M・ウェーバーのアジア社会論―「インド的発展の固有性」論を中心として―(下)
小谷汪之

はじめに

1 土地レンテ収取者の重層化―剰余収取体制の発展

(以上、前々号掲載)

2 ビルトとジャジマーニー―社会的分業関係の発展

(以上、前号掲載)

(以下、本号掲載)

3 「ビルトの体系」

おわりに

3 「ビルトの体系」

 マックス・ウェーバーはインド的社会発展の固有性を、(1)土地レンテ収取者層の重層化、(2)「ジャジマーニー関係」とウェーバーが呼んだ共同体的分業関係の発展、これら二点に求めた。このことは、その後の実証的インド史研究の成果に照らしても、肯定的に受け止めることのできることである。

 しかし、ウェーバー自身はこれら二つの歴史過程を結びあわせて、インド的社会発展を全体として理論化するということはしなかった。おそらく、それはウェーバーの関心外のことだったのであろう。

 そこで、本稿では最後に、このようなウェーバーの「インド的社会発展の固有性」論をどのような方向で継承していけば良いのかという問題を検討しておきたい。ウェーバーのインド社会論を踏まえるならば、どのようなインド史像が見えてくるのであろうか。

 前述のように、ザミーンダールはザミーンダーリー・ビルトと呼ばれるビルトを持ち、それによって土地レンテの一部分を収取することができた。ウェーバーは、このザミーンダールのような存在をより一般的に、「ビルト≫birt≪〔の所有〕を通してレンテ収取権を与えられた者」と表現した。このような土地レンテ収取者たちが鎖のごとくつながって、剰余収取体制を形成していたのであるが、それに対応して、土地レンテ収取権としてのビルトもまた上から下へと連鎖をなしていたのである。

 他方、「ジャジマーニー関係」においては、ジャジマーニーと同義であるビルトが共同体的分業の土台をなしていた。さまざまなビルトを持つ者たちが相互にサーヴィスの授受関係を取り結び、その総体が共同体的分業体制をなしていたのである。ここでは、ビルトの網の目が形成されていたということができる。

 このように、ビルトは土地レンテ収取権としてのビルトと、「ジャジマーニー関係」を構成するビルトの二種類に大きく分けることができるのであるが、共にビルトと呼ばれる以上、両者に共通する本質があるに違いない。それは、それぞれの世襲的な職とそれに付随する取り分権がワンセットになって、世襲的な権益(資産、家産)を構成し、それがすべてビルトと呼ばれたという本質である。例えば、ザミーンダールなどの場合、土地レンテ収取者としての性格が前面に出やすいが、徴税・納税において、一定の職を果たし、その反対給付として、土地レンテの一部を収取する世襲的権利を持っていたのである。チョードゥリーのような地域共同体の首長、村長などの村役人、村職人などの場合は、それぞれの世襲的な共同体的役職に従事し、共同体によって定められた所定の手当を受け取る世襲的権利をもっていた。このように、職と取り分権がワンセットになって世襲的な権益(資産、家産)を構成するという点において、二種類のビルトは共通の本質を持っていたのである。

 この共通の本質にもとづいて、これら二種類のビルトを連結させるならば、上はザミーンダールのビルトから、下は村職人などのビルトまで、社会全体がビルトによって編成され、体系化されていたことが分かる。それは「ビルトの体系」と呼ぶべき社会編成であり、この「ビルトの体系」が剰余の収取関係と社会的分業関係の双方を包摂していたところにインド的社会の固有性を見ることができる。

 インドにおける社会発展とは、この「ビルトの体系」がより複雑化、高度化していく過程に他ならなかった。土地レンテの総量が増大するのに伴って、一方では、土地レンテ収取権としてのビルトの数が増大し、剰余収取体制がより複雑な形へと発展していった。他方では、ジャジマーニーと同義のビルトの数が増大していったが、それは生産力の発展に伴い共同体的な社会的分業関係がより高度に発展し、複雑化していったことを意味している。この二つの歴史過程が同時進行することによって、「ビルトの体系」はより複雑化、高度化していった。そこに「インド的発展の固有性」を認めることができる。

