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世界史寸評
オルバーン失脚の世界的影響―ハンガリー選挙をめぐる報道より(その1)
2026年4月12日―18日
南塚信吾

 2026年4月12日(日)に行われたハンガリーの国会選挙では、ヴィクトル・オルバーンの率いるフィデス(青年民主同盟)党が大敗し、ペーテル・マジャルの率いるティサ(尊敬と自由)党が地滑り的な勝利を得た。16年にわたって続いたオルバーン政権は終焉した。確定した結果によると、国会の議席199のうち、ティサは141議席を獲得し、フィデスは52議席にとどまった。

 一国の選挙がこれほど世界的に注目を浴びたのはまれであろう。この選挙は、ハンガリー国内だけでなく、アメリカのMAGA運動や世界中の極右勢力の強靭さを試す試金石として、世界中から注目された。彼らの多くはかねてよりオルバーンを模範として、その戦略を模倣しようとしてきたからである(Kassam)。 ニューヨーク・タイムズ(NYT)の国際版(NYT Int)やジャパン・タイムズ(JT)をみると、何度も全面を使ってオルバーン失脚の世界的意味を論じていた。オルバーン失脚の世界への影響はどうか。NYTとJTを中心に内外の報道を取り入れて議論を整理してみたい。

1.オルバーンはなぜ負けたのか

(1)オルバーンの敗因

1)経済不振と腐敗・縁故主義

 オルバーンの率いる右派ポピュリスト政権は、在任期間中、自らの権力を抑制していた権力分立の仕組みを着実に弱体化させてきた。具体的には、選挙法を自らの利益になるよう改正し、国内メディアの約80%を支配下に置くべく工作を行い、司法制度を再編した。(ガーディアン)16年に及ぶ長期政権を築いたオルバーンは、司法介入やメディア統制を通じ、権力を追求しつつ政敵を排除してきた(『時事通信』)。

 このように、オルバーンは、中央地方の政治・司法・文化の諸機関に自分の息のかかった人物を配置して、権力を固めたはずであるが、それでも選挙で負けたのである。

 その理由を読売新聞はこう伝えた。ハンガリーは、ロシア産エネルギーの輸入や、中国からの投資を頼りに経済成長を目指してきた。だが、国内総生産(GDP)成長率が2023年以降、3年連続で1%を下回った。1人あたりGDPはEU加盟国で下位にある。中露に依存し、国家管理を強化する手法が限界を迎えていたのは明らかだ。オルバーン体制で横行した汚職や縁故主義も、経済成長を妨げてきた要因といえる(『読売新聞』)。これは的を射ている。

 筆者の友人で、ハンガリーの著名な画家・イラストレーターであるフェレンツ・バンガが、2025年3月に日本へ来たときに、オルバーンの政治について聞いたことがある。かれは、①物価が高く、生活は苦しくなった。石油はあるが、とても高い。②小学校が教会に売却されて、半数は公立ではなく教会の経営になってしまった。だから教育が一面的になっている。③出版社がどんどんなくなり、経費を削減しようと、出版にさいしてイラストを入れなくなった。④身近にあった小さい商店が消えて、スーパーだけになった。⑤行政、メディア、教育・研究、病院などの管理職はすべてオルバーン派の人間になってしまった。⑥町には警官ばかりが目に付いてしまう。日本はとても少ないので驚きだ、などとオルバーンを批判していた。これが、ハンガリーの国民のレベルでの目線に近いだろう。

 要するに、経済と腐敗・縁故主義がカギであったようだ。ただ、この両者は因果関係にあったという指摘がある。政治での一党支配と家父長的な支配は、ハンガリーの19世紀以来の政治の伝統だから、それで批判が募ったということはない。そうではなくて、経済政策で、自分の周辺の人間に公的な金を流して太らせ、反面国民を貧困にした。特に中産階級が激減した(Bottoni)。

 これ以外に、アメリカのトランプ政権との絆が逆に作用したと指摘するものもある(Broder)。とくにイラン戦争はトランプ政権への評価を下げたようだ。

2)「ポピュリズムのパラドックス」 

 こういう国民を貧困にしたといった問題を、NYTはポピュリズムの問題として論じている。NYTは、ポピュリストがピープルの要求に答えられなかったのだという。「結局、右翼ポピュリズムのハンガリー人先駆者はポピュリストであることを完全にやめたのだ」。マジャルが批判したように、「オルバーンは何年もの間、ハンガリーの人々に関係する問題に注意を払ってこなかった。」「われわれは、かれが医療や教育や生活費について語るのを聞いたことがない」(Higgins)。

 オルバーンはプーチン(2019年)やトランプ(2016年)よリも早くに「リベラル・デモクラシーは盛りを過ぎた」と言った。しかし、かれは負けた。なにが起きたのか。それは政治の基本のことで、「選挙に勝つには人々に人気がなければならない」という基本が示されただけのことだ。日曜日に起きたことは、ハンガリー国民にイデオロギー的な地震や方向転換が起きたということではない。単に人間的なことである。国民は、しだいにおべっかと、大きな宣伝マシーンからの賞賛に甘やかされるようになった強いリーダーを倒したのである(Higgins)。

 オルバーンは「ポピュリズムのパラドックス」に陥って敗北したのだとする説もある。「ポピュリストのパラドックス」と呼ばれる、よく知られたパターンがある。一部のポピュリスト指導者は、「腐敗を一掃し、汚職と闘う」という公約を掲げて勝利を収める。しかし、一旦権力を握ると、彼らは汚職を防ぐための制度を徐々に弱体化させ、その汚職を利用して自らの支配を強固なものにしていくのである(Bennhold)。

3)政治家というよりは「興行主」

 最後に皮肉たっぷりの議論を「ウオール・ストリート・ジャーナル」が載せている。曰く、オルバーンを支持する米国の「オルタナ右翼」も、国際的なリベラル派のオルバーン批判者も決して、長年ハンガリー首相を務めた彼を真に理解していたわけではなかった。本当の独裁者であれば、自分の権力を脅かす選挙を回避あるいは制御する手段を見つけていただろう。オルバーンは結局、政治家というよりは興行主だった。移民、キリスト教、同性愛、世界主義的自由主義、国家主権にロシアなど、オルバーンはどこに熱い議論を巻き起こす争点があるかを知っていた。彼はそれを頻繁に強く刺激した。ナショナリスト的な保守派はそれを大いに喜び、世界主義的自由主義者は激怒した。その一方で、オルバーンは政治機構の構築に精を出したが、それは世界を変えることより、自分の権力を維持することを重視するものだった。

