世界史寸評
参政党の歴史観を考える

 参政党は「日本人ファースト」などという借り物のスローガンで選挙民を引き付けたが、われわれはその考え方の基本となく歴史観をしっかりと把握しておく必要がある。参政党の歴史観を知るうえで参考になるのが、2025年7月19日の毎日新聞に出た日本近現代史家の山田朗さんのインタヴュー記事(栗原俊雄氏による)である。それは、《参政党の歴史観を「面白い」に危機感 史実無視した演説、歴史学者は》と題されていて、1930年代からの日本の戦争についての参政党代表の考えを批判的に論じたものである。

●治安維持法

 参政党は戦前の日本の政治体制について、どう考えているのか。神谷代表は、鹿児島市での7月12日の街頭演説で、1925年成立の治安維持法を巡り、こう語っていた。

<日本も共産主義がはびこらないように治安維持法って作ったんでしょ。(中略)悪法だ、悪法だっていうけど、それは共産主義者にとっては悪法でしょうね。共産主義を取り締まるためのものですから。だって彼らは皇室のことを天皇制と呼び、それを打倒してですね、日本の国体を変えようとしていたからです>

 これに対して、山田さんは、治安維持法というのは、「共産主義取り締まりを名目として『国体変革』を目指すとされたさまざまな反政府運動・思想を弾圧した」としたうえで、「朝鮮などでは独立運動家も治安維持法によって厳しく取り締まりを受けている。国内でも次第に自由主義者に弾圧が拡大された」と指摘した。つまり、治安維持法は、共産主義だけでなく広く思想や言論の自由を弾圧する法律であったと指摘した。

このような法律を駆使して、戦前の日本の支配層は日本が戦争へ進む歯止めをはずして行ったのである。

●日中戦争

 神谷代表は6月23日に、那覇市での街頭演説で、1931年の満州事変に始まる日中戦争についてこう語っていた。

<(日本は)中国大陸の土地なんか求めてないわけですよ。日本軍が中国大陸に侵略していったのはうそです。違います。中国側がテロ工作をしてくるから、自衛戦争としてどんどんどんどん行くわけですよ>

 満洲を侵略し支配していた日本の関東軍に対して、中国側が起こした抵抗を「テロ」と断定していたわけである。山田さんは「日中戦争は、近代日本の膨張主義の結果であり、とりわけ満州事変(1931年)を成功事例とみなした結果の侵略行為だった」と指摘した。さらに「日本には中国への勢力拡張を目指す勢力とそれを支持する人たちがいて、その結果が満州事変と満州国建国(32年)だった。そして満州国を足がかりに中国華北にさらに勢力を拡張しようとして『華北分離工作』を行っていた。その最中に起きたのが盧溝橋事件(37年)だった」と述べて、満州事変以後の日本軍の対中侵略戦争を「自衛戦争」とする見方を否定した。

●太平洋戦争

 神谷代表は、同じ演説で1941年からの太平洋戦争についても次のように述べていた。

<大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではありません。真珠湾攻撃で始まったものではありません。日本が当時、東条英機さんが首相でしたけど、東条英機を中心に外交で何をしようとしてたかというと、アメリカと戦争をしないことです。そして、中国と和平を結ぶ。当時、中国ってないですけどね、支那の軍閥、蔣介石や毛沢東、張学良、ああいった人たちと、いかに戦争を終わらせるか、ということをやるんだけど、とにかく戦争しよう戦争しようとする人たちがいるわけですよ。今も昔も>

 毎日新聞は、日米開戦に至る経緯を次のように振り返っている。「日中戦争は欧米諸国が中国側を支援したこともあり、泥沼化した。さらに、日本は40年、米国の同盟国である英国と戦っていたドイツ、イタリアと三国同盟を結んだことから、英米との関係が悪化した。近衛文麿首相はルーズベルト米大統領との直接会談を模索するなどしたが、かなわなかった。鍵は米国が求めていた、中国からの日本軍撤兵だった。しかし東条英機陸相らが強硬に反対。近衛内閣は総辞職した。代わって誕生したのが東条内閣だ。」と。事実関係は、このとおりである。

 戻って、参政党代表の主張に対して、山田さんは「日米交渉の中で、米国が日本軍の中国からの撤退を要求すると、東条を中心とする陸軍が『日中戦争の成果を無にすることはできない』と主張し、英米との戦争に踏み切った」と反論したのだった。

●開戦

 神谷代表は、鹿児島市での7月12日の街頭演説で、太平洋戦争が始まった経緯についても、次のように述べていた。

<(共産主義者は国体を)自分たちだけでは変えられなかった。彼らは何をしようとしたか。政府の中枢に共産主義者とかを送り込んでいくんですね。スパイを送り込んでいくんですね。そして日本がロシアや中国、アメリカ、そういったところと戦争をするように仕向けていったんです。ロシアとされると困るんです。旧ソ連ですね、ソ連は共産主義だから。じゃあアメリカやイギリス、そのバックアップを受けている中国とぶつけよう。それで日本は戦争に追い込まれていったという事実もありますよね。教科書に書いてないですよ。なぜか。戦後の教科書は、彼らがチェックしてきたからです。こういうことをちゃんと、国民の常識にしないといけない>

