世界史寸評
アジア世界史学会(AAWH)第六回ドーハ大会 参加記
吉嶺茂樹

 アジア世界史学会(AAWH)第6回大会は、2025年10月25-26日に、カタール国ドーハのドーハ大学院大学Doha Institute for Graduate Studiesにおいて、“ Gulf and the Globe”をテーマに開催されました。大会の概要と各パネルの詳細については、AAWHの下記URLから閲覧することができます。
https://www.theaawh.com

 今回の大会約一か月前の9月9日、ドーハ在住のハマス幹部に対するイスラエルのミサイル攻撃が行われたことは日本国内でも広くニュースになりました。この影響もあったのか、今回、対面での参加者はおよそ70名くらいでしたが、内容的には活発な討論が行われたと思っています。日本からの直行便も問題なく運行されていました。2009年5月に大阪大学で第一回の大会が開かれて以来、第六回のドーハ大会までのふり返りが最終セッションClosing Remarksで報告されました。2008年の Nankai Conference以来の研究会の歴史が写真入りで紹介されていたのが印象的でした。初代会長である、世界史研究所長南塚先生の写真も全体に紹介されました。

 今回の学会のテーマは、要項では、事前に次のような点が示されていました。

• Maritime Trade, Oil and a Diversified Economy
• Archaeology, Anthropology and Disease
• Political Ecology of Development in the 20th & 21st Century
• Politics of Nation in the Age of Globalisation
• Writing and Teaching of World History

 これまでのAAWH大会の中では、テーマの柱の一つとして、アジア各国の歴史教育の比較がテーマに取り上げられてきました。しかし、個人的な感想を述べれば、日本側が組織し私も参加した「歴史総合に関する歴史教育パネル」への参加は少数でした。日本の歴史教育が歴史総合必修化以降大きく変更されていることは私たち日本で歴史教育に当たっているものには大きな問題ですが、やはり日本の歴史教育に関する関心は、会場ではそれほど高いものではありませんでした。これは、会場が私たちのパネルだけ別会場であったということも理由にはなると思われますが、イスラム圏における歴史教育のあり方が様々な困難を抱えていることにも原因があると思われます。このことを、筆者はすでに以前の南塚先生主催の、”World History Teaching in Asia”Berkshire,2019にまとめられた研究会の中で、インドのSatyanarayana ADAPA先生から教示されていました。今回実際に会場の実務スタッフとして動いていた大学院生たちと議論するなかで、「歴史総合という新しい科目が日本では高等学校で必修科目として全員が学ぶ科目に創設された、私たちはそのことを議論に来ました」ということを述べましたが、スタッフの大学院生の中では、そもそも「教科書の中の歴史像を刷新する」ということの必要性をあまり感じていないということを知らされました。おそらくイスラム的な価値観と、歴史教科書の保守性という問題もあるのかと思われます。やはり日本は、彼らのようにイスラム圏で社会科学を研究する人たちにとって「少し遠い国」なのかもしれません。日本からは他にもジェンダー史パネルや高校大学双方での教育的なプログラムに関するパネルなど、日本側の参加者が大活躍でした。

 秋田茂前会長は、”GEOPOLITICS IN THE ASIA-PACIFIC REGION”と称する地政学のパネルなど、複数のパネル組織に始まり、司会進行など中心的なご活躍をされていました。この地政学のパネルは、1970年代前後の石油産業を中心とする国際的な貿易構造がどのように構成され、どのような構造を持ち、どのように解体していったのかを中心に分析する非常に刺激的な議論が行われたパネルでした。個人的にも、私の父が九州の石油販売会社に勤務しており、第一次オイルショックが中学生の時でしたので、眼の前で起きていたことの歴史的な意味を分析していただきました。他にも桃木至朗先生(日越大学教授)が1日目午後のKey Note Speechを行いました。逆に中華人民共和国、韓国からの参加者があまり見られなかったように思われます。さらにCovid19以降、オンラインでの会議が普通に行われるようになり、今回も多くのオンライン参加が見られました。筆者も前回のニューデリー大会ではオンラインでのパネル組織を行いました。オンラインでの接続や資料提示の問題は別にして、学会運営がこのようになってくると、対面で国際学会を行うことの意味が問われていくことになるかもしれません。筆者自身は2日間、ランチを共にしながらの会話から得られることも非常に多かったので、コーディネートは大変だと思われますが、今後もこのような対面での開催を検討していってほしいと思いました。