 過去16年の大半において、オルバーンの体制は機能してきた。彼が掲げた大義は、高齢化と人口減少が進むハンガリーにおいて、将来に不安を抱き、移民や文化的変容に脅威を感じる国民の共感を呼んだ。同時に、EUの世界主義的、脱国家的かつ脱歴史的なリベラル思想に対する彼の反対姿勢は、世界中で支持者を集め、それが彼の国内での地位強化に役立った。

 だが、オルバーンは建設者というよりエンターテイナーとして優れていた。広く称賛された彼の家族重視政策も、ハンガリーの人口減少を反転させることができなかった。有能な若いハンガリー人が西欧に移住する状況が続いた。汚職が広がる中、経済は停滞した。ハンガリー人はかつて旧ワルシャワ条約機構加盟国の住民の中でも最も裕福な部類に入っていた。だが現在では、ルーマニア人より貧しい。選挙区の恣意的な改定やメディア操作は、発想力に欠けるように見える指導部に対する国民の倦怠感の高まりを克服することはできなかった(Mead)。

 オルバーンもマジャルもイデオロギー的に大差がないことを考えると、このような見方もあり得るかもしれない。

(2)マジャルの勝因   

1)EUと縁故主義

 マジャルは、なぜ大勝したのか。鍵は、EUと縁故主義に主に求められている。マジャルは、ハンガリーとEUの緊張した関係を修復し、汚職を取り締まり、生活水準を引き上げ、長年放置されてきた公共サービスに資金を投入すると公約した(Kassam;Breeden)。マジャルは現在の体制とはきっぱりと決別すると断言し、とくに公的資金で私腹を肥やす連中は排除すると約束した(Goldberg April 13)と言われている。

 そのうえで、マジャルは独特の運動を繰り広げてきた。2年間にわたり、マジャルは急成長する自分の運動を全国の村々や町の広場、そして都市へと広め、長年にわたりハンガリーに蔓延していた縁故主義や汚職にうんざりしていたハンガリー国民を結集させてきた(Kirby)。私の友人で、元ハンガリー科学アカデミー総裁であった歴史家のベレンドUCLA名誉教授は、マジャルが全国の町や村を回って人々と直に接したことを重視している。もともとオルバーンは地方に強いはずであったが、そこを縁故主義や汚職を批判するマジャルに掘り崩されてしまったのである。

2)二つのポイント

 NYTの編集部はマジャルの選挙キャンペーンの二つのポイントを指摘した記事を載せている。

 一つに、生計に関する問題に焦点をあてたこと。ティサ党は、政府のサービスの非効率を批判、勤労家族の減税、医療の拡大、年金の増額、児童手当の拡大、学校の補助員の給料引き上げを公約、富裕税からの収入とEUからの基金で、これを賄うとした。数家族が国の半分を持っていると言われた。マジャルは、汚職問題を中心的争点とし、それとの関係で、ハンガリーの生活水準の停滞を取り上げたのだ。

 二つに、社会的進歩主義を採らなかったこと。マジャルは中道右派で勝利した。経済的には進歩主義だが、文化的には保守とは言わないが中道である。マジャルは、右派として愛国的シンボルを使った。国旗がその例だ。彼の名前も得している(=マジャルとはハンガリーのことである)。かれはナショナリストだと公言している。かれは農村部を回った。ウクライナのために軍隊や武器を送らないと約束した。LGBTQのデモには出なかった。移民については、オルバーンよりも厳しい規制を主張した。ハンガリー在住のアメリカの保守主義者ロッド・ドレアは、マジャルが勝ったのは、「少なくとも公的には、かれがオルバーンの支持するすべての事を受け入れたからである」という。マジャルは、不法移民に反対し、同性愛にも反対している。選挙は、中道右派と権威主義的右翼との争いだったのだ(The Editorial Board)。

3)「オルバーンでないこと」   

 マジャルの勝利は、イデオロギーや政策体系の故ではないとの声が強い。マジャルの勝利は、オルバーンとのイデオロギー上の隔たりを巧みに最小限にとどめつつ、自身の能力と誠実さに焦点を合わせたことにある(Mead)とか、マジャルは、オルバーンと同じような考えをする保守派であるが、かれはオルバーンほど好戦的でも断定的でもなく、自国ともEUとも仲良くやっていく「人間的な」ハンガリー人であることを約束したのだと言われた。そしてついには、マジャルは医療や教育やEU対策などについて詳しく語ったことはなく、かれの最大の強みは「オルバーンでないこと」だったのだ(Higgins)とされる。これがポイントかもしれない。

2.ハンガリーの国内政治はどうなる  

1)喜ぶ人たち

 『ガーディアン』は、オルバーンの敗北を喜ぶ国民の声を伝えている。「独裁政権や右派のイデオロギー、そういったものはすべて消え去り、私たちはより良い国を作るチャンスを得たのです」。「希望に満ちて、幸せです」。「これからの4年間が、過去16年間よりも良いものになることを心から願っています」。「今後4年間、ハンガリー国民は安全、平和、自由を享受でき、誰にも生活に干渉されることはないだろう」という声である(Kassam)。ハンガリーの地方都市に住むわたしの友人は、地方の文化の維持、育成に熱心に取り組んでいるが、彼は「これで、創造的な仕事ができるようになる」と喜んでいる。

2)そんなに喜んでいいのか

 たしかに、ティサ党が公約してきたように政府のサービスを効率化し、勤労家族の減税、医療の拡大、年金の増額、児童手当の拡大、学校の補助員の給料引き上げは実現していくだろう。富裕税を導入し、数家族が国の半分を持っているという汚職と縁故主義は一掃していくだろう。国民の生活水準の引き上げ、医療制度の改善も約束している。教育関係の改善も実行するだろう。また、対外的には、「同盟国からの信頼回復」や「脱ロシア産エネルギー」を目指し、EUとの関係改善に努めるとみられる。そして、オルバーンのように中国など「東」を重視するよりも、「西」へ回帰することを目指している。

 だが、マジャルはやはり保守派なのである。マジャルはかつてはオルバーンに刺激を受けた人物で、その後汚職問題などを機にオルバーンとフィデスに幻滅してそれを批判するようになった。しかし思想は保守なのである(Goldberg April 15)。マジャルは、難民受け入れには批判的である。また、LGBTQをオルバーンほど毛嫌いすることはないとはいえ、LGBTQには慎重である(Breeden)。対外的にも、ウクライナの「迅速なEU加盟」には反対の立場で、EUなどと一定の緊張関係が続く可能性はある(『時事通信』)。

