ビッグ・ヒストリー
南塚信吾

 2010年代以降、日本でも「ビッグ・ヒストリー」が盛んに紹介されるようになってきた。これは、ビッグバンに始まって今日までの歴史を扱うもので、これまでの歴史学の射程を気が遠くなるほど拡大して、そのなかでの人類の位置を追求しようというものである。したがって、天文学、宇宙論、物理学、生物学などの自然科学と、考古学、地理学、歴史学などの人文科学を相互した学問分野になる。

 種々の前史をふまえて、1990年ごろにオーストラリアのデイヴィッド・クリスチャンを中心に始まったビッグ・ヒストリーの研究・教育活動は、2010年にはInternational Big History Associationという国際組織を作るまでになった。そして、2013年にビル・ゲイツがこれに関心を持って、デイヴィッド・クリスチャンとともにBig History Projectを立ち上げ、世界各国でのネットを活用した教育に力を入れてきている。

 21世紀に入ってから、世界史では人類「文明」の誕生あたりから現代までのかなり長期的な視野での歴史が注目されてきた。つまり、古代・中世・近代のいずれかの時期の世界史でも、前期代・近代の世界史でも、世紀別の世界史でもなく、それらを超越した通時代的な世界史である。しかし、近年、これをさらに超える長い歴史が提唱されてきている。改めて整理してみると、現在、この大きな歴史を考える方法としては、

  1. 1万数千年前の人類「文明」の誕生から考える歴史
  2. 200万年前のアフリカにおける「人類(ホモ・サピエンス)」の誕生から考える歴史
  3. 40億年前の「生命」の起源から始めて人類の歴史を論ずる歴史
  4. 宇宙の始まりから人類の歴史までを論ずる「ビッグ・ヒストリー」

が併存している。「人類」がどこからきてどうなるのか、地球上の「生命」というものがどこからきてどうなるのか、そしてさらに地球を一部とする「宇宙」がどこからきてどこへ行くのかが問われているのである。これらは、これまでは歴史学の扱う分野ではないと考えられていたが、地球科学や生命科学の発達を基礎に、気候変動や地球温暖化などの問題に直面して、そうではなくなってきたのである。

 21世紀に入ってからの主な著作(邦訳)をあげてみよう。

1.人類文明の歴史 1万3000年前~

  • ウイリアム・H・マクニール『疫病と世界史』佐々木昭夫訳、新潮社、1985年;中公文庫、2007年
    William Hardy McNeill, Plagues and Peoples, 1976
  • ウイリアム・H・マクニール; ジョン・マクニール『世界史-人類の結びつきと相互作用の歴史』全2巻、福岡洋一訳、楽工社、2015年
    William Hardy McNeill, The Human Web: A Bird’s-eye View of World History, with J.R. McNeill, 2003
  • ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』(上下)、倉骨彰訳、草思社、2012年
    Jared Diamond, Guns, Germs, and Steel, 1997
  • ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊―滅亡と存続の命運を分けるもの』(上・下)楡井浩一訳、 草思社、2005年
    Jared Diamond, Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed, 2005
  • ジャレド・ダイアモンド『危機と人類』(上・下)、 小川敏子、川上純子訳、日本経済新聞出版社、2019年
    Jared Diamond, UPHEAVALTurning Points for Nations in Crisis, 2019

2.人類の歴史 200万年前~

  • ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』 (上・下) 、柴田裕之訳、河出書房新社、2016年
    Yuval Noah Harari, Sapiens: A Brief History of Humankind, 2014
  • ジェフリー・ブレイニ―『小さな大世界史』南塚信吾監訳、ミネルヴァ書房、2017年
    Geoffrey Blainey, A Very Short History of the World, 2004

3.生命の歴史 40億年前~

  • リチャード・フォーティ『生命40億年全史』、渡辺政隆訳、草思社、2003年
    Richard Fortey, Life: An Unauthorized Biography, 1997
  • リチャード・フォーティ 『地球46億年全史』、渡辺政隆、野中香方子 訳、草思社、2008年
    Richard Fortey, The Earth: An Intimate History, 2004

4.宇宙の歴史 ビッグ・ヒストリー 138億年~

  • クリストファー ロイド『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』、野中香方子訳、文芸春秋社、2012年
    Christopher Lloyd, What on Earth Happened?: The Complete Story of the Planet, Life and People from the Big Bang to the Present Day,2008
  • デヴィッド・クリスチャン『ビッグヒストリー入門―科学の力で読み解く世界史』渡辺 政隆訳、2015年
    David Christian, Maps of Time: An Introduction to Big History, 2005
  • デヴィッド・クリスチャン、シンシア・ストークス・ブラウン他『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史』長沼毅監修、明石書店、2016年
    David Christian, Synthia Stokes Brown, Benjamin Craig, Between Nothing and Everything: Big History, 2014
  • デイヴィッド・クリスチャン他 (監修)『ビッグヒストリー大図鑑:宇宙と人類 138億年の物語』オフィス宮崎訳、河出書房新社、2017年
    Big History Institute, Big History: Examines Our Past, Explains Our Present, Imagines Our Future、Penguin, 2016.  Forword by David Christian
  • ウォルター・アルバレス『ありえない138億年史』山田美明訳、光文社、2018年
    Walter Alvarez, A Most Improbable Journey: A Big History of our Planet and Ourselves, 2016
  • デイヴィッド・クリスチャン『オリジン・ストーリー』柴田 裕之訳、筑摩書房、2019年
    David Christian, Origin Story: A Big History of Everything, 2018

 こういう流れの中で、今回のデイヴィッド・クリスチャン著『オリジン・ストーリー』が翻訳されたのである。

(「世界史の眼」No.1)

カテゴリー: コラム・論文 パーマリンク