おわりに

 本稿では、ウェーバーがインド的社会発展の固有性をどのように捉えようとしていたのかという問題を検討したうえで、その延長上に、前植民地期の北・中央インド社会の構造を「ビルトの体系」という概念で捉える視点を提起した。そうすることによって、ウェーバーのインド社会論を発展的に継承することができると思うからである。

 しかし、「ビルトの体系」論には一つ問題が残されている。「ビルトの体系」ははたしてインド亜大陸全体に認められるものなのであろうか。例えば、拙著『インドの中世社会』(岩波書店、1989年)では、前植民地期デカン(マハーラーシュトラ地方)の社会を「ワタン体制社会」という概念で捉えている。この「ワタン体制」と「ビルトの体系」との違いは、「ワタン体制」がザミーンダール的な土地レンテ収取者を含まず、在地の共同体―地域共同体と村落共同体―構成員のみからなる社会体制であるという点に存する。それは、ワタンが、基本的には、在地の共同体的「職」に関わるもので、土地レンテ収取権を含まないからである。その点で、「ワタン体制」は「ビルトの体系」の一部分ということになる。こういったことをインド亜大陸の他の地域についても検討することが必要である。ただし、南インドのタミル地方に関する水島司の研究や、ベンガル湾に面したオリッサ地方に関する田辺明生の研究など、「ビルトの体系」に類似した社会関係を析出した歴史研究がすでに出されているので、他の諸地域に関しても同様の成果が期待される。(注19)

1 カール・マルクス(1818-83年)やヘンリー・メイン(1822-88年)など、19世紀西欧思想家たちのアジア論とウェーバーのアジア論との間の本質的な違いについては、拙稿「ウェーバーの比較社会学と歴史研究」『現代思想』35巻15号(2007年11月臨時増刊)、46-49頁、参照。

2 Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie, Die Wirtschaftsethik der Weltreligionen II, Hinduismus und Buddhismus, Tübingen: J.C.B. Mohr, 1921, p. 4. 深沢宏訳『ヒンドゥー教と仏教 世界諸宗教の経済倫理Ⅱ』東洋経済新報社、2002年、4頁。

3 Wirtschaftsgeschichte, Abriß der universalen Sozial- und Wirtschaftsgeschichte, 3. Aufl., Berlin: Duncker & Humblot, 1958 (1. Aufl., München: Duncker & Humblot, 1923).

4 深沢宏訳『ヒンドゥー教と仏教』では、Landrente (Rente)が「地代」、Landrentnerが「地代徴収者」と訳されているが、「土地レンテ(レンテ)」、「土地レンテ収取者」と改訳した。その他にも改訳した部分がある。

5 黒正巌・青山秀夫訳『一般社会経済史要論』では、Rentenempfängernが「年貢収納者」と訳されているが、「レンテ収取者」と改訳した。それに関連して、その他にも改訳した部分がある。

6 Baden H. Baden-Powell, The Land-Systems of British India, 3 vols., Oxford: Clarendon Press, 1892. 

7 Irfan Habib, The Agrarian System of Mughal India, 1556-1707, 2nd revised ed., New Delhi: Oxford University Press, 1999 (original ed., Bombay: Asia Publishing House, 1963), p. 183, n. 65. 

8 H.H. Wilson, A Glossary of Judicial and Revenue Terms and of useful Words occurring in official Documents relating to the Administration of the Government of British India, London: W.M.H. Allen & Co., 1855, pp. 88-89.

