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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 8(2024年1月31日)

国際司法裁判所暫定措置命令

 2024年1月25日、国際司法裁判所は、昨年12月30日に南アフリカがイスラエルのガザ攻撃を「ジェノサイド」だとして訴えた件につき、暫定措置を命じた。裁判所は、南アがイスラエルに対して訴えた訴訟を、同裁判所が裁判する権利はないとするイスラエルの主張を退けたうえで、南アが裁判所に対しイスラエルに命じてほしいと訴えていた9件の措置につき、6件を認めて、イスラエルに対して命令を下した。日本のマスコミなどでは十分に報道されていないので、ここに諸項目をすべて知らせることにする。

1. まず、南アが求めていた9つの措置とは何かを見ておこう。

  1. ガザの内外における軍事行動を停止すること
  2. 軍事行動を現在以上に拡大しないこと
  3. 十分な食糧、水、燃料、避難所、衛生、公衆衛生の入手を認めること
  4. ガザにおけるパレスチナ人の生活の破壊を、心理的ダメージを含めて、防止すること
  5. ジェノサイドの申し立てを裏付ける証拠を破壊しないこと、また事実調査使節のような国際組織がこのような証拠を保存するためにガザにはいることを拒否しないこと
  6. ジェノサイド条約の規則を遵守すること
  7. ジェノサイドに関与した人々を罰するための措置をとること
  8. 事件を複雑化したり長期化させるような行動をとらないこと
  9. 以上の措置を実行する進捗状況を裁判所に定期的に報告すること

2. 以上の南アの要求にたいして、裁判所がイスラエルに命じた措置は6つであった。 

(a) イスラエルは、ジェノサイド条約第二条に規定された行為を防止するために可能なあらゆる措置をとらなければならない。その第二条というのは、以下のとおりである。

 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。

  • (a) 集団構成員を殺すこと。
  • (b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
  • (c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
  • (d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
  • (e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(b) イスラエルはその軍隊が上のいかなる行為も行わないように保証しなければならない。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(c) イスラエルは、「ガザ地区のパレスチナ人にたいしジェノサイドを行わせる直接的・大衆的な扇動」を防止し罰しなければならない。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(d) イスラエルは、ガザの民間人に基礎的なサービスと基本的な人道的援助を与えなければならない。(これにはウガンダの判事が反対した)

(e) イスラエルは、ガザにおける戦争犯罪の証拠を破壊することを防止し、事実調査使節が入ることを認めなければならない。(これにはウガンダの判事が反対した)

(f) イスラエルは、裁判所が求める処置を遵守するために執った措置を判決の一か月以内に報告しなければならない。南アフリカはその報告に反論する機会を与えられるものとする。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

 結局、この中間的判決では、南アが求めていた9つの措置のうち、1、7、8は採用されなかったわけである。また裁判所はこの判決を履行させる強制力は持っていない。したがって、次は国連安保理事会に付託されることになる。なおウガンダの判事は、イスラエルはジェノサイドを犯そうとは「意図」していないのであるから、この事件は国際司法裁判所の検討事項には当てはまらないと主張して6項のすべてに「反対」した。

https://www.aljazeera.com/news/2024/1/26/what-has-the-icj-ordered-israel-to-do-on-gaza-war-and-whats-next

                             (南塚信吾)

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アメリカの世界史研究の第一人者であるパトリック・マニングが自身のサイトに、現在のガザ危機について見解を載せ、各方面からのコメントを求めている。かれはアメリカ政府と、国連およびその後ろの国際世論とを対置させつつ状況を見ており、今回の南アによる国際司法裁判所へのジェノサイド訴訟と裁判所の判決に注目している。アメリカの良心的な立場を示すものとして、下のサイトでかれの意見をぜひご一読願いたい。そして、コメントも。

Who Rules the World Today? – Patrick Manning (patrickmanningworldhistorian.com)

(南塚信吾)

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「世界史の眼」No.46(2024年1月)

2024年最初の「世界史の眼」には、小谷汪之さんに、「奉天からの世界史」の(上)をご寄稿頂きました。今号を含め3回に渡り連載致します。また、世界史寸評として、南塚信吾さんに、「外から見た日本の平和:ヨハン・ガルトゥング再考」をお寄せ頂きました。

小谷汪之
奉天からの世界史」(上)

南塚信吾
世界史寸評 外から見た日本の平和:ヨハン・ガルトゥング再考

*  *  *

世界史研究所では、引き続き「「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える」と題して、この問題に関する論考を掲載しております。12月には4度にわたり掲載いたしました。

「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える4(2023年12月9日)

藤田進
イスラエル軍ガザ攻撃60日目の今

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える5(2023年12月13日)

