月別アーカイブ: 2020年4月

「世界史の眼」No.1(2020年4月)

世界史研究所では、2020年4月より毎月1日に「世界史の眼」と題した論考・コラムを掲載してまいります。第1回となる今号は、2019年秋に邦訳が刊行(原著刊行は2018年)された、デイヴィッド・クリスチャンの『オリジン・ストーリー―138億年全史―』(柴田裕之訳、筑摩書房刊)を取り上げます。

南塚信吾
ビッグ・ヒストリー

橋川健竜
エネルギーからすべてのものの歴史を語る――デイヴィッド・クリスチャン(柴田浩之訳)『オリジン・ストーリーズ――138億年全史』(筑摩書房、2019年)

南塚信吾さんには、ビッグ・ヒストリー研究の流れとその中で本書が占める位置に関してまとめて頂きました。東京大学の橋川健竜さんには、本書の内容に関してより詳細に論じて頂きました。

本書の筑摩書房の紹介ページはこちらです。

カテゴリー: 「世界史の眼」 | 「世界史の眼」No.1(2020年4月) はコメントを受け付けていません

ビッグ・ヒストリー
南塚信吾

 2010年代以降、日本でも「ビッグ・ヒストリー」が盛んに紹介されるようになってきた。これは、ビッグバンに始まって今日までの歴史を扱うもので、これまでの歴史学の射程を気が遠くなるほど拡大して、そのなかでの人類の位置を追求しようというものである。したがって、天文学、宇宙論、物理学、生物学などの自然科学と、考古学、地理学、歴史学などの人文科学を相互した学問分野になる。

 種々の前史をふまえて、1990年ごろにオーストラリアのデイヴィッド・クリスチャンを中心に始まったビッグ・ヒストリーの研究・教育活動は、2010年にはInternational Big History Associationという国際組織を作るまでになった。そして、2013年にビル・ゲイツがこれに関心を持って、デイヴィッド・クリスチャンとともにBig History Projectを立ち上げ、世界各国でのネットを活用した教育に力を入れてきている。

 21世紀に入ってから、世界史では人類「文明」の誕生あたりから現代までのかなり長期的な視野での歴史が注目されてきた。つまり、古代・中世・近代のいずれかの時期の世界史でも、前期代・近代の世界史でも、世紀別の世界史でもなく、それらを超越した通時代的な世界史である。しかし、近年、これをさらに超える長い歴史が提唱されてきている。改めて整理してみると、現在、この大きな歴史を考える方法としては、

  1. 1万数千年前の人類「文明」の誕生から考える歴史
  2. 200万年前のアフリカにおける「人類(ホモ・サピエンス)」の誕生から考える歴史
  3. 40億年前の「生命」の起源から始めて人類の歴史を論ずる歴史
  4. 宇宙の始まりから人類の歴史までを論ずる「ビッグ・ヒストリー」

が併存している。「人類」がどこからきてどうなるのか、地球上の「生命」というものがどこからきてどうなるのか、そしてさらに地球を一部とする「宇宙」がどこからきてどこへ行くのかが問われているのである。これらは、これまでは歴史学の扱う分野ではないと考えられていたが、地球科学や生命科学の発達を基礎に、気候変動や地球温暖化などの問題に直面して、そうではなくなってきたのである。

 21世紀に入ってからの主な著作(邦訳)をあげてみよう。

1.人類文明の歴史 1万3000年前~

  • ウイリアム・H・マクニール『疫病と世界史』佐々木昭夫訳、新潮社、1985年;中公文庫、2007年
    William Hardy McNeill, Plagues and Peoples, 1976
  • ウイリアム・H・マクニール; ジョン・マクニール『世界史-人類の結びつきと相互作用の歴史』全2巻、福岡洋一訳、楽工社、2015年
    William Hardy McNeill, The Human Web: A Bird’s-eye View of World History, with J.R. McNeill, 2003
  • ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』(上下)、倉骨彰訳、草思社、2012年
    Jared Diamond, Guns, Germs, and Steel, 1997
  • ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊―滅亡と存続の命運を分けるもの』(上・下)楡井浩一訳、 草思社、2005年
    Jared Diamond, Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed, 2005
  • ジャレド・ダイアモンド『危機と人類』(上・下)、 小川敏子、川上純子訳、日本経済新聞出版社、2019年
    Jared Diamond, UPHEAVALTurning Points for Nations in Crisis, 2019

