1 トランプ米大統提案の「ガザ戦争終結に関する20項目計画」
2023年10月、ハマースがイスラエル軍のガザ撤退とイスラエル獄中のパレスチナ人解放を求めて開戦し、「ハマース殲滅」を唱えるイスラエルがガザ全土占領とパレスチナ人追放を目ざして長きにわたったジェノサイド戦争は、2025年10月トランプ米大統提案の「ガザ戦争終結に関する20項目計画」にイスラエル・ハマース双方が合意したことでひとまず停戦に至った。10月10日ガザ戦争停戦協定第一段階がスタートし、イスラエル占領軍の撤退、人質の釈放、ガザ住民への緊急支援物資の搬入等々が取り組まれるとともに、ガザ南部へ強制移動させられていた多くのパレスチナ人家族が北部の自宅を目ざして戻りはじめた。たどり着いたガザ北部はイスラエル軍に徹底的に破壊されつくしており(図1)、すべてを失った人々は町を埋め尽くしたゴミの山のそばに掘立て小屋を建てて住みはじめた(図2)。
2 停戦後もガザに居座り、ガザ分割占領をはかるイスラエル軍
ところで、ガザ戦争停戦協定第一段階でイスラエル占領軍が撤退したのは、ガザの一部地域からだけだった。(図3)にみるように、ガザは停戦協定に基づいて「イエローライン」と呼ばれる境界線で二つに区切られ、イエローラインの東側のガザ全土の52%は、段階的に撤退することになっているイスラエル占領軍が現時点においてとどまる地域とされた。
イエローラインを示す標識はないので、住民には実際にはどこが境界線なのか分からず、またイエローライン地域内にはパレスチナ地区や住民が存在するので、人々がこれまで通りに進んでいくと、境界線を越えてイスラエル支配地域に立ち入ったとしてイスラエル軍によって射殺されるという事態が持ち上がり、ガザ地区の半分が排他的イスラエル軍支配地域になってしまったことを示していた。
ガザ中部のハーン・ユニス地方もイエローラインによって分割され、バニ・スヘイラ地区はイスラエル支配地域内に組み込まれてしまった。だがバニ・スヘイラ地区が分断されたことを明示する境界線があるわけでなく、人々がそれまでのようにバニ・スヘイラ地区に立ち入ってイスラエル軍に銃撃され死傷する事件が起きはじめた。戦争中イスラエル軍によって23人もの家族が殺された後ハーン・ユニスで避難生活を送っており、今回の停戦協定発効の一週間前にイスラエルの空爆で兄も殺された3人の子供の父親であるハーレド・ファルハート氏(35歳)が、ハアレツ紙の記者に次のように語った「その道は通れるようになるだろうと思っていたら、翌日にはそこで誰かが撃たれていたりする。誰もがそのようなことを通じて、あそこには占領軍がいるのだと分かるのです。」
寒さが増してきた12月、ハーン・ユニスの10歳と12歳の兄弟のパレスチナ人の少年が、負傷している父親のために薪を拾い集めるためにバニ・スヘイラ地区へ出かけて行っていたところをイスラエル軍のドローンに攻撃され二人とも死亡するという事件が起きた。イスラエル軍当局は、少年たちがイスラエル軍の近くで「不審な行動」をしている危険な存在だったと殺害の正当性を主張した。これに対してパレスチナの住民たちは、少年たちは生きるために人間として当然の義務を果たしていただけだと反論し、また先のファルハート氏は「少年たちは家族を助けようとしただけであり、イスラエル軍だって彼らが幼い子どもであることは分かっていたはずだ。だがイスラエル軍にとって最も重要なのは、例え子ども、女性、老人であろうとも境界線を越えることを決して許さないことだ」と語った。
やがてイスラエル軍は、イエローラインの西側のハマース支配地域に黄色いコンクリートブロックを等間隔に設置しはじめた。ブロックで囲んだ新たなイエローライン地域をつくり、それを加えてイスラエル支配地域を拡大する(図4参照)。人々はイエローラインが西に向けて知らぬ間に移動するのを「翌朝目覚めると、黄色いコンクリートブロックや軍用車両が玄関先に置かれているのを見つけた」というようなショッキングな出来事を通じて実感した。
3 イスラエル軍による人質遺体捜索作業を利用した「ハマース殲滅」の企て
残された人質の遺体回収を重視するイスラエルは、遺体がイスラエル軍支配地域のラファ一帯に広がるハマースの地下トンネル内にあると見当をつけていた。イスラエルは人質の遺体が返還されるまでは停戦合意時に約束されたガザ飢餓住民に緊急に大々的に届ける人道支援物資の搬入を許可しないとの圧力をハマースにかけて、ハマース戦闘員たちを地下トンネル内の遺体捜索作業にあたらせることにした。だがイスラエルの猛爆撃で現場が破壊されていたり、捜索場所を特定する目印がなかったりして遺体回収作業は困難を極めた。イスラエル軍はハマース戦闘員たちに困難な作業をやらせる一方で、地下トンネルを捜索して中に200名ほどいる戦闘員たちの殺害を企てた。11月26日、イスラエル軍がラファでのパレスチナ人戦闘員複数名の殺害と2名の拘束を発表したとき、ハマースが「イスラエルが停戦合意に違反してラファのトンネル内でハマース戦闘員を追跡し殺害している」と非難したのに対して、カッツ・イスラエル国防相はSNSのXに「イスラエル支配下のイエローライン地帯における最優先事項はトンネル網の完全な破壊である。トンネルがなければ、ハマースも存在しないのだから」と投稿して、非戦闘状態の隊員たちの殺害を正当化した。