 こうした歴史認識について、山田さんは「戦争は『共産主義者』の陰謀という見方は、戦前から存在する典型的な陰謀史観。事実認識としては全く誤っている」と指摘する。

 神谷代表は、こういう歴史観をどこから仕入れてきたのだろう。上の「陰謀史観」を事実でもって証明した議論を聞きたいものである。

●ユダヤ系国際金融資本

 毎日新聞は、神谷代表の演説の背後を探ろうと、彼の編著による「参政党Q&Aブック 基礎編」(2022年)に当たっている。そこでは、「ユダヤ系の国際金融資本を中心とする複数の組織」を「あの勢力」と呼び、太平洋戦争が起きたのは日本が「あの勢力」に逆らったためとする説を主張しているという。

 これに対し山田さんは、「(戦争は)『ユダヤ系金融資本』の陰謀とする見方も、世界に広く流布している典型的な陰謀論『ディープステート』論の一つ。実態はないが、人々にそのようなものが存在しているかもしれないと思わせ、被害者意識を膨らませ扇動する政治的手法だ」と批判した。

 当然ながら、なぜ、こうした「陰謀論」が公然と語られ、また、影響力を持ち続けるのかという疑問がわいてくる。これに対して、山田さんは、「真面目な歴史学者や地道なジャーナリズムの成果が、出版や教育を通じて一般化されておらず、歴史的事実を無視した極端な議論が『面白い』『新しい』と受け取られてしまう状態が広がってしまっている。戦後80年の節目に、こうした状態を転換したい」と話したという。このような山田さんの危機感をわれわれはどう受け止めていくべきであろうか。真剣に考えなくてはならないであろう。

(文責 南塚)

 

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広島原爆投下直後の米軍メモ―国家安全保障アーカイブの新公表資料から
木畑洋一

 国家安全保障アーカイブ(The National Security Archive:NSA)は、1985年に米国のワシントンにあるジョージ・ワシントン大学で創設された民間組織であり、情報公開制度を用いて米国政府資料の発掘を積極的に行うなど、世界現代史に関わる資料の収集につとめ、それを公開する活動を展開してきている。そのNSAが日本への原爆投下に着目したのが、投下後60年目に当たる2005年であり、それ以降、この問題に関わる資料を公開してきている。投下後80年目の今年(2025年)にも、新たな資料の発掘・公開が行われているが、そのなかに、広島への原爆投下直後で長崎にはまだ投下されていない8月8日に、テニアン島(原爆を投下したエノラ・ゲイの出発地)の米空軍所属の誰か(人物の特定はできていない)がまとめた、原爆投下状況に関するメモが含まれている。きわめて興味深いメモであるため、その概要を紹介してみたい。

 なお、このメモは、Library of Congress Manuscript Division, Henry Arnold Papers, box 5, Chron Correspondence にあるもので、NSAの公開にかかるurlは以下である。

https://nsarchive.gwu.edu/document/33330-doc-71a-headquarters-20th-air-force-telecon-fn-08-21-comgenaaf-20-c0mgenustaff-rear

 以下は5頁強にわたるこのメモの骨子である。

 広島について今いえることは、Hiroshima is no more という4語で足りる。広島は、最大級の地震によるよりもさらに壊滅的な形で、地図から消し去られたのだ。火事の徴はないが、それは燃えるものが何も残らないような形で、核の力がすべてを粉砕したためである。

 爆発によるクレイターも存在しないが、それはそうした穴を残さないようにした爆弾投下計画の結果である。

 広島の人口は334000人である。その内、完全に破壊された地域に住んでいる20万人以上が命を失ったと考えられるが、最も控えめに推定しても、少なくとも10万人が「すでに負けたと知っている戦いを続けることにこだわった軍事指導者の犠牲」になった。彼らが米国などによる条件[ポツダム宣言]を受け入れない限り、近い将来、広島の何倍にも上る犠牲者が出ることになるだろう。

 8月6日に用いられた原爆のエネルギーは理論上TNT火薬100万トンに相当するが、現行知識の限界から、実際に用いることができたエネルギーはTNT火薬8000トンから2万トンに限られた。それでも、人間が作った武器としては最大の爆発力である。

 原爆投下の5時間後に行った偵察飛行によると、広島市の上空は爆発による雲に覆われたままだった。7月にニューメキシコで行われた実験の際には、5時間後に雲は消失したので、広島での爆発力がはるかに大きかったことが分る。これは、空爆の体験豊富な飛行士が誰も経験したことがなかった事態である。

 原爆を投下したエノラ・ゲイの機長ポール・ティベッツ大佐は、支給されていた色眼鏡をかけるのを忘れていて、まぶしさのために眼が見えなくなったと語っている。「眼の前が完全に真っ白になってしまった」のだ。