3)もっと深刻に考える人もいる。

 「ハンガリーの今後の道筋は複雑なものである。フィデス党による経済界、メディア、行政、司法への支配は、広範囲かつ深く及んでいる」とみる人もいる(Kassam)。

 「オルバーンがいなくなってもハンガリーはまだむつかしい状態がつづく」とみるのは、選挙制度の問題があるからである。今回の選挙は独特の選挙システムのおかげである。ティサは投票の53%しか得ていないのに、議席は141も獲った。フィデスは49議席だが、43%も得ている。それだけ非リベラリズムの支持者がいるということだ。ティサの票には中道右派とリベラルと左派の票が混ざっているのであると言われる(Kisilowski)。

参考文献

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Dmitrij Peszkov: Soha nem voltunk barátok Orbán Viktorral, Nepszava, 2026.04.14
Donald Trump: Orbán Viktor a barátom volt, Nepszava, 2026.04.14
Így fogadták Bulgáriában a magyar választási eredményeket, Magyar Nemzet, 2026. 04. 15
「強権にノー、EU回帰へ=対ロ融和見直し―ハンガリー総選挙」,『時事通信』 2026年4月14日
「ハンガリー総選挙、オルバン首相の与党敗北 16年ぶり政権交代へ」 『朝日新聞』 2026年4月13日
「オルバン氏の退陣で何が変わる? ハンガリー総選挙、3つのポイント」 『朝日新聞』 2026年4月13日
「対立から結束へ ハンガリーの政権交代、欧州首脳が次々に「歓迎」」『朝日新聞』 2026年4月13日
「ハンガリー選挙 欧州極右伸長の流れ変わるか」『読売新聞』2026年4月16日

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Bottoni, Stefano, Orban’s Fall Is an Astounding Achievement, NYT, April 13, 2026
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  Bottoni, Stefano, Orban’s fall is an astounding achievement, New York Times International Edition (以下NYT Int) , April 16, 2026
Breeden, Aurelien, Who is Hungary’s next leader? NYT Int, April 14, 2026
Broder, David, For Orban, Trump may be his ruin, NYT Int, April 10, 2026
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  (国際版に再録)
  Browning, Kellen and Goldmacher, Shane, Trump Movement loses a ally, NYT Int, April 15, 2026
Douthat, Ross , The Four Lessons Liberals Should Consider After Orban’s Defeat, NYT, April 18, 2026
  (国際版に再録)
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Higgins, Andrew, In Hungary, a populist lost his popularity, NYT Int, April 15, 2026
Jakes, Lara, 4 Takeaways From Viktor Orban’s Defeat in Hungary’s Election, NYT, April 13, 2026
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  (国際版に再録)
  Smialek, Jeanna, New leader in Hungary may bolster E.U. unity, NYT Int. April 14, 2026
Sonne, Paul, Hungary May No Longer Be Putin’s Ally, but It Can’t Afford a Full Break, NYT, April 13, 2026
  (国際版に再録)
  Sonne, Paul, Hungary can’t afford a full break from Moscow, NYT Int, April 17, 2026

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「世界史の眼」No.74(2026年5月)

今号では、南塚信吾さんに、「幕末に於ける対外認識―レザノフ事件とモリソン号事件の影響(その2)」をお寄せ頂きました。(その1)はこちらです。また、南塚信吾さんには、昨年みすず書房より刊行されたフィリップ・テーア『東欧の体制転換と新自由主義―1989年以後のヨーロッパ』の書評もしていただいています。

南塚信吾
幕末に於ける対外認識―レザノフ事件とモリソン号事件の影響(その2)

南塚信吾
書評:フィリップ・テーア『東欧の体制転換と新自由主義』福田宏ほか訳 みすず書房 2025年

フィリップ・テーア(福田宏ほか訳)『東欧の体制転換と新自由主義―1989年以後のヨーロッパ』(みすず書房、2025年)の出版社による紹介ページはこちらです。

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幕末に於ける対外認識―レザノフ事件とモリソン号事件の影響(その2)
南塚信吾

2025年12月1日掲載の(その1)より続く

 高野長英と同じく、渡辺崋山も、モリソン号への対応について幕府を批判した。崋山が、モリソン号の噂を聞いて1838年(天保9年)に書いた『慎機論』や、1839(天保10年)に書いた「事情書3部作」、つまり『初稿西洋事情書』、『再稿西洋事情書』、『外国事情書』は、広い国際的な展望のもとに、日本の鎖国的な政策を批判したものであった。

 崋山は伊豆の韮山代官江川英竜(海防論者として幕閣に入っていた)の依頼により、世界情勢を論じた無題の論稿を書いた。最初の稿は、のちに佐藤昌介が『初稿西洋事情書』と名付けたもので、過激なものであった。これを書き直したのが、のちに同じく佐藤によって『再稿西洋事情書』と名付けられたものであるが、これも激しすぎるというので受け取られなかった。そこで書かれた第三稿が江川に上申され、これを江川が『外国事情書』と名付けたのである。以下、崋山の「事情書3部作」の内容を比較・検討してみることにする。

***

 まず、『初稿西洋事情書』(以下『初稿』)は、「西洋諸蕃の事情を知るは、誠に今時の急務」であると始める。「西洋諸蕃の義は、一地球(世界全体)に拘り候間、只欧羅巴計(ばかり)にては申し尽し難く候」という。そして、事実上、世界史を論じていく。論点を整理して見ていくことにしよう。

(1)地球中(=世界中)、赤道以南の地は「恐るるに足らず」なので、以北を考えると、一般に、「南地のもの文華有之(これあり)、北地のもは武術有之」。

(2)地球上には、五大州があるというが、実際は欧羅巴・亜細亜洲、阿弗利加洲、亜墨利加洲の三洲であり、そのほかに亜烏斯答羅利(あうすたらりー)洲がある。このうち、欧羅巴・亜細亜洲は文物制度が最も進んでいる。「人道」はみな亜細亜洲から出ており、ヨーデン宗(ユダヤ教)、ヘイデン宗(仏教のこと)、キリス宗(キリスト教)、孔子はみなこの洲から出ている。ヨーデン宗、キリス宗は北漸し、欧羅巴では、ローマ、ギリシアを経て(=順番が間違い)、「今の各国瓜分(かぶん)の世」となった。その北の「韃靼」の地の民は強壮で、東は唐山(中国)を併せ、西はアラビア、欧羅巴を併せ、南はインドを併せ、モンゴルとなっている。このように「北狄(ほくてき)」が強いが、最近は同じく北の魯西亜が世界第一の大国となっている。しかし、「物極れば衰ふ」。むかし、払郎察(ふらんす)のボナパルテという者も西洋諸国を「打平げ」たが、魯西亜に負けてしまった。このほか、アラヒヤ、エチプト等はトルコに并(へい)せられ、印度はイギリス、フランスなどの地となり、唐山は満洲に併せられた。

