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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 10(2024年3月21日)

 イスラエルのガザ攻撃は膨大な犠牲者を出しながら依然として続いている。圧倒的な国際世論の批判を浴びながらも攻撃を続けるイスラエルは、いったいどのような政治・経済的要因から攻撃を続けているのだろうか。アメリカでさえ抑制しようとしているように見える。イスラエルを「内側から」見た議論はほとんど聞かれないが、この度、中東経済の研究を専門とする清水学さんに、イスラエルの攻撃の「内的論理」を解明してもらった。

 また、早い時期に、イスラエルのガザ攻撃は自衛であるにしても「過剰」であると批判していた中国は、アラブ、イスラエルに対してどのような態度をとっているのかも、あまり聞かれない議論である。しかし、グローバルサウスやBRICSその他に影響力を持つ中国の態度は十分に考慮しておかねばならない点である。今回は、中国近現代史の専門家である久保亨さんに、現在の中国の対中東政策を論じてもらった。

 ともに、「ガザ戦争」を深く考えるために欠かせない論点であると思われる。

(南塚信吾)

清水学
ガザ攻撃を続けるイスラエル社会が内包する矛盾

久保亨
中国と中東問題、史的概観

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ガザ攻撃を続けるイスラエル社会が内包する矛盾
清水学

 ガザのパレスチナ人に対するイスラエル軍の過剰な攻撃は、23年10月以降半年近くも続いており、その突出した非人道性と相俟って国際社会の眼を益々厳しいものにしている。約200万人のガザの人々に対してすでに子供を中心に死者数は3万人を優に超え、病院など医療機関への攻撃に付け加えて、さらに食糧・栄養不足による全般的飢饉が懸念されるに至っている。ジェノサイドを公然と否定するのは事実上イスラエルのみといってよい。ヨルダン川西岸とガザを支配する植民地主義の脅威も一層顕著になっている。同時にガザでのハマース攻撃を最優先するなかで自国の人質に対する安全・生命さえ軽視するネタニヤフ政権の動きは、従来のイスラエルを知る者を驚かせた。

 他方イスラエルは国際社会において、科学技術が発展した所得水準も高い先進的な民主主義国というイメージを宣顕してきた。人口約900万人(ユダヤ系700万人、パレスチナ・アラブ系200万人)のイスラエルは、一人当たりGDPで日本の3万5000ドルを凌駕する5万ドル水準を享受しており、また先進国クラブであるOECDのメンバー国でもある。ここではハイテク先進国イスラエルと非人道的植民地支配の二つの側面がどのような内的構造となっているのかを検討してみたい。

イスラエル経済のハイテク化の政治的外交的意味

 ハイテク国家イスラエルの1万人当たりの科学技術者数は140人で、米国の85人、日本の83人の2倍に近い比率を占め、グローバル・イノベーション指数で世界14位を占めている。イスラエルが優位な技術を誇る分野は節水・水利とIT、エレクトロニクス、サイバー、バイオテクノロジー、医療などのハイテク技術である。節水技術はドリップ灌漑など最小限の水で感慨を行うもので、中東など水不足に悩む地域にとって極めて魅力的なものと映っている。IT関連は軍事技術の発展と並行して発展してきた技術である。イスラエル兵器は実戦で使用されたことが多いというのが売りとなっている。ハイテク関連産業はイスラエル経済のグローバル化の根幹で、現在GDPの2割がそれで支えられている。

 ハイテク技術は特に今世紀に入って以降、イスラエルが政治的外交的影響力を拡大する上で重要な武器として意識されるようになった。それはパレスチナ政策に関しての諸外国の批判を抑制するうえで有効に機能したからである。中国・ロシア・インドなどもパレスチナ人の民族自決権支持の政策を掲げながら、他方ではイスラエルとのハイテク分野での協力強化を積極的に進めていた。さらにスタートアップなど新興企業創設の試みもイスラエルは一つの学ぶべきモデルとして浮上した。先端技術の優位性と魅力は周辺アラブ諸国特に湾岸諸国への牽引力として最も有効に機能したのは、2020年のいわゆるアブラハム合意である。湾岸産油国のポスト石油ガス時代を睨んだ経済発展戦略においてイスラエルのハイテク技術の取得は魅力ある選択肢であり、今まで国交がなかったアラブ諸国がイスラエルとの平和条約締結と国交樹立に踏み切るインセンティブとなった。しかし、その場合アラブとしてのパレスチナ人との連帯との折り合いをどうつけるかが各国の難しい選択となった。しかし対イラン政策での一定の共通性、米国の新鋭兵器獲得の条件改善なども考慮して、20年8月にUAE(アラブ首長国連邦)、同年10月にバハレーン、同年12月にモロッコがイスラエルとの国交樹立に踏み切った。米イスラエルにとっての最終目的はイスラーム世界の盟主とされるサウジアラビアとイスラエルとの間の国交正常化であり、それが実現すれば米の中東外交の勝利であると期待し、その交渉は水面下で進められていた。しかしパレスチナ問題のハードルはサウジにとっては他の湾岸諸国以上に複雑な課題であった。にもかかわらず、米・イスラエルはアブラハム合意の成功に自信を深め、いまやパレスチナ問題が中東安定化のための大きな障害ではないという前提で動き始めていた。このイスラエルと米国の上から目線の新中東戦略の前提を突如大きく破ったのは23年10月のイスラーム主義組織ハマースによるイスラエル襲撃事件であった。短時間でイスラエル人(兵士も含む)が1200人以上も殺害され200人近い人質が取られたことは、イスラエルにとってはかつてない大きな打撃であったが、それは同時にイスラエル支配に対するパレスチナ人の積もった怒りも反映されていた。

シオニズム社会主義から新自由主義へ

 イスラエルのハイテク産業の発展を特徴づけるものは、第1に中東欧から来たシオニズム指導者の間で自然科学者・技術者の存在が小さくなく、技術重視が政策化されたことである。第2に、パレスチナ人・周辺アラブ諸国との対立緊張関係を前提にした兵器・軍事関連技術育成の重視である。それを支える軍事的制度とその文化、特に IDF(イスラエル国防軍)における技術の蓄積と発展は重視されてきた。IDF内の科学・軍事技術の超エリート集団の育成にも力を入れてきた。代表的組織として8200 部隊は著名であり、その出身者は退役後、多くのハイテク・ベンチャー企業を生み出したことで知られる。第3に、1985年の中央銀行の実質的独立性を導入した経済改革であり、ハイパー・インフレと証券市場の混乱などのイスラエル経済の危機を大胆な新自由主義的改革で打開しようとする試みであった。独立以降のイスラエル経済を大きく二分した大転換であった。イスラエル経済の行方に危機感を持った米政府は、イスラエル政策当局に圧力をかけ、ケインズ学派から新自由主義への「パラダイム転換」を強力に促した。これにより競争力を持つイスラエル経済の再生をはかろうとしたのである。これは経済的に強力なイスラエルの存在を中東政策の主柱とする米国にとっても必死の工作であった。それは建国以来の「シオニズム社会主義」の構造を大きく揺るがすものであり、民間資本の活動の余地を拡大し、同時に自由競争、金融を含むグローバル化の展開を意図するものであった。特に最大の雇用主体であり、つまり大企業を有し、かつ労働組合でもあったイスラエル特有の組織「ヒスタドルト(労働総同盟)」の弱体化の方向が促進された。新自由主義による厳しい自由競争を技術資本発展の刺激剤にしようとした改革であった。しかし、このプロセスは実際において外部からの財政的経済的支援を不可欠であった。第4に、米国およびイスラエル政府の財政的支援である。1970年代半ば以降、高価な米国製兵器を購入するための援助を提供し始めた。それは次第に使途自由の軍事援助の方向に発展し、オバマ時代にはイスラエル製兵器購入も可能な無償援助が年間30億㌦供与されることになった。これは所得水準が先進国並みのイスラエル市民一人当たり400ドルに相当する返済不要の無償援助である。さらに、イスラエル政府は失敗のリスクが大きいスタートアップ企業を支援するファンドへの財政支援を行い、ハイテク企業の育成に力を入れた。新自由主義といっても国家や援助の役割が減少したとは言えなかった。

