インターネットの利用が一般化し、人々の生活の不可欠な一部となって20年以上が経過した。その中で、ウェブサイトによる情報発信は、ますます大きな比重を占めるようになってきている。歴史学をはじめとする学術的な情報発信もその例外ではないだろう。ウェブによる情報の即時性という点は、マスメディアなどに比べればそこまで大きな意味を持たないだろうが、ウェブによって非常に広い範囲にしかも低コストで情報を発信できるという点は、大きな意味を持っている。当世界史研究所も、2020年4月からウェブサイトを通しての定期的な情報発信を、活動の中心としている。ここで紹介するパトリック・マニング(Patrick Manning)のブログ「抗争する声:世界史の諸問題(Contending Voices: Problems in World History)」(https://patrickmanningworldhistorian.com/contending-voices-problems-in-world-history/)は、世界史に関するウェブでの情報発信という点で、世界史研究所の活動とも通じるものであろうと思う。
パトリック・マニングは、米国における世界史研究の第一人者であり、これまで非常に精力的な活動を行ってきた。アフリカ史研究から出発し、世界史に関しても多数の著作を著しているが、その関心の中心は、単に世界史や人類史を叙述すること以上に、世界史叙述の構造を明らかにすることや世界史研究の方法論の分析にも及んでいる。マニングの世界史研究の最大の成果の一つである、Navigating World History: Historians Create a Global Past (New York: Palgrave Macmillan, 2003)は邦訳され、南塚信吾・渡邊昭子(監訳)『世界史をナビゲートする―地球大の歴史を求めて』(彩流社、2016年)として出版されてもいる。
このマニングのブログの最初のエントリーは、2020年4月の「COVID-19を耐え、経済を回復させる」と題する、企業経営者の姿勢を批判的に論じたもの、2番目も感染症を論じた2021年4月の「COVID-19:世界的保健危機における成功と失敗」であり、世界的な感染症拡大がマニングのウェブによる情報発信の一つの動機であろうことを窺わせる。そして、2021年4月以降9月までは、環境問題、ジェンダー、BLMなど社会において論争となっているテーマが並んでいる。またポピュラー文化に関しても論じられており、マニングの関心の広さが感じられる。2022年5月以降は、およそ月に一回の頻度で、マニング自身の専門により近い世界史研究に関わる論考が多く投稿されている。例えば、2022年9月の投稿である「歴史における相互作用」は、ポピュラー文化を題材に、文化の相互作用のパターンを理論化しており興味深い。また、世界史に関するさまざまな論考やインタビューが紹介されており、例えば2023年1月の「海洋の歴史を読む」では、ジェレミー・ブラックの最近の著作を中心に、さまざまな海洋史の論考を紹介している。2023年2月の「地球各地の世界史教育」では、米国テキサス州の世界史教育の事例を扱った文献と、世界史研究所が編集に関わったアジアにおける世界史教育を扱った論集であるMinamizuka Shingo (ed.), World History Teaching in Asia: A Comparative Survey (Berkshire, 2019)を比較して、世界史教育の発展の類似性とその必要性を指摘している。
投稿されているエントリーのすべてを紹介することはできないが、マニングの洞察の鋭さをいずれも感じさせる。また、いずれも平易な英語で書かれており、数千語程度にまとまっている。読んでいると、大学の講義を受けているかのように感じられる。実際、日本の大学の歴史教育において教材として用いることができそうなものも数多い。中には、「国際連合の紹介」(2022年8月)のように、まさにアクティヴ・ラーニングの素材となりそうなものもある。
ウェブサイトによる情報発信の特徴として、書籍と異なり、明白な終わりが存在しないことも挙げられるだろうか。1941年生まれということで決して若いわけではないが、今後ともさまざまな論考が投稿されるのを心待ちにしている。インターネットの特徴の一つは、情報の相互参照の容易さにもある。図らずもこうして、世界史研究所が関わった著作がマニングに紹介され、またここでマニングのウェブサイトを世界史研究所で紹介している。そして、マニングのサイトは、似たような関心を持ち続けている世界史研究所の活動にとっても、大きな励みとなっている。そして、ぜひ皆さんにもウェブサイトを通して、マニングの緻密さとスケールの大きさに触れて頂きたいと思う。
※パトリック・マニングのウェブサイトおよび各エントリーは、いずれも2023年2月25日に最終閲覧。
(「世界史の眼」No.36)