青山学院高等部で42年の長きにわたり世界史教育に携わり、その後、複数の大学で非常勤講師として社会科教員の育成に尽力した松本通孝氏が標記の書籍を上梓した。本書は同名の3冊目の著作であり、教員としての軌跡を振り返り、「HR通信」「世界史通信」を掲載して授業実践やクラス運営の努力や工夫を紹介するとともに、デジタル化時代の現在にふさわしい歴史の授業方法について、様々な提言を寄せている。本書の内容を紹介しながら、松本氏の歴史教育の業績から学び、継承すべきことを考えてみたい。本書の構成は以下の通りである。
はじめに
第1章 「私の授業」を振り返る-生徒・卒業生との対話-
序
その1 「チョーク&トーク」式授業は、役に立たなかったのか
その2 先輩の諸先生方の実践から学んだこと
その3 「私の授業」での工夫 略地図・略年表を利用した授業
その4 生徒との対話①「HR通信」……担任と生徒とのキャッチボール
その5 生徒との対話②「世界史通信」……授業での対話を目指して
その6 毎日の授業での工夫と限界……臨機応変の対応、問いと史資料の活用
第2章 「これからの授業」を展望する
その1 「インタビュー」記事の補足 私にとっての歴史教育の原点
その2 定年後の歴史教育との接点
その3 これからの歴史教育に期待すること
執筆を終えて
第1章の序では、40数名が在籍する教室で「チョーク&トーク」式授業を展開しながら常に生徒とのコミュニケーションを取ることを重視し、歴史を学ぶことは、面白く、暗記は必要なく、自分の頭で考え推論すること、縦の連関と横の連動、視角を変えると別の解釈が成り立つことなどの大切さを伝えてきたと述べ、講義式授業でも工夫しだいで生徒自身が思考する授業の試みが可能であることを紹介したいと語っている。
つづく第1章では、6つの節を通じて、自身が中学・高校時代に経験した「チョーク&トーク」式授業を自分が教員としても続けてきたこと、授業の本質が教員-生徒間の対話である以上、この授業スタイルから学ぶことは尽きないこと、毎時の授業で色チョークで略地図を記入し空間的把握の大切さを強調したこと、随時刊行した「世界史通信」(2006年には年間60回の授業で36回刊行)に各学習テーマの略年表や「今週の授業のねらい」などの情報のほか、お勧めの美術館・博物館やテレビ番組・映画作品の案内、推薦図書などを載せ、また、それらに対する生徒の感想や意見を掲載し続け、授業の内外で生徒との対話を追求したことなどが詳述されている。
第2章では、第1節で「インタビュー記録 歴史教育体験を聞く 松本通孝先生」(歴史教育史研究会編『歴史教育史研究』第20号、所収)が掲載され、小学校まで遡り、卒業論文など学生時代の学びをたどりながら松本氏の歴史教育者としての歩みが語られている。第2節では定年退職後、卒業生との読書会を立ち上げ(2018年5月開始、60回以上を開催、登録メンバーは50余名)、日本史を含む世界史の様々なテーマの学習活動を行っていること、学習ボランティアとして中高生の社会科学習のサポートに関わり、「生徒の立場から見た授業」を知り、中学校歴史的分野の教科書記述が詳しすぎること、生徒がタブレットの情報や教員が求める「正答」に縛られているとコメントしている。第3節では、歴史の授業の最大の問題点として、歴史の授業から何を学ぶか、そしてある程度の知識の定着を挙げ、さらに歴史を理解できるために知識、分析力、関連づけて考える力の重要性を指摘し、そのためにはアナログ的手法とデジタル的手法の対立ではなく両者のプラス面を最大限に生かした新しい手法が必要だと語っている。
本書を通じて、松本氏の教員人生の歩みを理解し、氏の歴史教育の仕事から学び、継承したいことは多々あるが、とくに以下の6点に注目したい。その第1は、生徒(保護者・卒業生)との対話の重視とその実践である。氏の他者を尊重し、真摯に対話を行う姿勢は、現職の教員時代だけでなく定年退職後の学習ボランティアや卒業生との読書会でも首尾一貫している。とくに、授業を、教員から生徒への一方的な伝達ではなく教員と生徒との対話の場と位置づけ、それを追求してきたことは、氏の歴史教育論の核心として極めて重要である。そこには、氏が指針として学んだという鈴木亮氏ら先人の歴史教育者からの影響(授業は教員から生徒への問題提起であり、生徒と教員の学び合いの場である)がうかがわれる(鈴木『世界史学習の方法』岩崎書店、1977年)。
