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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 6(2023年12月20日)

「植民地主義」

 2023年11月7-8日に日本で行われたG7プラスの外相会議で、議事の重要な柱として、パレスチナでの戦争について話が行われた。会議はハマスを非難した後、早期の休戦や人道的救済などについて合意した。その会議後、8日に外人記者クラブでの会見で、アメリカのブリンケン国務長官は、G7会議での合意を説明した後、ガザとパレスチナの戦後の体制について、こういう趣旨の発言をした。

 米国は、ガザからのパレスチナ人の強制退去、ガザをテロの温床にすること、戦後のガザを再占領すること、ガザを封鎖したり包囲すること、ガザを地域的に縮小することは望まない。平和を持続させるためには、危機後のガザの統治の中心にパレスチナ人の声と願いが置かれなければならない(the Palestinian people’s voices and aspirations at the center of post-crisis governance in Gaza)。それは、パレスチア人の率いる政府であり、パレスチナ人政権のもとでガザを西岸と合体することである(Palestinian-led governance and Gaza unified with the West Bank under the Palestinian Authority)。そうして、イスラエル人とパレスチナ人が自分自身の国家を持って共存し(Israelis and Palestinians living side by side in states of their own)、同じような安全と、自由と機会と尊厳をもつようにするべきである、と。(https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-at-a-press-availability-41/

 これを受けて、ローデシアのジャーナリストTafi Mhakaは、Aljajeeraの12月15日付Opinion「アフリカはパレスチナについての西の植民地ゲーム・プランに反対しなければならない(Africa must challenge the West’s colonial game plan for Palestine)」において、G7東京会議は、ビスマルクが主催した1883-4年の西アフリカ・ベルリン会議のようだと批判した。つまり、パレスチナにせよ西アフリカにせよ、ともに当事者のいないところで、当事者たちの統治形態を議論しているというのである。植民地史上「悪名高い」ベルリン会議は原住民の意向を考慮すると言いながら、会議に原住民を一人も呼ばなかったではないか。かれは、これは「植民地主義」にほかならないという。パレスチナ人の「自決権」などブリンケンは触れもしなかった。

 そのうえで、Tafi Mhakaは、アメリカが提案しているように、ガザをヨルダン川西側と合わせて、「パレスチナ人を代表する政権」の統治下に置くという事は、西岸のアッバス政権の統治下に置くということにほかならず、その方式には反対だという。それは、極めて「人気のない」「無能の」アッバス政権は、アメリカなどの「傀儡政権」にほかならないからだと言う。これは「植民地主義」の手段にほかならないというのである。

 Tafi Mhakaは言う。パレスチナ人には自分が好む政府を選ぶという民主主義的権利があるのだ。G7はハマスを排除した新たな政治体制と政治システムを押し付けるべきではない。パレスチナにおける民主主義というのは西の(そしてイスラエルの)要求と同義語であってはならない。

 ハマスは2006年の議会選挙でアッバスのファタハ党を破ってからガザを統治してきていた。だが、その時以来、西側諸国は、ハマス政府を転覆して、ガザをファタハの支配下に戻そうと共謀してきた。それはブッシュ政府のもとで数回試みられた。こういう不法な計画は失敗したが、今日また、米国とその強力な同盟諸国は、ふたたび、ハマスを排除し、占領されたパレスチナ人の土地をすべて、イスラエルに友好的な傀儡政府の下に置こうとしている。名前だけはパレスチナだが、実際には植民地列強(colonial powers)の言いなりになっている政府の手にパレスチナを委ねることは、持続的な平和と正義をもたらしはしない。

