2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、世界史という観点からみて、いろいろな問題を明らかにしていると思われる。まだメモ書き程度であるが、そのうちのいくつかを考えてみたい。
1. 戦後は「平和」だったのか?
戦後は平和だったのに、今回は70数年ぶりにそれが破られたと考えている人が多いのではないか。しかし、戦後の大きな戦争は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、スエズ戦争、中東戦争、ユーゴスラヴィア内戦、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などいくつもあった。多くの場合、「途上国」において「北」が戦争をして、「北」自体においては戦争はなかったのである。「冷戦」終結以後に限定しても、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などが続いているわけである。今回はその「北」で戦争がおきて、世界がショックを受けているのである(なお、1956年のハンガリーと1968年のチェコスロヴァキアの場合は軍事介入だが、戦争にはならなかった。また、アフリカやラテンアメリカではもっと多くの「内戦」と言われる戦争があり、ユーゴスラヴィアでも「内戦」があったが、「北」が直接前面に出ることはなかった)。このように、世界的に見て、戦争は地域を移しながら、絶えず続いているのである。なぜ、このような戦争が続いているのか。
2. 戦争理由について
(1) NATOの東方拡大
今回、NATOの東方拡大への反発がロシアの開戦理由だと考えられている。もともとは米ソ「冷戦」のための同盟であったNATOが、「冷戦」後も残った。それが、旧東欧諸国やバルト三国にも拡大した。それはしだいにロシアへの牽制という意味を持つようになった。NATOの「インフラ」を持つ国ウクライナが隣接するのは、ロシアにとって脅威である。それを取り除きたいと、外交交渉は続けられていたが、成果が出ない。それゆえ武力に頼ったというわけである。しかし、NATOの東方拡大自体は、戦争目的にはならない。それにはマイノリティ問題を使う必要があった。
(2) マイノリティ問題
国民国家の中のマイノリティが戦争と侵略のために使われた。今回はドネツクとルガンスクのロシア人問題が使われた。しかしこれは世界史上新しい事ではない。世界史的には、ナチスによるズデーテン問題、コソヴォ問題、チェチェン人、イラク・シリア・トルコのクルド人問題の利用など、いくつも上げる事ができる。
3. 新自由主義の拡大
では、NATOの東方拡大とは何か。その背景にあるものは何か。それは新自由主義の拡大に他ならない。アメリカが主導する新自由主義の世界的支配拡大が、ヨーロッパではNATOの拡大として現れている。1980年代(レーガン、サッチャー、中曽根の時代)から目立って広がり始めた新自由主義は、90年前後には旧ソ連圏を崩壊させる重要な要因となったが、「冷戦」終結後は、東欧諸国、バルト三国、そして、アフガニスタン、イラク、リビアなどを飲み込んでいった(シリアはその間際にあり、アフガニスタンでは揺れ戻しが見られる)。その過程で、上に見たように、いくつもの戦争が次々と起きたのである。新自由主義は、経済面での規制緩和、民営化、市場化、政治的には小さな国家(軍備は別として、福祉の縮小など)や米欧型の「民主主義」など、資本の徹底した自由を支える環境を要求する。このような新自由主義の波が今回はウクライナに迫ったのである。NATOはこういう新自由主義を支える同盟なのである。それに対するロシアの反発が今回の戦争の根本原因である。この点では、ロシアに共感する国は他にも多々あり得る(だからと言って、ロシアの軍事進攻を良しとするものではない)。
4. 大国に接する小国の「リアリズム」
1956年、ソ連の第20回党大会ののち、ポーランドとハンガリーにおいて、社会主義の改革を求めて暴動と政変が起きた。この時、ポーランドのゴムウカはソ連に改革を認めさせるために、「中立」や「複数政党制」を封印して、ソ連の軍事介入をさせなかった。一方のハンガリーのナジは、「複数政党制」のみならず、「中立」をも表明して、ソ連の軍事介入を招いた。1968年のチェコスロヴァキアにおける「プラハの春」の場合も、ドプチェクらの改革派は、下からの民衆組織の結成を認めて、ソ連などの軍事介入を招いた。大国に接する小国の指導者には、冷静な現実感覚(リアリズム)が求められる。そのよい例は、フィンランドである。ロシア、そしてソ連、またロシアという大国に隣接して、それに屈服するのでもなく、敵対するのでもなく、存在意義を認めさせてきている。ウクライナのゼレンスキーに求められるのはこうした小国のリアリズムではなかったか。一方的にNATOやEUに頼るという政策ははたしてリアリズムであったのだろうか。