世界史寸評」カテゴリーアーカイブ

世界史寸評
オルバーン失脚の世界的影響―ハンガリー選挙をめぐる報道より(その1)
2026年4月12日―18日
南塚信吾

 2026年4月12日(日)に行われたハンガリーの国会選挙では、ヴィクトル・オルバーンの率いるフィデス(青年民主同盟)党が大敗し、ペーテル・マジャルの率いるティサ(尊敬と自由)党が地滑り的な勝利を得た。16年にわたって続いたオルバーン政権は終焉した。確定した結果によると、国会の議席199のうち、ティサは141議席を獲得し、フィデスは52議席にとどまった。

 一国の選挙がこれほど世界的に注目を浴びたのはまれであろう。この選挙は、ハンガリー国内だけでなく、アメリカのMAGA運動や世界中の極右勢力の強靭さを試す試金石として、世界中から注目された。彼らの多くはかねてよりオルバーンを模範として、その戦略を模倣しようとしてきたからである(Kassam)。 ニューヨーク・タイムズ(NYT)の国際版(NYT Int)やジャパン・タイムズ(JT)をみると、何度も全面を使ってオルバーン失脚の世界的意味を論じていた。オルバーン失脚の世界への影響はどうか。NYTとJTを中心に内外の報道を取り入れて議論を整理してみたい。

1.オルバーンはなぜ負けたのか

(1)オルバーンの敗因

1)経済不振と腐敗・縁故主義

 オルバーンの率いる右派ポピュリスト政権は、在任期間中、自らの権力を抑制していた権力分立の仕組みを着実に弱体化させてきた。具体的には、選挙法を自らの利益になるよう改正し、国内メディアの約80%を支配下に置くべく工作を行い、司法制度を再編した。(ガーディアン)16年に及ぶ長期政権を築いたオルバーンは、司法介入やメディア統制を通じ、権力を追求しつつ政敵を排除してきた(『時事通信』)。

 このように、オルバーンは、中央地方の政治・司法・文化の諸機関に自分の息のかかった人物を配置して、権力を固めたはずであるが、それでも選挙で負けたのである。

 その理由を読売新聞はこう伝えた。ハンガリーは、ロシア産エネルギーの輸入や、中国からの投資を頼りに経済成長を目指してきた。だが、国内総生産(GDP)成長率が2023年以降、3年連続で1%を下回った。1人あたりGDPはEU加盟国で下位にある。中露に依存し、国家管理を強化する手法が限界を迎えていたのは明らかだ。オルバーン体制で横行した汚職や縁故主義も、経済成長を妨げてきた要因といえる(『読売新聞』)。これは的を射ている。

 筆者の友人で、ハンガリーの著名な画家・イラストレーターであるフェレンツ・バンガが、2025年3月に日本へ来たときに、オルバーンの政治について聞いたことがある。かれは、①物価が高く、生活は苦しくなった。石油はあるが、とても高い。②小学校が教会に売却されて、半数は公立ではなく教会の経営になってしまった。だから教育が一面的になっている。③出版社がどんどんなくなり、経費を削減しようと、出版にさいしてイラストを入れなくなった。④身近にあった小さい商店が消えて、スーパーだけになった。⑤行政、メディア、教育・研究、病院などの管理職はすべてオルバーン派の人間になってしまった。⑥町には警官ばかりが目に付いてしまう。日本はとても少ないので驚きだ、などとオルバーンを批判していた。これが、ハンガリーの国民のレベルでの目線に近いだろう。

 要するに、経済と腐敗・縁故主義がカギであったようだ。ただ、この両者は因果関係にあったという指摘がある。政治での一党支配と家父長的な支配は、ハンガリーの19世紀以来の政治の伝統だから、それで批判が募ったということはない。そうではなくて、経済政策で、自分の周辺の人間に公的な金を流して太らせ、反面国民を貧困にした。特に中産階級が激減した(Bottoni)。

 これ以外に、アメリカのトランプ政権との絆が逆に作用したと指摘するものもある(Broder)。とくにイラン戦争はトランプ政権への評価を下げたようだ。

2)「ポピュリズムのパラドックス」 

 こういう国民を貧困にしたといった問題を、NYTはポピュリズムの問題として論じている。NYTは、ポピュリストがピープルの要求に答えられなかったのだという。「結局、右翼ポピュリズムのハンガリー人先駆者はポピュリストであることを完全にやめたのだ」。マジャルが批判したように、「オルバーンは何年もの間、ハンガリーの人々に関係する問題に注意を払ってこなかった。」「われわれは、かれが医療や教育や生活費について語るのを聞いたことがない」(Higgins)。

 オルバーンはプーチン(2019年)やトランプ(2016年)よリも早くに「リベラル・デモクラシーは盛りを過ぎた」と言った。しかし、かれは負けた。なにが起きたのか。それは政治の基本のことで、「選挙に勝つには人々に人気がなければならない」という基本が示されただけのことだ。日曜日に起きたことは、ハンガリー国民にイデオロギー的な地震や方向転換が起きたということではない。単に人間的なことである。国民は、しだいにおべっかと、大きな宣伝マシーンからの賞賛に甘やかされるようになった強いリーダーを倒したのである(Higgins)。

 オルバーンは「ポピュリズムのパラドックス」に陥って敗北したのだとする説もある。「ポピュリストのパラドックス」と呼ばれる、よく知られたパターンがある。一部のポピュリスト指導者は、「腐敗を一掃し、汚職と闘う」という公約を掲げて勝利を収める。しかし、一旦権力を握ると、彼らは汚職を防ぐための制度を徐々に弱体化させ、その汚職を利用して自らの支配を強固なものにしていくのである(Bennhold)。

3)政治家というよりは「興行主」

 最後に皮肉たっぷりの議論を「ウオール・ストリート・ジャーナル」が載せている。曰く、オルバーンを支持する米国の「オルタナ右翼」も、国際的なリベラル派のオルバーン批判者も決して、長年ハンガリー首相を務めた彼を真に理解していたわけではなかった。本当の独裁者であれば、自分の権力を脅かす選挙を回避あるいは制御する手段を見つけていただろう。オルバーンは結局、政治家というよりは興行主だった。移民、キリスト教、同性愛、世界主義的自由主義、国家主権にロシアなど、オルバーンはどこに熱い議論を巻き起こす争点があるかを知っていた。彼はそれを頻繁に強く刺激した。ナショナリスト的な保守派はそれを大いに喜び、世界主義的自由主義者は激怒した。その一方で、オルバーンは政治機構の構築に精を出したが、それは世界を変えることより、自分の権力を維持することを重視するものだった。

 過去16年の大半において、オルバーンの体制は機能してきた。彼が掲げた大義は、高齢化と人口減少が進むハンガリーにおいて、将来に不安を抱き、移民や文化的変容に脅威を感じる国民の共感を呼んだ。同時に、EUの世界主義的、脱国家的かつ脱歴史的なリベラル思想に対する彼の反対姿勢は、世界中で支持者を集め、それが彼の国内での地位強化に役立った。

 だが、オルバーンは建設者というよりエンターテイナーとして優れていた。広く称賛された彼の家族重視政策も、ハンガリーの人口減少を反転させることができなかった。有能な若いハンガリー人が西欧に移住する状況が続いた。汚職が広がる中、経済は停滞した。ハンガリー人はかつて旧ワルシャワ条約機構加盟国の住民の中でも最も裕福な部類に入っていた。だが現在では、ルーマニア人より貧しい。選挙区の恣意的な改定やメディア操作は、発想力に欠けるように見える指導部に対する国民の倦怠感の高まりを克服することはできなかった(Mead)。

 オルバーンもマジャルもイデオロギー的に大差がないことを考えると、このような見方もあり得るかもしれない。

(2)マジャルの勝因   

1)EUと縁故主義

 マジャルは、なぜ大勝したのか。鍵は、EUと縁故主義に主に求められている。マジャルは、ハンガリーとEUの緊張した関係を修復し、汚職を取り締まり、生活水準を引き上げ、長年放置されてきた公共サービスに資金を投入すると公約した(Kassam;Breeden)。マジャルは現在の体制とはきっぱりと決別すると断言し、とくに公的資金で私腹を肥やす連中は排除すると約束した(Goldberg April 13)と言われている。

 そのうえで、マジャルは独特の運動を繰り広げてきた。2年間にわたり、マジャルは急成長する自分の運動を全国の村々や町の広場、そして都市へと広め、長年にわたりハンガリーに蔓延していた縁故主義や汚職にうんざりしていたハンガリー国民を結集させてきた(Kirby)。私の友人で、元ハンガリー科学アカデミー総裁であった歴史家のベレンドUCLA名誉教授は、マジャルが全国の町や村を回って人々と直に接したことを重視している。もともとオルバーンは地方に強いはずであったが、そこを縁故主義や汚職を批判するマジャルに掘り崩されてしまったのである。

2)二つのポイント

 NYTの編集部はマジャルの選挙キャンペーンの二つのポイントを指摘した記事を載せている。

 一つに、生計に関する問題に焦点をあてたこと。ティサ党は、政府のサービスの非効率を批判、勤労家族の減税、医療の拡大、年金の増額、児童手当の拡大、学校の補助員の給料引き上げを公約、富裕税からの収入とEUからの基金で、これを賄うとした。数家族が国の半分を持っていると言われた。マジャルは、汚職問題を中心的争点とし、それとの関係で、ハンガリーの生活水準の停滞を取り上げたのだ。

 二つに、社会的進歩主義を採らなかったこと。マジャルは中道右派で勝利した。経済的には進歩主義だが、文化的には保守とは言わないが中道である。マジャルは、右派として愛国的シンボルを使った。国旗がその例だ。彼の名前も得している(=マジャルとはハンガリーのことである)。かれはナショナリストだと公言している。かれは農村部を回った。ウクライナのために軍隊や武器を送らないと約束した。LGBTQのデモには出なかった。移民については、オルバーンよりも厳しい規制を主張した。ハンガリー在住のアメリカの保守主義者ロッド・ドレアは、マジャルが勝ったのは、「少なくとも公的には、かれがオルバーンの支持するすべての事を受け入れたからである」という。マジャルは、不法移民に反対し、同性愛にも反対している。選挙は、中道右派と権威主義的右翼との争いだったのだ(The Editorial Board)。

3)「オルバーンでないこと」   

 マジャルの勝利は、イデオロギーや政策体系の故ではないとの声が強い。マジャルの勝利は、オルバーンとのイデオロギー上の隔たりを巧みに最小限にとどめつつ、自身の能力と誠実さに焦点を合わせたことにある(Mead)とか、マジャルは、オルバーンと同じような考えをする保守派であるが、かれはオルバーンほど好戦的でも断定的でもなく、自国ともEUとも仲良くやっていく「人間的な」ハンガリー人であることを約束したのだと言われた。そしてついには、マジャルは医療や教育やEU対策などについて詳しく語ったことはなく、かれの最大の強みは「オルバーンでないこと」だったのだ(Higgins)とされる。これがポイントかもしれない。

2.ハンガリーの国内政治はどうなる  

1)喜ぶ人たち

 『ガーディアン』は、オルバーンの敗北を喜ぶ国民の声を伝えている。「独裁政権や右派のイデオロギー、そういったものはすべて消え去り、私たちはより良い国を作るチャンスを得たのです」。「希望に満ちて、幸せです」。「これからの4年間が、過去16年間よりも良いものになることを心から願っています」。「今後4年間、ハンガリー国民は安全、平和、自由を享受でき、誰にも生活に干渉されることはないだろう」という声である(Kassam)。ハンガリーの地方都市に住むわたしの友人は、地方の文化の維持、育成に熱心に取り組んでいるが、彼は「これで、創造的な仕事ができるようになる」と喜んでいる。

2)そんなに喜んでいいのか

 たしかに、ティサ党が公約してきたように政府のサービスを効率化し、勤労家族の減税、医療の拡大、年金の増額、児童手当の拡大、学校の補助員の給料引き上げは実現していくだろう。富裕税を導入し、数家族が国の半分を持っているという汚職と縁故主義は一掃していくだろう。国民の生活水準の引き上げ、医療制度の改善も約束している。教育関係の改善も実行するだろう。また、対外的には、「同盟国からの信頼回復」や「脱ロシア産エネルギー」を目指し、EUとの関係改善に努めるとみられる。そして、オルバーンのように中国など「東」を重視するよりも、「西」へ回帰することを目指している。

 だが、マジャルはやはり保守派なのである。マジャルはかつてはオルバーンに刺激を受けた人物で、その後汚職問題などを機にオルバーンとフィデスに幻滅してそれを批判するようになった。しかし思想は保守なのである(Goldberg April 15)。マジャルは、難民受け入れには批判的である。また、LGBTQをオルバーンほど毛嫌いすることはないとはいえ、LGBTQには慎重である(Breeden)。対外的にも、ウクライナの「迅速なEU加盟」には反対の立場で、EUなどと一定の緊張関係が続く可能性はある(『時事通信』)。

3)もっと深刻に考える人もいる。

 「ハンガリーの今後の道筋は複雑なものである。フィデス党による経済界、メディア、行政、司法への支配は、広範囲かつ深く及んでいる」とみる人もいる(Kassam)。

 「オルバーンがいなくなってもハンガリーはまだむつかしい状態がつづく」とみるのは、選挙制度の問題があるからである。今回の選挙は独特の選挙システムのおかげである。ティサは投票の53%しか得ていないのに、議席は141も獲った。フィデスは49議席だが、43%も得ている。それだけ非リベラリズムの支持者がいるということだ。ティサの票には中道右派とリベラルと左派の票が混ざっているのであると言われる(Kisilowski)。