2.人類の歴史 200万年前~

  • ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』 (上・下) 、柴田裕之訳、河出書房新社、2016年
    Yuval Noah Harari, Sapiens: A Brief History of Humankind, 2014
  • ジェフリー・ブレイニ―『小さな大世界史』南塚信吾監訳、ミネルヴァ書房、2017年
    Geoffrey Blainey, A Very Short History of the World, 2004

3.生命の歴史 40億年前~

  • リチャード・フォーティ『生命40億年全史』、渡辺政隆訳、草思社、2003年
    Richard Fortey, Life: An Unauthorized Biography, 1997
  • リチャード・フォーティ 『地球46億年全史』、渡辺政隆、野中香方子 訳、草思社、2008年
    Richard Fortey, The Earth: An Intimate History, 2004

4.宇宙の歴史 ビッグ・ヒストリー 138億年~

  • クリストファー ロイド『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』、野中香方子訳、文芸春秋社、2012年
    Christopher Lloyd, What on Earth Happened?: The Complete Story of the Planet, Life and People from the Big Bang to the Present Day,2008
  • デヴィッド・クリスチャン『ビッグヒストリー入門―科学の力で読み解く世界史』渡辺 政隆訳、2015年
    David Christian, Maps of Time: An Introduction to Big History, 2005
  • デヴィッド・クリスチャン、シンシア・ストークス・ブラウン他『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史』長沼毅監修、明石書店、2016年
    David Christian, Synthia Stokes Brown, Benjamin Craig, Between Nothing and Everything: Big History, 2014
  • デイヴィッド・クリスチャン他 (監修)『ビッグヒストリー大図鑑:宇宙と人類 138億年の物語』オフィス宮崎訳、河出書房新社、2017年
    Big History Institute, Big History: Examines Our Past, Explains Our Present, Imagines Our Future、Penguin, 2016.  Forword by David Christian
  • ウォルター・アルバレス『ありえない138億年史』山田美明訳、光文社、2018年
    Walter Alvarez, A Most Improbable Journey: A Big History of our Planet and Ourselves, 2016
  • デイヴィッド・クリスチャン『オリジン・ストーリー』柴田 裕之訳、筑摩書房、2019年
    David Christian, Origin Story: A Big History of Everything, 2018

 こういう流れの中で、今回のデイヴィッド・クリスチャン著『オリジン・ストーリー』が翻訳されたのである。

(「世界史の眼」No.1)

カテゴリー: コラム・論文 | ビッグ・ヒストリー
南塚信吾 は
コメントを受け付けていません

エネルギーからすべてのものの歴史を語る―デイヴィッド・クリスチャン(柴田浩之訳)『オリジン・ストーリーズ―138億年全史』(筑摩書房、2019年)
橋川健竜

 宇宙の始まりから現在までを、どうやって語るのだろう。ほとんどの読者はそう思いながら本書を開くに違いない。たとえば歴史研究者はほとんどが人間の歴史、それも二千数百年前までのそれに関心を寄せているが、ビッグ・ヒストリーと銘打つ本書の扱う時間は138億年におよぶのだ。その議論は、最大限に広くとらえた歴史学に加えて、少なくとも天文学、物理学、化学、地学、生物学、言語学、考古学、人類学、経済学、政治学にまたがる。分析のかたちをまったく異にする各学問領域の研究成果をただ並べるのではないなら、どう一つに結び合わせるのだろうか。そしてそれを歴史学として世に示すとき、人間以外や生命体以外の歴史と並列される人間の歴史は、どのような歴史として語られるだろうか。