油井大三郎
米国内で目立ち始めたイスラエル批判の動向

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える6(2023年12月20日)

木畑洋一
イスラエル批判と反ユダヤ主義

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える7(2023年12月23日)

藤田進
戦争の裏に天然ガスあり

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世界史寸評
外から見た日本の平和:ヨハン・ガルトゥング再考
南塚信吾

 わたしたちの著した『軍事力で平和は守れるのか』(岩波書店、2023年)でも紹介したように、1959年にオスロ平和研究所を創設して「平和学」の祖と言われるヨハン・ガルトゥングは、1958年に、平和を定義して、武力紛争など「直接的暴力」を克服することによって達成される「消極的平和」と、社会構造に生じる貧困や差別などの「構造的暴力」を克服することによって達成される「積極的平和」を分けることができ、とくに後者の平和が重要になってきていると主張した(かれの積極的平和の概念は、安倍元首相の「対米追従」の積極的平和主義と用語は似ているが内容は大いに異なるものであり、ガルトゥング自身、「印象操作」だと批判している)。そのガルトゥングは、2017年に『日本人のための平和論』(ダイヤモンド社)という著書を著している。この書において、ガルトゥングは、日本における平和論が「外から」はどのように見えているのかを示してくれている。同書については、すでに法律家の大久保賢一氏らの紹介がある(ヨハン・ガルトゥング著『日本人のための平和論』を読む (hankaku-j.org))が、歴史学の面からも検討されてよいと考える。

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 ガルトゥングはまず、日本の安全保障観が「外から」どのように見えているのかを、以下のように指摘している。筆者の観点から少し断定的にまとめてみた。

  1. 日本は外からは完全にアメリカの「従属国」であり、「占領」下にある「植民地のレベル」にあると見られている。日本は「対米追従」をやめて、アメリカから「真に独立」すべきである(『日本人のための平和論』14-16、115-116、122ページ)。 
  2. 米国は日本の憲法第9条も邪魔だと考え始めている。日本国憲法は、もともと米国が統治しやすいように「押し付けた」ものだが、米国は、第9条がなくなれば、いまや変化した米国の世界戦略に日本を有効に使えると考えている(14-15ページ)。一方、「憲法9条があるために、これまで日本では現状を変えるための平和政策が生まれてこなかった。ほとんどの日本人は9条がすべて面倒を見てくれると信じ、代替案が必要などと考えもしなかった」。「いざとなったら憲法9条が守ってくれる。その発想がいまの日本を危うくしているのではないだろうか。」という(223-224ページ)。
  3. 沖縄は「琉球処分」の前に戻って、「自立」すべきである。例えば、日本の中の「特別な地位」を認められるべきである。そして、沖縄の米軍基地は全廃すべきである(40-43ページ)。
  4. すべての米軍基地を日本から撤退させればいい。日本は米軍基地などなくても安全を確保できる。米国は基地と主要兵器を各国の中心から離れた周辺に置いているが、日本ではそうではない。そういう基地がない方が創造的な平和政策が実施しやすくなる(33-35ページ)。
  5. 国を守るためには、外交努力だけでなく武力による防衛も必要である。だが、日本は攻撃的な武器を持たず、徹底して「専守防衛」を維持すべきである。とくに長距離兵器を持たないなどの原則を立てるべきである(44-53、120-121ページ)。これに関連して、原子力発電とも決別すべきである(125-128ページ)。
  6. 尖閣、北方4島などは関係各国の「共同所有・管理」にするのがよい(61-63、116-118ページ)。
  7. 中国の考え方を理解すべきである。向こうから戦争してくることはあり得ない。中国はこれまで一度も日本本土を攻撃したことがない。中国は自分の文明を他より優れていると考えて、傲慢かもしれないが攻撃的ではない。むしろ防御的である。中国はヨーロッパ諸国や米国と違って、軍事力をひっさげて広大な世界に進出したことはない。中国に日本を攻撃する意図があるとは思えない。日本人は、「私たちは彼らを攻撃したことがある。彼らは報復を計画しているに違いない。ゆえに彼らは危険だ」というパラノイアを懐いているのだ(74-80ページ)。 
  8. 北朝鮮とは「和解」のチャンスはある。日本が植民地支配と戦争中に与えた損害にたいして政府が明確な「謝罪」をし「補償」をすれば一歩前進する。「慰安婦問題」については、北朝鮮は韓国ほどヒステリックではない。「拉致問題」は日本が戦争中までに行った強制労働などへの「単純な復讐」なのである。北朝鮮の核保有は「抑止力」のためであり、国力の誇示のためである。経済制裁はまったく「逆効果」である(91-100,245-259ページ)。北朝鮮が望んでいるのは、平和条約締結、国交正常化、核なき朝鮮半島である(119ページ)。
  9. 日本は関係各国と歴史的事実を共同で確定し、「和解」を探るべきである。慰安婦問題、南京事件、真珠湾攻撃、原爆投下問題について、関係国とこれを行うべきである(101-114ページ)。
  10. 「東北アジア共同体」を構想するべきである。そこには中国、北朝鮮もメンバーにはいるべきである。諸国間の緊張・対立はアメリカを利するだけである(118-120ページ)。