イスラエル社会と政治構造の変質

 イスラエルでは貧富の格差が拡大し、そのジニ係数は0.38で今日OECD諸国のなかでも最高水準となっている。貧困層に属するのは人口の約30%と言われ、パレスチナ系市民、東エルサレムのパレスチナ人のほか、超正統派ユダヤ人(ハレディ)と言われており、社会的連帯意識を分断することになっている。他方、1967年6月の戦争でヨルダン川・ガザを占領したイスラエルでは、「ヒスタドルト」関連企業の軍需産業化も進んだ。1881年に成立した第2次リクード内閣は、入植事業を初めて資本主義的事業に委託させた。入植事業が民間のデベロッパーやコントラクターが行うようになり、ヨルダン川西岸の新規郊外センターに住宅を建設し、中流的生活を志向する入植希望者を引き寄せようとした。政府は住宅購入のための補助金を支給した。他方、占領地の低廉なパレスチナ人労働力の導入も構造化され、さらに外国人労働者を南アジア・東南アジア・アフリカなどから導入するようになった。労働市場の一層の階層化が進展した。

 新自由主義化と社会的連帯性は一致しない。その矛盾を深めたのは、ネタニヤフ右派リクード政権下での「ユダヤ人国家法」の導入で、イスラエル国家の性格を大きく変えるものであった。2018年7月19日に右派議員が提出していた「ユダヤ人国家法」がクネセト(国会)で賛成62,反対55票で可決された。イスラエルには憲法が未だ制定されておらず、「帰還法」など一連の重要法を「基本法」と称しているが、このような重要な法案が単純多数決で決定し得る点は大きな問題となっている。この新法の特徴は、イスラエルにおいてユダヤ人にのみ民族自決権があると明記し、パレスチナ人の自決権を否定していること、イスラエルをユダヤ人の歴史的な国土と明記したことである。さらにアラビア語が公用語から「特別な地位」に格下げし、公用語はヘブライ語のみと明記したことで、イスラエルを「ユダヤ人国家」とし、アラブ(パレスチナ人)の二級市民化を法制化したことになっている。エルサレムをイスラエルの首都と宣言して、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家構想を否定した。さらに占領地の併合を否定した1967年の国連安保理決議242に明白に違反するヨルダン川西岸等での「ユダヤ人入植の拡大」について、イスラエル政府が「奨励して促進すべき国家的価値」と明記して合法化した。ユダヤ人の入植が東エルサレム・ヨルダン川西岸のパレスチナ人の権利を著しく侵害するものとしてイスラエル・パレスチナ紛争の重要焦点であり続けるなかで、これはパレスチナ人に対して著しく挑発的な意味を持っていた。これによって西岸においてもイスラエル・パレスチナ人の間の衝突が一層深刻化することは確実である。

 「ユダヤ人国家法」制定が23年10月7日の一つの伏線となっていたことは確実である。さらに現ネタニヤフ政権のもとで、激しい反対運動にもかかわらず、クネセト(国会)は23年7月24日に「最高裁での判決をクネセトでの多数決で覆すことができる」とする司法改革法案を可決した。24年1月最高裁は、裁判所の権限を弱める司法制度改革は無効としたが、イスラエルが誇ってきた「民主主義」制度自体が劣化しつつあることを示している。

終わりに

 イスラエルの右派勢力は「パレスチナ国家」の樹立に対する反対運動を強化しており、ガザ戦争も対ハマースのみならず全パレスチナ人の民族的存在に対する挑戦の意味を持っている。いわば、イスラエルはパレスチナ人との共存のシナリオを持っていないのである。従来、イスラエルはハイテクを武器とする経済発展戦略とパレスチナ政策をいわば並行して遂行できる余裕を持っていた。しかし10月7日以降の新展開で、両者の絡み合いあいが表面化した。日本においても近年イスラエルとの経済関係が主としてハイテク分野を中心に強化する動きが強まっていた。しかし、今回のガザ戦争の余波で日本の伊藤忠商事は23年3月に締結していたMoUによるイスラエルの軍事産業大手の「エルビット・システム」との協力関係を、24年2月末を期して打ち切りを決めたと発表した。同社によれば、国際司法裁判所が1月にイスラエルにジェノサイドを防ぐためのあらゆる措置を命じ、」外務省がこの命令の誠実な履行を求めたことを踏まえた決定としている。これはハイテクあるいは軍事技術協力とイスラエルのパレスチナ政策が矛盾を来した事例の一つである。ガザ問題が国際的反響を広げれば広げるほど、グローバル化したイスラエル経済にとって従来とは異なる挑戦を受けることになった。また多国籍企業もイスラエルに対する国際社会の反発も考慮に入れざるを得なくなっている。だからといって、現在のイスラエルの対パレスチナ政策が容易に転換すると期待できる根拠はまったくない。しかしそのなかで、米国の若年層の意識の変化と米大統領選への影響、グローバル・サウスの厳しい眼と反応など、イスラエルを取り巻く国際的環境は厳しくなっている。イスラエル自体の「民主主義」システム自体も揺るいでいる。国際政治の多様な可能性を柔軟に見出していくことが常に求められる時代であることも事実である。

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中国と中東問題、史的概観
久保亨

 中国が中東問題に関わってきた歴史的な経緯を振り返っておくのが本稿の課題である。地理的に遠いこともあって、そもそも緊密な関係があったわけではない。1948年のイスラエル建国は、1949年に中華人民共和国が成立する以前の出来事である。一方、イスラエルが1950年1月9日に中華人民共和国を承認したのに対し、中華人民共和国がイスラエルを承認し、正式に国交が樹立されたのは、1992年1月24日のことになった。他方、パレスチナとの間では、1964年にPLO(パレスチナ解放機構)が設立された時から強固な関係を維持し、翌65年には北京にPLOの代表部が開設された。1988年11月15日のパレスチナ独立宣言の直後にパレスチナを承認し、国交関係を取り結んでいる。こうして中国は、イスラエルとパレスチナの双方と国交を結ぶ国の一つになった。

 その後、今世紀に入り中国が大国としての外交を志向する中、中東問題への関与も本格化しつつある。そうした中での中国の動向を考える際、留意すべき5つのファクターについて、考えてみたい。その第一は、いうまでもなくアラブの大義を擁護し、パレスチナ独立国家を支持する立場である。第二は、それとも緊密な関係にある中国国内のムスリムへの配慮という問題である。第三に、やはりアラブの大義の擁護と深く関わるアラブ諸国との経済関係を見ておかなければならない。パレスチナとの直接的な経済関係こそ極めて少ないとはいえ、アラブ諸国との経済関係には極めて大きなものがある。第四に、あまり関心を引くことがないけれども、中国のイスラエルとの経済関係がある程度の規模になっていたことにも注意しておきたい。最後に、やはり中国が負うべき大国としての責任も問われるであろう。

 1955年のアジアアフリカ会議で新興独立諸国と協力する立場を示した中国は、1956年の第二次中東戦争に際してもエジプト・シリアを支持した。そして、すでに述べたように、1960年代からパレスチナの民族運動に連帯する姿勢を鮮明にしており、パレスチナが独立を宣言した直後にパレスチナを承認し、最も早い時期に国交関係を樹立した。昨年(2023年)6月には、国交樹立35周年を記念し、パレスチナ自治政府のアッバス議長が中国を訪れ、中国政府との間でエールを交換している。多くの欧米諸国や日本が未承認なのに対し、パレスチナを承認する国家は、アジア、アフリカ諸国を中心に、現在100ヵ国以上に達する。そうした諸国の中でも、中国は抜きん出て重みのある存在である。現在のガザの事態に対しても、パレスチナへ何度も緊急人道支援を実施するなど、物心両面で様々な支援を進めてきている。

 このように中国がパレスチナをはじめとする中東の民族運動に強い関心を払う背景には、国内に多数のムスリムが居住しているという事実がある。中国政府の説明によれば、現在、国内には、回族、ウイグル族をはじめイスラムの信仰を持つ人々が大多数を占める民族が10を数え、その総人口は2100万人以上に達する。14億人という総人口中の比率こそ小さいとはいえ、2100万人という数自体は決して少ない数ではない。全国に3万5000ある清真寺(モスク)には日々祈りの声が響き、街角にも大学にもムスリム専用の食堂が設けられている。新疆ウイグル族自治区をめぐる複雑な状況も、よく知られている。中東問題に対し中国政府は敏感にならざるを得ないし、その際は常に国内のムスリムの感情を念頭に置かなければならない。