参考文献

Orbán Defeated: Netanyahu Loses Key EU Shield as Europe Reopens Gaza Debate, Palestine Chronicle, April 13, 2026
Dmitrij Peszkov: Soha nem voltunk barátok Orbán Viktorral, Nepszava, 2026.04.14
Donald Trump: Orbán Viktor a barátom volt, Nepszava, 2026.04.14
Így fogadták Bulgáriában a magyar választási eredményeket, Magyar Nemzet, 2026. 04. 15
「強権にノー、EU回帰へ=対ロ融和見直し―ハンガリー総選挙」,『時事通信』 2026年4月14日
「ハンガリー総選挙、オルバン首相の与党敗北 16年ぶり政権交代へ」 『朝日新聞』 2026年4月13日
「オルバン氏の退陣で何が変わる? ハンガリー総選挙、3つのポイント」 『朝日新聞』 2026年4月13日
「対立から結束へ ハンガリーの政権交代、欧州首脳が次々に「歓迎」」『朝日新聞』 2026年4月13日
「ハンガリー選挙 欧州極右伸長の流れ変わるか」『読売新聞』2026年4月16日

***

Adghirni, Samy & Kowalcze, Ramil, Orban’s loss hurts Trump’s standing in Europe, The Japan Times(以下JT), April 16, 2026
Bennhold, Katrin, Hungary’s Populist Paradox, New York Times, (以下NYT), April 14, 2026
Bottoni, Stefano, Orban’s Fall Is an Astounding Achievement, NYT, April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Bottoni, Stefano, Orban’s fall is an astounding achievement, New York Times International Edition (以下NYT Int) , April 16, 2026
Breeden, Aurelien, Who is Hungary’s next leader? NYT Int, April 14, 2026
Broder, David, For Orban, Trump may be his ruin, NYT Int, April 10, 2026
Browning, Kellen and Goldmacher, Shane, MAGA Absorbs the Loss of Orban, a Kindred Spirit to Trump’s Movement, NYT, April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Browning, Kellen and Goldmacher, Shane, Trump Movement loses a ally, NYT Int, April 15, 2026
Douthat, Ross , The Four Lessons Liberals Should Consider After Orban’s Defeat, NYT, April 18, 2026
  (国際版に再録)
  Douthat, Ross, What liberals should learn from Hungary, NYT Int, April 21, 2026
The Editorial Board, Here’s How to Defeat Trumpism, NYT, April 14, 2026
  (国際版に再録)
  The Editorial Board, How to Stop a would-be autocrat, NYT Int. April 15, 2026
Escritt, Thomas, Simon, Zoltan & Kasnyik, Marton, End of Orban era in Hungary,  JT, April 14, 2026
Flynn, Daniel, Dysa, Yuliia & Bayer, Lili, Hungary vote removes Kyiv’s staunchest foe in EU, JT, April 15, 2026
Goldberg, Michelle, He Was ‘Trump Before Trump.’ Now He’s in Trouble. NYT, April 11, 2026
  (国際版に再録)
  Goldberg, Michelle, Orban was “Trump before Trump”. Now he’s finished, NYT Int, April 14, 2026
Goldberg, Michelle, What Orban’s Defeat Means for the Rest of the World, NYT, April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Goldberg, Michelle, What Orban’s defeat means for the rest of the world, NYT Int, April 15, 2026
Higgins, Andrew, In Hungary, a populist lost his popularity, NYT Int, April 15, 2026
Jakes, Lara, 4 Takeaways From Viktor Orban’s Defeat in Hungary’s Election, NYT, April 13, 2026
Kassam, Ashifa and Garamvolgyi, Flora, Hungarian opposition ousts Viktor Orbán after 16 years in power, The Guardian, April 13, 2026
Kirby, Paul, Orbán era swept away by Péter Magyar’s Hungary election landslide, BBC April 184 2026
Kisilowski, Maciej, After Orban, Hungary faces an even harder battle, JT, April 16, 2026
Komuves, Anita, Once inspired by Orban, Magyar unseats him, JT, April 14, 2026
Landler, Mark , Orban’s Defeat Punctures Europe’s Far Right, but Also Offers It a Road Map, NYT, April 16, 2026 (Updated April 21)
Mead, Walter Russell, The Curtain Falls for Hungary’s Orbán, Wall Street Journal, April 14, 2026,
Méheut, Constant, Kyiv hopes its nemesis in the E.U. is gone, NYT Int, April 15, 2026
Ragozin, Leonid, Orban was defeated in Hungary, but Orbanism lives on, Al Jajeera, April 13, 2026
Simon, Zoltan & Escritt, Thomas, Vance picks fight with Europe over Orban in vote endorsement, JT, April 9, 2026
Smialek, Jeanna and Ryckewaert, Koba, Will Viktor Orban’s Legacy Lives On in Brussels, Even Without Him?  NYT, April 14, 2026
  (国際版に再録)
  Smialek, Jeanna and Ryckewaert, Koba, Populist vision lives on in Brussels think tank, NYT Int, April 16, 2026
Smialek, Jeanna, Orban Loss in Hungary Is a Big Moment for the E. U. Heres Why, NYT. April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Smialek, Jeanna, New leader in Hungary may bolster E.U. unity, NYT Int. April 14, 2026
Sonne, Paul, Hungary May No Longer Be Putin’s Ally, but It Can’t Afford a Full Break, NYT, April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Sonne, Paul, Hungary can’t afford a full break from Moscow, NYT Int, April 17, 2026

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
アメリカ・イスラエルのイラン攻撃をどう考えるか―主要新聞の社説から―
南塚信吾

 2026年2月28日、アメリカとイスラエルがイランを攻撃した。昨年6月のように核施設に限定した攻撃ではない。政治と軍事の中枢を狙った攻撃で、イランの最高指導者ハメネイを殺害した。この問題をめぐって、ネット上に登場した日本の主要新聞の「社説」「主張」を比較点検してみた。比較したのは、読売新聞(読売と略 以下同様)、朝日新聞(朝日)、毎日新聞(毎日)、日本経済新聞(日経)、産経新聞(産経)、東京新聞(東京)、北海道新聞(北海道)、信濃毎日新聞(信毎)、沖縄タイムズ(タイムズ)、琉球新報(新報)、京都新聞(京都)、神戸新聞(神戸)、西日本新聞(西日本)、上毛新聞(上毛)、神奈川新聞(神奈川)の計15社、各2月28日―3月3日の社説・主張である。このうち、読売新、毎、日経、北海道は二度にわたって社説でこの問題を論じていた。私は、昨年6月のイスラエルとアメリカのイラン攻撃についての各紙の社説などを比較して検討してみたが(本欄にもけ掲載)、それを受け継いだ形で、今回もイラン攻撃についての社説などを検討してみたい。論点は多岐にわたるが、以下では主な論点についてのみ、検討の対象とする。

 はじめに、読売を含め、ほとんどの新聞の社説は、この軍事攻撃を「暴挙」「蛮行」「無法」などと批判している。朝日と西日本は、「大国の横暴」だと批判し、北海道は、「史上まれにみる悪逆」と批判していた。昨年と違って、批判的な姿勢を見せていないのは産経のみであった。

1.国連憲章との関係について

(1)アメリカのイラン攻撃が国連憲章と国際法への明白な「違反」であると厳しく批判しているのは、読売、経済、毎日、東京、北海道、神戸、タイムズ、新報、京都、神戸、西日本、上毛、神奈川である。読売は、「またも国際法無視か」と厳しく批判する。京都は、先制攻撃に「道理がないのは明らかである」と言う。朝日は「違反」という言葉は使っていないが、国連憲章に反するとしており、信毎は、国際法を「無視」していると批判した。例えば、読売は、「国際法に違反する可能性がある攻撃を支持することはできない」と批判していた。とくに神奈川は「「私に国際法は必要ない」と公言してはばからないトランプ氏の行為は目に余る」と厳しい。北海道も同じである。これに対し、産経は、アメリカの攻撃は国連憲章や国際法への違反だという批判はしていない。その主張には、国連憲章や国際法はまったく問題にされていないのである。

(2)この問題は「自衛権」の有無に関係している。昨年6月のイラク攻撃の際に毎日が言っていたように、「国際法上、他国への武力行使が認められるのは、自衛権の行使か国連安全保障理事会の決議がある場合に限定されている。自衛権の行使は、攻撃を受けた後に反撃する場合や、差し迫った脅威があることが前提となるが、いずれにも当たらない。」昨年6月の攻撃の時、トランプ政権は決議どころか、軍事介入につき国連安全保障理事会に報告さえしようとしなかった。前回と同様今回も、安保理の決議などないわけであるから、アメリカに「差し迫った脅威」があったか否かが問題になる。これに関しては、読売、朝日、日経、信毎、北海道、タイムズ、京都、上毛が、イランからのミサイル攻撃は米軍関係者自身が可能性を否定していて、そういう脅威はなかったと論じた。北海道は、「米国に到達可能なミサイル開発」について米国防情報局は実用可能な開発は2035年までかかると評価している」と指摘する。読売は、トランプ政権は昨年6月のイラン空爆で、「核施設は完全に壊滅された」と作戦の成功を誇示していたはずだ。わずか8か月で脅威が復活したとすれば、当時の説明と矛盾する」と厳しく批判する。一方、産経は、当然のことながら、この点を問題にしなかった。

2.アメリカ議会の承認について

 アメリカの攻撃が米議会の承認を得ていない点からも不法な攻撃だとするのは、読売、東京、信毎である。中でも、信毎は、「攻撃は国連安全保障理事会の決議もなく、米国で宣戦布告の権限を有する議会にもはかっていない。攻撃に法的根拠はない。」と批判し、北海道は、「攻撃が米議会の承認を得ていなければ、法治国家としてもゆゆしき事態だ。」と警告している。

3.ハメネイ師殺害と体制転換について

(1)イランの最高指導者ハメネイ師の殺害について、朝日と北海道はこれを「主権の侵害」だと批判し、毎日は「不法な蛮行」と批判し、日経は「常軌を逸している」と批判し、神戸は「法の支配を無視」するものだと批判している。とくに読売は、ベネズエラの時のように、「意に沿わない国家指導者を軍事行動で排除する斬首作戦」をイランでも決行したことに、「驚きと憂慮」を禁じ得ないと批判した。

(2)アメリカとイスラエルが、イランの体制転換を扇動していることについては、読売は「主権の侵害」、北海道、新報は「内政干渉」、信毎、タイムズは「国際法違反」、京都は「主権と自決権を侵害するもの」として、厳しく批判している。やや変わった批判は、東京が体制転換は「難しい」とし、京都が「無責任」だとしている例である。いずれもイラン国内には現体制を批判する動きがあることは認めつつ、体制を決めるのは自国民だという立場から批判しているのである。例えば、読売は、「どの体制を選ぶかは、当事国の主権の問題である。軍事行動で体制転換を図るのは主権侵害にほかならない」と厳しく批判する。一方、産経は「今回の米軍などの攻撃は体制転換の狙いもあろう」と是認しているのが、例外的である。

(3)イランの国内体制について、信毎、京都、新報、上毛を除いて多くの社説が言及し、その脆弱さと経済危機に付け込んでアメリカなどが攻撃を開始し、体制転換を呼び掛けているとみている。読売は、「物価高などへの不満からハメネイ師退陣などを求めるデモが全国に広がっていた」、「イスラムを当地の基本とする体制は、存亡の瀬戸際に追い込まれた」と見ていた。日経は、「米国の制裁でイラン経済は疲弊し、昨年末から経済難に抗議するデモが起き全国的な反政府運動に至った」と、アメリカの制裁の影響を指摘する。また、イスラエルの攻撃の影響も指摘する。「一昨年来のイスラエルとの交戦もあり、イランは弱体化している」と。だから、イスラエルは今を「痛撃の好機」と見、「米国も1979年の在イラン米大使館人質事件以来イランと対立している」ので、イスラエルに同調したという。しかし、イランの国内体制を深堀したような議論はなかった。

3.核協議について

(1)イランとアメリカがイランの核開発について協議をしている時に、しかも次の会議が予定されている時に、アメリカが軍事攻撃に出たことについては、読売、朝日、毎日、日経、信毎、北海道、タイムズ、京都、神戸、西日本、上毛、神奈川は、いずれ厳しく批判をしている。その中でも、読売、朝日、信毎、西日本は、協議はしょせんアメリカなどの「時間稼ぎ」だったのだと非難している。外交を無視して軍事量に頼ったということである。

(2)イランとアメリカの核協議が一定の進展を見せていたにも関わらず、アメリカは協議を捨てて、軍事攻撃をしたとするのが、日経、毎日、東京、信毎、京都である。例えば、信毎は「仲介したオマーンは27日、イランが核兵器製造につながる高濃縮ウランを放棄する意向を示していると語っていた」という。京都も、「イランは核兵器製造放棄の意向で、仲介国オマーンも進展と評価していた」という。東京は、「イランは核交渉で譲歩する姿勢も示していたが、米軍の攻撃で決裂は必至。そればかりかイラン以外の非核保有国が、自衛名目に核開発を加速する懸念は高まる」とユニークな批判をしていた。北海道は、トランプはイランが協議を拒否したというようなことを言うが、「交渉の進展を望まないイスラエルの要求に同調するかのような米国の態度」は理解に苦しむと批判した。これに対し、産経はこの協議の進展を認めず、「イランに核兵器開発の意思があったのは明らかだ」と断じていた。