 要するに、日本は「対米追従」をやめて、近隣アジア諸国と対話し、独自の外交と防衛の政策を追求すべきであるというのである。

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ガルトゥングは、以上のような指摘をしたうえで、次に、アメリカの対日政策について、以下のように言う。

  1. 米国が他国に行う軍事介入の目的は、テロとの戦いのためでも、人権や民主主義の擁護のためでもなく、覇権主義の行使であり、経済的利益の確保なのである(28ページ)。
  2. こういう覇権主義を進めるアメリカは頼れる仲間を次第に失いつつある。中南米、ヨーロッパで足場を失いつつある。そして、今や中国の挑戦を受け始めている。そういう時、「この手詰まりを打開するために日本を使おうとしている」のだ(30ページ)。
  3. 米国は日本に対し、ただ米国に守られているだけでなく、米国とともに戦闘に参加させる必要があると考えている。そのためには憲法第9条は邪魔だと考えている(14-16、36.ページ)。
  4. 日本が他国に攻められたとしても、米国が日本を助けに来るとは思えない。そのことは強く疑うべきである(36ページ)。
  5. 「核の傘」などということは信じられない。米国が日本を守るために中国と核戦争に突入するリスクを取るということは信じられないことである(36-37ページ)。
  6. いま多くの日本人は、米国に守ってもらわなければ日本の安全は守れないのではないか、そのためには「集団的自衛権」を行使して米国に協力しなければならないのではないか、日本はテロとの戦いに参加する道義的義務があるのではないか、と思っているように見受けられる。「集団的自衛権」は日本を守るどころか、日本の安全を脅かすものでしかない。それは日本をより危険な状況に陥れる。「集団的自衛権」は、全くのナンセンスであり、プロパガンダである。それは軍事同盟であり、「米国による他国攻撃に参加する権利」なのである(16-18ページ)。
  7. 中国や韓国の人々は、米国と、米国に動かされる日本の「タカ派」を恐れている。日本は、他国からは、それほど「安全な国」だとは見られていない、むしろ「危険な国」と見られていることを自覚しておく必要がある(21-23ページ)。

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 ガルトゥングが示すこのような「外から」の見方によって、われわれは自分の置かれている場所を見つめなおすことができるのではないだろうか。われわれのかなりの人は、日本は平和憲法を持っている平和な国民なのであり、さらに日米同盟によりアメリカに守られているのだと、思っているかもしれない。ガルトゥングは、「外から」見れば、それは「幻想」だというのだ。

 しかし、われわれはそれを「幻想」と言われると反発する。それは、われわれの思考があまりにもアメリカべったりになっているからではないだろうか。いったい、日本はいつからこのようにアメリカべったりになったのだろうか。

 考えるに、1950年代-70年代においては、日本はアジア諸国や社会主義圏との関係も尊重して、ある程度自分たちの行方を模索していたのではなかろうか。1955年のバンドン会議、56年の対ソ交渉、1972年の日中国交回復などを見ればわかるだろう。十分な検証が必要ではあるが、転機は1979年頃ではなかろうか。「日米同盟」という用語が使われ始めたのは、1979年ごろからである(冨田佳那「「日米同盟」言説の出現」『慶應義塾大学大学院法学研究科論文集』2019)。それが既成事実となり、大義になり、日常になる。1980年代の中曽根・レーガン時代はそうであった。そして、今やわれわれの思考はあまりにもアメリカべったりになってしまっている。政治だけでなく、文化もメディアもそうである。歴史学もそうでないといいのだが。ガルトゥングの言う事は、日本はもっと創意工夫をした外交と安全保障の政策を追求すべきだということであろう。なお、「対米従属」がもたらす諸問題については、最近出た内田樹・白井聡『新しい戦前』(朝日新書、2023年)でも論じられている。

(本論での出典は、ヨハン・ガルトゥング著 御立英史訳『日本人のための平和論』ダイヤモンド社、2017年―Johan Galtung (with Miguel Rivas-Micoud), People’s Peace: Positive Peace in East Asia & Japan’s New Role, Tuttle-Mori, 2017)

(「世界史の眼」No.46)

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