 パレスチナの経済規模からして、中国とパレスチナの間の直接的な経済関係は極めて小さい。2022年の貿易総額は1億5600万ドルであった。しかし、石油、石油化学製品の中国への輸入を中心に、中国とアラブ諸国、とくにペルシャ湾湾岸諸国との経済関係は近年急速に伸張しており、2022年の貿易総額は3149億2800万ドルに達した(表1)。中国の2023年の原油輸入量の三分の一は湾岸諸国が占める。中国経済にとって、アラブの石油は今や死活的な意味を持つようになった。

 一方、アラブ諸国にとっても、中国の存在には大きなものがある。いずれは枯渇する石油資源の将来を見据え、アラブ諸国は、今、石油依存経済からの脱却をめざし、懸命に経済開発を進めている。それに対し、中国は企業の投資から労働者の派遣に至るまで、さまざまな経済協力を発展させている。UAEだけで30万人の中国人労働者が働いているとの報道もあった。

 以上に述べたような両者の相互補完的な協力関係を背景に、2022年秋、アラブ諸国を歴訪した習近平は、11月9日、GCC(湾岸協力会議)と中国の首脳会談に出席した。

 しかし、中国とイスラエルとの関係についても注意が必要である。ユダヤ人と中国人は第二次世界大戦の最大の被害者であるとして両者のつながりを指摘する声も時に耳にするとはいえ、1950年代から70年代まで、アラブの民族運動に敵対するイスラエルは、中国にとって距離を置くべき相手であった。

 しかし、1980年代に改革開放政策が進展するにつれ、新たな状況が生まれた。中ソ対立が続く中、軍事力の近代化を進めたい中国にとって、イスラエルの兵器産業が魅力を増したからである。COCOMに参加していないイスラエルは、中国に兵器を輸出する際の国際的な制約を受けずにすんだこと、イスラエルの兵器産業の水準が高いものであったこと、なども重要な条件になり、80年代を通じ数十億ドルの取引があったともいわれる(齋藤真言「イスラエルと中国」『みるとす』182、2022年6月)。いわばそうした実績の上に、1990年の湾岸戦争で生じたアラブ諸国の間の不一致を突く形で、1992年にイスラエルと中国の間で国交関係が樹立された。

 その後も両国間の貿易関係は拡大傾向を続け、2020年の輸出入総額は153億ドル、2022年は226億ドルに達し、イスラエルの貿易全体の12%台を占めた(表2)。同じ時期の日本とイスラエルの間の貿易額が20億ドル台で低迷しているのに較べ、際だって高い。中国製電気自動車の輸出、中国企業による路面電車の建設、上海国際港務公司によるハイファ港への巨額の投資など、一帯一路政策とあいまって兵器産業以外の様々なつながりが強まっている。イスラエルのネタニエフ首相は、2013年と2017年に中国を訪れた。

 このように中国とイスラエルの関係がとみに緊密さを増してきたとはいえ、中国の中東外交の軸足は、やはりアラブ民族運動の側に置かれている。2023年春から、すでにイスラエル向け工業製品輸出に対する規制を強めており、それに対するイスラエルの抗議も撥ねつけたと伝えられる。 

 2023年11月30日、中国外務省は、「パレスチナ・イスラエル紛争の解決に関する中国の立場」として、全面的停戦の実現など5項目を提案する文書を公表した。提案は、全面的な停戦のほか、市民の保護、人道支援の確保、外交的な仲介の強化、政治的解決の追求を訴えるものであり、紛争の根本的な解決策は、パレスチナ国家樹立による「2国家解決」だと主張するものであった。

 また2024年1月15日には、エジプトを訪れた王毅外相が、中国は和平に関してより大規模で権威と有効性を持つ国際会議の開催を呼びかけるとともに、改めてイスラエルとパレスチナ国家の「2国家解決」に向けた具体的な工程表を求めていると述べた。 その一方、イスラエル支援を続けるアメリカには、厳しい批判を展開している。2024年2月21日にも、国連のガザ停戦決議案に対しアメリカが拒否権を行使したことに強い失望を表明した。中国にとってガザ問題はアメリカと角逐を繰り広げる大国としての外交の一環にも位置づけられている。

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 9(2024年2月4日)

「イスラエル批判と反ユダヤ主義」その後

 2023年12月20日付けの本特集6に寄稿した「イスラエル批判と反ユダヤ主義」において、大学内におけるイスラエル批判の運動への対応をめぐって、米国の連邦下院での公聴会で共和党右派議員による批判の的となった3人の学長の内、ペンシルヴァニア大学の学長が辞任に追い込まれたことに触れたが、その後24年1月2日に、さらにもう一人、ハーヴァード大学のクローディン・ゲイ学長も辞任を発表するに至った。その前日には、保守派のオンラインジャーナルにゲイ学長の論文についての盗用疑惑が報じられたというタイミングであったが、辞任決意はそれ以前になされたと報じられており、イスラエルのガザ侵攻をめぐる大学内の情勢がこの事態をもたらしたことは明らかである。

 ゲイは、ハイチ系の移民家庭に生まれた黒人女性であり、スタンフォード大学を経てハーヴァードで教鞭をとり、昨年9月にハーヴァードで初の黒人女性学長となったばかりであった(女性学長は2007年~18年のファウスト学長が初)。9月末の就任演説で、彼女は「いま私の立っているところから400ヤードも離れていない地点で、約400年前、4人の黒人奴隷がハーヴァード大学学長の所有物として暮らし働いていました」と語りはじめたという(就任式に列席した巽孝之慶應義塾ニューヨーク学院長の報告から)。人種差別、人種主義をめぐる問題がなお渦巻いている米国で、その最有力大学の学長にこうした彼女が就任することの意味は大きいと考えられていた。そのゲイを辞任に追い込んだ反ユダヤ主義をめぐる社会的・政治的文脈について考える上でも、ヨーロッパ、とりわけドイツにおける状況は重要な意味をもつ。今回の特集には、その問題に切り込んだ木戸衛一氏の論考を掲載する。

(木畑洋一)

木戸衛一
ドイツの内なる植民地主義?

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ドイツの内なる植民地主義?
木戸衛一

はじめに

 パレスチナ・ガザ地区を実効支配するハマスがイスラエルを奇襲攻撃した2023年10月7日以降、ドイツはかたくなにイスラエル支持の姿勢を貫いている。苛烈を極める同国の軍事攻撃にも、原因はあくまでハマスにあるとの立場を崩していない。圧倒的に非対称的なイスラエル・パレスチナ関係への歴史的視座を欠いた一面的な言説は、「ホロコーストへの反省」では説明しきれない植民地主義的深層心理を感じさせる[1]

1.「無制限の連帯」と「国是」

 「10・7」以降、ドイツはイスラエルへの「無制限の連帯」の声で覆われた。10月12日の所信表明演説で「イスラエルの安全はドイツの国是だ」と述べたオラーフ・ショルツ首相は、5日後、事件後外国首脳として最初にイスラエルを訪問した。

 10月27日および12月12日、戦闘停止を求める国連総会決議に、ドイツはいずれも棄権した。メディアでは、なぜ決然と反対を貫かなかったのかと政府の弱腰を糾弾する声が響いた。

 だが、ドイツは弱腰どころか、熱心にイスラエルに武器を送っている。2023年の11月2日までに、ドイツは前年全体の10倍に及ぶ3億300万ユーロの武器輸出を承認した。1月16日『シュピーゲル』誌の報道では、戦車の弾薬の供与まで検討されているという。

 そもそもドイツは世界有数の武器輸出国である。2023年3月13日、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の報告によれば、2018~22年にドイツは世界全体の武器輸出の5.2%を占め、米国(40%)、ロシア(16%)、フランス(11%)、中国(5.2%)に次ぐ第5位であった[2]。その供給先は、エジプト18%、韓国17%、イスラエル9.5%の順となっている。

