2020年12月、ハーヴァード大学ロースクールのマーク・ラムザイヤー教授による「太平洋戦争における性行為契約Contracting for Sex in the Pacific War」と題する論文が、International Review of Law and Economicsという雑誌に掲載された。この論文はオープンアクセスとなっており、
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0144818820301848?via%3Dihub
で閲覧できる(2021年8月27日最終アクセス)。
この論文のなかでラムザイヤー教授は、「慰安婦」問題として日韓間のみならず国際的にも大きな関心を集めてきた問題をめぐって、「慰安婦」たちも公娼制度のもとでの娼妓と同じように契約の上で働いていたのであって、性奴隷といったものではなく、日本政府や日本軍に責任はないと、主張した。「慰安婦」をめぐる政府や軍の関与を否定し、性奴隷としての性格を否認するこうした議論は、歴史修正主義のなかでしばしば出されてきたものであり、吉見義明氏による研究などでその虚偽性が露わにされてきたが、ラムザイヤー論文はハーヴァード大学の教授の主張として新たな注目を集め、『産経新聞』などによって積極的に報道された。
この論文をめぐっては、自説に都合がよい形での史料の恣意的利用など、基本的な学問的手続きを欠くものであるという批判が、すぐに国際的に広く展開されはじめた。そうした動きの一環として、2021年3月14日に、「慰安婦」問題をめぐるオンラインサイトFight for Justiceの主催で、緊急オンラインセミナーが開催された。このセミナーでの発言者の一人が、カナダのトロント大学で教える米山リサ氏であり、当日はラムザイヤー論文の知的背景となったアメリカ合衆国における日本研究のあり方について鋭い指摘を行った。それに触発された本研究所からの依頼に応じていただき、寄稿されたのが、以下の論文である。
なお、その後、2021年7月5日の『東京新聞』が「こちら特報部」という欄で、「“慰安婦”論文に内外から批判」という記事を載せてラムザイヤー批判を報道したが、これにも触発されて、「世界史の眼」では、この問題に関して吉見義明氏に発言をお願いしたところ、ご快諾いただいたので、氏の論稿も近く掲載する予定である。
(木畑洋一)