(3)現在は、西洋が教政隆盛である。その理由は、教主が国王と並ぶ地位にあり、教主が「生殺之権」を持ち、国王が「予奪之権」(=官吏の任免権)を持つ。国王は「役」である。こうして国は「身を治(おさめ)、人を治(おさむる)を第一の任」と考え、「開土造士」(=開化・教育)を専らとする。国は学問・教育を進め、「造士の道」を盛んにする。学校が盛んなのは、ドイツとフランスで、それに次いでイギリスである。オランダも最小国であるが、学校が盛んである。

(4)このように「学術実践を以て天地四方を詳(つまびらか)に致し、人を育し国を広め候」ゆえに、「今は、地球中、一地も欧羅巴諸国の有に之無くは御座なく候。」ただ亜細亜だけがまだ欧羅巴の領地になっていないが、これとても唐山は魯西亜、ポルトガル、アメリカ、イギリスに脅かされ、ペルシア、アラヒヤ、印度、シャム、チャンパなどは、「西洋の領に之無くは之無し」という。結局、亜細亜では「其国を古来より失わざるものは」ペルシアと日本だけである(=ペルシアの理解は矛盾しているし、シャムもおかしい)。これは「誠に心細き事」であるが、知らなければ「井蛙(せいあ)に安んじ」てしまうことにもなる。

(5)現在、我国に「涎を流し」ているのは、魯西亜と英吉利である。今は「神風」に頼ることはできないから、「敵情を審(つまびらか)に仕る」他はない。魯西亜は「仁義を専ら」とし、「地続きの国を広め」、兎角「極寒不毛の地」を相望み、次第に「南下」している。英吉利は、「智略を専ら」とし、航海を頼み、海外諸地を略し、兎角魯西亜の先を潜るような動きをしている。そういう違いはあるが、二国とも「土地を開拓」することと、「人の国を奪取」ることが、非常に「妙」である。例えば、イギリスは北アメリカを取って民を移したり、新阿蘭(オーストラリア)を開拓している。フランス、オランダも開拓しているが、7分はイギリスである。このように「天地を一統」致し、表は「同仁の意思を称し」、みだりに兵力を使うことはない。そういうわけで、英吉利などを「夷狄(いてき)」などと軽んじていることは、誠に「盲人の想像」である。

(6)およそ「時変に従ひ、政を立」てるというのは、「古今の通義」である。日本についてこれを見ると、太古の代の日本は小さかったが、次第に地方を組入れて、太閤の征戦となった。その後、鎖国となり、ただ一国を治めるようになって、終に「海外の侮」を受けるようになった。西洋が怖ろしいからとて、「雷を聞きて耳を塞ぎ、電(いなずま)を忌(いん)で目を塞ぎ候」ことはいけない。西洋は、「万事議論、皆究理を専務と仕候」。「究理」の一つに、外国は日本の地誌をよく調べている。シーホルトは魯西亜の「学頭」に乞われている。

(7)西洋では、兵は「非常の備の奉公」をするだけで、「常の事を兼ね勤る」のであり、これによって政庁、教堂、学校等に多くの人を当てることができる。そのように、質素なのは、「皆人才を育し、学文を専に、実用専一に」しているからである。したがってこの後10年、20年は事無きをえるものの、「永世の策」がないと、亜細亜諸国は、一日も安じ申さず候。」

(8)「権を全地球に及ぼし候洋人は、実に大敵と申も余り有之」。故に、「なにとぞ此の上は、御政徳と御規模の広大を祈る」ところである。

 「井蛙」、「盲人の想像」、「永世の策」がないなど厳しい幕府批判であった。この『初稿』は、あまりにもはっきりとした幕府批判をしていたので、崋山は江川に送ることを断念した。しかし、前年の『慎機論』と合わせてこの『初稿』は、「蛮社の獄」において崋山に幕府批判の罪を問う材料となったものである。

***

 次に、『再稿西洋事情』(以下『再稿』)であるが、崋山は『初稿』で露骨に幕府批判をしたので、いくらか修正が加えて、改めて『再稿』を書いた。それは『初稿』と同じく、「西洋諸蕃の事情」を知るのは「実に今時の急務」であるとし、「西洋諸蕃の義は、一地球(世界全体)に拘り候間、只欧羅巴計(ばかり)にては申し尽し難く候」という。そして、事実上、世界史を論じていた。

(1)『初稿』と同じく、『再稿』も地球中、赤道以南の地は「恐るるに足らず」なので、以北を考えるとし、一般に、「南地のものは文華有之(これあり)、北地のもの武断有之」とするが、やがて「教化は次第に北に移り、英武の主は次第に南に移り」、天地が一変したという。

(2)『初稿』と同じく、地球上の欧羅巴・亜細亜洲、阿弗利加洲、亜墨利加洲などの区分を見るが、このうち、欧羅巴・亜細亜洲は人の素質も抜群である。『初稿』では「文物制度」としていたが、今度は「人」になっていた。そして、『初稿』にある「人道」ではなく「聖人」は、みな亜細亜洲から出ており、ヨーデン宗、ヘイデン宗、キリス宗、孔子をあげるが、『再稿』はここにマホメット宗を加えている。そして、インド、ペルシア、ナトリア、アラビア、エジプトに至る地方は、古代には「教化」が盛んであったとし、それはやがて、北方は韃靼に伝わり、西北では欧羅巴に伝わったとする。そして欧羅巴では、ローマ、ギリシア(=依然として順番が間違い)を経て「今の各国瓜分(かぶん)の世」となった。「韃靼」の地も教化が早く(『初稿』では「民が強壮」という)、東は唐山(中国)を併せ、西はアラビア、欧羅巴を併せ、南はインドを併せ、モンゴルとなっており、『初稿』と同じく最近は同じく北の魯西亜が世界第一の大国となっているという。しかし、『初稿』では「物極れば衰ふ」として、ボナパルテという者も魯西亜に負けてしまったと述べて終わっていたが、『再稿』ではその後1815年以後、西洋諸国は会盟し、今の静謐となる、が加えられている。半面、この間のアラヒヤ、ナトリア、エジプト、インド、唐山などへの言及は削除されている。

(3)『再稿』も西洋で教政が盛んなるは、教主と国王が位を同じくし、国王は「職役」なのだからだと述べ、この体制により、西洋は「造士開物(=教育と研究)之学校」を「政事之根本」と考えているという。そして学校が盛んなのは、独仏英などであるとしたうえで、『初稿』とは違って、西洋諸国は小国ではあるが、新知識を秘すことはなく、「ナチュール(=天意)」に背くことを嫌うということを付け加えている。それゆえ、風説(ニュース)を印刷するところがいくつもあり、新聞(新しい見聞)が諸国に広められている。西洋は、果断に事を行うが、これは「窮理」(物事の道理を窮める)から来ている。だから、諸国の政の改正が度々起こるという。