 去る1月25日、アムネスティ・インターナショナル、オックスファム、セーブ・ザ・チルドレンなど16の国際団体が、イスラエルとハマスの紛争終結を目的に、世界各国に双方への武器や弾薬の供与を停止するよう求める共同声明を発表したが、その声は残念ながらドイツの政界・経済界には届かないであろう。

2.「反ユダヤ主義」によるイスラエル批判の封殺

 ベルリンの「反ユダヤ主義調査・情報協会」(RIAS)によれば、「10・7」から11月9日までの間にドイツでは、994件の反ユダヤ主義事件が確認された(内訳は極端な暴力3件、攻撃29件、器物損壊72件、脅迫32件、大量のメール送信4件、侮辱的態度854件)[3]。ユダヤ教施設やユダヤ系市民への暴力・嫌がらせが非難されるのは当然だとしても、ドイツでは、国際人道法上の原則から逸脱したイスラエルの軍事行動に対する批判ですら、「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られ封殺される。そして、イスラエルに関連して「植民地主義」や「アパルトヘイト」を語ることすら、「反ユダヤ主義」の疑いをかけられるのである。

 近代ドイツにおける反ユダヤ主義は、1879年、ヴィルヘルム・マルによる反ユダヤ連盟の結成に端を発するが、宗教に加え文化・経済・社会背景を持ったユダヤ嫌悪・迫害は中世にまでさかのぼることができ、「反ユダヤ主義」の定義は一筋縄ではいかない。RIASがまとめた「10・7」以降の反ユダヤ主義事案(antisemitische Vorfälle)の政治的背景には、反イスラエル行動主義(antiisraelischer Aktivismus)が21%含まれているが、「反ユダヤ主義」と「反イスラエル」の概念の違いは全く分からない。

 結局今日「反ユダヤ主義」は、イスラエル国家への批判をあらかじめ封じ込める「道徳的棍棒」として道具化されている。2024年1月19日、ドイツ連邦議会は、新しい国籍法を可決した。それにより、ドイツ国籍を取得可能な滞在期間が従来の8年から5年(特別な場合は3年)に引き下げられ、二重国籍も原則認められるようになったが、他方国籍付与の条件として、自由で民主的な基本秩序への信奉に「反ユダヤ主義、人種差別主義ほか、人間蔑視の動機による行為」が相容れないことが明記された。つまり、イスラエルを批判したことで、10年以内に国籍付与が撤回されることも考えられるわけである。

3.南アフリカの国際司法裁判所提訴への侮蔑的反応

 2023年12月29日、南アフリカは、イスラエルがガザ地区のパレスチナ人に対しジェノサイドを犯していると国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。かのネルソン・マンデラ大統領は1997年12月4日、「我々は、パレスチナ人の自由がなければ自分たちの自由が不完全なことをよく知っている」と演説したが[4]、提訴は彼の遺志を継ぐだけでなく、これまで「先進国」にいいように差配されてきたグローバルサウスを代弁する行為と言えよう。

 翌年1月11日に審理が始まり、南アフリカがICJに対し、イスラエルにガザでの軍事作戦の即時停止を命じるよう要請すると、「ドイツの歴史とショアーの人道に対する罪に照らして、ジェノサイド条約に特別に結びついている」と自負するドイツは、その「政治的利用に断固反対」し、提訴は「いかなる根拠も欠いてい」て「断固かつ明確に拒絶する」と、イスラエルを全面的に擁護する声明を発表した[5]

 それにしても、ドイツはよく臆面もなく、南アフリカによるジェノサイド条約の「政治的利用」を非難できたものである。1990年10月3日の「ドイツ統一」の実態は西独による東独の吸収合併であることから、国家分断時代の歴史は、「勝者」である西独の見方で語られがちである。だが、冷戦時代西独が、反共の防波堤として数々の軍事独裁政権を支持、人権侵害に加担すらした事実は看過できない。

 アパルトヘイト体制の南アも、その一例である[6]。なにしろ、1966~78年首相を務めたバルタザール・フォルスターが第二次大戦中ヒトラー信奉者として逮捕され、1950年人口登録法がナチ・ドイツの人種差別規程を雛型にしたように、戦前も戦後もナチズムは南アフリカに、少なからぬ人的・イデオロギー的影響を及ぼしていたのである。

 ドイツの「新植民地主義的傲慢」(ゼヴィム・ダーデレン連邦議会議員)に刺激されて、奇しくもちょうど120年前、「ドイツ領南西アフリカ」下でナマ人へのジェノサイド開始を経験したナミビアのハーゲ・ガインゴブ大統領は、「ドイツが国連のジェノサイド条約への道義的支持を表明しながら、同時にガザにおけるホロコースト・ジェノサイドと同等のことを支持することはできない」のであり、「その残酷な歴史から教訓を引き出すことができない」ことを強く批判した[7]

 1月26日、ICJは南アフリカの提訴を却下せず、イスラエルに軍事作戦の停止は求めなかったものの、ガザにおける200万人もの故郷からの追放、2万5000人もの殺害という現実を踏まえ、「法廷は、この地域で起きている人道的悲劇の大きさを痛感しており、人命の損失と人的被害が続いていることを深く憂慮している」(ジョーン・E・ドノヒュー議長)とし、判決を言い渡すまでの間、住民の大量虐殺などを防ぐためあらゆる手段を尽くすよう暫定的な措置を命じた。裁判所に強制的な執行力はなく、イスラエルのネタニヤフ首相もこの決定を拒絶する姿勢を明らかにしたが、ドイツ政府のコメントは確認できない。

 1月12日の声明でドイツは、ICJ規定第63条に則り、第三国として審理に参加する意向を示していた。事実2022年9月5日には「自らの歴史に基づき」(”given its own past”)ロシアに対するウクライナでのジェノサイド審理[8]、翌年11月15日、ガンビアが提起したミャンマーに対するジェノサイド審理に参加している[9]

 だが今回ドイツは、むしろICJが提訴を却下するのを期待していたのではないか。1月26日の裁定を踏まえ、ドイツは一体どのように第三国として今後の審理に関わろうというのであろうか。

おわりに

 第一次大戦に敗れ植民地を放棄したことから、ドイツがそれまで英仏に次ぐ植民地大国だったことを知るドイツ人は、必ずしも多くない。近年BLM運動の高揚や、ナミビアとの補償問題、カメルーン(「ドイツ領西アフリカ」)への美術品返還を通じて、ようやくドイツ植民地主義の問題が人々に意識されつつあると言える。

 今日ドイツが成熟した民主主義国家であることは、誰も否定しないであろう。だが、「イスラエルは民主主義国で、非常に人道的な原則に導かれている」(2023年10月26日、ショルツ首相)とその軍事行動を支持する時、そこには文明と野蛮、民主主義とテロリズムという対立図式が明瞭に見て取れる。植民地を手放して100年余り、グローバルサウスが発言力を増す中、この国はどこか「使命感に基づいて支配を正当化する教条[10]」に固執しているのであろうか。


[1] 本稿1.および2.について、詳しくは拙稿「ドイツはどこへ行くのか」(2023年12月24日)参照。https://www.peoples-plan.org/index.php/2023/12/24/post-865/

[2] https://www.sipri.org/sites/default/files/2023-03/2303_at_fact_sheet_2022_v2.pdf

[3] https://report-antisemitism.de/monitoring/

[4] http://www.mandela.gov.za/mandela_speeches/1997/971204_palestinian.htm

[5] https://www.bundesregierung.de/breg-de/suche/erklaerung-der-bundesregierung-zur-verhandlung-am-internationalen-gerichtshof-2252842

[6] https://zeithistorische-forschungen.de/2-2016/5350?language=de

[7] https://www.dw.com/de/namibia-deutschland-lernt-nicht-aus-der-geschichte/a-68034829 なおドイツ外務省は2021年5月28日、当時のドイツの行為をジェノサイドと認め、「再建・開発」プログラムに合計11億ユーロ支払うことでナミビア政府と合意したと発表したが、当事者であるヘレロ人・ナマ人の合意を未だ得られていない。