 同じくエノラ・ゲイに搭乗していた[副機長]ロバート・A・ルイス大尉は、「町のその部分は引き裂かれてしまったように見えた」と言い、「そんなものはこれまで見たことがなかった」という言葉を繰り返した。「[投下の]結果を見ようと機首を戻したところ、眼の前にあらわれたのは見たこともないような爆発だった。市の9割は煙に包まれ、それは3分もしない内に3万フィートの高さに達した。それは予想をはるかに超えていた。恐ろしいことが起こりそうだとは思っていたものの、実際に眼にしてみると、我々は皆、25世紀の未来の戦いを描いた映画バック・ロジャーズ[1939年に公開された映画]の戦士であるかのように感じたのだ。」

 原爆の開発にも関わり、エノラ・ゲイに搭乗していたウィリアム・S・パーソンズ大尉も、「ひどい光景」だったと述べる。「きのこ雲の下の方では直径3マイルにわたって紫がかった灰色のちり状の物体が煮えくりかえっていた。全地域が煮えくりかえっていたのだ。」「きのこ雲の頂上部分から大きな白い雲が離れて上昇していった。2番目の白い雲も空中に昇り最初の雲を追いかけていった。きのこ雲のてっぺんも煮えくりかえっていた。」「もしジャップが、隕石に打たれたと言ったりすれば、我々は、この爆弾の出発点にはこれがもっとあるのだと答えることになろう。」

 この間、この基地では、日本がポツダム宣言を受け入れなければさらなる攻撃にさらされることになると日本の軍部指導者を説得するための努力が払われ、これから36時間以内に「日本の人々」に宛てて投下される予定のビラの文言として次のようなものが考えられている。

我々が新たに開発した原子爆弾は2000機のB29に匹敵する爆発力をもつ。それに疑いをもつなら、広島で何が起こったか調べてみるといい。この爆弾を使って軍の資源を全滅させる前に、戦争を終わらせることをあなた方が天皇に請願するよう求めたい。今軍事的抵抗をやめなければ、戦争を速やかに無理矢理にでも終わらせるため、我々はこの爆弾や他のすぐれた武器を使っていくことになる。

 いうまでもなく、このメモが書かれた翌日の8月9日、同じテニアン島を飛び立った航空隊によって、長崎に二つ目の原爆が投下されたのである。

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アメリカのイラン攻撃をどう考えるか―主要新聞の社説から―
南塚信吾

 2025年6月21日、アメリカが突然イランの核施設3か所を攻撃した。イスラエルに続いてアメリカがイラン攻撃に参戦したわけである。この問題をめぐって、ネット上に登場した日本の主要新聞の「社説」「主張」を比較点検してみた。比較したのは、日本経済新聞6月22日社説、読売新聞、産経新聞、朝日新聞、毎日新聞、信濃毎日新聞、東京新聞、北海道新聞、神戸新聞の各6月23日社説・主張である。すでに、イスラエルのイラン攻撃についての各紙の社説などは、比較して検討してみたが、それを受け継いで、アメリカのイラン攻撃についての社説などを検討しようというのである。なるべく重複は避けるようにしてみた。

 論点は多岐にわたるが、以下では主なものについてのみ、検討の対象としている。

1.国連憲章との関係について

(1)アメリカのイラン攻撃が国連憲章と国際法への明白な「違反」「暴挙」であると厳しく批判しているのは、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞、信濃毎日新聞、北海道新聞、神戸新聞、赤旗である。
 例えば、北海道新聞は、「最大限に非難する」とし、毎日新聞は、「ルールや手続きを一切度外視し、思いのままに他国の領土を攻撃するトランプ氏の行動は、道理に反し、看過できない」とし、朝日新聞は、「法の支配」の揺らぎは深刻だと警戒している。東京新聞は、「米政権は4月以降、核開発を進めるイランとの交渉を続け、軍事介入とは距離を置いてきたが、イスラエルのイラン攻撃を受けて、攻撃を準備しつつ、イランに無条件降伏を迫る姿勢に転換した」として、イラン攻撃の根拠の曖昧さを突いた。

(2)これに対し、読売新聞、産経新聞は、アメリカの攻撃は国連憲章への違反だという批判はしていない。読売新聞は、「国連憲章や国際法に違反している」というのは、イランの主張だという。では、イスラエルの攻撃にどういう正当な理由があるというのだろう。読売新聞は、「ウクライナやパレスチナ自治区ガザでの停戦はめどが立たず、イランとの核交渉も行き詰まっていた。外交で実績が乏しい中、トランプ氏は成果を急いでイラン攻撃を決断した」とするだけで、正当な理由は示していない。
 産経新聞は、アメリカは「核武装を阻止するとしてイランを攻撃中のイスラエルに加勢した」のであり、「核兵器級の90%へ近づく行動で、イスラエルなどがイランは短期間で核兵器を生産できると危機感を強めたのは当然だろう。」とする。
 両紙とも、国際法上の理由は示していない。この論理では、自国の都合や判断で、いつでも他国を武力攻撃できることになる。

