文献紹介:NPO法人 都市無差別爆撃の原型・重慶大爆撃を語り継ぐ会編『カラー映画に撮られた重慶大爆撃―数奇な運命を辿った記録映画『苦干』の世界―』(2023年)
木畑洋一

 1940年8月19日から20日にかけて、当時中華民国の首都となっていた重慶市は、日本軍による激しい空爆の対象となった。重慶に対する空爆は、38年2月から43年8月まで216回にわたって行われたが(荒井信一『空爆の歴史』岩波新書、2008年)、この時の爆撃が最も苛烈なものであった。8月19日は、重慶爆撃にゼロ戦(零式戦闘機)が初めて投入された日でもある。

 この日爆撃にさらされた重慶の様相を現場で映像に記録したアメリカ人カメラマンがいた。レイ・スコットという人物である。彼は、日中戦争の記録映画を作って、世界の人々に中国の抗戦状況を知らせたいと考えた米国籍中国人李霊愛の援助のもと、39年から40年にかけて、中国各地を回って人々の暮らしぶりを撮影しており、8月19日にちょうど重慶に滞在していたのである。

 スコットの旅を記録したフィルムは、米国で『苦干』(一生懸命にやるという意味)というタイトルの映画に編集されて、各地の映画館で上映された。41年元日にはローズヴェルト大統領夫妻もホワイトハウスでそれを観たという。その後この映画のことは人々から忘れ去られていたが、2010年にスコットの長男の家の地下室で発見され、修復作業を経て蘇った。それは中国でも関心を呼び、中国語の字幕をもつ中国版も作られた。その結果、今私たちは、英語で語られ、中国語の字幕をもつ『苦干』をユーチューブで観ることができる。そのurlは以下の通りである。
https://www.youtube.com/watch?v=321DQmOZc6w

 評者はこの映画について、中国史研究者石島紀之氏から教えていただき、とても強い感銘を受けた。その後石島氏が中心となって、映画『苦干』について、さらに重慶爆撃について丁寧な解説を加えたブックレットを作成された。それが、ここで取りあげる『カラー映画に撮られた重慶大爆撃』である。以下、本書の内容を簡単に紹介していきたい。「世界史の眼」でこの本を取りあげるのは、第二次世界大戦を論じる際に欠かすことができない都市の大規模空爆の早い例として重慶爆撃がもつ重みのためである。

 このブックレットは四部から成る。

 第一部においては、石島氏によって、『苦干』の成立事情と、フィルム再発見と現在の版の作成・公開の過程が紹介された後、映画の内容が順を追って説明されている。約1時間20分の上映時間の内、40年8月の重慶爆撃を対象とするのは最後の部分であり、それまでの大部分は、林語堂による序文と中米関係など歴史的背景を扱った最初の部分の他は、スコットが回った日中戦争下の中国各地(香港とベトナムのハイフォンを含む)の映像にあてられている。そのなかで8月19日以前の重慶の様相も描かれる。スコットはそこから成都と蘭州、青海方面を訪れた後、重慶に戻り、8月の空爆に遭遇するのである。石島氏は映画全体を15の部分に分けて、各部について短いながらも懇切な紹介を行っている。ブックレットを側に置いてユーチューブでの映像を観ることが勧められる。

 第二部は、『苦干』の主な対象となった中国西部地区についての解説である。石島氏が「西南地区の諸相」と題する章で、この地区に居住するエスニック・マイノリティの抗日戦への参加が民族意識の覚醒と結びついたことなどを論じた後、松本ますみ氏が「スコットの西北への旅の意味」を分析し、日本による中国東北部占領によって西北部の意味が知識人たちに再発見されたという興味深い論点を提起している。

 40年8月の爆撃を扱うのが第三部である。ここではまず伊香俊哉氏が、その時に至るまで繰り返されてきた重慶爆撃の諸相(焼夷弾攻撃導入の意味など)と、8月の空爆へのゼロ戦投入の問題などを解説する。そして、聶莉莉氏による、重慶爆撃で孤児となった人々43人の陳述紹介が、それに続く。空爆についての彼らの記憶と、その時に負った心の傷に悩まされ続ける彼らの姿が、浮き彫りにされている。

 最後の第四部では、これまで空爆研究をリードしてきた前田哲男氏が、武器使用をめぐる今の日本の状況を踏まえた上で、重慶爆撃からくみ取ることができる歴史的教訓を提示する。そして結びの部分では、本稿でも冒頭で引いた『空爆の歴史』の著者荒井信一氏の仕事が取り上げられるのである。

 私も、荒井氏や前田氏の研究から多くを学び、第二次世界大戦において都市空爆がもった意味、さらにそのなかでの重慶爆撃の重要性について、それなりの認識は抱いてきた。しかし、爆撃の実相について具体的なイメージをもってきたとはとてもいえず、『苦干』に接して大きな衝撃を受けた。そして本ブックレットを読んでから、再度『苦干』を見ることにより、空爆の場面だけでなくこの映画全体から伝わってくるメッセージの迫力をより強く感じることができた。

 本ブックレットを手引きにしての映画『苦干』の鑑賞を推奨する次第である。

 ただ、本書はアマゾンなどでは入手不可能なようである。そこで、発行元データを記して文献紹介の結びとしたい。

〒105-0003 東京都港区西新橋1-21-5一瀬法律事務所気付、NPO法人 都市無差別爆撃の原型・重慶大爆撃を語り継ぐ会

(「世界史の眼」No.49)

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