 著者デイヴィッド・クリスチャンは、「エネルギー」を議論の軸に据えることで、また情報をたくわえて活用する能力に着目することで、一貫した議論を展開してみせる。エネルギーは「何かが起こるための潜在性、何かをしたり何かを変えたりする潜在的な能力」(訳書では3箇所に傍点が打たれている)である。エネルギーは放っておくとばらばらの方向に無秩序に作用して消えていくが(熱エネルギー)、特定の方向に誘導され集約されれば、信じられないほど大きな力を発揮する(自由エネルギー)。そしてエネルギー活用のイノベーションを導き出すには、DNA・RNAから今日の科学技術まで、情報を収集して利用する能力が重要な役割を果たす。

 本書では、構造が壊れようとする傾向(エントロピー)を自由エネルギーが押しとどめ、より複雑な構造を組み上げて維持していることが重要視される。本書は宇宙の始まりから地球の形成、生命の誕生、さらに今日にいたる人間の活動まで、すべてを「ゴルディロックス条件」の探求の過程、すなわちより多くのエネルギーを取得する仕組みが作られ、いっそう複雑な構造が可能になる、新たな「臨界」への到達の物語として記していくのだ。

 宇宙の始まりであるビッグバンは想像を絶するエネルギーを解き放った。その奔流が落ち着きを見せたときまでに、電子、中性子、電子やニュートリノなど、最初の構造が作られていた。その後宇宙の温度が下がるまでの間に水素にはじまる数多くの元素が作られ、それも自由エネルギーによって維持される。それらの元素がぶつかりあい、より大きな重力をもつ集塊となっていく気の遠くなるようなプロセスの中で、恒星と惑星が作られる。そして地球では、地球全体が凍りつきかかかるような寒冷期もあったが、温室効果ガスの量が多すぎでも少なすぎでもなかったおかげで、気温の上下変動が液体、特に水分が存在しうる特定の範囲にとどまった。その特殊な環境下で生命が生まれる。生命は慎重に管理された自由エネルギーによって自分の構造を維持して自己複製するが、その中でも細胞レベルの複製エラーは起こりえた。より多くのエネルギーを取り込む能力を高める方向の複製エラーがダーウィンの「自然選択」を可能にして、生命体の進化が進むのである。

 単細胞生物、多細胞生物を経て陸生植物が現れると、光合成の結果として大気中の酸素の濃度が高まり、それを受けて動物の体も大きくなっていく。狩猟採集を経て人間は農耕を営み、植物が光合成によってたくわえていたエネルギーを取得した。ただし農耕を高度化するには、資源を投入して環境を改変する作業が必要になる。こうして農耕は社会階層の分化と国家の出現を促した。また18世紀以来の化石燃料の利用は、地球がたくわえてきたエネルギーの活用であった。産業革命以降の技術と情報処理の高度化の中で、核エネルギー開発も行われた一方、20世紀後半には70億の人口を支える食糧の増産と、以前からは考えられない規模での中間層の増加とが可能になった(グレート・アクセラレーション)。平均寿命がこの100年で2倍に伸びていることが、その成果の大きさを良く示している。

 他方、化石燃料の活用以来の人間の営みは環境への負荷を増すばかりであり、地球温暖化のかたちでひずみが明らかになってきた。人間がこの影響を最小化するにあたっては、富を増大させ続けるため、なりふりかまわずさらに多量のエネルギーを抽出し続けるのではなく、生物圏と共存できる安定した世界を築くことを優先する、という決意が必要ではないか、と著者は示唆する。それによって人間が現今の臨界を超えられるなら、人間には新しい可能性を探索する扉が開く。たとえ遠い未来には、宇宙は恒星が冷えて暗くなり、ブラックホール同士が互いを引きつけあうようになって次第に消えていくとしても。

 本書の部分部分については、多くの読者は、自分の専門領域以外であっても断片的に知識を持っていることだろう。だが、それを長大な時間の流れの中に的確に置いて全体と統合してみせるには、文理の壁を越える、並ならない研鑽が必要だ。それをなした本書はまさに良質の学術的教養書であり、歴史書である。エネルギーと情報に着目することで多数の学問分野を横断し、より複雑な構造の形成とより多くのエネルギーの活用が進んでいく物語を組み上げたクリスチャンの努力と構想力には、感銘を禁じえない。

