2025年1月25日に、世界史研究所が主催して「増谷英樹の歴史学を語る会」を開催しました。1942年生まれの増谷英樹さんは、オーストリア史、ユダヤ史を中心に研究を進めてこられ、また、東京外国語大学と獨協大学で長く教鞭を取られました。長く闘病中のところ、残念ながら2024年11月に、逝去されました。
世界史研究所の研究員は、それぞれに増谷さんと公私に渡る深い交流があり、また、増谷さんの仕事から多くの刺激と啓発を受けてきました。ここに、増谷さんと交流の深かった方と、増谷さんのご家族にもご参加頂き、「増谷英樹の歴史学を語る会」を開催し、増谷さんの仕事を振り返り、増谷さんが私たちに届けたかったものを改めて考える機会としたものです。ご参加頂いたのは、稲野強、小沢弘明、木畑和子、木畑洋一、小谷汪之、清水透、高澤紀恵、藤田進、古田善文、南塚信吾、山崎信一、油井大三郎、吉田伸之、渡邊勲の各氏と、加えてご家族の増谷直子さんと三人のご子息・ご息女の皆さんです。
会は小谷汪之さんの司会のもと、まず増谷さんに黙祷を捧げ、次いで南塚信吾さんに、増谷さんの今までのお仕事を簡単に振り返って頂きました。その後、古田善文さんから、オーストリア史に関して、また、高澤紀恵さんと吉田伸之さんからウィーン史・都市史に関して、提題をして頂きました。三氏の報告は、それぞれ以下に掲載しています。
次いで、参加者からの自由な発言と討論が行われました。増谷さんのユダヤ問題に対する立脚点、史料としてのビラの用い方、増谷さんの目指した「民衆史」の展望、フリーメーソンへの関心、移民への関心といった点を中心に議論がありました。その後は、皆さんそれぞれの増谷さんとの親交のあり方も含めて、ざっくばらんに懇談の時間となりました。参加者の皆さんの多くは、大学の同僚として、歴史学研究会において、あるいは読書会・勉強会のメンバーとして増谷さんと交流のあった皆さんでしたが、いずれのお話からも、増谷さんの真摯な学問的態度と、それに加えての気遣いと面倒見の良さ、民衆や労働者に寄せる増谷さんの深い共感、「食」へのこだわり、登山やスキーやテニスを楽しむ姿といった点が浮かび上がりました。いずれのエピソードにおいても、増谷さんとの深い信頼関係が感じられました。また、ご家族の言葉にもありましたが、学問は学問としてきちんと進めた上で、家族との時間も大切にし、スポーツにも取り組むという姿は、研究者の中ではあまり一般的ではなかったかもしれません。この点からも増谷さんのお人柄が偲ばれました。
増谷さん、まだまだやり残したことがたくさんあったのだと思います。しかし、増谷さんが本当に多くを私たちに残してくれたことを、今回改めて理解することができました。増谷さん、本当にありがとうございました。
(山崎信一)
増谷英樹のおもな著作
増谷英樹「60年代歴研における「人民闘争史」研究とその問題点」『歴史学研究』372号《大会特集》安保体制の新段階とわれわれの歴史学―世界史認識と人民闘争史研究の課題、1971年5月
良知力編『共同研究 1848年革命』大月書店、1979年
増谷英樹「序論 1848年革命の概観と研究の課題」
増谷英樹「「フランクフルト労働者協会」と9月蜂起」
増谷英樹『ビラの中の革命:ウィーン・1848年』東京大学出版会〈新しい世界史〉、1987年
増谷英樹『歴史のなかのウィーン:都市とユダヤと女たち』日本エディタースクール出版部、1993年
歴史学研究会編『講座世界史4 資本主義は人をどう変えてきたか』東京大学出版会、1995年
増谷英樹「大都市の成立―一九世紀のウィーンと流入民」
増谷英樹、伊藤定良編『越境する文化と国民統合』東京大学出版会、1998年
増谷英樹「序論」
増谷英樹「世紀末ウィーンの製靴工―資本主義化と「急進性」の伝統」
増谷英樹『ウィーン都市地図集成』柏書房、1999年
増谷英樹編『移民・難民・外国人労働者と多文化共生 日本とドイツ/歴史と現状』有志舎、2009年
増谷英樹「序章 移民・難民・外国人労働者とその受入れ」
増谷英樹「補論 第二次世界大戦以前ドイツの外国人労働者と強制労働」
増谷英樹、古田善文『図説 オーストリアの歴史』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2011年
増谷英樹、富永智津子、清水透『オルタナティヴの歴史学』有志舎〈21世紀歴史学の創造〉、2013年
増谷英樹「1848年革命とユダヤの人びと―『オーストリア・ユダヤ中央機関紙』を読む」
研究会「戦後派第一世代の歴史研究者は21世紀に何をなすべきか」編『われわれの歴史と歴史学』有志舎〈21世紀歴史学の創造〉、2012年
増谷英樹「社会史、そして民衆史について」
増谷英樹「戦後歴史学からオルタナティヴヘ」
増谷英樹『図説 ウィーンの歴史』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2016年
渡邊勲編『37人の著者 自著を語る』知泉書館、2018年
増谷英樹「30年後の自己書評《ビラの中の革命》」
増谷英樹、古田善文『図説 オーストリアの歴史』、河出書房新社〈ふくろうの本〉、2023年(増補改訂版)
(「世界史の眼」No.60)