4 パレスチナ人行方不明者の遺体回収作業
ガザのパレスチナ人にとって、行方不明になった人々の遺体の発見・回収は切実な願いだった。イスラエルの爆撃が続く中で倒壊した建物の大量の瓦礫除去作業に必要な多くの救助隊員自身の殺害と大型重機の決定的不足によって遺体回収はほとんど進まず、1万人相当の行方不明のパレスチナ人が2年間も瓦礫の下に埋もれたままになっていた。その人々の遺体捜索・回収事業がようやく12月15日、ガザの民間防衛隊によって開始された。だが遺体回収作業は、イスラエル軍支配下の「イエローライン」地域内には近づけない上に、作業要員不足、瓦礫を取り除く大型シャベルカーはわずか1台、貧弱な遺体鑑定体制等々の困難な条件のもとで困難を極めた。
最初に取り組まれたのは、ガザ市でイスラエル空爆の犠牲になったファーティマ・サーレムさんの家族総勢60人の遺体回収だった。サーレム家の人々は家があった北部ガザから子供たちを連れて一族全員でガザ市へ逃れ、市内に見つけた住民が退去して空き家状態になっていた雑居ビルで避難生活を始めたが、その矢先の2023年12月19日、イスラエルの空爆の標的にされて建物は崩れ落ち、中にいたファーティマさんの兄弟姉妹とその家族の全員が瓦礫の下敷きになった。それ以来ファーティマさんは「皆に会いたい、抱きしめて最期のお別れをしたい」との思いを抱きながら遺体が発見されるのを待ち続けていた。民間防衛隊は瓦礫の下からサーレム家の人々の遺体をすべて回収し、プラスチック製の遺体袋に遺骨を収納して、ガザ中部のデイル・アル・バラフの廃墟に築かれた集団墓地に移送した。ファーティマさんは墓地に埋葬される家族たちの遺体のそばに立って、2年間待ち続けた家族に最期のお別れをした。
5 ガザ住民への円滑な支援物資搬入を拒むイスラエル占領当局
パレスチナ情報センターのウェブサイト2026年1月1日付は、エジプトと国境を接するラファの検問所における物流を管理しているイスラエルが、ガザに向けて送られてきた物資の国内持ち込みの可否を独自に選別する一方、禁輸扱いとなった物資は特定商人が輸入してガザ市場で販売するいわゆる「並行輸入方式」を採用していることを指摘した。イスラエルが禁輸扱いにした物資には、寒い雨期の季節の難民キャンプには欠かせない「発電機や雨や泥に強い金属製のテントの支柱」などが含まれており、それらを禁輸にした理由は「金属はハマースやその他の抵抗勢力が軍事目的に利用する可能性がある」からだという。また国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)ガザ支部所長代理のサム・ローズ氏は「人道支援団体が持ち込みを禁じられたものは発電機をはじめすべて市場で売られており、イスラエル、エジプト、パレスチナのそれぞれでビジネス上の利益が生み出され、イスラエルが保護する安全保障会社やその他の犯罪組織もそれらの利益の一部を得ている」ことを明らかにした。
以上の指摘は、生存の危機に直面するガザ住民への国際的緊急支援物資の送付を妨害する組織的方策をめぐらせることで住民を餓死・病死に追いやろうとするイスラエルの企てを浮き彫りにしている。AP通信の分析データによると、ガザ住民に届けられた支援物資は停戦協定で合意された水準を大きく下回り、停戦の2025年10月10日から26年1月18日までの3カ月余りに体力の衰えたガザ住民の死者は481人、負傷者は713人に達した。また2026年になってから寒気のなか暴風雨でテントがちぎれ飛び、国連やパレスチナの報告によれば、約150万人が避難生活を強いられて少なくとも30万張りの新しいテントが緊急に必要となった。そうした中で1月1日、イスラエル当局はガザで活動する37の国際的NGOに対し、パレスチナ人スタッフの詳細情報を提供しない限り、60日以内にすべての活動を停止しなければならないと通告し、ガザ住民から重要な支え手を奪って更なる窮状へ追い込もうとした。
* * *
以上に見てきたように、ガザ戦争停戦協定第一段階は求められていた「ガザ住民の危機回避」にはつながらず、イエローライン地域の設定というイスラエルのガザ分割占領を支えるシステムを生み出し、ハマースが求めたガザからのイスラエル軍撤退とパレスチナ人拘留者の解放の要求よりも後退したガザ占領の深化と思われる事態に立ち至った。イエローラインによるガザの分割構想はトランプ米大統領の娘婿のジャレド・クシュナーによるものである。支援物資が届かないガザ住民の飢餓・医療崩壊による死活状況は深刻度を増しているなかで、トランプ米大統領提案の「ガザ戦争終結に関する20項目計画」の第二段階の「平和評議会」が軸となっての「ガザの平和」構想の行方が不気味である。
(「世界史の眼」No.71)