(3)アメリカはイランが核開発をするのはけしからんとしてイランに攻撃をしたが、これはイスラエルの核兵器保有を認めることと矛盾するとして、核の二重基準を指摘する新聞もあった。北海道は、「イランの核開発を認めない一方でイスラエルの核保有を黙認する態度は身勝手が過ぎるというほかない」と批判し、「親イスラエルの米国の二重基準」だと主張した。一方、読売は、北朝鮮を問題にして、トランプは、「北朝鮮の核開発には目を瞑って「核保有国」と呼び、現状を容認するかのような発言をするなど、二重基準が目に余る」と厳しい批判をしていた。

(4)イランの核開発については、産経がその「放棄」を求め、読売がその「停止」を求めていた。読売は、イランが「長年、透明性を欠く形で核開発を続けてきた責任」を問い、「核武装の意図を否定しながら、核兵器の材料に転用できる高濃縮ウランの製造を続け、自ら危機を高めてきた」と指摘する。日経は、イランが「不透明な核開発への疑念を晴らせずにいる」ことを指摘している。毎日は 「核兵器開発を疑われる高濃度のウラン濃縮活動を停止」せよと言う。一方、北海道は、「そもそもイランの核開発を制限する核合意の枠組みから一方的に離脱し、イランのウラン濃縮再開を招いたのは第1次トランプ政権だ」とアメリカの矛盾を指摘する。日経も「米欧など6カ国とイランは2015年にイランのウラン濃縮活動を制限する核合意を結んだ。この合意から18年に一方的に離脱したのが1期目のトランプ政権だ。・・・今に至る危機の素地をつくった責任の一端は、トランプ氏にある」とトランプの責任を問う。 

4.武力攻撃について

(1)なぜいま攻撃かと問いつつ、読売、日経、西日本は、中間選挙に向けてアメリカのトランプ大統領の支持率が低下傾向にある中、戦争の成果によって支持率を回復させようとしたのだと見ている。また、北海道は、「大統領の支持率が低迷する米国と首相が汚職疑惑を抱えるイスラエルに、関心をそらす狙い」があるのではないかと指摘している。

(2)イランへの攻撃はイランの軍事施設などと政府軍事関係者を狙ったという点ではすべての社説は一致しているが、攻撃が住民をも対象としたことには、すべての社説が一致しているわけではない。西日本、北海道、毎日、京都、信毎、神戸が住民への攻撃を取り上げている。とくに、北海道は、「小学校が標的となり多くの子供の命が奪われた」とし、毎日は、「今回の軍事作戦で約20都市が攻撃され、・・・民間人にも数百人の死傷者が出ており、南部の女子学校では100人以上が犠牲になったとされる」と批判している。

(3)イランは報復として、イスラエルへの攻撃のほか、近隣諸国にある米軍関係の施設などを狙った攻撃を行ったが、これについては、朝日、毎日、日経が、懸念を表明している。朝日は、「地域全体を巻き込む戦争に拡大させ」ないようにすべきだとし、毎日も「イランの混乱が周辺国に拡大すれば状況はさらに制御不能になる」。「すぐにやめるべきだ」と強く主張する。日経は、「報復の応酬」をくい止めねばならないという。アメリカの攻撃を受けたイランの自制を求めるのがほとんどである。

5.原油とホルムズ海峡について

 戦争がホルムズ海峡封鎖の可能性と世界の原油供給に及ぼす影響については、ほぼすべての社説がこれを懸念している。

 その中で、最もしっかりとした議論をしているのは、新報である。「イラン攻撃は世界と日本の経済にも大きな影響を与える。世界の石油消費量の2割、日本への原油の9割が通過するホルムズ海峡が事実上閉鎖された。日本国内の石油備蓄は254日分ある。ただちに不足しないとはいえ、価格の値上がりは避けられない。あらゆる産業に影響が出て、物価を押し上げる。」と問題を指摘している。同じように毎日も「ペルシャ湾・ホルムズ海峡は原油輸送の要衝だ。エネルギー供給を中東に依存する日本への影響も大きい。」「革命防衛隊がホルムズ海峡での船舶の航行を禁じたことで、原油や天然ガスの輸送ルートが事実上封鎖されたとの報道もある。」日経は、「衝突がペルシャ湾の航行や石油施設に影響する恐れから、原油価格には上昇圧力がかかる。世界経済の重荷になりかねない。」「エネルギー供給の停滞が深刻に危惧される。海運大手がエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡の航行停止を決めた。原油や天然ガスの価格に上昇圧力がかかるなど市場が動揺し、世界経済の重荷となるリスクがある。」朝日は、「ペルシャ湾の出入り口ホルムズ海峡は、世界の海上石油輸送の約4分の1を支える要所だ。攻撃の欧州により、船舶の航行は事実上止まっている。この状態が長引けば、原油価格の高騰など世界経済に大きな打撃となろう。中東に原油の9割以上を依存する日本は、影響を免れない。約240日分の石油備蓄があるが、ガソリン価格の上昇も心配される。先を見通した冷静な対策が求められる。」

 これ以外の読売、産経、東京、北海道、タイムズ、神戸、京都、信毎は、比較的簡単に、ホルムズ海峡が封鎖されれば、原油価格が上昇し、世界経済に大きな影響を及ぼすだろうと警告している。

6.歴史の教訓 

 アメリカなどがイラクやリビアなどを武力攻撃しても、その後には混乱を招いただけであり、そうした歴史を教訓として学ぶべきであるという主張は、多くの社説が述べている。これは昨年6月の攻撃に際しても問われていた問題である。

朝日は、米英などがフセイン体制を倒した後のイラクは泥沼化し、北大西洋条約機構(NATO)軍が空爆し、カダフィ政権が崩壊したリビアはいまも内戦が続いているとし、「歴史の教訓に学ぶべきだ」という。毎日は、イラクでは2003年、米軍の侵攻でフセイン政権が崩壊した後、国内が大混乱し、アフガニスタンでも01年に米軍の攻撃で社会が混乱した。米国にとっては苦い教訓だったはずだという。日経は、「米国はイラクやアフガニスタンに軍事介入し後始末に苦しんだはずではないか。」という。新報は、「米国はかつてアフガニスタン、イラクで体制転換を目指し失敗した」と指摘。神戸は、「米国は2003年、大量の破壊兵器を隠し持っているとしてイラクのフセイン政権を打倒した」と批判、西日本は「米国は2000年代にイラクやアフガニスタンなどで起こした戦争を泥沼化させ、自国も痛手を被った苦い経験がある。トランプ政権は同じ過ちを繰り返すのか」と厳しい。

7.世界の反応

(1)「国際社会」(筆者はこの言葉は嫌いだが)の動きに注目しているのが、北海道、朝日、新報、上毛、西日本である。このうち西日本は「結束」して、アメリカ・イスラエルに「最大限の自制」を求めるべきだとし、北海道は両国の「暴挙を容認してはならない」としているが、朝日、新報、上毛は少し面白いことを言っている。

 朝日は、「法による秩序が力で壊される弱肉強食の世界に戻してはならない。国際社会は危機感を共有する必要がある。ただ、各国の対応は割れている。英国は「紛争拡大は望まない」と表明、フランスは交渉による解決を求めた。欧州連合(EU)は国際人道法の順守を訴えた。一方で、カナダのカーニー首相が米国支持を打ち出したのは、きわめて残念だ。ルールに基づく国際秩序の衰えを指摘し、大国の横暴に対抗する中堅国の結束を訴えたのではなかったか?」としている。

 上毛は、「イラン攻撃について、英国やフランス、ドイツなど欧州諸国も、関係国に自制を促したものの、米国などへの明確な批判を避けた。トランプ氏を刺激したくないとの本音や、第2次大戦下のユダヤ人大量虐殺を背景にしたイスラエルへの配慮がうかがえる」と欧州を批判する。

 新報は、「英、仏、独の3か国は共同声明を出し、イランによる中東各地へのミサイル攻撃を非難し、米国などと協力することで合意したと表明した」。しかし、「国際法違反が指摘されるロシアのウクライナ侵攻に対する姿勢」とは違っていて、これは「ダブルスタンダード」ではないかと迫る。

 それぞれに的確な指摘であるが、興味深いことに、「国際社会」(ここでは英仏独のこと)の対応についての見方が、三社で違っているようである。

(2)国連に期待する声は、極めて少ない。昨年6月との違いのひとつである。まともに論じているのは、毎日のみである。イランへの攻撃を受けて開かれた国連安全保障理事会では、米国やイスラエルを非難する意見が相次いだという。一方、グテレス事務総長は米国、イスラエルの攻撃とイランの報復を非難した後、「はっきりさせておきます。永続的な平和は、真の対話と交渉を通した平和的手段でのみ達成できます」と述べたと言う。

8.日本政府の姿勢について  

 日本政府に邦人保護の措置を求める点においてはすべての社説で異論はない。それ以外の点で日本政府に姿勢に対して、産経を除いて、読売を含めてすべての社説が昨年6月と同じような批判している。

(1)アメリカ・イスラエルの攻撃への評価を回避していると批判するのは、読売(2度)、日経、東京、北海道、新報、神戸、上毛である。日本はアメリカの同盟国であるから批判せよというわけである。タイムズは「暴挙に毅然とした姿勢を」と言い、神奈川は「無批判な対米追従」を改めよと言う。京都は「米国を批判もいさめもしないのは理解に苦しむ」、「米国に追従」するなと注文した。

(2)両国の暴走を止めよというのは、6社である。読売は「憂慮を伝えよ」、北海道は両国を「止めよ」、新報は両国を「説得せよ」、神奈川は「いさめよ」、毎日は「自制を働きかけ」よ、日経は「懸念を明確に伝え、緊張緩和を求めよ」という。

(3)停戦・平和解決・外交努力を求めるのは多い。読売、朝日、日経、北海道、神戸、東京、新報である。例えば、北海道は「責任ある平和外交を」、神戸は「外交交渉を」、上毛は「積極的な対話外交で」、東京「即時停戦を求めるべき」、読売は「事態の鎮静化を米国に働きかけよ」、新報は「国連憲章、国際法を遵守し、国際ルールの下に戻るよう説得すべきだ」と言う。

(4)イランに矛先を向けることによって、事実上アメリカなどを認めているではないかと言うのは、北海道である。すなわち、北海道は「イランに矛先を向けて、攻撃に一定の理解を示した」と批判している。

(5)日本政府の二重基準を指摘するものもある。神奈川は「法を顧みぬ振る舞いをただ座視して」いるだけでは、「ウクライナ侵攻を続けるロシアを批判できなくなる」とし、新報は、これまでロシアを「力による現状変更」だと批判してきたのに、おかしいと疑問を呈している。

まとめ

 今回の攻撃にはイスラエルのネタニヤフ首相のイニシアティヴの重要性が指摘されているが、イスラエルの責任を独自に問う声は意外にもほとんどない。戦争の遠因として、イスラエルの中東全域への「野心」も含め、イスラエルの責任についてはアメリカとは別にもう少し言及があってもよかった。昨年6月には、トランプのアメリカのイラン攻撃は、「イスラエルと一体化した軍事行動を急いだ場当たり的な対応との印象が拭えない」とし、米国はイスラエルに強い影響力を持つのに自制させず、イラン攻撃に加担したと批判した北海道新聞を始めいくつもの新聞がイスラエル批判を展開していたが、今回は静かであった。

 この戦争の影響として、ウクライナでの戦争やガザとヨルダン川西岸でのパレスチナ人のジェノサイドがどのようになるのかといった視線もほしかった。興味深いことに、朝日だけがトランプの提唱するガザの平和評議会に悪影響を与えると述べている。「中東、イスラム諸国がイスラエルの独善に反発することは必至だ。評議会は機能不全に陥りかねない」というのである。平和評議会にこれほどの重要性をもたせているのは、朝日だけである。

 また、この戦争が北東アジアに対して持つ意味を産経は次のように危惧している。イランとの戦争が長引けば、「米国の関与が手薄になり、中国や北朝鮮、ロシアが北東アジアで挑発的な行動に出る恐れもある」というのである。

 昨年6月には、朝日新聞が、「イラク戦争時から未解決な国際問題は実は、中東の混迷だけでなく、米国の暴走に対処するすべを世界が見いだせていない現実だ」と述べていたが、今回も見事にこの現実が露呈したのである。

 総じて、産経は日本の高市政権と同じ論調を取っていることが際立っている。すべてをイランのせいにして、イランの自制を求めている。昨年6月にはやや立場があいまいで会った読売は、今回は、きっちりとアメリカ・イスラエルを批判しているのが注目される。

 最後に一言。日本全体での意見分布という点では、おそらく新聞の情報を参考にする人は1割にも満たないであろう。圧倒的に多くの社説がアメリカ・イスラエルの攻撃を糾弾し、日本政府の姿勢を批判していても、SNSなどの情報による世論はそうではないだろう。このギャップをどう考えるべきだろうか。