(4)『初稿』と同じく,この結果、ただ亜細亜だけがまだ欧羅巴の領地になっていないが、これとても唐山は北狄の有となっていたりして、結局、亜細亜では「古来独立」しているのは日本とペルシアだけであるとし、これは「誠に心細き事」であるという。『再稿』はさらに、唐山はキャクタやイルコーツカでロシアと交易をし、広東・マカオにて土地を貸して、ポルトガル、アメリカ、イギリスなどと交易をしている。そのほか、西洋はペルシア、アラビアに商館を置き、セイロン、インド、マラッカ、チャンパなどや、マリアナ諸島、フィリピン諸島、モルッカ諸島などすべてを「領」していると述べている。ここはより正確になっている。そして、これ以後が新しい。『再稿』は、我国は「途上遺肉」(=道に捨てられた肉)のようであり、「狼虎」(西洋諸国)がこれを顧みない筈がない。しかるに、我国は「知らざれば井蛙も安じ、小鷦(しょうしょう=小さなミソサザイ)も大鳥を笑ふ」のようになっていると警告した。

(5)『再稿』も、現在我国に交易を望んでいるのは、魯西亜と英吉利であるとし、今は「神風」に頼ることはできないから、先ず「敵情を審に仕る」他はないという。そして、両国の違いを指摘しているが、『再稿』との違いは、魯西亜が兎角「極寒不毛の地」を望むのは、「南移」の基を固めようとしているからであるとしている点であろう。また、二国とも「土地を拓き」、「人の国を蚕食」する事、非常に「妙」であるとするのは同じである。以下の記述は、『初稿』より拡充されている。イギリスは北亜米利加に人民を移し、フランス・オランダも土地を開いたが、イギリスに蚕食され、いまでは七分はイギリス領である。北アメリカは自立して「合衆国」と言い、「共治之政」(共和制)となった。イギリスは、「人之国を奪う」ことが巧みで、とくに印度は巧みにオランダから奪った。インドには他にポルトガルとフランスも「拠」っている。そのほか、アフリカ、アメリカ、アウスタラリーは、みな「洋人」の「巣穴」となっている。そして、『初稿』と同じように、英吉利などを「夷狄(いてき)」などと軽んじることは、誠に「妄人(盲人)の想像」であると批判した。

(6)このあとに『初稿』では、およそ「時変に従ひ、政を立」てるというのは、「古今の通義」であるとして、日本がこれに乗り遅れていることが書かれていたが、『再稿』では、それは消え、唐土や印度など古代の聖人のいたところは、その後の変化を知らず、「空疎無稽乃識」におぼれ、一国も残らず夷狄の地となったとされる。『初稿』では、それに対して西洋人は、「万事議論、皆究理を専務と仕候」とするが、『再稿』は、「物事之理を押窮(おしきわめ)」て、「教政補益を致」すので、教政が並びに盛んになって、いまでは「邪教(=キリスト教)」の至らないところはないくらいであるという。根本は「地球を審(つまび)らかに致、四方を弁じ、風俗を察し、政度を明に致」すことであるので、「掌中の物を見る如く」である。日本についてもそのように調べられている。「シーボルト」もいまではロシア政府に仕えていると重ねて指摘する。

(7)西洋の軍事についてみると、軍は陸軍と海軍に分かれている。軍人は、人口の100分の1か50分の1ぐらい。兵士は毎日軍装をして「場所」に出て「操練」を受けつつ「番」をしている。軍備に人を使うので、家の下僕は印度人、ネーケル人(=ニグロ 黒人)を使う。教育についてみると、学校には多くの人がいることを善治と考えている。故に国王の供(とも)の数は少ない。ひとえに、「人才を育」そうとするのである。それゆえに、「たとえ此後患(わざわい)之無く」とも、西洋は「漸進」の勢いにあって、「亜細亜諸国の備え忽(ゆる)がせにすべからず」と警告した。

 『初稿』ほどではないが、『再稿』も「井蛙」、「妄人の想像」、「時変」に遅れなど、依然、幕府批判をにおわせていた。崋山はこれを江川に送ったが、江川はこれを却下し、書き直しを命じた。

***

 こうしてできたのが、第三稿の『外国事情書』(以下『外国』)である。それは、前の二つの事情書の数倍の長さがあり、構成もガラリと変わっていた。

(1)『外国』は、『再稿』と同じように始める。「地球」上の五大州(アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、アウスタラリー)のうちの亜細亜・欧羅巴州が最古より「教化」が進んでいた。その中でも古代「南方は尊く、北方は卑く」あったが、その後「教化」は南方から北方へと移動した。唐土の教えは満洲・蒙古などに入り、元や清になった。「如徳亜の教」(=ユダヤ教)が北へ行って邪宗(=キリスト教)になり、アラビアや印度の教えが「回回宗」(=マホメット教)やラマ宗になった。そして「モンゴル」とヨーロッパがさかえた。しかしモンゴルは東西に拡張したが、いまや英仏ポルトガルに「拠られ」ている。一方、ヨーロッパ諸国は、海外に広がり、四大洲諸国を「押領」している。今日、「独立」して「最古より一毫も汚瀆(うとく=けがれ)を受けざるもの」は世界中で「只皇国」のみになった。崋山はこれを、「誠に有難」きことであるとして終えている。『再稿』では、日本の「古来独立」のことはもっと後に出てきていた。

(2)次に『再稿』にはない新たな議論が入ってくる。『外国』は、上のように古今の間に大きな変化があったが、「大道」(人倫の道)に関してはどの国も「今は古に及ばない」という。しかし、「物理の学」(自然科学)に関しては、「古は今に及ばず」とする。「物理の学」の世界では、遅れて興った国がたちまちに文明化することが起こるのである。その例が、ロシアと合衆国であるという。ロシアは極北の国だが、ペートル(ピョートル)という英主が出て以来、道路や運河や都市や寺院を作り、産物を集め交易を始め、人民の教化に勤め、世界第一の帝国となった。また、ちかごろ北アメリカ州にイギリスから独立して、「レピュフレーキ」(=共和国)の「フルヱーニグテ・スターデン」(=合衆国)ができて、農業・工業を発展させ、「教・政・物理の学」を盛んにして、軍事力も整備して、急速に世界で最も富裕な国となった。しかも「ストームボート」(=蒸気船)といわれるものも持っているという。『再稿』では、ロシアやアメリカ合衆国への言及はあったが、「物理の学」とは違った文脈に置かれていた。

