10月7日占領地・ガザを発進したパレスチナ民族組織ハマースのアル・カッサーム部隊が占領本国イスラエルを急襲したのを機に、ガザ北部を占領しようとするイスラエルは「テロリストのハマース殲滅」を口実に、隔離壁で封鎖された中で230万住民が暮らしている南北ガザに徹底的空爆・砲撃を加えた。ライフラインは断ち切られ逃げ場のない中で、南部への退去を勧告された北部住民の多くは動かなかった。イスラエル軍はハマースの抵抗激化に直面するなかで11月10日、多くの患者・避難者を抱えて立ち退きを拒否する病院を集中的に攻撃しだした。イスラエル軍は「ハマースの地下トンネルの捜索」を口実に施設の一部を爆破後シファ病院に突入し、患者、医療スタッフ、避難していた数千人の人びとを尋問したあと病院から追い出した。ガザ封鎖で電動保育器が使えず瀕死状態となった新生児8人が死亡し、31人はエジプトの病院へ搬送されてかろうじて助かった。インドネシア病院内では軍隊の発砲で少なくとも12人が殺された。ガザに31ある病院のうち少なくとも21は完全に医療崩壊となり、他の病院も甚大な破壊を被ったうえ薬と医療品の決定的不足状態に陥った。イスラエル軍攻撃によるガザ住民の犠牲は11月22日夕方時点で、死者1万4128人(子供が5840人、女性3920人)に達した。(以上はAl Jazeera net 20 Nov 2023 by Urooba Jamal https://www.aljazeera.com/features/2023/11/20)
時を同じくしてイスラエルの有力紙「ハーレツ」が、米輸送機40機以上と英輸送機20機ならびに大型輸送ヘリコプター7機が軍事機器・武器・兵員をイスラエルに運び入れたと報じている。(Matt Kennard and Mark Curtis,‘U.S.Military Is Secretly Supplying Weapons to Israel Using UK Base on Cyprus’ in DECLASSIFIED UK, 17 November 2023[https://www.declassifieduk.org/])2つの大国が一つの占領地であるガザにこれら軍事支援をする意味は一体何故なのか。ガザの沖合には豊富な天然ガスが眠っていることを知らないはずがない。
イスラエル国防軍専門家筋は、占領地ガザでの軍事攻撃を「芝刈り」と呼んできた(Yolande Knell、Israel’s pain still raw a month after Hamas attacks、https://www.bbc.com/news/world-middle-east-67339008)。パレスチナ人は、1948年イスラエル建国以来76年間にわたる追放と迫害、16年にわたる「天井のない牢獄」と言われるガザ封鎖、イスラエルによる入植地拡大・占領で住む場所を奪われ、抗議すれば殺されるという凄まじい支配と抑圧の状況に置かれてきた。イスラム政治組織ハマース政治局のサーレフ・アル・アラーウィは「パレスチナ人が世界の諸民族と同じように、自らの国家をもち土地に根ざした生活をする権利を世界に認めてもらうには戦わねばない」と述べた。イスラエル軍がガザ一斉攻撃を開始するとの情報を得たハマース軍事組織のアル・カッサーム部隊は10月7日、イスラエル攻撃に踏み切った。ところで、なぜイスラエルは米国と手を結んでここまでパレスチナ人に抑圧的なのか?今日の三者間の関係を知るには、イスラエル建国時の以下のような事情を踏まえねばならない。
① 10月7日のハマース攻撃について、欧米の報道は「ハマースはテロリスト」の位置づけで一致しているが、しかしハマース側はどのように言っているのだろうか。ハマース政治局員のサーレフ・アル・アラーウィとムーサー・アブー・マルズークが、カタール衛星テレビのアル・ジャジーラとのインタビューにおいて、アル・カッサーム部隊の「アル・アクサー洪水」軍事作戦、イスラエルにおける戦闘、戦闘に巻き込まれた市民の犠牲などについて、イスラエル・欧米側情報とは異なった発言をしている。以下に発言要旨を、補足説明(下線部分)を加えて、紹介しておきたい(資料は、発言を活字表記した。出典はJazeera Net, 2023 October12とNovember3<アラビア語版>)。
③ イスラエル軍は人口230万が密集する狭いガザに昼夜を問わない空爆を続けて徹底的に破壊し膨大な数のパレスチナ人死傷者の山を築くとともに、水・電気・食料・燃料・医療品などライフラインを全面遮断するという残酷な仕打ちを加えている中で、ガザ北部の地下にあるアル・カッサーム部隊のトンネル網を破壊して同部隊の殲滅をめざす「ガザ侵攻作戦」の第一段階を迎えた。イスラエル軍は10月13日、ガザの北半分の地域の110万人のパレスチナ住民に南部へ退去して同地域を明け渡すよう勧告した。
1971年、ガザのイスラエル占領軍当局(アリエル・シャロン南部軍司令官)は、パレスチナ人の反占領武装闘争の拠点となっているジャバーリヤ、シャティなどの国連難民キャンプ内の「指名手配ゲリラ」地区を取り壊して住民をシナイ半島へ強制移送した。「イスラエル軍による三難民キャンプの住宅破壊は約2000戸、強制退去させられた難民は1万5855人にのぼった」(Sara Roy, The GAZA STRIP:The Political Economy of De-development, The Institute for Palestine Studies, Washington, 1995; p.105)「イスラエル占領中のシナイ半島のアル・アリーシュの町は、難民キャンプから移送されてくる約400家族の再定住地として利用され、半島の砂漠地帯には「指名手配ゲリラ」の親族ゆえに拘束され移送されてくる1万2000人の収容所がつくられた。」(ibid., p.105)「『指名手配ゲリラ』親族追放拘束命令により、最低男1人を含む家族は一緒に追放されてシナイ半島の収容所に拘束されており、親族の男たち(兄弟、甥、従兄弟)はシナイ半島のアブー・ルデイス地区の別の収容所に拘禁されている」(Israel League for Human and Civi Rights, ”The Horrors of Gaza Must Cease”, January 23 1971)という状態であった。