9 地域共同体には、首長(北インドではチョードゥリー、デカン地方ではデーシュムク、カルナータカ地方やグジャラート地方ではデサイー、などと呼ばれた)と書記(デーシュパーンデーなどと呼ばれた)が存在し、それぞれの地域共同体内部の紛争の解決や権利関係の確認のために、地域共同体集会を開くなどの職務を果たしていた。また、各カースト集団は地域共同体ごとに第一次的集団を形成し、各地域共同体には各カーストの頭(メータルなどと称された)が存在した。村落共同体はこのようなものとしての地域共同体に支えられて存続することができたのである。地域共同体、村落共同体について詳しくは、拙著『インドの中世社会――村・カースト・領主』(岩波書店、1989年)を参照。

10 Irfan Habib, The Agrarian System of Mughal India, 1556-1707, p. 187.

11 ibid., pp. 161, 164.

12 Wirtschaftsgeschichte, p. 37. 黒正巌・青山秀夫訳『一般社会経済史要論(上巻)』、92頁。

13 原文は以下の通り。

(C) Jajmani.――Many castes from the Brahman downwards have the practice expressed in the word jajmani(1). Literally the word jajman means ‘he who gives sacrifice’ i.e. the person who employs a priest to carry out a sacrifice for him and of course provides him with the means for doing so; but it is now extended to include a client of any kind. The jajmans of a Brahman purohit, or house priest, are his parishioners, whose domestic rites at birth, initiation, and marriage it is his duty to superintend. In the same way, Chamars, Doms, Dafalis, Bhats, Nais, Bhangis, Barhais, Lohars all have their jajmani or circle of clients, from whom they receive fixed dues in return from regular service. The clientele is hereditary, passing from father to son. The Chamar’s jajmans are those from whom he receives dead cattle and to whom he supplies leather and shoes: whilst his wife has likewise a clientele of her own for whom she acts as midwife and performs various menial services at marriages and festivals. The Dom’s jajmani consists of a begging beat, in which he alone is allowed to beg or steal; the Dafali also possesses a begging beat; and besides begging he has to exorcise evil spirits and drive away the effects of evil eye. The Nai has a clientele whom he shaves and for whom he acts as matchmaker and performer of minor surgical operations (drawing teeth, setting bones, lancing boils, and so on): whilst his wife is the hereditary monthly nurse. Barhais and Lohars in villages have their circles of constituents whose ploughs, harrows and other agricultural implements they make or mend; Bhangis serve a certain number of houses, and Bhats(2) of the Jaga sub-caste act as perambulating genealogists for their clients, visiting them every two or three years and bringing the family tree up to date. These circles of constituents are valuable sources of income, heritable and transferable (the Dom’s begging beat and the Bhangi’s jajmani are often given as a dowry): and as such they are strictly demarcated and to poach on a fellow casteman’s preserve is an action which is bitterly resented. In many castes one of the panchayat’s chief duties is to deal with offences of this kind. Dom would not hesitate to hand over to the police a strange Dom who stole within his ‘jurisdiction’.(3)

(1) A synonym is brit or birt. Brit Nai, brit Bhangi, &c., &c., are common entries in the occupation column and may be best translated by ‘caste dues’. Jajmani is also so used, but generally it is reserved for the Brahmanical dues and probably includes not only the dues connected with purohiti, but those vaguer sources of income, such as presents and food received by all sorts of Brahmans at feasts of every kind.

(2) ……

(3)  It may be asked what happens if a client refuses to utilize the services of the particular Dom or Bhangi or Barhai to whom he is assigned. In all probability he would be boycotted and nobody would work for him. ……

14 E.A.H. Blunt, The Caste System of Northern India, reprint ed., Delhi: Isha Books, 2010 (original ed., London: Humphrey Milford, 1931), p. 260.

15 W.H. Wiser, The Hindu Jajmani System, A Socio-Economic System interrelating Members of a Hindu Village Community in Services, 3rd ed., New Delhi: Munshiram Manoharlal, 1988 (original ed., Lucknow: Lucknow Publishing House, 1936).

16 ibid., pp. xx-xxi.

17 ibid., pp. xix-xx.

18 ibid., p. xix.

19 水島司『前近代南インドの社会構造と社会空間』東京大学出版会、2008年。田辺明生『カーストと平等性―インド社会の歴史人類学』東京大学出版会、2010年。

(「世界史の眼」No.38)

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