[8] https://www.lto.de/recht/hintergruende/h/warum-deutsche-intervention-in-ukraine-russland-igh-voelkerrecht-voelkermordkonvention/

[9] https://www.auswaertiges-amt.de/de/newsroom/-/2632016

[10] ユルゲン・オスターハメル『植民地主義とは何か』論創社、2005年、37頁。

(「世界史の眼」2024.2 特集号9)

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 8(2024年1月31日)

国際司法裁判所暫定措置命令

 2024年1月25日、国際司法裁判所は、昨年12月30日に南アフリカがイスラエルのガザ攻撃を「ジェノサイド」だとして訴えた件につき、暫定措置を命じた。裁判所は、南アがイスラエルに対して訴えた訴訟を、同裁判所が裁判する権利はないとするイスラエルの主張を退けたうえで、南アが裁判所に対しイスラエルに命じてほしいと訴えていた9件の措置につき、6件を認めて、イスラエルに対して命令を下した。日本のマスコミなどでは十分に報道されていないので、ここに諸項目をすべて知らせることにする。

1. まず、南アが求めていた9つの措置とは何かを見ておこう。

  1. ガザの内外における軍事行動を停止すること
  2. 軍事行動を現在以上に拡大しないこと
  3. 十分な食糧、水、燃料、避難所、衛生、公衆衛生の入手を認めること
  4. ガザにおけるパレスチナ人の生活の破壊を、心理的ダメージを含めて、防止すること
  5. ジェノサイドの申し立てを裏付ける証拠を破壊しないこと、また事実調査使節のような国際組織がこのような証拠を保存するためにガザにはいることを拒否しないこと
  6. ジェノサイド条約の規則を遵守すること
  7. ジェノサイドに関与した人々を罰するための措置をとること
  8. 事件を複雑化したり長期化させるような行動をとらないこと
  9. 以上の措置を実行する進捗状況を裁判所に定期的に報告すること

2. 以上の南アの要求にたいして、裁判所がイスラエルに命じた措置は6つであった。 

(a) イスラエルは、ジェノサイド条約第二条に規定された行為を防止するために可能なあらゆる措置をとらなければならない。その第二条というのは、以下のとおりである。

 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。

  • (a) 集団構成員を殺すこと。
  • (b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
  • (c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
  • (d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
  • (e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(b) イスラエルはその軍隊が上のいかなる行為も行わないように保証しなければならない。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(c) イスラエルは、「ガザ地区のパレスチナ人にたいしジェノサイドを行わせる直接的・大衆的な扇動」を防止し罰しなければならない。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

(d) イスラエルは、ガザの民間人に基礎的なサービスと基本的な人道的援助を与えなければならない。(これにはウガンダの判事が反対した)

(e) イスラエルは、ガザにおける戦争犯罪の証拠を破壊することを防止し、事実調査使節が入ることを認めなければならない。(これにはウガンダの判事が反対した)

(f) イスラエルは、裁判所が求める処置を遵守するために執った措置を判決の一か月以内に報告しなければならない。南アフリカはその報告に反論する機会を与えられるものとする。(これにはウガンダの判事とイスラエルの判事が反対した)

 結局、この中間的判決では、南アが求めていた9つの措置のうち、1、7、8は採用されなかったわけである。また裁判所はこの判決を履行させる強制力は持っていない。したがって、次は国連安保理事会に付託されることになる。なおウガンダの判事は、イスラエルはジェノサイドを犯そうとは「意図」していないのであるから、この事件は国際司法裁判所の検討事項には当てはまらないと主張して6項のすべてに「反対」した。

https://www.aljazeera.com/news/2024/1/26/what-has-the-icj-ordered-israel-to-do-on-gaza-war-and-whats-next

                             (南塚信吾)

――――――――――――

アメリカの世界史研究の第一人者であるパトリック・マニングが自身のサイトに、現在のガザ危機について見解を載せ、各方面からのコメントを求めている。かれはアメリカ政府と、国連およびその後ろの国際世論とを対置させつつ状況を見ており、今回の南アによる国際司法裁判所へのジェノサイド訴訟と裁判所の判決に注目している。アメリカの良心的な立場を示すものとして、下のサイトでかれの意見をぜひご一読願いたい。そして、コメントも。

Who Rules the World Today? – Patrick Manning (patrickmanningworldhistorian.com)

(南塚信吾)

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 7(2023年12月23日)

「これが『自衛権』なのか」

 2023年12月22日の『東京新聞』の「社説」は、「これが『自衛権』なのか」というタイトルで、イスラエル軍の「逸脱した行動」を非難し、「自衛権についての疑問を投げかけている。イスラエル軍がハマースに拘束されていたイスラエル市民3人を銃撃した事件、ガザのカトリック教会でのパレスチナ人女性の射殺した事件、イスラエル警察がトルコ人記者を集団で暴行した事件その他を挙げ、こうした兵士の「蛮行」は、イスラエル高官がハマースを「人間の顔をした動物」と侮辱したことと無関係ではなかろうと指摘するとともに、こうした行動は、イスラエルが今回のガザ攻撃を「自衛権」の行使だとする主張に疑問を抱かせるとしている。私見では、この「社説」は、さらに、今回の攻撃は「自衛権」の行使だという主張はそもそも成り立たないという国連関係者の主張(特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 2(2023年11月21日)参照)にまで行きつかざるをえないと思われる。イスラエル、そしてその背後の欧米の主張は、冷静に、クリティカルに受け止められねばならないであろう。

(南塚信吾)

藤田進
戦争の裏に天然ガスあり

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戦争の裏に天然ガスあり
藤田進

 12月12日、国連総会は、ガザにおける「人道的停戦」を求める決議を、賛成153、反対10、棄権23の圧倒的多数で採択した。日本はこれに賛成した。反対したのはイスラエル、米国、オーストリア、チェコなどで、棄権はイギリス、ドイツなどであった。al-JazeeraはもちろんNHKでさえ、ここに米国の「孤立」が見て取れると指摘している(南塚氏の12月13日記事より)。圧倒的多数で採択された事実には、パレスチナにおけるイスラエルの残虐な蛮行に対しこれ以上見過ごせないとする各国の思いが見て取れる。

 同時に、アメリカとイスラエルは状況が壊滅的になろうとも殺戮を止めないことに関して興味深い報告が発表され注目を集めている。

 ロンドンで発行されているアラビア語紙「アル・クドゥス・アル・アラビー」2023年11月25日付(電子版)[i] は、石油・天然ガス専門情報組織OIL PRICEの11月23日のウェブサイト に掲載された「ガザ沖合の天然ガスによってガザ経済の再建は可能」(Offshore Gas Field Could Help Gaza Recovery)と題するCharles Kennedy報告[ii] を取り上げた。

 Charles Kennedyは「ガザ沖合の天然ガス埋蔵地区(Gaza Marine)の海底に10兆立方マイル以上の天然ガスが埋蔵されており、これは将来のパレスチナ経済の大きな財源である」と指摘している。その上で、「イスラエル政府がGaza Marineを狙っており、天然ガスがイスラエルとハマースの戦争の理由となるとしばしば言われてきた」のにふれ、さらに11月にイスラエルを訪問した米大統領エネルギー安全担当顧問Amos Hochsteinの発言を通じて、ヨーロッパのエネルギー危機で東地中海の天然ガスが熱い視線を浴びている今、イスラエルの天然ガス会社を含めたいくつもの企業がGaza Marineのガス田開発に強い関心を抱いているのに不思議はない、とする米国の反応を伝えている(写真参照)。

 同報告は「ハマース殲滅」を掲げて住民を強制退去させガザ全面支配をめざしているイスラエル軍のジェノサイド攻撃が、抵抗を排除してガザ沖合天然ガス開発事業を本格化させようとする米国・イスラエル・国際資本の意向と結びついていることを浮かび上がらせた。以下ではCharles Kennedy報告・その他関連資料に依拠しながら、天然ガスをめぐるイスラエルとパレスチナ住民の抗争の経緯をたどってみたい。