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
日本の自民党大勝を世界史的に考える
南塚信吾

1)世界的な保守化・右傾化の流れ       

 2026年2月8日の総選挙で、高市自民党が歴史的な大勝利を収めた。これは実は最近の世界的な保守化・右傾化の傾向が日本にもやってきたという事ができる。

 保守化・右傾化とはなにかということは、必ずしもコンセンサスがあるわけではないが、筆者は①ナショナリズム、「伝統的」価値観、「・・・ファースト」、反移民、②力の政治、軍事力重視、③議会制度軽視、④メディア等の自由規制、⑤多様性の否定を内容とする政治傾向と考えておきたい。これは要するに、「反リベラリズム」と言ってもよい。単に反新自由主義ではなくてリベラリズムそのものへの反動である。

 こういう政治傾向は21世紀になって西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、ロシア、イスラエル、南北アメリカに見られていて、それがついに日本にも及んできたということができる。ハンガリーの場合はオルバーン、アメリカ合衆国の場合はトランプ、日本の場合は高市である。とくにオルバーンは、「非リベラル・デモクラシー」を主張し、西欧のリベラリズムを批判し、ネイションや家族やキリスト教を強調して、ヨーロッパ内やアメリカに静かな影響を及ぼしている。日本では、①と②を内容とする保守化・右傾化が進んでいるという事ができる。

2)新自由主義によるグローバリゼーションの諸問題

 なぜこういう保守化・右傾化が生じたのかという原因は、特に論じられていないが、筆者は、1990年以降進展した新自由主義によるグローバリゼーションの生み出した諸問題がその原因であろうと考えている。その諸問題というのは、①格差、経済的弱者、②人の移動による価値の変容、③ナショナルな枠組みの動揺(国家財政危機、国民経済停滞)などである。

 これらの問題を、保守・右翼が救い上げているのである。そして、保守・右翼は、それを単に反新自由主義ではなくてリベラリズムそのものの問題と捉えるようにと訴えているのである。1980年代ならば格差、経済的弱者は、社会主義がすくい上げるはずであるが、いまやそういう社会主義は弱体化しているのである。

 世界的に見て、こういう諸問題を抱えていない国はないほどである。アメリカ合衆国の場合、ラストベルトなどの労働者にしわ寄せがきていたが、グローバリゼーションによるアメリカ経済全般の空洞化が深刻であった。先のオルバーンのハンガリーの場合、1990年以後の新自由主義によるグローバリゼーションのもとで、外国資本の流入の反面、農村部が疲弊して深刻な社会・経済的困難を抱えたのである。日本では、②の中の外国人問題や、③の経済的停滞などが切実な問題である。

3)ポピュリズム

 では、保守・右翼はどのような方法で人々に訴えているのだろうか。それは、基本的にポピュリズムという方法を活用しているという事ができる。

 ポピュリズムとはなにか、これに諸説があるが、筆者は、一般大衆の感情や不満に訴え、大衆からの人気を得ることを第一とする政治思想や活動と考えておきたい。冷静な事実に基づいた論理的な議論をしないで、感情や印象や不満感に訴えるのである。イメージ、感情、第一印象が大切になる。

 これは、1980年代から広がったポストモダンの考え方の影響といってもいい。言葉と事実との関係を疑い、言葉自体を現実と考えるポストモダンは、フェイクニュースを生み出す素地を準備し、2016年のブレグジット問題やトランプ大統領就任あたりから、「ポスト真実」を一人歩きさせた。そこにポピュリズムの広がる余地が生まれたのである。

 実は、21世紀の世界を見てみると、各地で政治がポピュリズムで覆われている。西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、アメリカ合衆国、ラテンアメリカなど、広く見ることができる。その際、政府与党を批判する勢力がポピュリズムを利用して伸びているケースと、与党自体がポピュリズムを駆使して支配しているケースがある。前者はヨーロッパの英仏独などに見られるが、後者はアメリカのトランプ、ヨーロッパのハンガリーなどのほか、各途上国に見ることができる。ハンガリーのオルバーンの場合、ハンガリー・ナショナリズムとキリスト教を掲げて、選挙で圧倒的な勝利を収めてきた。

 日本の場合、高市総理がポピュリストであるかどうかに議論はあるようだが、自民党はうまくポピュリズムを使ったといえる。女性首相、対中国強硬姿勢、積極財政、移民問題など、イメージ、感情、第一印象に訴えたのである。

4)SNSの役割―ポピュリズムが活用

 ポピュリズムが事実に基づいた冷静で論理的な議論をしないで、感情や印象や不満感に訴える際に、最も広く容易に使う手段がSNSである。SNSを活用したポピュリズムは「デジタル・ポピュリズム」ないし「テクノ・ポピュリズム」と言われる。

 2000年代から広がり始めたSNSは現役世代においては公的情報を入手する日常的な手段になっていて、テレビや新聞はマイナーになっている。そのSNSには、「フィルター・バブル」(自分と同じ意見や趣味のものばかりになり、異なる意見や趣味が見えなくなる現象)や「エコー・チェンバー」(閉鎖的な情報空間内でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることによって、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込む現象)や「アルゴリズム」(ユーザーの興味や関心に合わせた投稿が表示される仕組み)と言われる効果がある。これらの効果を熟知した人員や企業が選挙事業を請け負う。また、「アテンションエコノミー」で生きる企業が選挙を利用する。こられに多額の選挙資金が投下されるのである。

 これは国境を越えた世界的な動きである。とくに2016年あたりから、SNSは「カオスの仕掛け人」によって操られるようになった。

 今回の選挙では、メディアを使った政治に日本の自民党は本格的に参加した。自民党は何億と言われる資金を選挙に投下したと言われるが、SNSや関連企業とどういう関係にあったかは、不明である。これは今後解明されていくと思われるが、ある野党党首は、「カネの多寡によって発信できる情報に差が付くのはどうなんだ」という疑問を提起している。ともあれ、自民党は見事に世界的な動きに乗っていたわけである。反面、非ポピュリズム勢力はSNSの活用に乗り遅れたのである。

 このように今回の日本での自民党の大勝は、近年の世界史の動きの一環として考えていく必要がある。

参考文献

「高市一強 衆議院選関連You Tube分析」『毎日新聞』2026年2月17日

山腰修三「SNS政治への転換―「カオスの仕掛人」の実態 可視化を」『朝日新聞』2026年2月18日

南塚信吾「『ポスト真実』の魔術を超えて―「考える人」を取り戻す」南塚信吾・小谷汪之・木畑洋一編『歴史はなぜ必要なのか―「脱歴史時代」へのメッセージ』岩波書店 2022年

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
高市首相の台湾有事発言の時代錯誤性を批判する
油井大三郎

1.発端・・・2025年11月7日、高市首相は衆議院予算委員会の質疑で台湾に対する中国の軍事攻撃を日本の「存立危機事態」とする答弁を行った。それに対して中国側は「内政干渉」として激しく反発し、日中関係は一挙に険悪な状況に陥っている。この高市発言は、2015年に成立した安全保障法制に照らして法的に妥当するものなのか、また、米中関係の現状からして果たしてリアリティのある発言なのか、検証してみたい。

 高市首相の問題発言とは次のようなものである。「軍艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態にはなりうるケースであると私は考える」(『朝日』2025年11月19日)。

 ここでいう「存立危機事態」は、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」の第二条4項でこう規定されている。「我が国と密接に関係のある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」とされている。

2.法的問題点・・・この規定による「我が国と密接に関係のある他国」とは台湾危機の場合でいえば、米国であると考えられる。つまり、台湾が独立を宣言し、これに反対する中国が武力で介入したことに対して、米軍が台湾を擁護するために軍事介入した事態を日本の「存立危機事態」と解釈しているのである。

 この主張の第一の問題は、1972年に日中が国交回復した際の共同声明で、中国側が「台湾は中国の不可分の領土である」と表明したことに対して、日本側は「十分理解し、尊重する」と表明していたこととの関連である。つまり、日本政府は、中国本土との国交回復にあたり、台湾が中国に帰属するという「一つの中国」論を受け入れていたのであり、今さら台湾の独立支持論に転換するのは自らの公約に反することになる。

 関連して、日本では、ロシアのウクライナ侵略と中国の台湾への軍事攻撃を同類のものとして論じる向きがあるが、ウクライナは明確に独立国であるのに対し、台湾は「中国の一部」として日本は認めてきたので、この類推はそもそも成り立たない。むしろ、ウクライナ侵略によってロシアも多大な犠牲を被っている事態が中国に台湾に対する軍事侵攻を自制させる効果をもつと考える方が自然ではないだろうか。

 第二の問題点は、近年の台湾で実施された世論調査によると、当事者である台湾の人々の約6割は「現状維持」を希望しており、独立支持は3割にとどまる点である(南塚信吾ほか『軍事力で平和は守れるか』岩波書店。2023年、p.238)。台湾が独立を宣言すれば、中国の軍事介入を招き、最も大きな犠牲を被るのは台湾の人々であることを台湾の人々は十二分に予想しているがゆえにこのような結果が出ているのである。このような台湾の世論状況を無視して、台湾独立を前提にして軍事的危機を煽る議論を行うのは台湾危機を利用して日本の軍拡を推進する者のためにする議論と言わなければならない。

 第三の問題点は、台湾で軍事紛争が発生した場合に、米軍が軍事介入する可能性がどれだけあるのか、という点である。米国には台湾関係法(1979年制定)があり、台湾への「防御的武器供給」の規定はあるが、米軍の参戦規定はない。それ故、米軍が参戦する場合には、改めて米国議会に承認を得ることが必要になるが、この間のアフガニスタンやイラクでの「対テロ戦争」に嫌気がさしてきた議員たちが簡単に派兵を承認するか、疑問である。とくに、「アメリカ・ファースト」を主張するトランプ政権は、最近、経済的利害を重視して、対中接近を優先する外交を見せているだけに、台湾問題で対中戦争に踏み切る覚悟があるのか、はなはだ疑問である。この点は現在の東アジア情勢の検討から後により詳しく検討したい。

 第四に、「存立危機事態」は、日米安全保障条約で同盟関係にある米国が台湾危機に軍事介入した場合に発生するもので、米軍なしで日本だけ単独介入する根拠にはならない。高市発言はその点を曖昧にして、台湾危機があたかも日本「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される事態」であるかのように主張するのは著しい飛躍といわなければならない。台湾の情勢がなぜ日本国民の生命や自由」などに危機を及ぼすのか、きちんと説明すべきである。

3.昨今の東アジア情勢から見た問題点・・・高市発言の前提には、台湾に中国が軍事介入した場合、米軍が台湾防衛のために軍事介入するということが自明のこととして考えられているが、その前提は昨今のトランプ政権の対中国政策の動向から妥当なものといえるのだろうか。

 この点に関する第一の問題は、2025年11月にホワイト・ハウスが発表した『国家安全保障戦略』文書との関連である。この文書では、「モンロー・ドクトリンのトランプ系論(Corollary)」として西半球を米国の安全保障に密接にかかわる地域として重視する姿勢を明確にして、勢力圏分割的な姿勢を明示している。また、インド太平洋地域に関しては、そこが世界の名目GDPの半分くらいを占める成長地域であることを指摘した上で「長期的に、米国の経済的・技術的優越性を維持する確実な道は大規模な軍事衝突を抑止し、防止すること」と明記している。その上で、台湾については、「軍事的な優位を維持することにより、台湾をめぐる紛争を抑止することが第一である。・・・米国は、台湾海峡の現状の一方的な変更支持しない」と述べている。

 また、他の所で、トランプ政権は、中国の市場開放をめざした、従来の対中政策が失敗だったと指摘し、「米国の経済的独立を回復するために、相互性や公平性を優先することにより、中国との経済関係をリバランスする」と主張し、そのためにも、「インド太平洋における戦争の抑止に、明確で絶えることのない焦点を当てる」ことを強調している。

 つまり、第二次トランプ政権は、何よりも中国との経済的な「リバランス」を追求し、インド太平洋における戦争の抑止を重視しているのであり、その前のバイデン政権と比較すると、中国とのイデオロギーや安全保障戦略上の対抗より、経済的な利害調整を重視する姿勢を強めている。

 その結果、10月9日には、中国が米国からの農産物輸入の代わりに、レアアースの供給停止を1年間停止する合意が成立した。また、10月末のアジア太平洋経済協力会議の折に行われた米中首脳会議では、半導体輸出関税を18ケ月間保留することで合意し、目下、米中間は関税戦争を停止して、歩み寄りの姿勢を見せているのである。そのような折に、台湾の軍事紛争に米軍が介入することを前提する「台湾有事論」を提起するというのは、全く東アジア情勢の展開を知らない情報オンチの発言か、または、意図的に東アジアの緊張激化を醸成しようとするためにする発言としか思えないのである。

 第二に、以上のような米中接近の現状との関連で、高市首相の「台湾有事」発言はトランプ政権にとっては不都合なものであり、11月25日には、トランプ大統領と高市首相の電話会談が米国からの要請で行われた。その場で、トランプは、前日に行われた習近平との電話会談で「米国側は中国にとっての台湾問題の重要性を理解する」と発言したことを高市に伝えたという。来年4月に習近平の訪米を予定している米中間では、米中対立を激化させる争点の浮上は避けたい意向が浮上しているのであり、それに逆らう高市発言はむしろトランプ政権からさえ警戒されるものであった。それが11月25日に日米の電話会談が急遽行われた理由であろう。

