『家族の世界史』(メアリー・ジョー・メインズ、アン・ウォルトナー著、三時眞貴子訳、ミネルヴァ書房、2023年)書評
米村千代

 「家族を物語の中心に据えたときに、世界史はどのように見えるのか」(1頁)。著者によれば本書の目的はこの疑問に答えることにある。家族史研究は、時代や地域による個別性や多様性、いわば小さな物語を描き出すことに重点の一つがあったといえるだろう。もちろん家族史といっても研究の幅があり、一言でその特徴を述べることはできないが、少なくない研究は、人々の日常生活に焦点を当てた個別の歴史を描き出すことを重視してきたといえる。比較的大きな物語を描く場合でも、ヨーロッパのある社会層を対象とするなど、世界全体を対象とする研究ではなかった。そうした家族史研究のなかで一時代の日本の家族を研究してきた評者にとって、本書を最初に手にしたときの関心は、どのように一つの流れで「家族の世界史」を描くことができるのかという点にあった。本書は、文字通り家族の世界史を1冊にまとめた稀有な書であり、紀元前一万年以降の家族を、時間的・空間的多様性にも目を配り対象とするものである。家族の世界史がどのように描かれているのかを読み解いていくために、まずは、本書の全体像を目次から概観することから始めたい。章構成は以下のとおりである。

序章 ディープ・ヒストリーとしての家族史
第1章 家族生活と人生の起源-紀元前500年まで
第2章 神の誕生-宗教登場後の家族(西暦1000年まで)
第3章 支配者家族-政治の黎明期における家族のつながり(紀元前約3000年~1450年)
第4章 近世の家族-1400~1750年
第5章 グローバル市場における家族-1600年~1850年
第6章 革命期の家族-1750年~1920年
第7章 生と死の力―国家による人口管理政策時代の家族(1880年~現在)
終章  家族の未来

 次に、序章に記されている本書の視点を確認しよう。序章冒頭において、家族は歴史的に構築されてきた制度であり、自然に生み出されたものではないこと、「家族はそれ自体が歴史を持つと同時に、歴史を作り出してきた」ことを出発点にするとある(1頁)。家族史のすべてを網羅しようとするものではなく、冒頭に紹介したように「家族を物語の中心に据えたときに、世界史はどのように見えるのか」という疑問に答えることが目的であるという。そしてその方法を著者は二つあげる。一つは、「家族それ自体と、家族の時代的、空間的な多様性に焦点を当てる方法」であり、もう一つは、「これらの家族生活が時代とともにどのように変化してきたのか、それぞれの文化が家族生活を営むために独自の方法をどのようにして 見出してきたかについて探求する方法」(1-2頁)である。続いて、家族の定義(「家族は、結婚や類似のパートナーシップ、血統、そして/あるいは養子縁組による文化的に認識された紐帯で結びつけられた人々からなり、多くの場合、一定期間、同じ世帯を構成する小集団」(4頁))を行い、ディープ・ヒストリー/深層史(いわゆる先史の時代から現代までの長期的な展開を、人間の行動や文化の相互作用から読み解くもの)として家族史を位置付ける。

 目次からわかるように、章は時間とテーマに基づいて論じられているため、各章は時間軸として完全に独立しているわけではない。各章において複数の地域が取り上げられ、とりわけ後半においては、それらの地域の歴史は個別に取り上げられるのではなく、相互の影響関係において論じられる。紀元前500年までを対象とした第1章では、人類の起源あるいは初期の文明における女性の重要性に一つのポイントがおかれ、初期の家族生活とジェンダー分業に多様性があったことが指摘されている。第2章が西暦1000年までの家族であり、宗教と家族の関係がテーマとなる。ここから次章へとつながる流れのなかで家父長制が登場する。第3章は、主に古代君主制が取り上げられていて、父系制社会を主な対象としながらも、君主制を持たない地域も考察に含まれる。いずれの地域においても政治と家族関係の結びつき、特に支配者家族との結びつきが時代の特徴として取り上げられていて、この章の主要なテーマとなっている。続く第4章は近世社会がテーマで、アメリカ大陸という「新世界」と「旧世界(ヨーロッパ、アジア、アフリカ)」との接触から章が始まり、グローバルな家族史の視点がより直接的な題材となっている。この「接触」は、著者の言葉を借りれば「〔無関係な者同士の出会いではなく〕ある種の再会」であり、近世社会の「遭遇」は「人間とは何かについての新しい疑問」(94頁)を提起するものであった。たとえば、征服者は、その手段として被征服者の家族生活へと介入し、結婚を許さない形で被征服者が家族の絆を形成することを阻止しようとした。他方、別の場所では、同盟関係を結ぶための結婚や相続という対照的な戦略もとられた。近世ヨーロッパによる海洋進出と植民地獲得には、在地の宗教との葛藤やキリスト教への改宗という新しい緊張もはらんでおり、宗教もまた本書を貫く重要なモチーフの一つとなっている。第5章は表題の通りグローバル化する市場における家族関係がテーマである。親族による商業ネットワークの形成、混合婚、奴隷制、小農経営が取り上げられている。本書は、一つの国や地域の歴史を個別に論じるのではなく、「接触」や「遭遇」によってもたらされる社会や家族の相互関係と変容を描くことによって全体が構成されている。第5章はこうした本書の筆致が最もよくあらわれている章であるといえよう。第6章は「経済と政治の二重の革命」の家族生活への影響がテーマで、イギリスの産業革命、フランス革命、中国革命が取り上げられている。革命というテーマの下で、階層、ジェンダー、世代の問題が、他の章と同様に、やはり世界史的な観点から論じられる。第7章の主題は人口である。人口政策としての家族政策が、一方で、子育て支援や社会保障などの福祉政策を推進する方向性を持った一方で、植民地支配や優生政策として大量虐殺を引き起こした。著者は本章の末尾を「20世紀末までに、家族は事実上、すべての地域と国家で政治化されたのであった」(210頁)としめくくる。最終章は、歴史を通して未来を語る章となっている。

 空間と時間が交錯する歴史を家族という視点から見たときに、「生と死の力」というテーマは、今もなお、家族研究が重い課題を背負っていることを改めて思い出させてくれる。今日、家族は、多様化、個人化という文脈のもとに論じられる傾向にあるが、「政治化」という視点は依然有効であり、家族にはたらくさまざまな力を長い時間軸や広い空間的視野において絶えず捉えなおすことは、わたしたちに新しい気づきをもたらしてくれるだろう。

 なお、「訳者あとがき」には、11頁にわたる丁寧な解説があり、家族史を今日的な視点に接合するための示唆に富んでいることもあわせて紹介しておきたい。

(「世界史の眼」No.51)

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