 私たちが組織したパネルは次のようなものでした。

Thema:Session 12 UNPACKING THE CHALLENGES OF JAPAN’S NEW HISTORY  EDUCATION  REFORM
パネルのオーガナイザーは徳原拓也さん(神奈川県立横浜国際高校)。

 報告者は荒井雅子さん(拓殖大学)の「学校史を用いることで生徒に歴史教育を身近なものとする」という前任の高校(立教大学新座中高等学校)での実践を通じた検討、徳原さんは教室の中でセンシティヴな課題を検討する際に、生徒に与える倫理的な葛藤の問題をどう考えるべきなのか、そして、矢景裕子さん(神戸大学付属中高等学校)が「歴史総合において使われる『私たち』とは誰なのか?」という課題を授業の中で検討し実践した結果が報告されました。私(吉嶺)は、現在国際バカロレアコースで担当している’IB History’と、日本の歴史総合教科書の間にある相違について、ナショナリズムと言う言葉と考え方がそれぞれの科目の教科書の中にどのような記述として現れているかを検討し、そのケーススタディとして北海道と沖縄の近代史を考えるという内容でした。この4本に対して、向正樹さん(同志社大学)と大西信行さん(中央大学)からの的確なコメントが行われました。向さんのコメントは、4人の報告者が描く世界史像というものが、それぞれどのように生徒の歴史認識像を変容させる可能性があるのかについてのものでした。大西さんのコメントは、日本の中世史研究を背景に、Covid19がよみがえらせた「日本史の中の中世的な伝統」を示すことで、社会の変容が歴史の記憶を呼び戻すことについての大変刺激的なコメントでした。

 1日目の最終セッションは、”From that Small Island“というドキュメンタリー番組の ディレクターズカット版上映会が1時間半にわたって行われました。このフィルムは、アイルランドという小さな島の古代から現代までの歴史を1時間半で振り返るというものでした。この監修をされ、番組にも進行役として登場するトリニティ・カレッジのJane Ohlmeyer先生によるコメントが行われました。大変興味深い内容でしたが、私の報告のテーマであるナショナリズムに引き付けていえば、「この小さな島から」というタイトルが示すように、アイルランドという小さい島から世界中に広がっていったケルト=アイルランド人が世界の各地でいかに活躍し偉大な成果をなしとげたのか、それは現代にどのようにつながっているのか、というストーリーを描いたものでした。そこではやはりアメリカの最初のアイルランド系カトリック大統領としてのケネディが賞賛されることとなります。会場で一緒に見た桃木先生の言葉と、「アジア世界史学会」という名称に引き付けていえば、ケネディとそのスタッフがのちにベトナムで何をしたのかが描かれていません。私は、北海道や沖縄で、明治政府が「内国植民地」化や「日本化」の過程で行ったこととの対比をしながら拝見しました。(でも、内容は大変面白く、映像としてもよくできていました。なお2025年11月19日水曜日の報道によれば、このフィルムはカリフォルニア・フィルムフェスティバルのドキュメンタリー賞を受賞したとのことです)。
From that Small Island wins documentary award at Californian film festival | Anglo Celt

 二日目の最後には、新しい会長として、南洋工科大学(シンガポール)のLiu Hong先生が紹介され、3年後の再会を約束して閉会しました。次の大会は順調にいけば3年後の2028年。アジア民族主義が台頭するきっかけとなった第一次大戦の集結から110年で、不戦条約と張作霖爆殺事件から100年となります。これから20年ほど、7回続く予定の大会で、AAWHは、アジアという場でのWWⅡとその記憶と向き合うことになります。その際にどのような議論が行われるべきなのか、さらに各国の中等教育での歴史学はこの課題とどのように向き合うべきなのか、アジア諸国との歴史の共有と共生はそもそも可能なのか…こういうことを考えながら、帰国の途につきました。

 

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