 トランプ大統領の発言には、一貫性がないので、この対中宥和姿勢が何時迄続くのか不確定な面があるが、少なくとも東アジア情勢の緊張緩和を促進する効果を持つのは確かだろう。この機会を利用して日中も緊張緩和を促進するのが日本にとっても利益になるのではないだろうか。しかも、10月30日にはやはりアジア太平洋経済協力会議の機会を利用して日中首脳会談が実現したのであるから、その機会を日中間の緊張緩和促進に持ってゆくべきだったのに、その1週間後に官僚の用意した答弁書にはなかった「台湾有事論」を個人プレイとして発言するとはどういうことであろうか。政治家としての情勢認識力を疑わざるを得ない。または、米中の緊張緩和に抵抗する対中強硬論者の「確信犯」的発言だったのか、心配になる発言であった。

 日本の世論調査では、高市発言を今のところ支持する世論が多いと聞くが、一時的な嫌中感情に流されず、法的や情勢論的な問題点を冷静に検討する姿勢が広まることを期待したい。

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
アジア世界史学会(AAWH)第六回ドーハ大会 参加記
吉嶺茂樹

 アジア世界史学会(AAWH)第6回大会は、2025年10月25-26日に、カタール国ドーハのドーハ大学院大学Doha Institute for Graduate Studiesにおいて、“ Gulf and the Globe”をテーマに開催されました。大会の概要と各パネルの詳細については、AAWHの下記URLから閲覧することができます。
https://www.theaawh.com

 今回の大会約一か月前の9月9日、ドーハ在住のハマス幹部に対するイスラエルのミサイル攻撃が行われたことは日本国内でも広くニュースになりました。この影響もあったのか、今回、対面での参加者はおよそ70名くらいでしたが、内容的には活発な討論が行われたと思っています。日本からの直行便も問題なく運行されていました。2009年5月に大阪大学で第一回の大会が開かれて以来、第六回のドーハ大会までのふり返りが最終セッションClosing Remarksで報告されました。2008年の Nankai Conference以来の研究会の歴史が写真入りで紹介されていたのが印象的でした。初代会長である、世界史研究所長南塚先生の写真も全体に紹介されました。

 今回の学会のテーマは、要項では、事前に次のような点が示されていました。

• Maritime Trade, Oil and a Diversified Economy
• Archaeology, Anthropology and Disease
• Political Ecology of Development in the 20th & 21st Century
• Politics of Nation in the Age of Globalisation
• Writing and Teaching of World History

 これまでのAAWH大会の中では、テーマの柱の一つとして、アジア各国の歴史教育の比較がテーマに取り上げられてきました。しかし、個人的な感想を述べれば、日本側が組織し私も参加した「歴史総合に関する歴史教育パネル」への参加は少数でした。日本の歴史教育が歴史総合必修化以降大きく変更されていることは私たち日本で歴史教育に当たっているものには大きな問題ですが、やはり日本の歴史教育に関する関心は、会場ではそれほど高いものではありませんでした。これは、会場が私たちのパネルだけ別会場であったということも理由にはなると思われますが、イスラム圏における歴史教育のあり方が様々な困難を抱えていることにも原因があると思われます。このことを、筆者はすでに以前の南塚先生主催の、”World History Teaching in Asia”Berkshire,2019にまとめられた研究会の中で、インドのSatyanarayana ADAPA先生から教示されていました。今回実際に会場の実務スタッフとして動いていた大学院生たちと議論するなかで、「歴史総合という新しい科目が日本では高等学校で必修科目として全員が学ぶ科目に創設された、私たちはそのことを議論に来ました」ということを述べましたが、スタッフの大学院生の中では、そもそも「教科書の中の歴史像を刷新する」ということの必要性をあまり感じていないということを知らされました。おそらくイスラム的な価値観と、歴史教科書の保守性という問題もあるのかと思われます。やはり日本は、彼らのようにイスラム圏で社会科学を研究する人たちにとって「少し遠い国」なのかもしれません。日本からは他にもジェンダー史パネルや高校大学双方での教育的なプログラムに関するパネルなど、日本側の参加者が大活躍でした。

 秋田茂前会長は、”GEOPOLITICS IN THE ASIA-PACIFIC REGION”と称する地政学のパネルなど、複数のパネル組織に始まり、司会進行など中心的なご活躍をされていました。この地政学のパネルは、1970年代前後の石油産業を中心とする国際的な貿易構造がどのように構成され、どのような構造を持ち、どのように解体していったのかを中心に分析する非常に刺激的な議論が行われたパネルでした。個人的にも、私の父が九州の石油販売会社に勤務しており、第一次オイルショックが中学生の時でしたので、眼の前で起きていたことの歴史的な意味を分析していただきました。他にも桃木至朗先生(日越大学教授)が1日目午後のKey Note Speechを行いました。逆に中華人民共和国、韓国からの参加者があまり見られなかったように思われます。さらにCovid19以降、オンラインでの会議が普通に行われるようになり、今回も多くのオンライン参加が見られました。筆者も前回のニューデリー大会ではオンラインでのパネル組織を行いました。オンラインでの接続や資料提示の問題は別にして、学会運営がこのようになってくると、対面で国際学会を行うことの意味が問われていくことになるかもしれません。筆者自身は2日間、ランチを共にしながらの会話から得られることも非常に多かったので、コーディネートは大変だと思われますが、今後もこのような対面での開催を検討していってほしいと思いました。

 私たちが組織したパネルは次のようなものでした。

Thema:Session 12 UNPACKING THE CHALLENGES OF JAPAN’S NEW HISTORY  EDUCATION  REFORM
パネルのオーガナイザーは徳原拓也さん(神奈川県立横浜国際高校)。

 報告者は荒井雅子さん(拓殖大学)の「学校史を用いることで生徒に歴史教育を身近なものとする」という前任の高校(立教大学新座中高等学校)での実践を通じた検討、徳原さんは教室の中でセンシティヴな課題を検討する際に、生徒に与える倫理的な葛藤の問題をどう考えるべきなのか、そして、矢景裕子さん(神戸大学付属中高等学校)が「歴史総合において使われる『私たち』とは誰なのか?」という課題を授業の中で検討し実践した結果が報告されました。私(吉嶺)は、現在国際バカロレアコースで担当している’IB History’と、日本の歴史総合教科書の間にある相違について、ナショナリズムと言う言葉と考え方がそれぞれの科目の教科書の中にどのような記述として現れているかを検討し、そのケーススタディとして北海道と沖縄の近代史を考えるという内容でした。この4本に対して、向正樹さん(同志社大学)と大西信行さん(中央大学)からの的確なコメントが行われました。向さんのコメントは、4人の報告者が描く世界史像というものが、それぞれどのように生徒の歴史認識像を変容させる可能性があるのかについてのものでした。大西さんのコメントは、日本の中世史研究を背景に、Covid19がよみがえらせた「日本史の中の中世的な伝統」を示すことで、社会の変容が歴史の記憶を呼び戻すことについての大変刺激的なコメントでした。

 1日目の最終セッションは、”From that Small Island“というドキュメンタリー番組の ディレクターズカット版上映会が1時間半にわたって行われました。このフィルムは、アイルランドという小さな島の古代から現代までの歴史を1時間半で振り返るというものでした。この監修をされ、番組にも進行役として登場するトリニティ・カレッジのJane Ohlmeyer先生によるコメントが行われました。大変興味深い内容でしたが、私の報告のテーマであるナショナリズムに引き付けていえば、「この小さな島から」というタイトルが示すように、アイルランドという小さい島から世界中に広がっていったケルト=アイルランド人が世界の各地でいかに活躍し偉大な成果をなしとげたのか、それは現代にどのようにつながっているのか、というストーリーを描いたものでした。そこではやはりアメリカの最初のアイルランド系カトリック大統領としてのケネディが賞賛されることとなります。会場で一緒に見た桃木先生の言葉と、「アジア世界史学会」という名称に引き付けていえば、ケネディとそのスタッフがのちにベトナムで何をしたのかが描かれていません。私は、北海道や沖縄で、明治政府が「内国植民地」化や「日本化」の過程で行ったこととの対比をしながら拝見しました。(でも、内容は大変面白く、映像としてもよくできていました。なお2025年11月19日水曜日の報道によれば、このフィルムはカリフォルニア・フィルムフェスティバルのドキュメンタリー賞を受賞したとのことです)。
From that Small Island wins documentary award at Californian film festival | Anglo Celt

 二日目の最後には、新しい会長として、南洋工科大学(シンガポール)のLiu Hong先生が紹介され、3年後の再会を約束して閉会しました。次の大会は順調にいけば3年後の2028年。アジア民族主義が台頭するきっかけとなった第一次大戦の集結から110年で、不戦条約と張作霖爆殺事件から100年となります。これから20年ほど、7回続く予定の大会で、AAWHは、アジアという場でのWWⅡとその記憶と向き合うことになります。その際にどのような議論が行われるべきなのか、さらに各国の中等教育での歴史学はこの課題とどのように向き合うべきなのか、アジア諸国との歴史の共有と共生はそもそも可能なのか…こういうことを考えながら、帰国の途につきました。

 

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
参政党の歴史観を考える(その2)―「南京事件は捏造」なのか

 2025年10月3日の『毎日新聞』デジタル版は、“「南京事件は捏造」と主張する参院議員 研究者が鳴らす警鐘とは”と題する記事を載せた。矢野大輝記者によるこの記事は、「今夏の参院選で、旧日本軍が1937年に中国・南京を占領後、捕虜や民間人を殺りくした南京事件(南京大虐殺)を「捏造(ねつぞう)」「フィクション」と主張する候補が当選した」ことを問題として取り上げたものである。

 南京事件は、日中戦争で上海を攻略した旧日本軍が、中国国民党政府の首都・南京を陥落させた1937年12月~38年3月に、南京の都市部や農村部で中国兵捕虜や住民らを殺害し、強姦などを重ねた事件を指すが、これを「捏造」とする者が当選したというのである。

***

 記事によれば、8月8日に「ユーチューブ」にアップされた教育研究者の藤岡信勝氏との対談で、参院選で初当選した参政党の初鹿野(はじかの)裕樹氏=神奈川選挙区=が「南京事件は捏造」だと主張し、隣に座った参政党の神谷宗幣代表も、南京事件は「もうすっかり日本軍の罪にされて」と付け加えたという。初鹿野氏は、南京事件で殺されたという人たちの「(遺)骨もどこにあるか分からないし、証拠だという写真も全部捏造。何も証拠もないような状況で、あったと断定するにはおかしいのではないか」と言ったという。実は、初鹿野氏はX(ツイッター)でもすでに6月18日に「南京大虐殺が本当にあったと信じている人がまだいるのかと思うと残念でならない」と投稿しているという。

 初鹿野氏が南京事件を否定している根拠の一つが、南京市の人口である。上の「ユーチューブ」では、旧日本軍が侵攻した37年12月にそれは「20万人」で、2カ月後には「25万人に増えている」とし、「30万人も40万人も人が亡くなっていることはない」と主張している。さらに『毎日新聞』が初鹿野氏に送った質問状への回答では、この人口について、事件当時南京在住の外国人で組織した南京安全区国際委員会が作成した文書群「DOCUMENTS OF THE NANKING SAFETY ZONE」(39年出版)を根拠として示したという。加えて、南京事件を否定している別の根拠として、写真も「南京事件の揺るぎない証拠として認定されたものはない」し、南京事件の目撃者や1次資料について「中立性のある第三者による有効なものがない」と回答したという。その上で、「歴史教科書のほぼすべてが南京事件があったという前提で書かれていることが問題と捉えている」と指摘したという。

 記事は、日本保守党から比例代表で出馬し初当選した作家の百田尚樹氏も、南京事件について組織的、計画的な住民虐殺はなかったとしていることを、想起している。かれの著書『日本国紀』(2021年、文庫版)では「占領後に捕虜の殺害があったのは事実」で、「一部で日本兵による殺人事件や強姦(ごうかん)事件はあった」と認める一方、「民間人を大量虐殺した証拠はない」と主張している。その根拠の一つとして、同じく人口問題を取り上げて、「南京安全区国際委員会の人口調査によれば、占領される直前の南京市民は約20万人」とし、「『30万人の大虐殺』が起きたという話がありますが、これはフィクションです」と記しているというのである。

***

 『毎日新聞』の記事は、このような主張に対する歴史家たちの批判をあげている。

 まず、南京事件の研究者で現代史家の秦郁彦氏は、虐殺があったと裏付ける証拠写真の特定は難しいとしつつ「(証拠)写真がないからといって南京事件がなかったとはならない」と言う。その理由として、当時の旧日本軍の戦闘詳報や外務省東亜局長が日本軍の不法行為を日記に書きとめていたことを挙げ、初鹿野氏の主張について「根拠が乏しい。ある程度の規模の民間人の虐殺があったことは否定できない」と批判したという。

 次に、同じく南京事件について研究する都留文科大学の笠原十九司(とくし)氏は、初鹿野氏と百田氏が持ち出す「人口」の根拠を、もっと実証的に「間違っている」と指摘しているという。

