イスラエルによるガザのパレスチナ攻撃は続いている。圧倒的な国際世論にも拘わらず。その背後にはアメリカ合衆国(US)の支持がある。最近、さすがにその支持には留保が付けられてきているようだが、イスラエルの戦闘の意思は固い。
このようなガザ戦争について、そして何よりもUSのイスラエル支持について、US内部でも批判の声が高まってきている。われわれの良き友人である世界史研究の主導者P.Manning(パトリック・マニング)が、かれのホームページContending Voicesにおいて、USの政策を批判し、国連の力の増大に注目する見解を発表した。Who rules the world today? と題する小論である(Jan. 30, 2024)。彼はその小論を一人でも多くの人に共有してほしいというので、それを翻訳して我々のHPに載せることを歓迎してくれた。以下、マニングの小論の翻訳を掲載する。かれの大局的な見方を参考にしていただきたい。(南塚)
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はじめに
イスラエルとガザの危機は世界の転換点になりそうである。USの世界支配はグローバルな世論に支えられた国連におけるコンセンサスに取って代わられるかもしれない。つまり、国連総会が国連安保理での5大常任理事国の拒否権というものを素通りして、大量殺戮を断固として終わらせ、戦後の体制づくりの調整をするかもしれない。
なぜ国連総会が事態をその手中に収めなければならないのか。国連は大国よりも全世界の国々を代表するようになってきたので、USは頻繁に拒否権を行使するようになり、そして、UNの行動を阻止して、みずからの軍事的・政治的行動を拡大しようとしている。ここにはパレスチナ人の権利を制限し、イスラエルを武装化するための拒否権も含まれている。
1. 最近の危機の詳細
《ハマスの攻撃とイスラエルの報復》
数年間の戦争の後、10月7日に行われたハマスのイスラエル攻撃は、1200人の人を殺した。ハマスは約200人の人質も取った。イスラエルはすぐに反応し、今でも続いている。USはイスラエルの戦争のために武器と政治的支持を与え続けている。4か月近くの爆撃と銃撃によって25,000人以上のパレスチナ人が殺された。とくに女性と子供である。そして、200万人が避難民となった。
《グローバルな世論》
ガザでの平和を求める最近の世界的なデモは、これまでのそのような呼びかけのどれにも優っている。それは同一の意見ではない。しかしそれは未曽有のものであり、それが続けば、各国政府に影響力を与えるであろう。
《USの政策の偽善性》
バイデン大統領とブリンケン国務長官は、イスラエルが戦争を縮小していると言う。だが、バイデンは米国議会に諮ることなく、イスラエルに攻撃兵器を送り、イエメン、シリア、イラク、レバノンを爆撃している。偽善性は明らかである。USは平和を支持していると主張するが、戦争を支持し続けているのだ。USの指導者たちは自分たちがイスラエルとパレスチナの戦後体制を決めるのだと期待している。だが、ワシントンはイニシアティヴを失いつつあるように見える。この間、EUのほとんどのアメリカの同盟国は戦闘の中止を求めている。国連総会の12月の緊急総会では、27のEUメンバーのうちの17国が停戦を支持した。その後、EU議会は停戦と人質解放を可決した。
《USの拒否権》
12月8日の安保理において、停戦決議は全会一致に近い支持を得た。しかし、USが拒否権を発動した。国連における拒否権は、1950年以来少なくとも11回は克服されたが、USの拒否権は一度も克服されることはなかった。国連は新たな手続きを開発しない限り、行動をすることはできないのだ。
《南アのイスラエルに対するジェノサイド告訴》
2023年12月29日、南アが国際司法裁判所にイスラエルがジェノサイドを犯していると告発した。「国民、民族、人種、ないしは宗教集団を、すべてないしは部分的に抹殺しようという意思をもってなされる罪」を犯しているというのである。南アは、速やかに「暫定措置」を裁定するように求めた。それによって、イスラエルに、ジェノサイドを犯すあらゆる扇動を止め、軍事行動を停止するなどを命ずるようにするためである。1月11-12日に公聴会が開かれた。バイデン大統領その他の幹部は、ぞんざいにもイスラエルに対する南アの主張を「価値のない」ものとして無碍にした。
国際司法裁判所は、17人の判事をもって、1月26日に判決を出した。裁判所は、1948年のジェノサイド条約にきっちりと基づいて、イスラエルに対して可能な限り強い命令を出した。裁判所は、殺戮と軍事行動などを直ちに止めることを命じた。これは「停戦」命令という言葉こそ使わなかったが、それに等しいものであった。さらに、イスラエルに、人道的支援を行うこと、ジェノサイドの扇動を罰すること、そして一か月以内にその遵守について報告することを求めた。裁判所はまた、人質の解放への関心をも表明した。