 ガザ沖合の海底天然ガス開発がはじまったのは、「パレスチナ国家(通称パレスチナ自治政府)」成立6年後の1999年である。1993年オスロ合意が、イスラエルのパレスチナ占領地返還とPLO(パレスチナ民族代表機関)の対イスラエル武力闘争放棄に合意した両者間の平和条約(=「パレスチナ・イスラエル平和条約」)として成立した。オスロ合意に基づいて「ガザとヨルダン川西岸地区」を領土とするパレスチナ自治政府が誕生し、1995年制定のオスロ第二協定(Oslo AccordsⅡ)は「パレスチナの沖合20マイル以内の海域はパレスチナ領」と定めた。

 パレスチナ自治政府は1999年、パレスチナ領内の「ガザ天然ガスエリア」(Gaza Marine)の試掘権をBritish Gas(BG)とアラブ建設企業のConsolidated Contractors Company(CCC)に与え、BGは2000年海底に巨大な天然ガス層を発見した。パレスチナ自治政府はBGと、Gaza Marineのほぼ全域でのガス田開発を認めるとともにパレスチナ諸関連産業の振興をはかることを内容とする25年期限の契約を交わし、BGは2つの天然ガス田の開発に着手した[iii]。豊富な天然ガスの発見に接した自治政府代表のアラファトは2000年9月のテレビ演説で「この資源は経済の堅固な土台をなしわれわれの独立国家を支えてくれることだろう」と喜びを語った[iv]

 しかし、イスラエル政府は当初からパレスチナ自治政府が独自に天然ガス開発に取り組むことに難色を示し、イスラエル海軍を出動させてBGの操業を執拗に妨害した[v]。さらに2002年、BGがガス田から抽出した天然ガスをガザの加工プラントに送るパイプラインの建設を提案しパレスチナ自治政府がこれを承認すると、イスラエルはこれに介入し、「天然ガスを送るパイプラインをイスラエル国内の港につなぎ、天然ガスの余剰部分は市場価格より大幅安値でイスラエルに供与する」[vi],また「“テロの資金になることを防ぐ”ためパレスチナ側に渡るすべての収入をイスラエルが管理する」[vii]要求を自治政府に突きつけた。パレスチナ自治政府はオスロ合意に基づいた確固たる「主権国家」であり、パレスチチナ側が自国領海内で独自にすすめる天然ガス開発事業を妨害したり計画内容の変更を迫ったり、収入の管理にまで手を出すのはパレスチナ自治に対するあからさまな自治権侵害に他ならなかった。

 イスラエル管理下のガザ天然ガス開発が続く一方で、豊富な天然資源による経済的繁栄が約束されるはずのパレスチナ住民達の生活は、オスロ合意以降、以前にも増してあらゆる妨害や抑圧により状況は悪化の一途を辿っていた。その状況を変えることができず自治政府や一部の特権階級が振りかざす腐敗した権力に対する不満が住民達の間に生じるのは当然のことであった。生殺与奪の権を握るイスラエルと自治政府に抗う民意が、2006年1月パレスチナ自治議会選挙で「占領がある限りパレスチナ人の平和はない」としてイスラエルの占領を黙認するオスロ合意に反対し占領軍・入植者に対する武力抵抗を続けてきたイスラム政治組織のハマースを合法的に政権の座につかせたのである。

 イスラエルとカルテット(米・ロシア・EU連合・国連)はハマースがパレスチナ自治政府の政権の座につく事態に動揺し、パレスチナへの経済援助の停止とハマース拠点のガザへの空爆の圧力で民衆を離反させハマース政権の失脚を企てたが失敗した。ハマース政権放逐が困難となった2007年、イスラエルはガザ沖合の天然ガス開発エリア(Gaza Marine)を軍事封鎖した。さらにガザ長期封鎖策を開始した2008年12月、国際法に違反して「Gaza Marineはイスラエル領」と一方的に宣言した。この宣言によって、ガザ天然ガス開発事業に取り組んできたBGは活動を停止し、その後ロイヤル・ダッチ・シェルがBGを買収したものの、Gaza Marineの天然ガス開発事業は好転せずそのまま休眠状態となった。イスラエルはGaza Marineを封鎖して天然ガス生産を凍結する一方で、長期封鎖体制下のガザ住民が外部に依存する電力および電力を起こす火力発電所の燃料の供給を管理しており、たとえば2008年1月22日火曜日のガザ住民は次のような締め付けを被っていた。「人口150万人のガザの必要電力量は240メガワットであるが、通常200メガワットくらいしか配電されない。電力の60%はイスラエルが供給し、エジプトの送電量は8%で、残りの電気はガザの火力発電所で発電するが、発電用燃料はすべてイスラエルが供給する。1月17日、ハマースによるイスラエル南部ミサイル攻撃の報復としてイスラエルはガザへの燃料搬入を禁止した。発電所は燃料切れとなり19日以降ガザ市は停電状態が続き、国際社会はガザ住民生活の危険な状態を憂慮した。」[viii]

 一方イスラエルは2009―10年に天然ガス埋蔵地帯の一角に二つの巨大な海底ガス田を開発し、同国は天然ガス輸出国となったにも関わらず、パレスチナ領内にあるGaza Marineに関しては占拠したままガス田開発凍結状態を解こうとしなかった。

 2019年国連貿易開発会議(UNCTAD)調査報告が発表され、①東地中海のエジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン一帯のLevant Basin Province Assessment Area(地図参照)には1220兆立方フィートの天然ガス埋蔵量―世界の最重要天然ガス埋蔵地のひとつ―がある、②ガザ沖合のGaza Marineには45億9200万ドル相当の天然ガスがある、➂パレスチナのヨルダン川西岸地区とガザに石油と天然ガスの埋蔵地点が確認されており「パレスチナの貧困改善に大いに役立つ」ことが明らかにされた。

 この調査報告でパレスチナ沖の豊富な天然資源がパレスチナ人を貧困から救う切り札であることが明確になった後も、イスラエルは一貫してそれに触れることを許さず、占領下パレスチナで必要とされる燃料、ライフラインは全てイスラエルが管理し、イスラエルの判断で遮断される状況が現在も続いている。

 ところがGaza Marine開発を凍結していたイスラエルが、突如開発に舵を切ると態度をかえた。2023年6月18日、ネタニヤフ首相は「イスラエル、エジプト、アッバース・パレスチナ自治政府はパレスチナの経済発展と治安の安定に向けて協力し、ガザ沖合の天然ガス埋蔵地域(Gaza Marine)の開発事業に共に取り組むことを決定した」ことを明らかにした[ix]

 この発表の前年の2022年、ウクライナ戦争によるノルドストリーム・パイプライン爆破、ロシアに対する経済封鎖と輸出禁止によりヨーロッパを中心に世界的なエネルギー供給危機が起き、急激な天然ガス需要拡大がもちあがった。この緊急事態への対応をめぐって同年6月エジプトのカイロで、米、イスラエル、エジプト、パレスチナ自治政府、湾岸産油国などが出席した7か国首脳会議が開かれ、会議期間中にイスラエルの天然ガスをエジプト経由ヨーロッパ輸出することを決めたイスラエル・エジプト協定が、フォン・ディア・ライエン欧州委員会委員長立会いのもとでむすばれた[x]。ネタニヤフの発表は、前年来のイスラエルを含む中東諸国と欧米の経済協力関係の前進を踏まえてのものだった。

 ネタニヤフ首相がGaza Marine新規開発計画を発表した翌19日、その計画に反対するハマースのスポークスマンが次のメッセージを発した。「天然ガスはパレスチナ人民の財産である。ガザ沖の天然ガスは貧しい人々、青年たち、そしてパレスチナの将来を担って次々やってく者たちのものである。」[xi]

 ガザを違法占領して住民を長期完全封鎖下に置いているイスラエルが、パレスチナ領内のガス田を管理し掘削を許可する権限をもっているのを、アッバースのパレスチナ自治政府は受け入れてイスラエルと一緒になって新規開発計画を協議している(写真参照)。その様子は、海底に自分たちの豊富な天然資源を有しながら近づくことも利用することもできないガザ住民には屈辱的である(写真参照)。

