文献紹介:南塚信吾(責任編集)『情報がつなぐ世界史』(ミネルヴァ書房、2018年)
山崎信一

 本書は、全16巻よりなるシリーズ、MNINERVA世界史叢書の第6巻として刊行されたものである。叢書の中では、『人々がつなぐ世界史』、『ものがつなぐ世界史』と並んで、「第II期 つながる世界史」を構成するものと位置付けられている。序論によれば本書の狙いは、文字、画像、音声などの「メッセージ形態」と印刷物、テレビなどの「メディア=情報伝達手段」の二つの側面から、情報がどう世界をつなぎ、どのように世界を変化させたのかなどを論じることにある。全体は、「第I部 文字と図像による伝達」、「第II部 印刷物による伝達」、「第III部 信号・音声・映像による伝達」の3部から構成されており、第I部には「第1章 写本が伝える世界認識」、「第2章 世界図はめぐる」、第II部には「第3章 書籍がつなぐ世界」、「第4章 近代的新聞の可能性と拘束性」、「第5章 イギリスのイラスト紙・誌が見せた19世紀の世界」、「第6章 反奴隷制運動の情報ネットワークとメディア戦略」、第III部には「第7章 海底ケーブルと情報覇権」、「第8章 アメリカの政府広報映画が描いた冷戦世界」、「第9章 サイゴンの最も長い日」、「第10章 衛星テレビのつくる世界史」が置かれ、これに加えて、全体に6のコラムが配されている。古代から現代まで広く扱われているが、その多くを占めるのは近代以降に関する論考となっており、情報に関わる技術やメディアの進化や拡大がこの時代に集中していることを、間接的にも示すものとなっている。

 「情報」を切り口として世界史を論じる書籍があまり見当たらないことを考えても、また、私たちの暮らす現在において、「情報」というものの持つ意味が、暮らしそのものにも深く関わるような大きなものとなっていることを考えても、本書には多くの意義があるだろう。以下に筆者なりにその意義をまとめてみる。

 まず気付かされるのは、情報の形態の多様性である。歴史学において、図像史料など、非文字史料の重要性が言われて久しいが、やはり一義的には文字による情報に重きを置いてきたことは否めないであろう。本書では、1章(図表)、2章(地図)、5章(イラスト)、10章(衛星テレビ)などにおいて、文字によらない情報情報を扱っており、非文字情報や史料の重要性を改めて認識させられる。

 また、本書で扱われる、歴史上のさまざまな情報の姿が、現在の情報をめぐるさまざまな課題とも通底するものであるという点を強く意識させられた。1990年代以降、インターネット技術が一般化する中、インターネットとそれに関連する技術は、現代に暮らす私たちにとって、不可欠なインフラとなっている。インターネット時代の訪れを同時代に経験した筆者の立場から見ても、それがもたらした変化の大きさは改めて驚きであるし、すでにデジタル・ネイティヴと呼ばれる世代にとっては、それが存在しない世界はもはや想像しえないものかもしれない。本書では、インターネットの普及以後を扱う部分は多くはないが、しかし本書の取り上げるさまざまな問題が、実は現在ともつながっているという点は、重要であろう。

 3章では、『千一夜物語』を題材に、印刷技術の確立後の情報の広範な伝播と、「翻訳」による情報の変質について論じている。現在も大きく取り上げられる伝播の過程における情報の変質や意図的な歪曲の問題もまた、より長い時間軸の中で分析しうることを示唆している。

 近代以降のマスメディアにおける報道、とりわけ戦争報道の問題が、4章(日露戦争)と9章(ヴェトナム戦争)で取り上げられている。1990年代の湾岸戦争や旧ユーゴスラヴィア紛争に際してのセンセーショナルな報道姿勢や、事実関係への理解を失わせるような相互に矛盾する報道の存在は筆者も身近に経験した。その後においても、イラク戦争からウクライナ紛争に至るまで、こうした点はますます広く見られている。こうした問題の一端もまた、より深い歴史的な根を持つことが確認できる。

 また、現在においては、「フェイク・ニュース」に代表されるように、意図的な情報操作、あるいは人々の情報受容のあり方に対する操作が日常的に見られる。6章(メディア戦略)と8章(広報映画)に扱われるのは、広い意味での情報戦略に関してであり、「フェイク・ニュース」もまた、突然の現象ではなく情報戦略を追求した帰結として産まれた側面のあることを示唆しているとは言えないだろうか。

 7章では、海底ケーブルを題材に、情報伝達手段の所有・統制が、情報覇権の確立につながり、支配の道具として機能したことを明らかにしている。情報技術の進歩が、必ずしも人々に幸福をもたらすばかりのものでないという点は、コラム6に扱われる情報の資源化とGAFAに代表される多国籍巨大IT企業による情報と富の独占の問題、10章に付記される国家による個人情報利用の問題ともつながっている。

 インターネット時代以降の情報をめぐる技術の進展は、市井の人々を情報の受け手であるばかりではなく、発信者ともなることを知らしめた。スマートフォンとSNSの普及を背景に、既存のメディアを介さずに人々が相互にやり取りをし、ネットワークを形成するようになった。SNSを基盤とする人々のネットワークは、フェイク・ニュースの温床ともなりうるが、一方で、「アラブの春」や旧ソ連における「カラー革命」に見られるように、政治的な力を持ちうるものでもある。そうした現象を分析してゆく上でも、「情報の世界史」を切り開く本書の意義は大きい。

(「世界史の眼」No.7)

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