2. 危機の起源
《国連管理》
恐ろしい戦争と二発の原爆の後、1945年につくられた国連とその安保理は、世界の秩序を指導するはずであった。そのとき国連憲章は安保理の5大国に拒否権を与えた。国連が、大国よりもむしろ世界のすべての国を代表するようになると、USとその他の大国は安保理の決議に拒否権を発動することによって国連の活動を制止し始めた。1970年以後の主な拒否権を見ると、イスラエルの軍事行動を擁護するためのUSの拒否権、2022年のロシアのウクライナ戦争を終結させる決議へのロシアの拒否権、シリアでの停戦についてのロシアの拒否権などがある。
《イスラエルとパレスチナ》
イスラエルは1948年に国家として承認されたが、パレスチナは国家としては認められなかった。いまでは、イスラエルとパレスチナに600万人のパレスチナ人と700万人のイスラエル人が住んでいる。過去70年の間にいくつもの衝突があって(1947-48年、1956年、1967年、1982年、2009年、2023-24年)、その間に約1万3000人のイスラエル人と、約6万人のパレスチナ人が死んでいる。いまのイスラエル政府は征服を狙っている。つまり、パレスチナ人をすべて追出し、パレスチナをイスラエルに併合することを狙っている。
《世界中の世論》
歴史的に見ると、社会的・人道的危機(例えば、1989年に起きた天安門事件、ベルリンの壁、南アのアパルトヘイト、2003年のUSのイラク侵攻)に対する地球大の大きなデモが社会変化に影響を与えそれを強化したことが分かる。これらの大衆的意思表示は、世界的な脱植民地化(100の新興国が独立)と、多文化主義(世界的な人の移動と文化交流の結果)から生まれたものである。そういう過去と同様、世界的な世論は、イスラエル―ハマス戦争とその最終的軌道にかんする世界的な決定に依然として意味を持ちつづけるであろう。
3. 次は何が起こるか
現在の虐殺は何らかの形で終わるであろう。しかし、だれが決着をリードするのだろう。
《シナリオ1―国連が主導する》
1月26日の国際司法裁判所がイスラエルにジェノサイドを回避ないしは終息させるように命じた判決に基づき、国連安保理と国連総会がイスラエルの順守と危機の解決を求める。国連の主導する諸国の連合とともに、パレスチナ人が勝利する。国連は、おそらく1967年以前の国境によるパレスチナ国家と、パレスチナ市民の権利を早急に承認するよう要請するだろう。その場合、国連におけるUSの役割はどうなるだろうか。望ましいのは、USが政策を変えて、解決にいたるための国際的努力に合流し、イスラエルに合意に至るよう後押しすることである。
《シナリオ2-USが覇権に固執する》
もしUSが大国としての影響力を行使し続ける―国連のコンセンサスを圧倒して―ならば、そのときにはイスラエルが優位に立つだろう。実際、USの高官たちはすでに国連に相談なしに戦後処理を準備しつつある。その際には、パレスチナ人の長続きする国民国家はすぐにはできないであろう。なぜならそういうUS=イスラエル主導の決定にはごく限られた国々しか参加しないだろうからである。おそらく紛争は続くであろう。
《別のシナリオ》
もし、USがイエメン、シリアその他の国への攻撃を続けたり拡大したりしてイスラエルのガザ攻撃を支援し続けるならば、戦争はさらに中東に広がり、場合に依ってはもっと大きく世界的な紛争にさえなることが考えられる。USはそのような危険を冒しつつあるように見える。そうなれば、世界情勢に破滅的な変化を引き起こすであろう。
国際司法裁判所の最近の命令はイスラエルに戦争を中止させるかも知れない。しかし、それですぐに終戦にはならないであろう。国連安保理がイスラエルとUSに戦争を中止し裁判所の命令に応ずるよう指令する決議を提案することが予想される。その際、もしUSが拒否権を発動したら、国連総会が同じくらいに強い規制を可決しようとするであろう。
もし国連とそのメンバーがこの度の危機を解決する事が出来れば、USの国民と政治家たちは国連と、その重要性と、その組織にもっと関心を払うべきであるということを学ぶであろう。パレスチナとイスラエルにおいて、公平な講和は多くの人に歓迎されるであろう。もちろん、平和への道程にはまだ重要なチャレンジが待って居るだろうけれども。しかしながら、世界中の大小の国にとって、国連が強くなることはポジティブな展開である。より強い力は、国連をその本来のヴィジョンにいっそう近づけるであろう。つまり、国際的な平和と安全を守るというヴィジョンである。
(「世界史の眼」No.50)