 笠原氏によると、南京市内に「占領前に20万人」いたという資料はなく、南京市政府の調査では占領直前の人口は50万人だったと記載されている。笠原氏は、初鹿野氏と百田氏が持ち出す「20万人」という数字は、南京安全区国際委員会で委員長を務めたドイツ人がヒトラーに宛てた手紙の中に出てくるものだが、これは市内の安全区に避難すると見込まれた人数の推計で「南京市の人口ではない」という。笠原氏は、占領2カ月後に「25万人に増えている」という主張についても否定する。旧日本軍がその頃に中国軍の敗残兵を見つけ出す目的で実施した住民登録で南京城内の住民は、安全区に20万人、その他の地域に5万人いたことを示す資料はあるが、南京市の占領直前の人口が50万人だったことを考えると「増えた」とする根拠にはならないという。

 なお、笠原氏は、その著書『南京事件』(岩波新書 1997年)において、南京事件を史実をもって跡付けており、外国人ジャーナリストや外国大使館員らが事件を報じていることも示している。さらに氏の『南京事件 新版』(岩波新書 2025年)は、関係者の証言をさらに加え、写真も載せ、そして南京事件の犠牲者の総数についてデータをもって証明している。

***

 最後に『毎日新聞』の記事は、被害者数については日中の研究者で開きがあるものの、事件そのものは日本政府も認めていると指摘する。外務省はホームページに「日本政府としては、日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」との見解を掲載している。

 また、日中両国政府による「日中歴史共同研究」の日本側の報告書(10年)には「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」と記載されていて、死者数は、中国側の見解が「30万人以上」、日本側の研究では「20万人を上限として、4万人、2万人などさまざまな推計がなされている」としている。

***

 記事の中で、笠原氏は、世界各地で戦争が今も絶えず日本でも防衛費が増額していることに触れ、「南京大虐殺の基礎知識や日本の侵略戦争がいかに残酷で無謀だったかということを知らない世代も増えてきている。デマに流されず、事実を見つめてきちんと反省しないと、日本は戦争という同じ過ちを繰り返すことになる」と述べている。記事は、戦後80年を迎え戦争の記憶が薄らぐ中、歴史研究者は「史実を見つめないと、また同じ過ちを繰り返すことになる」と「良識の府」(参議院)の担い手に警鐘を鳴らしていると、指摘している。これは「良識の府」だけの問題ではないであろう。

(南塚信吾)

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
「ガザ」とアメリカ歴史学会―P.マニングからのメールに思う

 わたしたちが出した『世界史の中の「ガザ戦争」』(大月書店)を、先日、アメリカのピッツバーグ大学のパトリック・マニングに届けた。マニングは、この本に国際連合の改革についての論稿を載せてくれた歴史家で、アメリカの内外で「世界史」を先導していることで知られている。

 この本をかれに送るについてはひと騒ぎがあった。9月に始め、日本からアメリカの彼に本を送ろうと郵便局へ行ったところ、この本は金額的にも本の目的としても問題ないはずであるが、いまトランプ関税の影響で通関業務が混乱していて、本がいつ着くか分からないし、無事に着くかも分からない、その場合には本は戻ってくるが、郵送料は帰ってこないと言われた。だから、1か月ぐらいは様子を見た方がいいというのであった。途方に暮れていたところ、たまたまわたしの息子が9月に末にワシントンへ仕事で行くというので、かれに本2冊を預けて、ワシントンで郵送してもらうことにした。それで無事にマニングに本が届いたのであった。

 さて、本を受け取ったマニングから早速メールで本2冊の安着を知らせてきた。そして、こう書いてきた。

  1. 本の1冊をピッツバーグ大学の世界史センターのセンター長であるラージャ・アダルRaja Adalに渡そう。かれは日本史の専門家で日本語もできる。かれに言って、日本語をできて、ガザ危機に関心を持っている人たちに、この本の事を広めてもらうつもりだ。
    ―マニングは2008年にピッツバーグ大学の世界史センターを創設した人物で、わたしもその最初の研究員として招聘され、4か月を過ごしたことがある。
  2. アメリカ歴史学会American Historical Association (AHA)の中に、ガザに関心を持って非常にアクティヴに活動している「平和と民主主義を求める歴史家集団」Historians for Peace and Democracy (HPAD)というのがあるので、そこに書簡を送って、今回の本のことを知らせ、日本語ができる歴史家たちに接触してこの本を探して読むように勧めるつもりだ。ついでに言うと、アメリカ歴史学会(AHA)は、2025年の総会においてガザでの「学校潰し」”scholasticide”についての決議を拒否していたが、最近HPADのリーダーたちに接近し、ガザに関する委員会をAHAに設けることで一致した。最近、われわれは、この重要な問題について、少しずつではあるけど、前進しているのだ。
    ―この「学校潰し」についての決議をめぐる問題というのは以下のようである。2025年1月5日にAHAの実務者会議business meetingが、「ガザでの学校潰しに反対する決議」を出していた。イスラエルがガザであらゆる教育機関を攻撃してそれを潰していたことに反対する決議である。決議はイスラエルのジェノサイドとアメリカのそれへの支援を非難するものであった。しかし、1月17日のAHA評議会はその決議を否決した。それは教育と研究というAHAの学術的な目的を規定したAHA規約の枠外にあるものだからというのであった。ところが、そのようなAHA指導部の姿勢が最近変化したというのである。マニングは2016-2017年にAHAの会長をしていたから、このようなAHAの変化にホッとしたことであろう。(詳しくは、The American Historical Association Council Betrayed its Members and the People of Gaza – Left Voice

 このように、マニングのメールからは、ガザへの関心を広めようという動きが細々と進められていること、そしてアメリカにおけるガザ問題が歴史家のあいだに竜巻を引き起こしていることを垣間見ることができるのである。

(南塚信吾)

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
参政党の歴史観を考える

 参政党は「日本人ファースト」などという借り物のスローガンで選挙民を引き付けたが、われわれはその考え方の基本となく歴史観をしっかりと把握しておく必要がある。参政党の歴史観を知るうえで参考になるのが、2025年7月19日の毎日新聞に出た日本近現代史家の山田朗さんのインタヴュー記事(栗原俊雄氏による)である。それは、《参政党の歴史観を「面白い」に危機感 史実無視した演説、歴史学者は》と題されていて、1930年代からの日本の戦争についての参政党代表の考えを批判的に論じたものである。

●治安維持法

 参政党は戦前の日本の政治体制について、どう考えているのか。神谷代表は、鹿児島市での7月12日の街頭演説で、1925年成立の治安維持法を巡り、こう語っていた。

<日本も共産主義がはびこらないように治安維持法って作ったんでしょ。(中略)悪法だ、悪法だっていうけど、それは共産主義者にとっては悪法でしょうね。共産主義を取り締まるためのものですから。だって彼らは皇室のことを天皇制と呼び、それを打倒してですね、日本の国体を変えようとしていたからです>

 これに対して、山田さんは、治安維持法というのは、「共産主義取り締まりを名目として『国体変革』を目指すとされたさまざまな反政府運動・思想を弾圧した」としたうえで、「朝鮮などでは独立運動家も治安維持法によって厳しく取り締まりを受けている。国内でも次第に自由主義者に弾圧が拡大された」と指摘した。つまり、治安維持法は、共産主義だけでなく広く思想や言論の自由を弾圧する法律であったと指摘した。

このような法律を駆使して、戦前の日本の支配層は日本が戦争へ進む歯止めをはずして行ったのである。

●日中戦争

 神谷代表は6月23日に、那覇市での街頭演説で、1931年の満州事変に始まる日中戦争についてこう語っていた。

<(日本は)中国大陸の土地なんか求めてないわけですよ。日本軍が中国大陸に侵略していったのはうそです。違います。中国側がテロ工作をしてくるから、自衛戦争としてどんどんどんどん行くわけですよ>

 満洲を侵略し支配していた日本の関東軍に対して、中国側が起こした抵抗を「テロ」と断定していたわけである。山田さんは「日中戦争は、近代日本の膨張主義の結果であり、とりわけ満州事変(1931年)を成功事例とみなした結果の侵略行為だった」と指摘した。さらに「日本には中国への勢力拡張を目指す勢力とそれを支持する人たちがいて、その結果が満州事変と満州国建国(32年)だった。そして満州国を足がかりに中国華北にさらに勢力を拡張しようとして『華北分離工作』を行っていた。その最中に起きたのが盧溝橋事件(37年)だった」と述べて、満州事変以後の日本軍の対中侵略戦争を「自衛戦争」とする見方を否定した。

●太平洋戦争

 神谷代表は、同じ演説で1941年からの太平洋戦争についても次のように述べていた。

<大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではありません。真珠湾攻撃で始まったものではありません。日本が当時、東条英機さんが首相でしたけど、東条英機を中心に外交で何をしようとしてたかというと、アメリカと戦争をしないことです。そして、中国と和平を結ぶ。当時、中国ってないですけどね、支那の軍閥、蔣介石や毛沢東、張学良、ああいった人たちと、いかに戦争を終わらせるか、ということをやるんだけど、とにかく戦争しよう戦争しようとする人たちがいるわけですよ。今も昔も>

 毎日新聞は、日米開戦に至る経緯を次のように振り返っている。「日中戦争は欧米諸国が中国側を支援したこともあり、泥沼化した。さらに、日本は40年、米国の同盟国である英国と戦っていたドイツ、イタリアと三国同盟を結んだことから、英米との関係が悪化した。近衛文麿首相はルーズベルト米大統領との直接会談を模索するなどしたが、かなわなかった。鍵は米国が求めていた、中国からの日本軍撤兵だった。しかし東条英機陸相らが強硬に反対。近衛内閣は総辞職した。代わって誕生したのが東条内閣だ。」と。事実関係は、このとおりである。

 戻って、参政党代表の主張に対して、山田さんは「日米交渉の中で、米国が日本軍の中国からの撤退を要求すると、東条を中心とする陸軍が『日中戦争の成果を無にすることはできない』と主張し、英米との戦争に踏み切った」と反論したのだった。

●開戦

 神谷代表は、鹿児島市での7月12日の街頭演説で、太平洋戦争が始まった経緯についても、次のように述べていた。

<(共産主義者は国体を)自分たちだけでは変えられなかった。彼らは何をしようとしたか。政府の中枢に共産主義者とかを送り込んでいくんですね。スパイを送り込んでいくんですね。そして日本がロシアや中国、アメリカ、そういったところと戦争をするように仕向けていったんです。ロシアとされると困るんです。旧ソ連ですね、ソ連は共産主義だから。じゃあアメリカやイギリス、そのバックアップを受けている中国とぶつけよう。それで日本は戦争に追い込まれていったという事実もありますよね。教科書に書いてないですよ。なぜか。戦後の教科書は、彼らがチェックしてきたからです。こういうことをちゃんと、国民の常識にしないといけない>

 こうした歴史認識について、山田さんは「戦争は『共産主義者』の陰謀という見方は、戦前から存在する典型的な陰謀史観。事実認識としては全く誤っている」と指摘する。

 神谷代表は、こういう歴史観をどこから仕入れてきたのだろう。上の「陰謀史観」を事実でもって証明した議論を聞きたいものである。

●ユダヤ系国際金融資本

 毎日新聞は、神谷代表の演説の背後を探ろうと、彼の編著による「参政党Q&Aブック 基礎編」(2022年)に当たっている。そこでは、「ユダヤ系の国際金融資本を中心とする複数の組織」を「あの勢力」と呼び、太平洋戦争が起きたのは日本が「あの勢力」に逆らったためとする説を主張しているという。

 これに対し山田さんは、「(戦争は)『ユダヤ系金融資本』の陰謀とする見方も、世界に広く流布している典型的な陰謀論『ディープステート』論の一つ。実態はないが、人々にそのようなものが存在しているかもしれないと思わせ、被害者意識を膨らませ扇動する政治的手法だ」と批判した。

 当然ながら、なぜ、こうした「陰謀論」が公然と語られ、また、影響力を持ち続けるのかという疑問がわいてくる。これに対して、山田さんは、「真面目な歴史学者や地道なジャーナリズムの成果が、出版や教育を通じて一般化されておらず、歴史的事実を無視した極端な議論が『面白い』『新しい』と受け取られてしまう状態が広がってしまっている。戦後80年の節目に、こうした状態を転換したい」と話したという。このような山田さんの危機感をわれわれはどう受け止めていくべきであろうか。真剣に考えなくてはならないであろう。

(文責 南塚)

 

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
広島原爆投下直後の米軍メモ―国家安全保障アーカイブの新公表資料から
木畑洋一

 国家安全保障アーカイブ(The National Security Archive:NSA)は、1985年に米国のワシントンにあるジョージ・ワシントン大学で創設された民間組織であり、情報公開制度を用いて米国政府資料の発掘を積極的に行うなど、世界現代史に関わる資料の収集につとめ、それを公開する活動を展開してきている。そのNSAが日本への原爆投下に着目したのが、投下後60年目に当たる2005年であり、それ以降、この問題に関わる資料を公開してきている。投下後80年目の今年(2025年)にも、新たな資料の発掘・公開が行われているが、そのなかに、広島への原爆投下直後で長崎にはまだ投下されていない8月8日に、テニアン島(原爆を投下したエノラ・ゲイの出発地)の米空軍所属の誰か(人物の特定はできていない)がまとめた、原爆投下状況に関するメモが含まれている。きわめて興味深いメモであるため、その概要を紹介してみたい。