(3)この問題は「自衛権」の有無に関係している。一主権国家が他の主権国家を武力攻撃するというのは、国連憲章に認められた「自衛権」の行使以外にはありえないわけであるが、アメリカがイランのために自国の危機が差し迫っているわけではないので「自衛」ということは当てはまらないというのが、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞などの主張である。
 毎日新聞は、「国際法上、他国への武力行使が認められるのは、自衛権の行使か国連安全保障理事会の決議がある場合に限定されている。自衛権の行使は、攻撃を受けた後に反撃する場合や、差し迫った脅威があることが前提となるが、いずれにも当たらない。」と厳しい。したがって、「国連のグテレス事務総長が「深刻な懸念」を示し、「世界の平和と安全に対する直接的な脅威だ」と警告したのは、当然だろうという。
 朝日新聞も、アメリカの攻撃は、「自衛権の行使を例外に紛争の武力解決を禁じた国連憲章に反する。グテーレス国連事務総長が「国際の平和と安全に対する直接的な脅威だ」と批判したのは当然だと言う。 
 日本経済新聞も、「国連憲章は武力行使を原則として禁じる。例外として自衛権の行使を認めるが、米国に正当化できる差し迫った脅威があるのだろうか。軍事介入を認める国連安全保障理事会決議も得ていない。」と批判する。
 6月15日から6月17日に開かれたカナダでの主要7カ国首脳会議(G7会議)nには期待する面もあったが、その共同声明は米国への配慮からイスラエルの自衛権を支持したのだった。東京新聞は、「誤りは明白だ」と厳しく批判した。そして、「米国の軍事行動を厳しく非難し、国際秩序を守る決意の言葉を発するよう求める」と強い論調を張った。
 これら各紙は、イスラエルについてさえ、そのような自衛権は認められないとしていたわけであるから、ましてアメリカについては、自衛権などは問題外だということである。
 一方、読売新聞の議論では、アメリカは、イスラエルの「自衛権の行使」を認め、自らはイスラエルに加担したのだと、説明している。産経新聞は、自衛権の問題にはまったく触れていない。
 この問題は、さらにイランの核開発の評価に関係している。

2.イランの核兵器開発について

(1)朝日新聞、日本経済新聞、東京新聞、北海道新聞、神戸新聞は、イランの核開発が核兵器の保有近くにまで進んでいたからと言って、アメリカが攻撃したことは非難すべきだとしている。とくに日本経済新聞、東京新聞、神戸新聞は、アメリカはイランが核を保有しているという「根拠」を示すべきだと主張している。
 この問題では、日本経済新聞が厳しい姿勢を取っている。同紙は、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、イランの核兵器開発に向けた組織的取り組みの証拠はないとしていたことを指摘し、イランが核兵器を持っているという「根拠はあやふやだ」と批判する。東京新聞も、イランの核兵器製造の「証拠がない」と指摘する。
 日本経済新聞は、ギャバード米国家情報長官が3月時点で、イランは核兵器を製造していないとの見解を示していたのに、トランプ氏がその分析を否定すると、同氏と足並みをそろえて説明を翻したとして、トランプの圧力を示唆する。同じく、朝日新聞も、アメリカの情報局長がイランの核保有を否定しているのに、トランプがそれは嘘だと否定した件を取り上げている。
 以上の新聞や赤旗は、すべて2003年にアメリカのブッシュ大統領がイラクを攻撃した時、イラクが大量破壊兵器を持っていると主張して攻撃したが、のちにイラクは大量破壊兵器を持っていなかったことが判明したことを引き合いに出して、その轍を踏まないよう警告していた。例えば、「2003年のイラク戦争の教訓を米国は忘れてしまったのか」と、日本経済新聞は驚きを隠さない。イラク攻撃のときも安保理決議はなかったが、パウエル米国務長官が安保理で報告するなど一定の手続きを踏む姿勢をみせた。それに比べ、トランプ政権は軍事介入につき国連安全保障理事会に報告さえしようとしていないという。毎日新聞も同様の主張である。

(2)これに対して、読売新聞と産経新聞は違った議論をしている。産経新聞は、イランの核武装を前提にして、アメリカはイランの核武装を阻止するためにイスラエルに加勢したのだとし、イランは速やかに核兵器を放棄すべきだと主張する。「核兵器級の90%へ近づく行動で、イスラエルなどがイランは短期間で核兵器を生産できると危機感を強めたのは当然だろう。」「イランはイスラエルの生存権を認めないと公言する唯一の国である。イランが核兵器を持てば、直接または親イラン武装勢力によって、イスラエル攻撃に用いられる恐れがあった。それは核戦争の勃発につながる」と、理解を示した。しかし、これはアメリカの危機ではないのではなかろうか。
 このようなイスラエルやアメリカの危機対応を理解してあげる教訓として、産経新聞は、2003年のイラク戦争ではなく、1994年の北朝鮮問題を挙げる。1994年に北朝鮮の核武装をめぐってアメリカが北朝鮮に妥協して、その後の北の核武装を許してしまったと主張して、そのような失敗をするなと言うのである。「1994年当時の米国や日韓は北朝鮮の核武装を見過ごしたが、現代のイスラエルや米国は核武装に進むイランの行動を傍観しなかったことになる」と、正当化するのである。
 一方、読売新聞は、アメリカは、イランとの核交渉も行き詰まり、外交で実績が乏しい中、トランプが成果を急いでイラン攻撃を決断したとする。イスラエルは、米国に軍事介入するよう求めていたが、トランプは当初、否定的だった。だが、イスラエルの攻撃が成果を上げたとの見方が広がると、一転してイラン攻撃へと傾いたのだという。だが、これは攻撃の正当化にはならない。
 いずれも、核兵器保有の「根拠」などは必要なかったと見ているわけである。恐ろしいことに、この二紙によれば、核兵器保有の可能性があれば、大国は自由に他国を攻撃できることになる。