ネタニヤフ イスラエル首相とアッバース パレスチナ自治政大統領の密談(2023/11/20)
https://www.alquds.com/en/posts/101527
「ガザの沖合天然ガス田は我らのもの」とデモする住民  (2022 年 9 月)
Palestinians demand right to natural gas field off Gaza Strip – Middle East Monitor

 冒頭に示した、Charles Kennedy報告が指摘した「イスラエル政府がGaza Marineを狙っており、天然ガスがイスラエルとハマースの戦争の理由となるとしばしば言われてきた」ことを歴史に遡ることにより、イスラエルの蛮行の真意が明確なものとして可視化されたのではないだろうか。利権を巡り行われるあらゆる残虐行為や虐殺が理由付けされて公然とまかり通っている現状は許されて良いはずがない。

 最後に、2023年11月17日、ジュネーブ国連本部でのナダー・アブー・タルブッシパレスチナ国連大使が訴えたメッセージの一部分を下記に示しておきたい。[xii]

 「今年イスラエルの財務大臣がパリでこう発言しました。『パレスチナ人などという人々は存在しない』。9月24日のネタニヤフ首相は国連総会に出て「新しい中東」と書かれた地図を広げた。その地図でパレスチナは消されていた。すべてがイスラエルになっていた。イスラエルが領土拡大や差別を国是としていたとしても、ここでは通用しません。」

 「侮辱と根拠のない重大な非難を浴びせるだけでなく、イスラエルは皆さんがぞっとするようなことを述べました。事実上こう言ったのです。『私はガザのあらゆる人間をひとり残らず殺すことができる。ガザにいる230万人はテロリストか、テロリストの支持者か、人間盾のどれかだ。だから、標的にするのは合法的なのだ』と。イスラエルによれば、ガザのすべての人間がこれらの3つのいずれかに分類されるのです。子ども、ジャーナリスト、医師、国連職員、保育器のなかの未熟児も、それゆえイスラエルは人々を殺したあとで、大胆にもこの会議に出席し、『我々は国際法に準じて行動している』と。この1カ月の犠牲者は11,350人以上になりました。たとえそれが、子ども、ジャーナリスト、国連職員、病める人、高齢者であれ、イスラエルはそれぞれの死を正当化しました。」

 「私たちの民を強制的に移住させ、私たちの土地を占領し、私たちの家を破壊し、その所在地から追い出しました。10月7日以降だけでなく、それ以前の75年間にわたってみてきた事実です。」

 「例え『ガザを消してしまえ』また『パレスチナの人々の上に核爆弾を落とそう』『ヒューマン・アニマルと邪悪な子供を殺せ』」と煽ってもこう考えていませんか?威嚇や脅迫的な言葉を続けることで世界の眼を事実からそらせると、イスラエルは今この瞬間も赤ん坊、子ども、男女、高齢者まで殺しています。幼くても年老いても重病であっても、攻撃対象からは外れません。」

劫火の中で高まる抵抗の民意

 パレスチナの民間調査機関「パレスチナ政策調査研究所」(PSR)が12月13日と11月22-12月2日に、ヨルダン川西岸地区とガザ地区で1231人に対面で行った世論調査の結果を次の様に発表した。
・ハマース支持44%、ファタハ支持17%。
・「パレスチナ自治政府の大統領選が行われた場合はどちらを選ぶか」の質問への回答
現アッバース大統領支持16%、ハマース指導者のハニーヤ支持78%」
(「赤旗」12月5日付より引用)


[i] https://www.alquds.co.uk/(2023/11/25)

[ii] https://oilprice.com/Energy/Natural-Gas/Offshore-Gas-Field-Could-Help-Gaza-Recovery-html

[iii] Betsey Piette, Behind Israel’s ‘end game’ for Gaza: Theft of offshore gas reserves, posted on November 14, 2023  https://www.workers.org/2023/11/74864/ 

[iv] Emad Moussa,Gaza’s gas fields:A symbol of Palestine’s shackled economic potential, https://www.newarab.com/analysis/gazas-gas-fields-how-israel-shackled-palestines-economy

[v] Wikipedia’ Natural gas in the Gaza Strip https://www.workers.org/2023/11/74864  

[vi] Betsey Piette, op.cit.

[vii] Wikipedia, op.cit.

[viii] http://english.aljazeera.net/News/aspx/print.hym

[ix] al-Quds al-Arabi,19,June,2023  https://www.alquds.co.uk

[x] al-Quds al-Arabi,7,January,2023 https://www.alquds.co.uk

[xi] al-Quds al-Arabi,19,June,2023 https://www.alquds.co.uk

[xii] 特定通常兵器使用禁止制限条約(CCCW)第5回締結国会議における発言 https://www.youtube.com/watch?v=_IvuYQNHcts

(「世界史の眼」2023.12 特集号7)

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「世界史の眼」特集:「イスラエルのガザ攻撃」を考える 6(2023年12月20日)

「植民地主義」

 2023年11月7-8日に日本で行われたG7プラスの外相会議で、議事の重要な柱として、パレスチナでの戦争について話が行われた。会議はハマスを非難した後、早期の休戦や人道的救済などについて合意した。その会議後、8日に外人記者クラブでの会見で、アメリカのブリンケン国務長官は、G7会議での合意を説明した後、ガザとパレスチナの戦後の体制について、こういう趣旨の発言をした。

 米国は、ガザからのパレスチナ人の強制退去、ガザをテロの温床にすること、戦後のガザを再占領すること、ガザを封鎖したり包囲すること、ガザを地域的に縮小することは望まない。平和を持続させるためには、危機後のガザの統治の中心にパレスチナ人の声と願いが置かれなければならない(the Palestinian people’s voices and aspirations at the center of post-crisis governance in Gaza)。それは、パレスチア人の率いる政府であり、パレスチナ人政権のもとでガザを西岸と合体することである(Palestinian-led governance and Gaza unified with the West Bank under the Palestinian Authority)。そうして、イスラエル人とパレスチナ人が自分自身の国家を持って共存し(Israelis and Palestinians living side by side in states of their own)、同じような安全と、自由と機会と尊厳をもつようにするべきである、と。(https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-at-a-press-availability-41/

 これを受けて、ローデシアのジャーナリストTafi Mhakaは、Aljajeeraの12月15日付Opinion「アフリカはパレスチナについての西の植民地ゲーム・プランに反対しなければならない(Africa must challenge the West’s colonial game plan for Palestine)」において、G7東京会議は、ビスマルクが主催した1883-4年の西アフリカ・ベルリン会議のようだと批判した。つまり、パレスチナにせよ西アフリカにせよ、ともに当事者のいないところで、当事者たちの統治形態を議論しているというのである。植民地史上「悪名高い」ベルリン会議は原住民の意向を考慮すると言いながら、会議に原住民を一人も呼ばなかったではないか。かれは、これは「植民地主義」にほかならないという。パレスチナ人の「自決権」などブリンケンは触れもしなかった。

 そのうえで、Tafi Mhakaは、アメリカが提案しているように、ガザをヨルダン川西側と合わせて、「パレスチナ人を代表する政権」の統治下に置くという事は、西岸のアッバス政権の統治下に置くということにほかならず、その方式には反対だという。それは、極めて「人気のない」「無能の」アッバス政権は、アメリカなどの「傀儡政権」にほかならないからだと言う。これは「植民地主義」の手段にほかならないというのである。

 Tafi Mhakaは言う。パレスチナ人には自分が好む政府を選ぶという民主主義的権利があるのだ。G7はハマスを排除した新たな政治体制と政治システムを押し付けるべきではない。パレスチナにおける民主主義というのは西の(そしてイスラエルの)要求と同義語であってはならない。

 ハマスは2006年の議会選挙でアッバスのファタハ党を破ってからガザを統治してきていた。だが、その時以来、西側諸国は、ハマス政府を転覆して、ガザをファタハの支配下に戻そうと共謀してきた。それはブッシュ政府のもとで数回試みられた。こういう不法な計画は失敗したが、今日また、米国とその強力な同盟諸国は、ふたたび、ハマスを排除し、占領されたパレスチナ人の土地をすべて、イスラエルに友好的な傀儡政府の下に置こうとしている。名前だけはパレスチナだが、実際には植民地列強(colonial powers)の言いなりになっている政府の手にパレスチナを委ねることは、持続的な平和と正義をもたらしはしない。

