書評:アラン・テイラー著(橋川健竜訳)『先住民vs.帝国 興亡のアメリカ史—北米大陸をめぐるグローバル・ヒストリー』(ミネルヴァ書房、2020年)
伏見岳志

 本書は、北米大陸の植民地史をコンパクトに描きだした著作である。この点は、原著の題名Colonial America: A Very Short Introductionに端的に表されている。A Very Short Introductionはオックスフォード大学出版局が刊行しているシリーズであり、さまざまなテーマに関して、第1線の研究者が書いた平明で簡潔な入門書を集めている。本書もこの主旨に則って、植民地時代の北米の全体像を目配りよく、かつ簡潔に平明に記述している。

 ただし、邦訳をみると、題名が原題の直訳ではないため、北米植民地史の入門書という印象は受けない。それよりも、日本語の題名は、本書が持つ独自性を伝えることに力点をおいている。入門書とはいえ、その内容はかなり挑戦的であるからだ。

 著者の姿勢は、序章での伝統的な歴史像への批判によく示されている。伝統的な「アメリカ例外主義」的な記述では、大西洋側のヴァージニアやニューイングランドというイングランド起原を強調し、その植民者たちがヨーロッパの因習を打破し、個人主義と共和主義を太平洋側にまで押し広げていくという物語が展開される。しかし、「植民地期アメリカは、イングランド人がアメリカ人になるという単純な話よりも、はるかに大きな広がりがあった(9頁)」と著者は主張する。

 著者が特に重視するのは、多様な先住民集団である。序章の冒頭では、先住民カトーバがサウスカロライナ総督に与えた地図を分析し、カトーバにとっては、彼らこそが中心であり、植民者はその流儀を学ぶべき「周縁的な存在」であったことが指摘されている。

 「先住民を重要な存在として植民地史の中に置き直そうとする(7頁)」試みは、「大陸史」と呼ばれ、その成果によって歴史像は刷新されつつある。多様な集団から構成される先住民は、けっして「原始的で周縁的で、消えゆく」わけではなく、お互いに競いあい、植民者ともわたり合う存在である。

 先住民諸集団の相互関係や植民者との交渉を中心に植民地史を描く際に、もうひとつ視野にいれるべきは、植民者側の多様性である。イングランドの植民地が多様であることに加えて、北米に進出したヨーロッパ勢力はフランス、スペイン、オランダ、ロシアなど数多い。先住民が遭遇したのは、こうした複数のヨーロッパ勢力であるから、先住民と植民者の接触は単純な二項対立では語れない。

 したがって、本書は、アメリカ合衆国の前提としてのイングランドによる北米植民地史という枠組みを取り外し、16−18世紀にわたって展開された、諸勢力による多様な関係の束として歴史叙述を構築し直そうとする試みだといえる。合衆国を前提としないため、本書が扱う空間は拡大し、カナダやカリブ地域をも含みこんでいる。

 ただし、多様な関係性や広い空間を簡潔な一冊の書物にまとめ上げるためには、それ相応の枠組みは必要となる。著者が用意した枠組みはいくつかあるが、まず強調されるのは、先住民の環境への適応力の高さである。序章につづく第1章では、ベーリング海峡を超えて以来、先住民が各地での環境やその変動に適応した生活様式を生み出してきた長い歴史が概観される。コロンブスの交換による生態系変化や人口激減にも関わらず、先住民はその適応力を発揮する。

 では、その適応力は、北米の各地でどのように発揮されたのか、第2章〜第6章は、先住民と植民者の関係を、各ヨーロッパ勢力の進出地域ごとに描き出す。第2章はスペイン領、第3章はフランス領、第4章はイングランドのうちチェサピーク、第5章はニューイングランド、第6章はカロライナと西インドが扱われる。章の順番は、各植民地が成立した年代に基づく。なお、オランダとロシアの進出は独立した章ではなく、第7・8章のなかで扱われている。

 第2〜6章は独立した内容だが、お互いを関連付けるための工夫も多い。まず、各植民地の特色を説明するために、他の植民地との比較がおこなわれる。例えば、フランス植民地では入植者数が少ないことが、フランスとイングランドとの移民押し出し要因の強弱によって説明されている。人口データを多用している点も、各植民地の特徴や変化を比較によって把握しやすくするための配慮であろう。

 もうひとつの工夫は、各植民地の相互影響を描くことである。たとえば、第2章ではプエブロ族が、北からのアパッチ族の侵略を防がないスペイン人に失望して、1680年に反乱したことが語られる。では、アパッチが南下するのはなぜか。それは第3章を読むと、彼らがフランス人から銃を入手し、馬に乗ることで、狩猟域を広げたことが背景にある。このように、ある章の叙述について、別の章では異なる視点から理解を深める記述が随所に盛り込まれており、各植民地が連関していることが示されている。

 比較と連関に加えて、北米史をより広い空間から考察した点も本書の特徴である。最後の第7−8章では、多様なはずの北米でなぜイングランドが力を持ち、そこからアメリカ合衆国が登場するに至ったのかが説明されている。記述にあたっては、北米史研究の一大潮流であり、グローバル・ヒストリーの草分けである「大西洋史」の知見が十二分に盛り込まれている。さらに、近年進展が目覚ましい「太平洋史」も参照され、のちのハワイ併合までもが射程に収められている。北米史を、それをとりまく大洋やその向こうの世界という広いコンテクストのなかで眺めることで、帝国としてのアメリカ合衆国が成立するダイナミズムを活写したのが、この2章である。

 以上のように、本書はコンパクトでありながら、広い視野に立って、だいたんな見解を盛り込むことで、北米植民地史に新しい叙述の可能性を開いたといえる。しかも、文章は平明であり、各章は20頁前後でまとまっているため、講義でも使いやすい。実際、評者は大学1・2年生向けの授業で使用しており、日本人向けの補足は必要(例えば「ヒスパニック」の意味内容)なものの、学生にとっても読みやすいようだ。

 読みやすさは、翻訳によるところも大きい。原文に忠実でありつつ、わかりにくい箇所には単語が補う配慮がなされている。また、訳者である橋川健竜氏の解説がたいへん充実している。書評を準備するにあたり、何度か目を通したが、書くべきことは解説で網羅されているので、途方に暮れた。評者はラテンアメリカ史が専門であり、北米史の研究者には明るくないが、解説を読み、著者アラン・テイラーが重要な研究者であり、他の著作の翻訳が待望されることもよくわかった。

 最後に、ラテンアメリカ研究の視点から感想を書くと、南北アメリカ大陸でヨーロッパ諸勢力の抗争の場となったのは、北米とカリブ(沿岸地域も含む)、それからラプラタ東岸地域であろう。このうち北米とカリブの違いは、ヨーロッパ以外のアクターとしてより重要なのが、先住民かアフリカ系奴隷か、という点にある。北米でもアフリカ系は重要なテーマだが、本書では、チェサピークやカロライナの章での記述はあるものの、書物全体に占める記述は相対的に少ない。いっぽうで、先住民の捕虜に関する言及は多い。先住民とアフリカ系双方の拘束を含めた考察は、北米史理解にとっては重要であろう。翻って見ると、ラプラタ地域も抗争のなかで、先住民捕虜やアフリカ系奴隷が問題系として顕在化する。双方を共通の視座で描くことは、ラテンアメリカ史の課題でもあることに思い至った。その点でも、示唆に富む著作であった。

(「世界史の眼」No.13)

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