3.イランの反応について 

 アメリカの攻撃を受けたイランについては、各紙はどのように論じているのだろうか。

 第一に、アメリカの攻撃を受けたイランの自制を求めるのが多い。例えば、日本経済新聞は、「イランは米国の軍事介入があれば報復する構えを示してきた。中東の米軍基地に反撃し、周辺のアラブ諸国に戦火が広がりかねない。報復の連鎖は危険だ。イランに慎重な行動を求めたい」と述べた。

 第二に、アメリカの攻撃がイランの核開発を刺激することを怖れる声が多い。例えば、同じく日本経済新聞は、イランが通常兵器だけでは抑止力を回復できないとみて、核兵器の製造に傾くかもしれない。そうなれば不安定な中東に大きな火種を残す。イランが核拡散防止条約(NPT)からの脱退に動けば、世界の核不拡散の努力に向かい風が強まるという議論を展開している。信濃毎日新聞も同様にイランの核開発に懸念を表明している。

 第三に、朝日新聞は、「イランに非がなかったわけではない」とする。イランは、「原発の燃料などに必要な濃度をはるかに上回る高濃縮ウランの貯蔵量を増やし続けた。これが、トランプ政権と距離を置いていた欧州の疑念も呼び、イスラエルに攻撃の口実を与えた」というのである。たしかにそうではあるが、このような「非」を主張しているのは、同紙だけであった。

 第四に、イスラエルのイラン攻撃に際しては、イランの体制危機を問題にしていた毎日新聞などは、今回は、それを問題にしなかった。代わって、東京新聞がこう述べていた。「軍事的にはイランの劣勢は明白だが、最高指導者ハメネイ師にとってイスラム革命体制の維持が最優先で、体制崩壊につながる降伏は選択肢になり得ない。」と。

 体制の危機を意識したのか、ともかく、イランの報復は限定的で、戦火は当面拡大はしなかった。しかし、イランの体制にどういう問題が生じたのか、またイランが核開発をどのように再開したのかなどは分からない。

4.イスラエルの対応について

 アメリカのイラン攻撃に関連して、イスラエルがどのように論じられたのだろうか。

(1)イスラエルの動きを最も厳しく批判するのが、北海道新聞である。国際法違反の主権侵害を先に行ったのはイスラエルだ。そのイスラエルの要請に応じ、世界最大の軍事大国が歩調を合わせたことを国際社会は最大限非難しなければならない。アメリカは、国連決議や正当な根拠もなく、一方的に先制攻撃を加えた。こうアメリカを批判した後、同紙は、イスラエルについて、イスラエルのネタニヤフ首相は米国の攻撃を称賛した。イスラエルはガザで非人道的な攻撃を続けている。同国は、事実上の核保有国であるにもかかわらず核拡散防止条約(NPT)に非加盟で、国際原子力機関(IAEA)の査察も受けていないと批判する。そのイスラエルに肩入れする米国のこうした中東地域での偏った対応は、国際テロ組織アルカイダや過激派組織イスラム国(IS)などの憎しみの連鎖を生むことにもつながったのだと指摘した。
 日本経済新聞も厳しい。今回のトランプのアメリカのイラン攻撃は、「イスラエルと一体化した軍事行動を急いだ場当たり的な対応との印象が拭えない」という。そして、イスラエルのネタニヤフ首相が「強さこそが平和を生み出す」とトランプ氏をたたえたこと、同国はパレスチナ自治区ガザへの攻撃を1年半以上も続ける傍ら、今月になって一方的にイラン攻撃を始めたこと、国際法違反との非難が周辺国から相次いだことを指摘したうえで、米国はイスラエルに強い影響力を持つのに自制させず、イラン攻撃に加担したと批判した。