 このように述べた後で、Tafi Mhakaはアフリカ人としてこう述べた。

 「アフリカ人として、われわれは、そのような新植民地主義の傀儡政府がすぐにつぶれて新たな流血を生んだり、あるいは暴力や抑圧や外部からの支援を得て長らく政権にとどまったりしていることを知っている。後者のような政府は、その植民本国の名で統治する領土を、腐敗と人権侵害と極度の貧困と大規模な失業の沼地にしてしまっている。その沼地は、きれいにするには、国民的政府が、数十年とは言わぬまでも長い年月を必要とするのである。」(https://www.aljazeera.com/opinions/2023/12/15/africa-must-challenge-the-wests-colonial-game-plan-for

 上で見たような意見は、アフリカの一ジャーナリストの意見であるが、「ガザ戦争」を別の角度から見る場合の参考になることは間違いがないであろう。

 もちろん、イスラエルのネタニヤフは、上のブリンケン発言とも違って、戦後の「ガザ」について、それのイスラエルによる「管理」を主張しているのであるから、アフリカの人はさらに憤りを懐くであろう。

(南塚信吾)

木畑洋一
イスラエル批判と反ユダヤ主義

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イスラエル批判と反ユダヤ主義
木畑洋一

 本特集「イスラエルのガザ攻撃」を考える4の「米国内で目立ち始めたイスラエル批判の動向」において、油井大三郎氏は、「米国では、イスラエルを批判すると、すぐ「反ユダヤ主義者」のレッテルが貼られ、それ以上の批判が封印される傾向がずっと続いてきたが、近年、シオニズムに反対するユダヤ系知識人の台頭が目立つようになっている」と、指摘した。これは確かに、現在のイスラエルによる暴虐な行動を前にした、米国での目立った変化といえよう。しかし、イスラエル批判が「反ユダヤ主義」と同一視されるような形で激しい社会的攻撃の対象となる事態が、米国で顕著に見られていることにも、また注意しておくべきであろう。その一例が、パレスチナの現状に関する大学内での意見表明をめぐる最近の動きである。

 今月(2023年12月)5日、米国の連邦下院の教育・労働委員会で開かれた公聴会において、証人として出席した、ハーヴァード大、ペンシルヴァニア大、マサチューセッツ工科大の学長に対して、共和党のエリーゼ・ステファニク議員(トランプ派として知られる)が、「ユダヤ人のジェノサイドを呼びかけることは、あなた方の大学では、いじめやハラスメントを禁止する学則違反に該当するか」と、質問した。ここで、「ユダヤ人のジェノサイドを呼びかけること」と表現されている対象は、各大学の学生の間で盛り上がったイスラエル批判の運動のなかで、パレスチナ人によるインティファーダ(反イスラエル蜂起)が鼓吹されたりしていることなどを指していた。それに対して、ペンシルヴァニア大のエリザベス・マギル学長は、「文脈による」と答え、他の学長たちも同じような回答を行った。

 学長たちのこうした発言に対し、「ユダヤ人のジェノサイド」への呼びかけを完全に非難しなかったことは反ユダヤ主義的であるとの批判が生じた。そして、ペンシルヴァニア大学では、多額の寄付をしていた人物が寄付金を引き上げ、ユダヤ系学生が同大学はユダヤ人に対する憎悪、差別の温床と化していると訴えるといった事態が展開することになり、そうした動きを前に、マギル学長が、12月9日に学長を辞任すると表明せざるをえなくなったのである。他の学長たちは職にとどまっているが、こうした「反ユダヤ主義」批判がこれからも米国の大学キャンパスでさらに激化することが予想される。

 この状況をめぐり筆者が考えていることを、以下で簡単に述べてみたい。

 問題は、イスラエル批判、イスラエルの行為に対する非難が、反ユダヤ主義と同一視されるという点である。イスラエルがユダヤ人によって作られたことはいうまでもない。イスラエルにはユダヤ人以外の人々も多く居住しており、ユダヤ人国家と言い切ってしまうことは厳密にはできないものの、とりあえずそう呼んでおこう。そうであるとしても、イスラエル政府、イスラエル軍がパレスチナ人に対して現在行っている(そしてこれまで長年行ってきた)非人道的残虐行為、国際法違反行為を批判することが、ユダヤ人差別や反ユダヤ主義とそのまま重なるわけではない。にもかかわらず、その同一視がまかり通っているのである。