 なお、このメモは、Library of Congress Manuscript Division, Henry Arnold Papers, box 5, Chron Correspondence にあるもので、NSAの公開にかかるurlは以下である。

https://nsarchive.gwu.edu/document/33330-doc-71a-headquarters-20th-air-force-telecon-fn-08-21-comgenaaf-20-c0mgenustaff-rear

 以下は5頁強にわたるこのメモの骨子である。

 広島について今いえることは、Hiroshima is no more という4語で足りる。広島は、最大級の地震によるよりもさらに壊滅的な形で、地図から消し去られたのだ。火事の徴はないが、それは燃えるものが何も残らないような形で、核の力がすべてを粉砕したためである。

 爆発によるクレイターも存在しないが、それはそうした穴を残さないようにした爆弾投下計画の結果である。

 広島の人口は334000人である。その内、完全に破壊された地域に住んでいる20万人以上が命を失ったと考えられるが、最も控えめに推定しても、少なくとも10万人が「すでに負けたと知っている戦いを続けることにこだわった軍事指導者の犠牲」になった。彼らが米国などによる条件[ポツダム宣言]を受け入れない限り、近い将来、広島の何倍にも上る犠牲者が出ることになるだろう。

 8月6日に用いられた原爆のエネルギーは理論上TNT火薬100万トンに相当するが、現行知識の限界から、実際に用いることができたエネルギーはTNT火薬8000トンから2万トンに限られた。それでも、人間が作った武器としては最大の爆発力である。

 原爆投下の5時間後に行った偵察飛行によると、広島市の上空は爆発による雲に覆われたままだった。7月にニューメキシコで行われた実験の際には、5時間後に雲は消失したので、広島での爆発力がはるかに大きかったことが分る。これは、空爆の体験豊富な飛行士が誰も経験したことがなかった事態である。

 原爆を投下したエノラ・ゲイの機長ポール・ティベッツ大佐は、支給されていた色眼鏡をかけるのを忘れていて、まぶしさのために眼が見えなくなったと語っている。「眼の前が完全に真っ白になってしまった」のだ。

 同じくエノラ・ゲイに搭乗していた[副機長]ロバート・A・ルイス大尉は、「町のその部分は引き裂かれてしまったように見えた」と言い、「そんなものはこれまで見たことがなかった」という言葉を繰り返した。「[投下の]結果を見ようと機首を戻したところ、眼の前にあらわれたのは見たこともないような爆発だった。市の9割は煙に包まれ、それは3分もしない内に3万フィートの高さに達した。それは予想をはるかに超えていた。恐ろしいことが起こりそうだとは思っていたものの、実際に眼にしてみると、我々は皆、25世紀の未来の戦いを描いた映画バック・ロジャーズ[1939年に公開された映画]の戦士であるかのように感じたのだ。」

 原爆の開発にも関わり、エノラ・ゲイに搭乗していたウィリアム・S・パーソンズ大尉も、「ひどい光景」だったと述べる。「きのこ雲の下の方では直径3マイルにわたって紫がかった灰色のちり状の物体が煮えくりかえっていた。全地域が煮えくりかえっていたのだ。」「きのこ雲の頂上部分から大きな白い雲が離れて上昇していった。2番目の白い雲も空中に昇り最初の雲を追いかけていった。きのこ雲のてっぺんも煮えくりかえっていた。」「もしジャップが、隕石に打たれたと言ったりすれば、我々は、この爆弾の出発点にはこれがもっとあるのだと答えることになろう。」

 この間、この基地では、日本がポツダム宣言を受け入れなければさらなる攻撃にさらされることになると日本の軍部指導者を説得するための努力が払われ、これから36時間以内に「日本の人々」に宛てて投下される予定のビラの文言として次のようなものが考えられている。

我々が新たに開発した原子爆弾は2000機のB29に匹敵する爆発力をもつ。それに疑いをもつなら、広島で何が起こったか調べてみるといい。この爆弾を使って軍の資源を全滅させる前に、戦争を終わらせることをあなた方が天皇に請願するよう求めたい。今軍事的抵抗をやめなければ、戦争を速やかに無理矢理にでも終わらせるため、我々はこの爆弾や他のすぐれた武器を使っていくことになる。

 いうまでもなく、このメモが書かれた翌日の8月9日、同じテニアン島を飛び立った航空隊によって、長崎に二つ目の原爆が投下されたのである。

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする

世界史寸評
アメリカのイラン攻撃をどう考えるか―主要新聞の社説から―
南塚信吾

 2025年6月21日、アメリカが突然イランの核施設3か所を攻撃した。イスラエルに続いてアメリカがイラン攻撃に参戦したわけである。この問題をめぐって、ネット上に登場した日本の主要新聞の「社説」「主張」を比較点検してみた。比較したのは、日本経済新聞6月22日社説、読売新聞、産経新聞、朝日新聞、毎日新聞、信濃毎日新聞、東京新聞、北海道新聞、神戸新聞の各6月23日社説・主張である。すでに、イスラエルのイラン攻撃についての各紙の社説などは、比較して検討してみたが、それを受け継いで、アメリカのイラン攻撃についての社説などを検討しようというのである。なるべく重複は避けるようにしてみた。

 論点は多岐にわたるが、以下では主なものについてのみ、検討の対象としている。

1.国連憲章との関係について

(1)アメリカのイラン攻撃が国連憲章と国際法への明白な「違反」「暴挙」であると厳しく批判しているのは、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞、信濃毎日新聞、北海道新聞、神戸新聞、赤旗である。
 例えば、北海道新聞は、「最大限に非難する」とし、毎日新聞は、「ルールや手続きを一切度外視し、思いのままに他国の領土を攻撃するトランプ氏の行動は、道理に反し、看過できない」とし、朝日新聞は、「法の支配」の揺らぎは深刻だと警戒している。東京新聞は、「米政権は4月以降、核開発を進めるイランとの交渉を続け、軍事介入とは距離を置いてきたが、イスラエルのイラン攻撃を受けて、攻撃を準備しつつ、イランに無条件降伏を迫る姿勢に転換した」として、イラン攻撃の根拠の曖昧さを突いた。

(2)これに対し、読売新聞、産経新聞は、アメリカの攻撃は国連憲章への違反だという批判はしていない。読売新聞は、「国連憲章や国際法に違反している」というのは、イランの主張だという。では、イスラエルの攻撃にどういう正当な理由があるというのだろう。読売新聞は、「ウクライナやパレスチナ自治区ガザでの停戦はめどが立たず、イランとの核交渉も行き詰まっていた。外交で実績が乏しい中、トランプ氏は成果を急いでイラン攻撃を決断した」とするだけで、正当な理由は示していない。
 産経新聞は、アメリカは「核武装を阻止するとしてイランを攻撃中のイスラエルに加勢した」のであり、「核兵器級の90%へ近づく行動で、イスラエルなどがイランは短期間で核兵器を生産できると危機感を強めたのは当然だろう。」とする。
 両紙とも、国際法上の理由は示していない。この論理では、自国の都合や判断で、いつでも他国を武力攻撃できることになる。

(3)この問題は「自衛権」の有無に関係している。一主権国家が他の主権国家を武力攻撃するというのは、国連憲章に認められた「自衛権」の行使以外にはありえないわけであるが、アメリカがイランのために自国の危機が差し迫っているわけではないので「自衛」ということは当てはまらないというのが、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞などの主張である。
 毎日新聞は、「国際法上、他国への武力行使が認められるのは、自衛権の行使か国連安全保障理事会の決議がある場合に限定されている。自衛権の行使は、攻撃を受けた後に反撃する場合や、差し迫った脅威があることが前提となるが、いずれにも当たらない。」と厳しい。したがって、「国連のグテレス事務総長が「深刻な懸念」を示し、「世界の平和と安全に対する直接的な脅威だ」と警告したのは、当然だろうという。
 朝日新聞も、アメリカの攻撃は、「自衛権の行使を例外に紛争の武力解決を禁じた国連憲章に反する。グテーレス国連事務総長が「国際の平和と安全に対する直接的な脅威だ」と批判したのは当然だと言う。 
 日本経済新聞も、「国連憲章は武力行使を原則として禁じる。例外として自衛権の行使を認めるが、米国に正当化できる差し迫った脅威があるのだろうか。軍事介入を認める国連安全保障理事会決議も得ていない。」と批判する。
 6月15日から6月17日に開かれたカナダでの主要7カ国首脳会議(G7会議)nには期待する面もあったが、その共同声明は米国への配慮からイスラエルの自衛権を支持したのだった。東京新聞は、「誤りは明白だ」と厳しく批判した。そして、「米国の軍事行動を厳しく非難し、国際秩序を守る決意の言葉を発するよう求める」と強い論調を張った。
 これら各紙は、イスラエルについてさえ、そのような自衛権は認められないとしていたわけであるから、ましてアメリカについては、自衛権などは問題外だということである。
 一方、読売新聞の議論では、アメリカは、イスラエルの「自衛権の行使」を認め、自らはイスラエルに加担したのだと、説明している。産経新聞は、自衛権の問題にはまったく触れていない。
 この問題は、さらにイランの核開発の評価に関係している。

2.イランの核兵器開発について

(1)朝日新聞、日本経済新聞、東京新聞、北海道新聞、神戸新聞は、イランの核開発が核兵器の保有近くにまで進んでいたからと言って、アメリカが攻撃したことは非難すべきだとしている。とくに日本経済新聞、東京新聞、神戸新聞は、アメリカはイランが核を保有しているという「根拠」を示すべきだと主張している。
 この問題では、日本経済新聞が厳しい姿勢を取っている。同紙は、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、イランの核兵器開発に向けた組織的取り組みの証拠はないとしていたことを指摘し、イランが核兵器を持っているという「根拠はあやふやだ」と批判する。東京新聞も、イランの核兵器製造の「証拠がない」と指摘する。
 日本経済新聞は、ギャバード米国家情報長官が3月時点で、イランは核兵器を製造していないとの見解を示していたのに、トランプ氏がその分析を否定すると、同氏と足並みをそろえて説明を翻したとして、トランプの圧力を示唆する。同じく、朝日新聞も、アメリカの情報局長がイランの核保有を否定しているのに、トランプがそれは嘘だと否定した件を取り上げている。
 以上の新聞や赤旗は、すべて2003年にアメリカのブッシュ大統領がイラクを攻撃した時、イラクが大量破壊兵器を持っていると主張して攻撃したが、のちにイラクは大量破壊兵器を持っていなかったことが判明したことを引き合いに出して、その轍を踏まないよう警告していた。例えば、「2003年のイラク戦争の教訓を米国は忘れてしまったのか」と、日本経済新聞は驚きを隠さない。イラク攻撃のときも安保理決議はなかったが、パウエル米国務長官が安保理で報告するなど一定の手続きを踏む姿勢をみせた。それに比べ、トランプ政権は軍事介入につき国連安全保障理事会に報告さえしようとしていないという。毎日新聞も同様の主張である。

(2)これに対して、読売新聞と産経新聞は違った議論をしている。産経新聞は、イランの核武装を前提にして、アメリカはイランの核武装を阻止するためにイスラエルに加勢したのだとし、イランは速やかに核兵器を放棄すべきだと主張する。「核兵器級の90%へ近づく行動で、イスラエルなどがイランは短期間で核兵器を生産できると危機感を強めたのは当然だろう。」「イランはイスラエルの生存権を認めないと公言する唯一の国である。イランが核兵器を持てば、直接または親イラン武装勢力によって、イスラエル攻撃に用いられる恐れがあった。それは核戦争の勃発につながる」と、理解を示した。しかし、これはアメリカの危機ではないのではなかろうか。
 このようなイスラエルやアメリカの危機対応を理解してあげる教訓として、産経新聞は、2003年のイラク戦争ではなく、1994年の北朝鮮問題を挙げる。1994年に北朝鮮の核武装をめぐってアメリカが北朝鮮に妥協して、その後の北の核武装を許してしまったと主張して、そのような失敗をするなと言うのである。「1994年当時の米国や日韓は北朝鮮の核武装を見過ごしたが、現代のイスラエルや米国は核武装に進むイランの行動を傍観しなかったことになる」と、正当化するのである。
 一方、読売新聞は、アメリカは、イランとの核交渉も行き詰まり、外交で実績が乏しい中、トランプが成果を急いでイラン攻撃を決断したとする。イスラエルは、米国に軍事介入するよう求めていたが、トランプは当初、否定的だった。だが、イスラエルの攻撃が成果を上げたとの見方が広がると、一転してイラン攻撃へと傾いたのだという。だが、これは攻撃の正当化にはならない。
 いずれも、核兵器保有の「根拠」などは必要なかったと見ているわけである。恐ろしいことに、この二紙によれば、核兵器保有の可能性があれば、大国は自由に他国を攻撃できることになる。

3.イランの反応について 

 アメリカの攻撃を受けたイランについては、各紙はどのように論じているのだろうか。

 第一に、アメリカの攻撃を受けたイランの自制を求めるのが多い。例えば、日本経済新聞は、「イランは米国の軍事介入があれば報復する構えを示してきた。中東の米軍基地に反撃し、周辺のアラブ諸国に戦火が広がりかねない。報復の連鎖は危険だ。イランに慎重な行動を求めたい」と述べた。