(2)ネタニヤフへの直接的な言及をしないが、イスラエルの立場を基本的に批判するのが、多い。朝日新聞は、「イスラエルが一方的にイランの核保有が間近だと主張して先制攻撃した。そして、イスラエル単独では破壊できない地下施設などの攻撃に米国が協力した」とし、その正当性の欠如を指摘した。だが、主要7カ国(G7)首脳会議は、戦線を広げるイスラエルに自制を求めず、むしろ「自国を守る権利」を認めたと批判した。
 信濃毎日新聞は、イスラエルは、イランの核開発が自国への脅威だとして一方的な攻撃を仕掛けたのであり、武力行使の禁止を原則とする国連憲章に違反し、「自衛」は正当化できないと批判する。そのうえで、今回、米軍がイスラエルに加勢し、イランの核施設を攻撃したのであるとする。したがって、正当性はまったくないことになる。そして、日本を含む国際社会は、米国とイスラエルの攻撃を厳しく非難した上で、イランを含めた当事国に強く自制を促すべきだと警告した。
 毎日新聞は、米軍による核施設攻撃は、「イスラエルが要請していた」と断言する。そしてネタニヤフ首相はアメリカのイラン攻撃を「大胆な決断」とたたえ、「米国は無敵だ」と述べた。そもそもイランに対するイスラエルの先制攻撃が国際法に抵触する。米軍の攻撃はその違法行為に加担したも同じだと厳しく批判する。
 神戸新聞は、アメリカは、イスラエルが仕掛けたこのたびの戦闘に、核兵器開発の根拠を示さず加担したという。そして、イランだけでなく、イスラエルの核兵器開発の実態も解明してもらいたいと、ポイントを突いた注文を出していた。同紙は、覇権主義こそが今の世界情勢を危機にさらしている元凶だとして、イスラエルとアメリカなどの覇権主義を批判する立場を取っている。

(3)読売新聞は、ややあいまいな姿勢を取った。イランを巡ってはイスラエルが今月中旬、核施設を空爆し、米国に軍事介入するよう求めていた。トランプ氏は当初、否定的だったが、イスラエルの攻撃が成果を上げたとの見方が広がると、一転してイラン攻撃へと傾いた。トランプ氏は以前から、他国の紛争に米国は関与すべきではないという立場を取り、武力行使には慎重とみられてきた。だが今回は、イスラエルの「自衛権の行使」を認め、自ら加担した、というのである。ただ、これを正当だとも、誤りだとも明言していない。

(4)産経新聞はアメリカ、イスラエルの攻撃を正当化している。アメリカは、核武装を阻止するとしてイランを攻撃中のイスラエルに加勢したのである。イランはイスラエルの生存権を認めないと公言する唯一の国である。イランが核兵器を持てば、直接または親イラン武装勢力によって、イスラエル攻撃に用いられる恐れがあった。それは核戦争の勃発につながる。産経新聞は、こうして正当化した。
 ともかく、今回のアメリカの攻撃は、イスラエルと通じた両国の連携攻撃であると各紙のいうところから確定することができる。残念ながら、その後イスラエルやアメリカの攻撃を諸国は押しとどめることはできていない。イラン攻撃をめぐる両国の動きが当たり前になって、その結果、イスラエルは、核兵器の有無などに関係なく、ユダヤ教徒の保護を口実に他国を武力攻撃することを「自由」に行うようになっている。それは、7月16日のシリア攻撃に明確に表れている。

5.国際的対応

 アメリカのイラン攻撃が世界全体に与える影響については、各紙はどのような点を指摘しているのだろうか。

(1)核不拡散条約(NPT)の信頼崩壊を懸念

 朝日新聞は他紙とは違って、NPTの信頼崩壊を懸念している。曰く、「今回の攻撃で破壊されたのは、半世紀以上にわたり核軍縮に重要な役割を果たしてきた、核不拡散条約(NPT)への信頼だ。NPTは、米英仏中ロの5カ国にだけ核兵器を持つことを認めている。不平等だが、ほとんどの国連加盟国が批准し(ている)・・・ところが今回、NPTに加盟せずに核兵器を持つとされるイスラエルが、加盟国イランの核関連施設を攻撃した。これに核大国である米国も加勢した」。「核保有国は、条約が定める軍縮努力を怠るどころか、軍拡に転じている。自国の安全を守るには、NPTを脱退して核保有を目指すほうが得策だと考える風潮すら高まりかねないことを危惧する」。こうして、「法の支配」の揺らぎは深刻だと捉えている。

(2)第三国

 第三国の役割の重要性に言及する紙がある。朝日新聞は、米ロ中の3大国が既存の秩序に挑んでいると捉え、新たな「戦間期」を生まないために求められるのは、「ミドルパワーの西欧や日本が軸となり、多国間協調を築く覚悟」であるという。神戸新聞は、「今後の停戦や核に関する協議は、中立的な第三国が仲介し、国際協調下で行う必要がある」という。 
 一方、日本経済新聞は、「大国間の競争から距離を置くグローバルサウス(新興・途上国)が米国に向ける視線は厳しさを増す可能性が高い」とし、グローバルサウスに注目している。同じく毎日新聞も、「欧州や中東の戦争により、経済的なしわ寄せを受けているグローバルサウス(新興・途上国)の不信感も増大するに違いない」と注目している。
  大国への不信は北海道新聞も明言している。「先進7カ国首脳会議(G7サミット)は米国の離反を避けようとして、イスラエルの攻撃を容認する共同声明をまとめた。腰の引けた姿勢では米国の暴走を止めることはできまい。」とし、「国連は、欧州やアジア各国だけではなく、中ロも巻き込み事態収拾を急ぐ必要がある。」と主張した。そして、北海道新聞は、「中東情勢の激化により、原油高など日本だけでなく米国や世界の経済活動も不確実性が増す。日本は在留邦人の保護に万全を期すとともに、米国の攻撃を支持しない姿勢を明確にして仲介に動くべきだ。」と行動を求めた。

