2011年春「シリアのアラブの春」として始まったシリアの民主化要求運動が、大国の軍事介入と「イスラム国」の凄惨な暴力がもたらした野蛮な戦争と国内外の何百万人のシリア難民の群れに覆われた「21世紀最悪の人道危機」に帰結した事態を前にして、苛酷な状況下において民主主義的なシリア社会の構築に向けた革命的な取り組みが繰り広げられていたのを伝える本が登場した。
本書は、文化人類学者、歴史家、市民運動家のドイツ人女性たちがシリア北部のクルド人地域に出現した「ロジャヴァ革命」について現地での詳細な聞き取り調査を踏まえて共同執筆したものである。ロジャヴァ革命というクルド人による現在進行形の取り組みを、革命における女性の重要性に焦点を当てて描き出した本書は、クルド人についての内在的理解を深めさせるだけでなく、クルド人を抱えている中東諸国にとってクルド問題がいかに大きな影響を及ぼしているかを知らせしめる第一級のクルド文献である。
ロジャヴァは、トルコ―シリア国境沿い地域のクルド人住民の多い一帯をさす地名であり、そこには多様なエスニック・グループの住民も住んでいる。シリア政府は1965年にトルコ国境沿い地域を「アラブ人ベルト」とする決定を下し、73年アサド政権は同地域のクルド人村落に隣接した41のアラブ新村をクルド人の土地を強制収容して創設し、ユーフラテス川のダム・貯水池建設で家を失ったアラブ人家族らを入植させ、土地と仕事を与える優遇政策をとった。一方土地を奪われたクルド人農民は「外国人」宣告をされ、自分の財産を持つことも、家を建てることも古い家を修理することも禁じられた。ロジャヴァはシリアの最貧困地帯とされ、「無国籍」のクルド人には身分証明書がなく、市民権を奪われて子供の出生や結婚の登録も出来ず、土地を奪われたクルド人農民の多くはシリアの大都市への出稼ぎ労働を強いられ、子供たちも学校を終えるとシリアの都市で低賃金労働者になった。バース党政権下でロジャヴァはシリアの最貧困地帯とされ、クルド人には差別政策が加えられた。
ロジャヴァのクルド人女性の多くは市民権を拒絶されたうえ公的な生活からも排除され、伝統的社会の家父長的支配の虜とされて夫や父親に経済的に依存し、家庭内暴力も流布していた。女性の救いの道となったのは、「社会の解放は女性の解放なくしては不可能である」と説くクルド解放運動指導者でクルディスタン労働党党首アブドゥラ・オジャランが1980、90年代にシリアで主宰した草の根運動だった。それに参加した数千人のクルド人女性たちは「自らの人生に責任を持ち、自ら決定できるように努力する」という考え方を育まれ、自らの解放とすべての女性の解放のための闘いを実践しようと決意していった。女性たちは一軒ずつ訪問して家にいる女性に解放のための運動に加わるように説得して回り、草の根で女性たちの組織化をはかっていった。
2011年「シリアのアラブの春」を迎えたクルド人はクルド差別政策の改善を期した。しかし、アサド独裁政権打倒のため結成された「自由シリア軍」もバース党政権に代わる新シリア政府を標榜する「シリア国民評議会」も指導部はイスラム主義者に占められており、アサド政府と同じように「シリアはアラブ人・イスラムの国家」、「クルド人は外国人」との見解に立っていた。2012年7月、クルド人運動はロジャヴァ地域をバース党政府支配と切り離して「ロジャヴァ三州」宣言に踏み切り、独自の「民主主義的自治」作り=ロジャヴァ革命をスタートさせた。
「民主主義的自治によるコミューン体制の樹立」構想に沿って、「女性の自由」「エスニック的・宗教的多様性」「労働者階級重視」を根本とする「社会的契約」に基づいた社会作りを目ざし、シリア国家から離脱しない「非中央集権と民主主義」に基づく独自の自治が志向された。
「民主主義的自治」は、自己防衛手段たるクルド人民防衛隊と3-4割を占める女性防衛隊を備えていた。ただしその軍事力は「社会を防衛するための治安部隊」とされており、「自己防衛」の目的は敵に攻撃の意図を諦めさせることにあるとされた。ロジャヴァは徹底した民主主義をめざし、利潤のための資本主義経済を拒否し、女性防衛部隊の多くは家父長制的な支配をきっぱりと否定した。ロジャヴァはそれ故に「イスラム国」と同盟者に攻撃された。
2015年1月、コバニを占領したイスラム国との4カ月に及ぶ激しい戦闘で500人の人民防衛隊と女性防衛隊の戦闘員が殺され、ほとんどの家庭も殉教者を出し、都市の建物のおよそ80パーセントが破壊された後に、コバニ市も365村落のほとんども解放された。それ以後もイスラム国占領からのロジャバ諸地域の解放が続き、人民防衛隊と女性防衛隊がエスニシティの混在するロジャヴァ諸都市を防衛し差別のない自治を運営したことによって他の住民たちの支持が拡大し、アラブ人、アラム人、トルクメン人、クルド人は協力し続けることになった。2015年10月、対イスラム国共同戦線と自己統治による民主主義的シリアの樹立をめざすクルド人・アラブ人・アラム人合同の「シリア民主軍」が創設され、翌16年3月「ロジャヴァ・北部シリアの連邦制」宣言で、「非中央集権と民主主義」に基づく解放地域がロジャヴァ3州の外部にまで拡大した。
本書が描き出した「ロジャヴァ革命」における「民主主義的自治」は、2019年以降トルコをはじめ大国の軍事的干渉によって再び潰されていく方向にあることが危惧される。
(「世界史の眼」No.3)