(3)以下も『外国』の新しい議論である。西洋諸国は「物理の学」(自然科学)を専らにして、「天地四方」(世界)をますます「審らか」にしてきた。そして、「一国を以て天下」とせず、「天下を以て天下」とし、領土を拡張しようとしている。イギリスなどは代表的である。国を安定させ、民を豊かにさせれば、「自張」(拡張)せんとするのは「自然の理」なのである。アジア諸国は「人性善良温雅」で、外観を飾るだけであるのに対し、ヨーロッパ人は表面は「謙遜礼譲」であるが、内面は「誇大」で、功利を基としている。それでも、世界の事情に通じているので、「了簡」は狭くないと考える。    

(4)さらに以下も『外国』の新しい議論である。西洋諸国は互に自らを拡張しようとして、八面みな敵になっている。そこで合従連衡をはかっている。それゆえ、国内の政治に勤め、内政・外交を「慎密」(=慎重で綿密)にしている。政体は三つに分けられ、独立国(君主国)、守盟国(従属国)、共和国である。宗教は、ヨーデン、キリステン、マホメットの三宗である。政治は、「養才造士」つまり教育を第一としている。教育の内容は、教道、政道、医学、物理学のほか、芸術、手職である。学校も、大学校、ラテン学校(コルレギーン)、小学校、幼学院、その他各種職業学校や、貧子院、女学院などがある。西洋諸国では、国王と並んで「教主」が対等の地位を占めている。キリスト教の教主は、上は国王から下は庶民に至るまで人倫五常の道を説き、君主をも諫める。それは我国の一向宗と似ている。政府の官僚は内外政に精励し、功を立てたものはほめたたえられる。軍事は、「武術学場」(=軍事学校)が設けられ、平時はそこで操練をうけている。こうして、諸国は「実政」に勤め、年々新領土や属領の獲得に相競っているので、「外患」も生じてくる。それ故、「世々権略之政」(=臨機応変の政略)も多く、「時勢の枢機」(時勢の動きの本質)を巧みにとらえることに長じている。世界がその害を受けるのは、十分に守りをしていないからだけではなく、ヨーロッパ諸国が「呑琢」(併呑)に奔競しているからなのである。たしかに西洋諸国のバランスのとれた説明になっている。

(5)『外国』は、西洋人の警戒すべき点を以下のように指摘した。西洋人は、忍耐強いが、仁も智も義もうわべだけで、信ずれば篭絡され、礼をもってすればへつらわれ、その行為も真偽がいろいろで、幻惑されてしまう。かれらはいったん「規画」すると目的の実現まで忍耐強く粘り続ける。イギリスがインドを征服し、オランダがジャワを占領したのもそうである。このように西洋諸国は、「深忍積思」をもってさまざまな規画を立て、実行しているのである。かれらは世界中に領地を持っていて、その地に「風説板行署」(新聞発行所)を作り、世界中の風説書を相互に取りかわして世界中の事情がわかるようにしている。かの国で歴史と言えば、地球中(世界中)の歴史のことである。こうして、西洋諸国は世界の事情について詳しい知識を持っているというのだった。『再稿』では、新知識を秘すことは「ナチュール」に背くという文脈で風説書が述べられていたが、ここでは違っているわけである。

(6)そういう世界知識の一つとして、西洋諸国は、日本についての知識も深めて来ているとして、『外国』は日本について論じたオランダやロシアでの情報を紹介している。中でも、ロシア人「レサノー」(レザノフ)に従って来た「クルウセン」(=クルーゼンシュテルン)の紀行を詳細に引用して、とくに蝦夷の事情をよく知らせていた。この紀行は『奉使日本紀行』として林宗訳で1828年に刊行されていたから、崋山は読むことができていたわけである。崋山は、「クルウセン」が紀行の、「蝦夷の北隅、ソーヤ岬・リーシリ島を検査」したおりに考えたことを下記のように記していた。

 まず、「クルウセン」は択捉を取るべしと言っていた。「「アニワ」(=エトロフ島のことか)を取て、之に拠らんことは、少しも難しきことあるべからず。此処の日本人は兵器の用意もなく、防守の慮(おもんぱかり)はなしと見たればなり。又此処を人に奪われたりとも、日本の政家(政府)の之を取返す手配は容易に仕難かるべし。」ついで「サカリン」(樺太)については、「日本人の「アイヌ」に遇する、甚だ仁愛を以て扱ふと見ゆ。是故に、此の地を治るは「アイヌ」に恩を施し、・・・恩愛も政法も怠りなくして治むべきなり。」そのうえで、「サカリン」は、そこに欧羅巴人の商館を置き、日本と交易をなすべきである、というのであった。このような日本についての記述は、『初稿』、『再稿』にはない記述である。

(7)『再稿』と同じく、『外国』も西洋諸国の内、「皇国に関係」しているのは、イギリスとロシアであるとしていたが、『再稿』とは違って、両国の地誌や歴史を非常に詳しく述べていた。すなわち、イギリスについては、その名称、領土、属領、宗教、政体、国内行政区分、国税、商船について、ロシアについては、その名称、領土、人種、宗教、政体、軍隊、国内行政区分が述べられた。そのうえで、『初稿』『再稿』と同じく、両国の違いが指摘されて、ロシアは陸軍に長じ、地続きの国を併呑したが、極寒で不利な地を占めている。南方に出ようとしているように思われるが、「仁義をしき事を称」しているのは、守りを固くするためである。一方、イギリスは海軍に長じ、沿革の地を併呑している。暖帯の利地を拓き、海峡の要地や航海に便利な島々を占領して、他国に先立って土地を占領して命名し、他国が併呑することを邪魔している。世界を征服する「大望」があるように見えると警告した。

 以上のような『外国事情書』は、鎖国批判の部分は削除されて、海外事情の説明になっていた。そして、外国勢力の危険性を知らせ、海防策ぐらいでは不十分であることを気づかせようとしたのであった(佐藤他校注 1971 21-22,18-42,66-72頁;佐藤編 1972 113-158頁)。

***

 これら「事情書3部作」において、崋山は、モリソン号の渡来の背景を探っていく中で、世界情勢を的確に把握していることを示した。それは西洋諸国を中心にしながら、アジア、アフリカ、アメリカにも目を広げていた。その中でも、とくに日本に迫ろうとしているロシアやイギリスについてその歴史を交えて、詳細に論じていた。