(3)アジア諸国

 アジアへの影響については、毎日新聞が、「アジアでは北朝鮮が核弾頭を製造し、搭載可能な弾道ミサイルを多く配備する。脅威の度合いはイランより深刻だ」と警戒している。朝日新聞は、「欧州、中東、アフリカの戦乱に加え、先月は南アジアの核保有国であるインドとパキスタンの軍事衝突も起きた。日本が位置する東アジアも、台湾海峡と朝鮮半島の緊張が続く。大戦終結から80年の今年、国際社会は未踏の危険水域に進みつつある」と警戒する。産経新聞はよりリアルに、「中東方面への米軍出動の間隙(かんげき)を突いて、北東アジアで中国が軍事的圧迫を強めてくる事態への警戒も怠れない」として、警戒を強調した。これらは、どこまで根拠のある警戒なのであろうか。あるいは、どこまですぐに軍事的に対応しなければならない脅威なのであろうか。

(4)アメリカの暴走

 実は、朝日新聞が、一言、「イラク戦争時から未解決な国際問題は実は、中東の混迷だけでなく、米国の暴走に対処するすべを世界が見いだせていない現実だ」と述べている。この指摘は重要である。同紙は、2025年6月のアメリカのイラン攻撃だけでなく、2003年の大量破壊兵器の保有という間違った口実に下で始めたイラク戦争以来のアメリカの「暴走」ということを言っている。しかも、アメリカの「暴走」については、「中東の混迷だけでなく」と言って、ウクライナ問題もそこに含めているのである。同様の指摘は、神戸新聞にも見られ、同紙は、トランプ氏は、イランが和平に応じなければ「将来の攻撃はさらに強大になる」と威嚇し、イスラエルのネタニヤフ首相も「力による平和を」と歓迎したが、しかし、「覇権主義こそが今の世界情勢を危機にさらしている元凶だ」と指摘していた。

6.日本の対応

 アメリカのイラン攻撃にたいする日本の対応について各紙はどのような問題を指摘しているだろうか。

(1)まずは、アメリカの同盟国としての日本の役割という観点から、毎日新聞は、「日本は、同盟国として米国の身勝手な軍事力の行使を見過ごすようなことがあってはならない。欧州とも連携して自制を促すべきだ。」と論じた。同じく、日本経済新聞も、「日米同盟への配慮が必要とはいえ、安易に支持するのは控えるべきではないか。」とやんわりと日本の姿勢を批判した。
 この延長線上で、日本の責任を問い、警告したのが、朝日新聞と信濃毎日新聞で、朝日新聞は、「戦禍への懸念よりも、イスラエル寄りの米国への配慮を優先した欧州、カナダ、日本は、重い責任を負ったことを自覚せねばなるまい」と警告した。また信濃毎日新聞は、「
 日本を含む国際社会は、米国とイスラエルの攻撃を厳しく非難した上で、イランを含めた当事国に強く自制を促すべきだ。(日本は)歴史的にイランと友好関係を築いてきた立場を踏まえ、米国とは距離を置き、緊張を緩和する役割を主導すべきだ。」と指摘した。
 北海道新聞は、上述のように、「日本は在留邦人の保護に万全を期すとともに、米国の攻撃を支持しない姿勢を明確にして仲介に動くべきだ。」と行動を求めた。

(2)この間の日本政府の主張の矛盾をついているのが、赤旗で、同紙は、石破政権はイスラエルがイランに先制攻撃を加えた際、「核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難する」との外相談話を発表していました(13日)が、ところが、石破首相を含めた主要7カ国(G7)首脳の声明(16日)はトランプ大統領の意向をくんで、イスラエルの「自国を守る権利」を認め、「(同国の)安全に対する支持」を表明しましたと、日本政府の立場の二面性を指摘した。

(3)このような問題には触れず、イラン攻撃の日本人への影響を具体的に論じたのが、読売新聞であった。同紙は、「イスラエルとイランから在留邦人とその家族計100人以上が周辺国にバスで出国した。多くは民間機で日本に向かうという。政府は、民間機が使えなくなる場合などに備えて、自衛隊の拠点があるアフリカ東部・ジブチに空自の大型輸送機「C2」を2機派遣した。円滑に任務を果たすことを期待する。」と述べた。産経新聞は、軍事的対応にもっと踏み込んで、「機雷除去へ海上自衛隊の派遣は必要ないのか。世界の米軍基地や米国民へのテロ攻撃もあり得よう。在日米軍基地や空港の警備強化も急ぎたい。」と述べた。

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「世界史の眼」No.65(2025年8月)

今号では、前号に続き小谷汪之さんの「湯浅克衛の朝鮮と満洲(下)―「植民地文学」の変質」を掲載しています。今号で完結となります。また、南塚信吾さんに、連載中の「北前船・長者丸の漂流 その3」をご寄稿頂きました。

小谷汪之
湯浅克衛の朝鮮と満洲(下)―「植民地文学」の変質

南塚信吾
北前船・長者丸の漂流 その3

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世界史寸評
イスラエルのイラン攻撃をどう考えるか―主要新聞の社説から―
南塚信吾

