置にはなっていない」(本書あとがき)。しかし評者の素朴な感想を述べさせていただくならば、心のあり方に関する朱子学の議論はどこかトマス・アクィナスの倫理学を思い起こさせる。そして日本の鎌倉仏教には、同時代の西欧におけるキリスト教の新たな展開に通じる性格があることはしばしば指摘される。以下、各章の内容にもう少し詳しく触れてみよう。

 第1章「都市の発達と個人の覚醒」(山内志朗)は、13世紀西欧におけるスコラ哲学隆盛の背景としての、都市の発達、商業の成長、教育と大学の発達、托鉢修道会の成功などを論じる。第2章「トマス・アクィナスと托鉢修道会」(山口雅広)は、知識人の活動舞台が人里離れた修道院から都市へと移り、特に市民の宗教的要求に答える托鉢修道会から登場した、当時を代表する神学者たちの動向をたどる。スコラ哲学と言えばあまりに有名な普遍論争に関しては、第1章および第3章「西洋中世における存在と本質」(本間裕之)そして第7章「西洋中世哲学の総括としての唯名論」(辻内宣博)の3章が主に論じている。実在論と唯名論の対立にあまりこだわるべきではなく、普遍と個体に関する議論の枠組みの違いに注目し、その連続性を考えた方が論争の意味が見えてくるという説明は新鮮である(第1章)。唯名論によって概念やことばの用法といった知性における構造が実在の世界から切り離されたことで、形而上学から独立した論理学が展開していく(第3章)。また、感覚や認識の出発点を心の中に置く唯名論は観念論的世界観に通じる一方で、近年の生態系中心主義や共同体論は実在論と相性がよいという指摘は、スコラ哲学が決して遠い過去の思想ではないことを教えてくれる(第7章)。このほか第6章「西洋中世の認識論」(藤本温)は、「感覚は事物をまるごと受け入れるのではなく、質料なしに形相を受け入れる」というアリストテレスの議論を出発点に、スコラ哲学者たちの感覚論や認識論の展開をたどっている。第5章「トマス情念論による伝統の理論化」(松根伸治)は中世西欧の倫理学がテーマである。スコラ哲学といえばひたすら晦渋な議論を想像しがちだが、人間のあらゆる情念の出発点には愛があるとトマス・アクィナスが説いていたとことを知れば、西洋中世世界のイメージも少々違ったものになってくる。

 西欧以外に関して、まず第4章「アラビア哲学とイスラーム」(小村優太)によれば、9世紀以降、ギリシア哲学とイスラーム神学の融和が大きく進んだ。アヴィセンナは存在と本質を区分した存在論を論じ、また神学者ガザーリーは哲学を批判しつつも、現実としては神学が哲学を取り入れていく道を開いた。第10章「中世ユダヤ哲学」(志田雅宏)は、中世ユダヤ教世界の知識人たちもまた、アラビア語を媒介として古代ギリシア哲学に関心を示していたことを教えてくれる。神の存在証明を試み、「第一原因」としての神概念を考察したマイモニデスはその頂点に位置する。

 第8章「朱子学」(垣内景子)は、主体性としての「心」をいかに保持するかに関する朱熹の議論をわかりやすく解説してくれる。朱子学は「理」の根拠を儒教の経書に求めたが、そのような典拠を持たない我々は安心して生きていくことはできないのか、話は現代へとつながる。第9章「鎌倉時代の仏教」(蓑輪顕量)によれば、伝統ある顕密系の学侶たちは様々な経綸の整合的理解をめざして議論を戦わせ、浄土系の思想家たちは凡夫の救済に心を悩ませ、禅宗もまた「戯論の働きを起さないように心を変えさせていく」方法を窮めようとした。

 本書を読めば、中世の真っ只中というべきこの時代が、人間と世界に関するいかに豊かな考察に満ち溢れていたか、実感することができるだろう。(文中敬称略)

(「世界史の眼」No.15)

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伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(責任編集)『世界哲学史5 中世Ⅲ バロックの哲学』ちくま新書、2020年
薩摩秀登