 第二に、アメリカの攻撃がイランの核開発を刺激することを怖れる声が多い。例えば、同じく日本経済新聞は、イランが通常兵器だけでは抑止力を回復できないとみて、核兵器の製造に傾くかもしれない。そうなれば不安定な中東に大きな火種を残す。イランが核拡散防止条約(NPT)からの脱退に動けば、世界の核不拡散の努力に向かい風が強まるという議論を展開している。信濃毎日新聞も同様にイランの核開発に懸念を表明している。

 第三に、朝日新聞は、「イランに非がなかったわけではない」とする。イランは、「原発の燃料などに必要な濃度をはるかに上回る高濃縮ウランの貯蔵量を増やし続けた。これが、トランプ政権と距離を置いていた欧州の疑念も呼び、イスラエルに攻撃の口実を与えた」というのである。たしかにそうではあるが、このような「非」を主張しているのは、同紙だけであった。

 第四に、イスラエルのイラン攻撃に際しては、イランの体制危機を問題にしていた毎日新聞などは、今回は、それを問題にしなかった。代わって、東京新聞がこう述べていた。「軍事的にはイランの劣勢は明白だが、最高指導者ハメネイ師にとってイスラム革命体制の維持が最優先で、体制崩壊につながる降伏は選択肢になり得ない。」と。

 体制の危機を意識したのか、ともかく、イランの報復は限定的で、戦火は当面拡大はしなかった。しかし、イランの体制にどういう問題が生じたのか、またイランが核開発をどのように再開したのかなどは分からない。

4.イスラエルの対応について

 アメリカのイラン攻撃に関連して、イスラエルがどのように論じられたのだろうか。

(1)イスラエルの動きを最も厳しく批判するのが、北海道新聞である。国際法違反の主権侵害を先に行ったのはイスラエルだ。そのイスラエルの要請に応じ、世界最大の軍事大国が歩調を合わせたことを国際社会は最大限非難しなければならない。アメリカは、国連決議や正当な根拠もなく、一方的に先制攻撃を加えた。こうアメリカを批判した後、同紙は、イスラエルについて、イスラエルのネタニヤフ首相は米国の攻撃を称賛した。イスラエルはガザで非人道的な攻撃を続けている。同国は、事実上の核保有国であるにもかかわらず核拡散防止条約(NPT)に非加盟で、国際原子力機関(IAEA)の査察も受けていないと批判する。そのイスラエルに肩入れする米国のこうした中東地域での偏った対応は、国際テロ組織アルカイダや過激派組織イスラム国(IS)などの憎しみの連鎖を生むことにもつながったのだと指摘した。
 日本経済新聞も厳しい。今回のトランプのアメリカのイラン攻撃は、「イスラエルと一体化した軍事行動を急いだ場当たり的な対応との印象が拭えない」という。そして、イスラエルのネタニヤフ首相が「強さこそが平和を生み出す」とトランプ氏をたたえたこと、同国はパレスチナ自治区ガザへの攻撃を1年半以上も続ける傍ら、今月になって一方的にイラン攻撃を始めたこと、国際法違反との非難が周辺国から相次いだことを指摘したうえで、米国はイスラエルに強い影響力を持つのに自制させず、イラン攻撃に加担したと批判した。

(2)ネタニヤフへの直接的な言及をしないが、イスラエルの立場を基本的に批判するのが、多い。朝日新聞は、「イスラエルが一方的にイランの核保有が間近だと主張して先制攻撃した。そして、イスラエル単独では破壊できない地下施設などの攻撃に米国が協力した」とし、その正当性の欠如を指摘した。だが、主要7カ国(G7)首脳会議は、戦線を広げるイスラエルに自制を求めず、むしろ「自国を守る権利」を認めたと批判した。
 信濃毎日新聞は、イスラエルは、イランの核開発が自国への脅威だとして一方的な攻撃を仕掛けたのであり、武力行使の禁止を原則とする国連憲章に違反し、「自衛」は正当化できないと批判する。そのうえで、今回、米軍がイスラエルに加勢し、イランの核施設を攻撃したのであるとする。したがって、正当性はまったくないことになる。そして、日本を含む国際社会は、米国とイスラエルの攻撃を厳しく非難した上で、イランを含めた当事国に強く自制を促すべきだと警告した。
 毎日新聞は、米軍による核施設攻撃は、「イスラエルが要請していた」と断言する。そしてネタニヤフ首相はアメリカのイラン攻撃を「大胆な決断」とたたえ、「米国は無敵だ」と述べた。そもそもイランに対するイスラエルの先制攻撃が国際法に抵触する。米軍の攻撃はその違法行為に加担したも同じだと厳しく批判する。
 神戸新聞は、アメリカは、イスラエルが仕掛けたこのたびの戦闘に、核兵器開発の根拠を示さず加担したという。そして、イランだけでなく、イスラエルの核兵器開発の実態も解明してもらいたいと、ポイントを突いた注文を出していた。同紙は、覇権主義こそが今の世界情勢を危機にさらしている元凶だとして、イスラエルとアメリカなどの覇権主義を批判する立場を取っている。

(3)読売新聞は、ややあいまいな姿勢を取った。イランを巡ってはイスラエルが今月中旬、核施設を空爆し、米国に軍事介入するよう求めていた。トランプ氏は当初、否定的だったが、イスラエルの攻撃が成果を上げたとの見方が広がると、一転してイラン攻撃へと傾いた。トランプ氏は以前から、他国の紛争に米国は関与すべきではないという立場を取り、武力行使には慎重とみられてきた。だが今回は、イスラエルの「自衛権の行使」を認め、自ら加担した、というのである。ただ、これを正当だとも、誤りだとも明言していない。

(4)産経新聞はアメリカ、イスラエルの攻撃を正当化している。アメリカは、核武装を阻止するとしてイランを攻撃中のイスラエルに加勢したのである。イランはイスラエルの生存権を認めないと公言する唯一の国である。イランが核兵器を持てば、直接または親イラン武装勢力によって、イスラエル攻撃に用いられる恐れがあった。それは核戦争の勃発につながる。産経新聞は、こうして正当化した。
 ともかく、今回のアメリカの攻撃は、イスラエルと通じた両国の連携攻撃であると各紙のいうところから確定することができる。残念ながら、その後イスラエルやアメリカの攻撃を諸国は押しとどめることはできていない。イラン攻撃をめぐる両国の動きが当たり前になって、その結果、イスラエルは、核兵器の有無などに関係なく、ユダヤ教徒の保護を口実に他国を武力攻撃することを「自由」に行うようになっている。それは、7月16日のシリア攻撃に明確に表れている。

5.国際的対応

 アメリカのイラン攻撃が世界全体に与える影響については、各紙はどのような点を指摘しているのだろうか。

(1)核不拡散条約(NPT)の信頼崩壊を懸念

 朝日新聞は他紙とは違って、NPTの信頼崩壊を懸念している。曰く、「今回の攻撃で破壊されたのは、半世紀以上にわたり核軍縮に重要な役割を果たしてきた、核不拡散条約(NPT)への信頼だ。NPTは、米英仏中ロの5カ国にだけ核兵器を持つことを認めている。不平等だが、ほとんどの国連加盟国が批准し(ている)・・・ところが今回、NPTに加盟せずに核兵器を持つとされるイスラエルが、加盟国イランの核関連施設を攻撃した。これに核大国である米国も加勢した」。「核保有国は、条約が定める軍縮努力を怠るどころか、軍拡に転じている。自国の安全を守るには、NPTを脱退して核保有を目指すほうが得策だと考える風潮すら高まりかねないことを危惧する」。こうして、「法の支配」の揺らぎは深刻だと捉えている。

(2)第三国

 第三国の役割の重要性に言及する紙がある。朝日新聞は、米ロ中の3大国が既存の秩序に挑んでいると捉え、新たな「戦間期」を生まないために求められるのは、「ミドルパワーの西欧や日本が軸となり、多国間協調を築く覚悟」であるという。神戸新聞は、「今後の停戦や核に関する協議は、中立的な第三国が仲介し、国際協調下で行う必要がある」という。 
 一方、日本経済新聞は、「大国間の競争から距離を置くグローバルサウス(新興・途上国)が米国に向ける視線は厳しさを増す可能性が高い」とし、グローバルサウスに注目している。同じく毎日新聞も、「欧州や中東の戦争により、経済的なしわ寄せを受けているグローバルサウス(新興・途上国)の不信感も増大するに違いない」と注目している。
  大国への不信は北海道新聞も明言している。「先進7カ国首脳会議(G7サミット)は米国の離反を避けようとして、イスラエルの攻撃を容認する共同声明をまとめた。腰の引けた姿勢では米国の暴走を止めることはできまい。」とし、「国連は、欧州やアジア各国だけではなく、中ロも巻き込み事態収拾を急ぐ必要がある。」と主張した。そして、北海道新聞は、「中東情勢の激化により、原油高など日本だけでなく米国や世界の経済活動も不確実性が増す。日本は在留邦人の保護に万全を期すとともに、米国の攻撃を支持しない姿勢を明確にして仲介に動くべきだ。」と行動を求めた。

(3)アジア諸国

 アジアへの影響については、毎日新聞が、「アジアでは北朝鮮が核弾頭を製造し、搭載可能な弾道ミサイルを多く配備する。脅威の度合いはイランより深刻だ」と警戒している。朝日新聞は、「欧州、中東、アフリカの戦乱に加え、先月は南アジアの核保有国であるインドとパキスタンの軍事衝突も起きた。日本が位置する東アジアも、台湾海峡と朝鮮半島の緊張が続く。大戦終結から80年の今年、国際社会は未踏の危険水域に進みつつある」と警戒する。産経新聞はよりリアルに、「中東方面への米軍出動の間隙(かんげき)を突いて、北東アジアで中国が軍事的圧迫を強めてくる事態への警戒も怠れない」として、警戒を強調した。これらは、どこまで根拠のある警戒なのであろうか。あるいは、どこまですぐに軍事的に対応しなければならない脅威なのであろうか。

(4)アメリカの暴走

 実は、朝日新聞が、一言、「イラク戦争時から未解決な国際問題は実は、中東の混迷だけでなく、米国の暴走に対処するすべを世界が見いだせていない現実だ」と述べている。この指摘は重要である。同紙は、2025年6月のアメリカのイラン攻撃だけでなく、2003年の大量破壊兵器の保有という間違った口実に下で始めたイラク戦争以来のアメリカの「暴走」ということを言っている。しかも、アメリカの「暴走」については、「中東の混迷だけでなく」と言って、ウクライナ問題もそこに含めているのである。同様の指摘は、神戸新聞にも見られ、同紙は、トランプ氏は、イランが和平に応じなければ「将来の攻撃はさらに強大になる」と威嚇し、イスラエルのネタニヤフ首相も「力による平和を」と歓迎したが、しかし、「覇権主義こそが今の世界情勢を危機にさらしている元凶だ」と指摘していた。

6.日本の対応

 アメリカのイラン攻撃にたいする日本の対応について各紙はどのような問題を指摘しているだろうか。

(1)まずは、アメリカの同盟国としての日本の役割という観点から、毎日新聞は、「日本は、同盟国として米国の身勝手な軍事力の行使を見過ごすようなことがあってはならない。欧州とも連携して自制を促すべきだ。」と論じた。同じく、日本経済新聞も、「日米同盟への配慮が必要とはいえ、安易に支持するのは控えるべきではないか。」とやんわりと日本の姿勢を批判した。
 この延長線上で、日本の責任を問い、警告したのが、朝日新聞と信濃毎日新聞で、朝日新聞は、「戦禍への懸念よりも、イスラエル寄りの米国への配慮を優先した欧州、カナダ、日本は、重い責任を負ったことを自覚せねばなるまい」と警告した。また信濃毎日新聞は、「
 日本を含む国際社会は、米国とイスラエルの攻撃を厳しく非難した上で、イランを含めた当事国に強く自制を促すべきだ。(日本は)歴史的にイランと友好関係を築いてきた立場を踏まえ、米国とは距離を置き、緊張を緩和する役割を主導すべきだ。」と指摘した。
 北海道新聞は、上述のように、「日本は在留邦人の保護に万全を期すとともに、米国の攻撃を支持しない姿勢を明確にして仲介に動くべきだ。」と行動を求めた。

(2)この間の日本政府の主張の矛盾をついているのが、赤旗で、同紙は、石破政権はイスラエルがイランに先制攻撃を加えた際、「核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難する」との外相談話を発表していました(13日)が、ところが、石破首相を含めた主要7カ国(G7)首脳の声明(16日)はトランプ大統領の意向をくんで、イスラエルの「自国を守る権利」を認め、「(同国の)安全に対する支持」を表明しましたと、日本政府の立場の二面性を指摘した。

(3)このような問題には触れず、イラン攻撃の日本人への影響を具体的に論じたのが、読売新聞であった。同紙は、「イスラエルとイランから在留邦人とその家族計100人以上が周辺国にバスで出国した。多くは民間機で日本に向かうという。政府は、民間機が使えなくなる場合などに備えて、自衛隊の拠点があるアフリカ東部・ジブチに空自の大型輸送機「C2」を2機派遣した。円滑に任務を果たすことを期待する。」と述べた。産経新聞は、軍事的対応にもっと踏み込んで、「機雷除去へ海上自衛隊の派遣は必要ないのか。世界の米軍基地や米国民へのテロ攻撃もあり得よう。在日米軍基地や空港の警備強化も急ぎたい。」と述べた。

カテゴリー: 世界史寸評 | コメントする