 しかし、このような論を立てた崋山は長英とともに、1838年5月に捕らえられ、12月に処罰された。これは広く蘭学者への弾圧であり、「蕃社の獄」として知られることになったが、崋山のような世界史認識が積み上げられることはなく、日本の対外認識の遅れをもたらしたことは、容易に想像がつく。

参考文献

Plummer, Katherine, The Shogun’s Reluctant Ambassadors; Japanese Sea Drifters in the North Pacific, The Oregon Historical Society, 1991

石山禎一・宮崎克則「シーボルトの生涯とその業績関係年表1(1796‐1832年)」『西南学院大学国際文化論集』第26巻 第 1号 2011年9月 155-228頁

大槻玄沢・志村弘強編 杉本つとむ他解説『環海異聞 本文と解説』八阪書房 1986年

木崎良平『漂流民とロシア』中公新書 1991年 

久米邦武『特命全権大使・米欧回覧実記』岩波文庫 1980年

佐藤昌介編『日本の名著 渡辺崋山・高野長英』中央公論社 1972年

佐藤昌介・植手通有・山口宗之校注『渡辺崋山・高野長英・佐久間象山・横井小南・橋本左内 日本思想体系55』岩波書店 1971年

佐藤信淵『西洋列国史畧』 https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_c0210/bunko08_c0210.pdf

宮永 孝「北米・ハワイ漂流奇談」(その1) 『社会志林』(法政大学社会学)60巻 2号 2013年9月

森永貴子『ロシアの拡大と毛皮交易』彩流社 2008年

(「世界史の眼」No.74)

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書評:フィリップ・テーア『東欧の体制転換と新自由主義』福田宏ほか訳 みすず書房 2025年
南塚信吾

 本書のドイツ語の原題は『古い大陸における新しい秩序―新自由主義の歴史』である。本訳書のタイトル『東欧の体制転換と新自由主義』から想像されるような1990年前後の「東欧の体制転換」に限られた議論をしているのではないが、議論の中心はそれには違いない。著者は、2010年からウイーン大学の教授で、2020年にできた「転換研究センター」の長を務める。

 本書の章立てを並べても話の構造は分からないので、訳者自身の読み方に従って、書評をしていきたい。

1.1989年以前

 本書は、1989-91年の前に、ヨーロッパの東西において、同じように新自由主義的な転換を迎える素地が準備されていたと主張する。つまり、西欧では、80年代に福祉国家の改革は失敗し、サッチャーのような改革派が新自由主義の方向を取った。一方、東欧では、80年代に国家社会主義の改革を目指す動きがあった。東欧諸国の人びとは、冷戦研究に長らく影響を与えてきた全体主義理論がいうようには、強制的に同質化され、おびえて暮らしていたわけではなく、社会主義の体制を改革しようという動きがあった。しかし、その改革はうまく行かず、結局、新自由主義の方向に動いていった、というのである。

 これは確かにそうだが、東欧では、ソ連のゴルバチョフが東欧支援を停止せざるを得なくなったことの影響、西側で作られた新自由主義の考えがIMFなどによって東欧に植え付けられた経緯などは、もっと考慮しなければならないのではなかろうか。

2.1989-90年代:新自由主義化の第一波     

 1989年にポーランド、ハンガリー、ブルガリア、チェコスロヴァキア、ルーマニアの諸革命、ベルリンの壁崩壊、そして1990-91年に東ドイツの終焉、ユーゴスラヴィアの解体、アルバニアの体制崩壊、ソ連の解体が起きた。本書はまず、このような諸変革によって単一民族の国民国家が形成されたという。それは19世紀後半以来の国民国家形成をいっそう推し進めた国民国家形成の新時代が到来した。単一民族化の原則はこれまでより強かったという。

 東欧の体制転換を本書は「革命」と捉えている。ただ、本書は、1989年は一貫して革命と言っているが、1989-91年全体では「大変革」と言ったり、「革命」と言ったりしていて、読者には混乱させられる。ともあれ、1989―91年は、当時においてはだれも「革命」とは言っていなかった、「革命」はあとから名付けられたのだという。

 諸革命の結果、ヨーロッパでは諸革命の本当の新しさはそれが非暴力的に展開され、「交渉による革命」として進められた点にある。この非暴力性はそれまでのどの革命にもなかったという。そういう革命はいかに展開したか。本書は、旧来の国家社会主義はまだ意味があって、体制内の反対派はその改革を考えていたが、それが実現しないうちに、新自由主義が支配的になっていったと見ている。  

 こうして、東欧での新自由主義化の第一波がやってきた。本書は、東欧のなかでも、中東欧諸国(ヴィシェグラード諸国)と南東欧と旧ソ連を区別している。中東欧では1989-90年に新自由主義化が始まり、南東欧とロシアでの新自由主義化は1990年代半ば以降という。この第一波で、民営化、規制緩和、市場化が行われるが、民営化について言えば、

 この時期には、国家が統制した企業の民営化と郵便・通信・エネルギーなどの民営化が行われた。評者から見ると、90年代初頭の東欧での農業の変革問題が重視されるべきなのではないかと思われる。ポーランドを除いた東欧での生産協同組合の解体、土地の私有化が持ったインパクトは大きかったはずである。

 本書は、東欧での変化は西側世界に種々の影響を及ぼしたという。とりわけ「市民社会」という概念は東から西へ伝播した例であると指摘する。だが、評者は、「市民社会」論は、新自由主義とともに、西から来たのではないかと思っている。

 しかし、総じて西は東の転換には無反応であった。東欧の転換は、「鉄のカーテンの東側だけで生じた文字どおり片面的な革命」であった。西の平和運動や環境運動の活動家たちは動かず、チャンスが活かされなかった。左派の知識人も東欧の革命に懐疑的だったという。その間に、自由は市場での自由になってしまって、種々の改革運動は消えてしまった。そして、西も東も新自由主義が覆うことになった。

3.2000年   

 本書は、2000年ごろに東欧には新自由主義化の第二波がやってきたと見ている。西から金融セクター、不動産への外資が広まり、老齢年金や健康保険などの民営化が行われた。中東欧全体に新自由主義が浸透して、民主化が成功し定着した。南東欧と旧ソ連諸国は新自由主義化の遅れを取り戻したとされる。

 ここで、本書は、新自由主義の四つのパターンを見ている。

  1. 福祉国家的な要素を残した新自由主義体制―ヴィシェグラード諸国
  2. 明確な新自由主義体制―バルト諸国と南東欧
  3. ネオーコーポラティズム型―スロヴェニア
  4. オリガルヒ型―旧ソ連諸国