 このように述べた後で、Tafi Mhakaはアフリカ人としてこう述べた。

 「アフリカ人として、われわれは、そのような新植民地主義の傀儡政府がすぐにつぶれて新たな流血を生んだり、あるいは暴力や抑圧や外部からの支援を得て長らく政権にとどまったりしていることを知っている。後者のような政府は、その植民本国の名で統治する領土を、腐敗と人権侵害と極度の貧困と大規模な失業の沼地にしてしまっている。その沼地は、きれいにするには、国民的政府が、数十年とは言わぬまでも長い年月を必要とするのである。」(https://www.aljazeera.com/opinions/2023/12/15/africa-must-challenge-the-wests-colonial-game-plan-for

 上で見たような意見は、アフリカの一ジャーナリストの意見であるが、「ガザ戦争」を別の角度から見る場合の参考になることは間違いがないであろう。

 もちろん、イスラエルのネタニヤフは、上のブリンケン発言とも違って、戦後の「ガザ」について、それのイスラエルによる「管理」を主張しているのであるから、アフリカの人はさらに憤りを懐くであろう。

(南塚信吾)

木畑洋一
イスラエル批判と反ユダヤ主義

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イスラエル批判と反ユダヤ主義
木畑洋一

 本特集「イスラエルのガザ攻撃」を考える4の「米国内で目立ち始めたイスラエル批判の動向」において、油井大三郎氏は、「米国では、イスラエルを批判すると、すぐ「反ユダヤ主義者」のレッテルが貼られ、それ以上の批判が封印される傾向がずっと続いてきたが、近年、シオニズムに反対するユダヤ系知識人の台頭が目立つようになっている」と、指摘した。これは確かに、現在のイスラエルによる暴虐な行動を前にした、米国での目立った変化といえよう。しかし、イスラエル批判が「反ユダヤ主義」と同一視されるような形で激しい社会的攻撃の対象となる事態が、米国で顕著に見られていることにも、また注意しておくべきであろう。その一例が、パレスチナの現状に関する大学内での意見表明をめぐる最近の動きである。

 今月(2023年12月)5日、米国の連邦下院の教育・労働委員会で開かれた公聴会において、証人として出席した、ハーヴァード大、ペンシルヴァニア大、マサチューセッツ工科大の学長に対して、共和党のエリーゼ・ステファニク議員(トランプ派として知られる)が、「ユダヤ人のジェノサイドを呼びかけることは、あなた方の大学では、いじめやハラスメントを禁止する学則違反に該当するか」と、質問した。ここで、「ユダヤ人のジェノサイドを呼びかけること」と表現されている対象は、各大学の学生の間で盛り上がったイスラエル批判の運動のなかで、パレスチナ人によるインティファーダ(反イスラエル蜂起)が鼓吹されたりしていることなどを指していた。それに対して、ペンシルヴァニア大のエリザベス・マギル学長は、「文脈による」と答え、他の学長たちも同じような回答を行った。

 学長たちのこうした発言に対し、「ユダヤ人のジェノサイド」への呼びかけを完全に非難しなかったことは反ユダヤ主義的であるとの批判が生じた。そして、ペンシルヴァニア大学では、多額の寄付をしていた人物が寄付金を引き上げ、ユダヤ系学生が同大学はユダヤ人に対する憎悪、差別の温床と化していると訴えるといった事態が展開することになり、そうした動きを前に、マギル学長が、12月9日に学長を辞任すると表明せざるをえなくなったのである。他の学長たちは職にとどまっているが、こうした「反ユダヤ主義」批判がこれからも米国の大学キャンパスでさらに激化することが予想される。

 この状況をめぐり筆者が考えていることを、以下で簡単に述べてみたい。

 問題は、イスラエル批判、イスラエルの行為に対する非難が、反ユダヤ主義と同一視されるという点である。イスラエルがユダヤ人によって作られたことはいうまでもない。イスラエルにはユダヤ人以外の人々も多く居住しており、ユダヤ人国家と言い切ってしまうことは厳密にはできないものの、とりあえずそう呼んでおこう。そうであるとしても、イスラエル政府、イスラエル軍がパレスチナ人に対して現在行っている(そしてこれまで長年行ってきた)非人道的残虐行為、国際法違反行為を批判することが、ユダヤ人差別や反ユダヤ主義とそのまま重なるわけではない。にもかかわらず、その同一視がまかり通っているのである。

 その要因の一つとして、反ユダヤ主義に関する国際的なある定義を紹介しておこう。それは、2016年に国際ホロコースト記憶連盟(International Holocaust Remembrance Alliance: IHRA)という政府間組織(日本は非加盟)が下した定義である。それは、「反ユダヤ主義はユダヤ人についての一観念であり、それはユダヤ人に対する憎しみと表現できる」と一般的に規定した上で、11の具体的例を挙げている。そこに、ユダヤ人の殺害を求めたり正当化したりすることとならんで、「イスラエル国家の存在を人種主義的営為と主張」したり「現在のイスラエルの政策をナチスの政策と比較」することが挙げられているのである。この定義は法的な力をもつものではないが、米国政府とEU諸国の大半はそれを受け入れる姿勢を示し、2019年には米国のトランプ大統領が、この定義による反ユダヤ主義から学生が守られていない大学に連邦政府が資金を提供することをやめる旨の行政命令に署名した(Masha Gessen, “In the Shadow of the Holocaust“, The New Yorker Daily, Online, 2013.12.9)。この定義に対しては当然批判も起こり、2020年には研究者たちが、イスラエル批判の言辞と反ユダヤ主義的言動とを区別することを例示した「エルサレム宣言」を出したものの、IHRAの定義は国際的な影響力を持ちつづけている。

 IHRAのこの定義については、イスラエルの政策とナチスの政策の比較という論点に着目する必要があろう。ここでいうナチスの政策が、ユダヤ人の大量虐殺を中心とするホロコースト(その犠牲者はユダヤ人だけではなく、シンティ、ロマなども含まれていたが)であることは、いうまでもない。ハマスによる10月7日のイスラエル攻撃への反撃、人質の解放という名目のもとで、女性、子供の大量殺戮を伴いながら進められているイスラエルによるガザでの戦争は、ガザのパレスチナ人の根絶(肉体的抹殺だけでなく、住む土地からの根こそぎの追放をも指す)を狙うもので、まずはユダヤ人の国外追放(マダガスカルなどが追放先として考えられた)を、さらにはその肉体的抹殺をめざしたナチスの政策をまさに思い起こさせるものであるが、この定義はそうした歴史的想起を禁じているのである。本特集の1「ハマースのアル・カッサーム部隊のイスラエル軍事侵攻を検証する」の末尾で、藤田進氏は、ユダヤ系ポーランド人で強制収容所生還者の両親をもつガザ経済史研究者サラ・ロイ氏が、イスラエルによる2009年のガザ空爆直後に、「ホロコーストのむごさを心に刻む者たちが、なぜこんなことをできるのか」と述べたことを、紹介しているが、IHRAの定義は、問題の核心をつくこのような問いを封殺するものでしかない。

 IHRAによる反ユダヤ主義の定義では、ナチスによるホロコーストとイスラエル政府・軍の対パレスチナ人政策との比較可能性が否定されているが、ホロコーストと世界史上の他の虐殺行為が比較可能であるかどうかという問題は、1980年代にドイツで展開された「歴史家論争」以来、しばしば提起されてきた。そのなかで、ホロコーストが規模や残虐さの面で格段に重い意味をもっていたとしても、それは決して他の虐殺との比較を拒むものではないことが、認識されるようになってきている。ホロコーストを念頭に置いて考え出されたジェノサイドという概念が、世界現代史のさまざまなケースについて検討されていることは、その点を示している。前述したステファニク議員の質問がジェノサイドという言葉を用いていること自体も、逆説的ではあるがその証左といえよう。ジェノサイドという概念の適用可能性をも含めて、イスラエル政府・軍のガザにおける現在の行動がどのようなものか考えていくためには、ナチスの政策との比較を含む歴史的な眼が求められるのである。

(「世界史の眼」2023.12 特集号6)

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