 世界史的な視野で哲学を展望するシリーズの第5巻は、14世紀から17世紀までが対象である。西洋においては、教皇庁がアヴィニョンに移り、その権威に陰りが見え始めた時代から、百年戦争や宗教改革を経て絶対王政が登場するまでの大転換の時期である。なぜこうした時代設定となっているのか、第1章「西洋中世から近世へ」(山内志朗)はそのねらい語る。とはいえ著者自身が述べるように、15世紀西洋の哲学史は「現在でもほとんど解明されていない」し、16、17世紀の近世スコラ哲学は「あまりに錯綜していて手がつけてこられなかった」という状況であってみれば、本書を読むだけで評者のような初学者にも見通しが開けてくると期待するのは少々無理があろう。ここでは「14世紀のオッカムに代表される唯名論が嚆矢となって世俗主義が主流となり、近代への道が開けた」という従来の理解が混乱を招いていること、そして「14世紀から17世紀への西洋哲学の展開は基本的に中世の継承であり、キリスト教神学についても、カトリックとプロテスタントの対立図式で捉えて済ませられるものではない」という点を心に銘記したうえで、続く章の内容を見ていきたい。

 第2章「西洋近世の神秘主義」(渡辺優)は16世紀スペインの二人の神秘家アビラのテレサおよび十字架のヨハネをとりあげ、「神という見果てぬ他者に恋焦がれる」言葉を綴った二人の行為は、「知恵を愛する」を意味する哲学(フィロソフィア)のあり方に重要な論点を提起していると説く。第3章「西洋中世の経済と倫理」(山内志朗)では一転して商業による利益をめぐる議論が対象となる。経済活動に伴う蓋然性を認めて利子を肯定する思想が、なぜ徹底した清貧で知られるフランシスコ会急進派のオリヴィによって展開されたのか、近代資本主義の始原が改めて問いなおされる。第4章「近世スコラ哲学」(アダム・タカハシ)は16世紀の3人の神学者をとりあげる。パドヴァのポンポナッツィは魂の不死性は哲学的に証明されないという前提で倫理を論じ、スカリゲルは逆に魂の不死性を擁護した。そしてメランヒトンは古代の自然学を援用しつつプロテスタントの立場から神の摂理を説いた。いずれもアリストテレスやアヴェロエスが理論的土台である。第5章「イエズス会とキリシタン」(新居洋子)は、中国に出向いた宣教師と現地の知識人との議論に焦点をあてる。宣教師たちは哲学書を漢訳するにあたり、ratio(理性)に「霊性」の訳語をあてた。「霊」は「人間の持つ優れた気」を意味したからである。しかし万物の根源は神であるとする宣教師と、「性」(自然的に備わった本性)を物事の根源とみなす朱子学は対立せざるを得なかった。第6章「西洋における神学と哲学」(大西克智)は17世紀までに信仰と意志をめぐる考察がたどりついた地点を示す。罪に慄き、神を信じるからこそ理解したいと願ったアンセルムスに始まり、「信じる」という目的から「知」を解放しようとしたモリナとスアレスを経て、デカルトにおいてついに「意志の自由」の確信に到達する。とはいえこれもまた「意志による信」を論じていると解釈できるということであろうか。第7章「ポスト・デカルトの科学論と方法論」(池田真治)は、ホッブズ、スピノザ、ライプニッツがいずれも、数学的方法に基づく自然哲学の構築というプロジェクトをデカルトから継承していること、そして三者ともスコラ哲学には批判的であったにもかかわらず、原理から世界像を立ち上げる第一哲学に関するアリストテレス的伝統を引き継いでいることを明らかにする。

 最後の3つの章はいずれも東アジアが対象である。第8章「近代朝鮮思想と日本」(小倉紀蔵)は、朱子学を基本とした朝鮮王朝時代、特に18世紀以降にどのような「近代的」、さらには「脱近代的」(と後になって評価される)思想が展開していくかをたどる。その基盤の上に書かれた1919年の「三・一独立宣言書」の格調高さに驚嘆せざるをえない。第9章「明時代の中国哲学」(中島隆博)は、朱子学を批判して王守仁(陽明)が説いたのは実は「弱い独我論」というべきものであったこと、そしてその後の陽明学者たちの議論を通じて、明末には公共空間の構想が重要なテーマになっていったことを論じる。第10章「朱子学と反朱子学」(藍弘岳)は、徳川前期の日本で主流となった朱子学に対して違和感を抱いた人たちの動向を主にたどる。中国の郡県科挙体制に生まれた朱子学は徳川政治体制の制度改革に直接用いることはできないと考えた荻生徂徠は独自の儒教学説を展開し、それは大陸の知識人にも注目された。

 本書からは、洋の東西それぞれ独自の道筋をたどって近代的世界観・人間観の入り口に近づきつつあったこと、しかし同時に、過去から引き継いだ思想を基盤に人間の生き方をめぐるすさまじい葛藤も生まれていたことが理解されるだろう。(文中敬称略)

(「世界史の眼」No.15)

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