 その要因の一つとして、反ユダヤ主義に関する国際的なある定義を紹介しておこう。それは、2016年に国際ホロコースト記憶連盟(International Holocaust Remembrance Alliance: IHRA)という政府間組織(日本は非加盟)が下した定義である。それは、「反ユダヤ主義はユダヤ人についての一観念であり、それはユダヤ人に対する憎しみと表現できる」と一般的に規定した上で、11の具体的例を挙げている。そこに、ユダヤ人の殺害を求めたり正当化したりすることとならんで、「イスラエル国家の存在を人種主義的営為と主張」したり「現在のイスラエルの政策をナチスの政策と比較」することが挙げられているのである。この定義は法的な力をもつものではないが、米国政府とEU諸国の大半はそれを受け入れる姿勢を示し、2019年には米国のトランプ大統領が、この定義による反ユダヤ主義から学生が守られていない大学に連邦政府が資金を提供することをやめる旨の行政命令に署名した(Masha Gessen, “In the Shadow of the Holocaust“, The New Yorker Daily, Online, 2013.12.9)。この定義に対しては当然批判も起こり、2020年には研究者たちが、イスラエル批判の言辞と反ユダヤ主義的言動とを区別することを例示した「エルサレム宣言」を出したものの、IHRAの定義は国際的な影響力を持ちつづけている。

 IHRAのこの定義については、イスラエルの政策とナチスの政策の比較という論点に着目する必要があろう。ここでいうナチスの政策が、ユダヤ人の大量虐殺を中心とするホロコースト(その犠牲者はユダヤ人だけではなく、シンティ、ロマなども含まれていたが)であることは、いうまでもない。ハマスによる10月7日のイスラエル攻撃への反撃、人質の解放という名目のもとで、女性、子供の大量殺戮を伴いながら進められているイスラエルによるガザでの戦争は、ガザのパレスチナ人の根絶(肉体的抹殺だけでなく、住む土地からの根こそぎの追放をも指す)を狙うもので、まずはユダヤ人の国外追放(マダガスカルなどが追放先として考えられた)を、さらにはその肉体的抹殺をめざしたナチスの政策をまさに思い起こさせるものであるが、この定義はそうした歴史的想起を禁じているのである。本特集の1「ハマースのアル・カッサーム部隊のイスラエル軍事侵攻を検証する」の末尾で、藤田進氏は、ユダヤ系ポーランド人で強制収容所生還者の両親をもつガザ経済史研究者サラ・ロイ氏が、イスラエルによる2009年のガザ空爆直後に、「ホロコーストのむごさを心に刻む者たちが、なぜこんなことをできるのか」と述べたことを、紹介しているが、IHRAの定義は、問題の核心をつくこのような問いを封殺するものでしかない。

 IHRAによる反ユダヤ主義の定義では、ナチスによるホロコーストとイスラエル政府・軍の対パレスチナ人政策との比較可能性が否定されているが、ホロコーストと世界史上の他の虐殺行為が比較可能であるかどうかという問題は、1980年代にドイツで展開された「歴史家論争」以来、しばしば提起されてきた。そのなかで、ホロコーストが規模や残虐さの面で格段に重い意味をもっていたとしても、それは決して他の虐殺との比較を拒むものではないことが、認識されるようになってきている。ホロコーストを念頭に置いて考え出されたジェノサイドという概念が、世界現代史のさまざまなケースについて検討されていることは、その点を示している。前述したステファニク議員の質問がジェノサイドという言葉を用いていること自体も、逆説的ではあるがその証左といえよう。ジェノサイドという概念の適用可能性をも含めて、イスラエル政府・軍のガザにおける現在の行動がどのようなものか考えていくためには、ナチスの政策との比較を含む歴史的な眼が求められるのである。

(「世界史の眼」2023.12 特集号6)

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