第2に、対話の重視と並ぶ松本氏の教員人生の特徴は、生涯、探究心を持って学び続け、自己研鑽を重ねる姿勢である。それは、比較史・比較歴史教育研究会への参加や近現代史教育研究会の結成、世界史の教科書や辞典、『世界史史料』(歴史学研究会編、全12巻、岩波書店)をはじめとする様々な論考の執筆活動や編集作業に現れている。研究会での人との出会いや書籍からの豊かな学びが氏の教員としての力量を高め、授業方法の刷新・更新の契機になっている。
第3に、教室を越えた生徒への学びの提供である。近年、働き方改革が社会問題となり、教員の長時間労働が問題視されているが、それに先立ち、氏は生徒の世界史への興味・関心の涵養をめざし、多くの時間と労力を費やして教科通信を精力的に発行し、教室を越えた生徒との世界史対話を実践した。「世界史通信」には教員からの情報提供だけでなく、多くの生徒からの投稿原稿が掲載されたことにより、教科通信が教員と生徒、生徒と生徒を結びつけ学び合いを作り出すことに成功した。また、毎月1回、放課後に若手教員と有志の生徒が集まり、その時々の歴史のテーマ(明治維新の諸改革と『夜明け前』に描かれた農村の変化の比較、ウィーン体制下のオーストリアの音楽家たちの活躍など)を語り合う「自主講座」は、教室空間を越えて生徒と教員が対等な立場で、人格的に触れ合い学び合う極めて優れた教育実践である。よく見られる風景である定期試験直前の補習や質問会ではなく、大学のサブゼミのように何らかのテクストの輪読会などを設け、生徒と教員の学び合いを恒常的に続けることができれば、非常に理想的な歴史実践となる。
第4に、毎時の授業の中で、略地図と略年表の活用を重視したことを特記したい。世界史の学習では、今日の授業で扱うテーマがいつ、どこで生じた歴史的事象であるかという空間認識と時間認識の保障が単元を理解する前提となる。その点で氏が毎回、色チョークで略地図を板書し、生徒がそれを書き写す作業は、氏のおなじみの授業風景であるとともに生徒の「縦の連関と横の連動」の把握に資したに違いない。氏は、世界史学習における地図利用の重要性を吉田悟郎氏や鈴木亮氏から学んだと記している(吉田氏が提唱した「世界史の同時代的・全面的(全地域的)把握」の構想(吉田『歴史認識と世界史の論理』勁草書房、1970年)は、その後の世界史教科書の「○○世紀の時代」やグローバル・ヒストリーの歴史把握にもつながり、再評価に値する)。
第5に、多様な世界史像や世界史の見方の追究が挙げられる。氏は比較史・比較歴史教育研究会への参加などを通じて、「自国史と世界史」「世界から見た日本、日本からの世界」という視点を獲得し、それを追究したほか、定年退職後に卒業生との読書会を立ち上げ、教会音楽史、アジアから見たヨーロッパ、日本の開国と連動する世界史、アメリカ合衆国の先住民政策や1920年代の人種差別など多岐にわたるテーマを学び合い、常に世界史認識を拡大・深化させ、更新している。松本氏の姿勢が示すように、世界史教育に携わる者は、世界史の研究動向に敏感であり、新しい研究潮流(グローバル・ヒストリー、パブリック・ヒストリー、ジェンダー史、地球環境・生命環境系の歴史、歴史の構築主義・構成主義など)を学ぶ必要がある(小川幸司「<私たち>の世界史へ」『岩波講座世界歴史01』岩波書店、2021年)。また、氏が歴史教育の方法論的仮説として探究した「自国史と世界史」とそれに先行する「世界史と日本史との統一的把握」(上原専禄が1957年に問題提起)は現在の「歴史総合」の授業づくりに役立ち、参照されるべきである。
第6には、デジタル的手法とアナログ的手法の両立・併用という指摘である。グローバル化とともに社会のデジタル化が進行し、生徒が一人一台端末を所有・活用する現在、デジタル教材の利用は不可欠である。その際、デジタル教材か、アナログ教材かの二者択一ではなく、両者を併用した有効活用が現在の学校教育の実際の授業風景である。たとえば、中学校2年生の歴史の授業でホロコーストを学習する際、デジタル教材としてロイロノートのシンキングツールとアナログ教材として新聞や絵本が併用され、学習成果を上げている(原琴音「戦争と平和を考える-デジタル×アナログ教材での学び-」教育科学研究会編『教育』960号、2026年1月号)。
戦後80年の今年(2025年)、松本氏の3冊目の『一世界史教師として伝えたかったこと』に接し、「伝えたかったこと」を受け止め応答したいという想いから本書の内容を紹介し、受け継ぐべき論点を提示した。氏のメッセージが今後の世界史教育に継承され、授業づくりに資することを願ってやまない。
(「世界史の眼」No.70)