 旧ソ連では国家資本主義の体制ができたが、それは、「権威主義体制の枠組みに合うように調整された新自由主義のハイブリッド」であったという。

 こういうパターンの違いはあったが、総じて、東欧では豊かな都市と貧しい地方の格差が拡大したことを本書は指摘している。

 だが、本書は、東欧諸国のEU加盟は、この格差を縮小するのを助けたという。2004年と2007年に中東欧、南東欧はEUに加盟したのである。EUは投資をして、東部を飛躍させ、新自由主義化の第二波による格差拡大を緩和させたというのである。ただ、旧ソ連諸国では大衆とオリガルヒとの格差は拡大した。

 ヨーロッパの東西で言えば、2008年までに、東のEU新加盟国は西の既加盟国の経済水準に近づいたとされる。ヨーロッパ全体が新自由主義の下で、経済成長をするようになったのである。その中で、1990年以後の新自由主義的改革の中で主に苦しんだのは、東欧では、高齢者と年金受給者、南欧(イタリアなど)では若い世代であったと、本書は指摘する。だが、本書は農村を見ていないようだ。

4.2008―09年:金融危機  

 本書は2008年のリーマン・ショックに始まる金融・株式市場の危機を、東欧における新自由主義の危機ととらえている。この危機の中で、西欧の投資家による資本の引き上げが興り、国家予算が危機に瀕してIMFが出動することになった。この2008―09年の危機は、EU新加盟国と旧ソ連諸国に、ドイツやオーストリア以上に強力な打撃を与えた。そして、このグローバルな金融・財政・経済危機はEU新加盟国の既加盟国との経済格差の縮小傾向を突然終わらせたのだった。

 この危機への対応を本書は次にように分類している。

  1. 国家支出増で対応―ドイツ、オーストリア、ポーランド、スロヴァキア
  2. 新自由主義型―バルト諸国、南東欧
  3. 場当たり的―ウクライナ
  4. 新自由主義からの離脱―ロシア「国家資本主義」ほか

 ただし、ロシアについては、新自由主義からの離脱と言っても、完全な離脱ではないとしている。チェコやハンガリーはどこに入るのだろうか。

 本書は、2008年以降、ほぼすべてのEU新加盟国は、既加盟国より深刻な不況に陥ったが、速やかに危機を克服したという。それに比べ、南欧諸国(イタリア、ギリシア)は回復が大幅に遅れた。だからイタリアでは、左右のポピュリストが台頭した。

 この際、東部ヨーロッパでは、危機への対応として、大規模な労働移民が起き、これが景気後退の影響を緩和したという。1990年代にはポーランド人の移民が多かったが、2008年以後は、ルーマニア、ラトヴィア、リトアニアなどからの移民が多かったのである。

 この危機が克服されるにつれ、EUをさらに東へ拡大するよう働きかけが行われた(誰によってかは明記されていない)。その例が、2014年のウクライナの「オレンジ革命」であったという。この時、ウクライナでは「民主的に選ばれた」大統領ユーシェンコはEU加盟を打診した。だが、EUは「距離」を取った。EUは無理解だったと本書はいう。ついで、2013-14年にウクライナでは「本当の意味での革命的な状態」がやってきた。この革命運動(マイダン革命―評者)によって、ウクライナでは「持続的な民主主義」が確立したが、しかし、クリミアがロシアに併合され、東部ウクライナが不安定になって、革命に悲劇的な結果をもたらしたと、本書は見る。だが、本書は、ウクライナのEUへの正式加盟の選択肢を排除すべきではないという。「国全体がヨーロッパに位置し、民主的に統治され、かつEUへの加盟を望んでいるのであれば、その国家を拒絶する説得的な理由は何もない」というのである。

 ここに著者の目線がはっきりと示されている。「民主的に選ばれた」とか「持続的な民主主義」が確立したというのは、どうだろうか。例えば、マイダン革命がアメリカの「関与」したクーデタであることは、オバマ自身が認めていることである。ともかく、新自由主義を東方へ広める動きは、停滞した。

5.2016年以後:新自由主義化の停滞 

 新自由主義が深刻な社会的・地域的格差を生んだ。そのために2016年に「反自由主義的転回」が起きた。本書は、新自由主義秩序によって特に悪影響を受けた人びとの反抗が反映したのが、2016年のイギリスのEU離脱(ブレグジット)であり、アメリカ大統領選でのトランプの当選であったという。ハンガリーのオルバーンは「非リベラル・デモクラシー」を唱えて、新自由主義に対抗し始めた。これらに見られるような動きによって、本書は、この時期までに新自由主義化は「停滞」し、まもなく新自由主義と大転換の時代は「終焉」を迎えたという。本書は「停滞」といい「終焉」というが、両者はあまりきちんと整理されていないように思われる。

 本書は、この2016年の「反自由主義的転回」によってもたらされた「一時代の終焉」がパンデミックによって改めて示されたという。パンデミックは新自由主義的グローバル化に根源的な批判を突き付けた。それは、一つには、自然への容赦のない搾取への批判であり、二つには、格差の拡大への批判である。

 本書は、2022年2月24日に始まるロシアのウクライナでの戦争は、「ウクライナに対してだけでなく、自由なヨーロッパ、西側、さらには1989年の諸価値に対する戦争」であるという。しかし、他の諸事件の場合の分析と違って、本書はこの戦争の始まる過程の分析をしていない。新自由主義を東へ進めようとしたことへのロシアの反発は考慮されていない。

 ともあれ、本書は、この結果、新自由主義的秩序はさらに弱体化され、新自由主義的グローバル化は「終焉」したという。ただ本書は、ヨーロッパの新自由主義化をポジティヴに評価し、そのマイナス面は改革で直せるという立場を取っているようである。

 このあと世界はどこへ行くのか。本書はこう見ている。

「ロシアや中国によって喧伝される多元的世界秩序は、寂肉強食や暴力、勢力圏を求めての武力闘争によって特徴づけられるものとなるだろう。これは、19世紀における帝国主義の時代への逆戻りとなるかもしれない。だからこそ西側は、ウクライナがこの戦争に勝利すべく文字通り全力で支援しなければならない。1989年における民主革命の遺産を守ることが重要である。」

 現在の世界の情勢を見ていると、「19世紀における帝国主義の時代への逆戻り」をしているのは、アメリカ、イスラエルではなかろうか。「1989年における民主革命の遺産」とは、新自由主義的グローバル化のことだろうか。しかし、それは「終焉」したと言っているはずであるが、まだ「守る」べき遺産なのだろうか。

 本書では、多くの歴史的事象にかなり細かい周到な検討がされている。しかし、そういう検討がなされていない事象も散見される。それだけに、本書を素材にさまざまな議論をすることができそうである。

(「世界史の眼」No.74)

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