 自然科学の議論を理解しやすくする工夫でも、本書は抜かりがない。エネルギーと構造の複雑化をめぐる宇宙研究や自然史の論述は、それをめぐる学問研究の発展史と巧みに組み合わされている。よく知られる自然史上の現象や学問発展のエピソードが多数差し挟まれていて、自然科学にくわしくない読者も議論を追うことができる。膨張する宇宙という仮説を天文学が受け入れていく過程も、プレート・テクトニクス理論がソナーなど観測技術の発達に助けられて珍説から定説へと変わっていく過程も、また炭素14を用いる放射性年代測定法の確立も説明される。小惑星が地球に衝突したことで恐竜が絶滅し、哺乳類が台頭したことも、この新説が受容されていく研究史や、発掘によってデータが集積されていく経緯に触れながら語られている。

 歴史学がこれまで対象としてきた時代は、農耕と化石エネルギーの利用を画期とする人類史として語られている。資本主義の発達は、それぞれ別個に発展してきたワールドゾーンどうしの連結にからめて、またエネルギー取得のイノベーションにからめて、比較的多く取り上げられる。他方、19世紀から20世紀のナショナリズムの隆盛など、各国史につながりうる論点は短く触れられるにとどまり、議論は地球温暖化をはじめとする環境問題へと向かう。個々の文明や国家を中心に議論するという、歴史学がしばしば自明のことのように使ってきた枠組みは、宇宙のはじまりから論を起こすならどのように切り替えられるのか。歴史を研究する読者は、本書の発想を噛みしめてみる価値があるだろう。

 最後に、イギリスでロシア史を学んでオーストラリアで教鞭を取ってきた著者ならではの個性も、本書の魅力といえる。近世の国家と起業家の関係について、オランダやイギリスに触れるにとどめず、それとは違った提携関係の例としてイヴァン4世(通称雷帝)の時代のウォッカ製造の話が引かれている箇所などは、ロシア史の専門家ならではといえる。そして、4万年前の生活の痕跡が残るマンゴ湖遺跡(現ニューサウスウェールズ州)が複数の箇所で言及され、ファイア・スティック農業(アボリジナルの持ち歩いた火起こし棒にちなむ命名)が火による環境改変の初期の例として触れられるなど、本書はあちこちで、人類史上の重要な実例としてオーストラリア先住民を引き合いに出している。4万年前にまで及ぶ先住民アボリジナルの歴史とジェームズ・クックの探検(1770年)以降の歴史を、自分たちの歴史として一つの物語に統合しようと試みているオーストラリアの今日の姿も、本書には垣間見ることができる。日本から考えるのとは一味ちがうビッグ・ヒストリーだといえるだろう。

(「世界史の眼」No.1)

カテゴリー: コラム・論文 | エネルギーからすべてのものの歴史を語る―デイヴィッド・クリスチャン(柴田浩之訳)『オリジン・ストーリーズ―138億年全史』(筑摩書房、2019年)
橋川健竜 は
コメントを受け付けていません

世界史研究所のウェブサイトにようこそ

世界史研究所は、2004年7月10日の設立以来16年間に渡って、世界史研究とそれにかかわる情報交換の拠点として活動して参りました。2020年4月1日からは、母体となっていた「歴史文化交流フォーラム」の解散に伴い、ウェブサイトでの活動を主とする研究所として新たにスタートしています。毎月1日に「世界史の眼」と題する論考・コラムを掲載している他、世界史に関する情報の発信・集積や出版活動に努めています。具体的な活動方針に関しては、こちらをご覧ください。また、世界史研究所が関与した書籍に関しては、こちらをご覧ください。

世界史研究所ウェブサイトに掲載の論考の著作権は、各著者に帰属します。無断転載はお断りします。引用に際しては、必ずURLを明記してください。

カテゴリー: お知らせ | 世界史研究所のウェブサイトにようこそ はコメントを受け付けていません