 2025年6月13日、イスラエルが突然イランの核関連施設や軍事関連の人と場所を攻撃しはじめた。すぐにイランも反撃し、双方の攻撃が続いた。この問題をめぐって、ネット上に登場した日本の主要新聞の「社説」「主張」を比較点検してみた。比較したのは、ネット上で取りやすい日本経済新聞6月13日社説、読売新聞6月14日社説、産経新聞6月14日主張、信濃毎日新聞6月14日社説、東京新聞6月14日社説、朝日新聞6月14日社説、しんぶん赤旗6月15日主張、毎日新聞6月17日社説、西日本新聞6月17日社説である。

 論点は多岐にわたるが、以下では主なものについてのみ、検討の対象としている。

1. 国連憲章との関係について

(1)明白な違反

 イスラエルのイラン攻撃が国連憲章への明白な違反であると主張しているのは、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、それに赤旗である。この場合、国連憲章というのは、戦後の国際秩序ということも含めている。この他の新聞は、イスラエルの攻撃は国連憲章への違反だという批判はしていない。しかし、信濃毎日新聞などは、国連憲章違反だとは言わないが、イスラエルの「無謀な軍事行動」を「強く批判」した。赤旗は、イランを不法に攻撃するイスラエルを「制裁」せよとまで主張している。

(2)国連憲章と「自衛権」

 一主権国家が他の主権国家を武力攻撃するというのは、国連憲章に認められた「自衛権」の行使以外にはありえない(例外的に、国連安保理の決定による場合があるが)。

 国連憲章はその第51条において、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」と規定している。

 イスラエルは今度の攻撃は、そういう「自衛権」の行使であると主張している(ちなみにイスラエルはガザ地区の攻撃についても「自衛権」の行使であると主張している)。では、今回イスラエルの言う「自衛権」というのは成り立つのかどうかという問題がある。

2. イランの核兵器開発について

(1)核開発の脅威と「自衛権」

 では、イランの核兵器開発を理由に、軍事攻撃はできるのだろうか。イスラエルは、イランの核開発が自国の安全保障上の脅威であるから、それを阻止するために「自衛」のための攻撃をしたとしている。

 これを認めているのが産経新聞である。同紙は、①イランは数日間で核兵器級の濃縮が可能な水準に達していた、➁国際原子力機関(IAEA)理事会は、6月12日IAEAとの査察協定に反しているとイランを非難する決議を採択した、③イランが核兵器を手にすれば親イラン武装勢力に渡ってイスラエル攻撃に使用する恐れがあると、主張して、イスラエルの攻撃を容認したわけである。そのうえで、「最大限の自制」を関係国に求めた。

 一方、イスラエルは、イランの核開発は「自国の生存への脅威だ」と主張し、国際法で原則禁止されている先制攻撃を正当化するが、これについては、危機が差し迫っているわけではないので「自衛」ということは当てはまらないというのが、朝日新聞、毎日新聞、赤旗の主張である。毎日新聞は、自衛権を認めていないという意味で、イスラエルの攻撃が国連憲章違反だとしていると考えられる。また(、)イスラエルの主張は「自衛権の拡大解釈」で「危うい」とするのが日本経済新聞である。東京新聞もイスラエルの主張は「とても受け入れられない」と批判している。

 読売新聞はこの問題を避けているようである。

(2)イランの核保有について

 イランが核兵器を保有しているかどうかという点については、どの新聞も確定できていない。いわば伝聞で終わっている。だが微妙な違いがある。

一番確定的なことを述べているのが、「核弾頭9発分の高濃縮ウランを製造し、兵器化の段階に入っていると指摘されている」という西日本新聞で、同じく、イランがウランを濃縮して「核爆弾9個分に相当するウランを持つとされる」とするのが読売新聞である。ともに「核弾頭9発分」という数字を出している。

 これに対し、イスラエルは、イランが「平和利用」を隠れみのに、核兵器を開発していると「主張する」として、漠然とした伝聞で終わっているのが毎日新聞である。

 高濃縮ウランの製造までで話を止めている新聞もある。日本経済新聞は、イランが「核兵器をつくらないと公言しながら、核爆弾に使えるレベルの高濃縮ウランをため込むのは理解に苦しむ。」とし、イランは自ら核について真相を明らかにすべきであると、注文している。東京新聞も、「ウラン濃縮活動」のみを確認するにとどめている。

 イランの核保有に懐疑的なのが朝日新聞で、「確かに、イランは原発用の燃料などよりはるかに高い濃度のウラン保有量を増やしてきた。ただ、核兵器を持つ意思はないと繰り返し強調し、国際機関も兵器級までの濃縮は確認していない。」とする。

(3)イランとアメリカの核協議

 イランの核開発について、アメリカとイランの間で協議が行われていたわけであるが、一つの論調は、この協議が行われているにもかかわらず、そのさなかに、イスラエルがイランを攻撃したことを非難するもので、読売新聞、朝日新聞、東京新聞、西日本新聞、赤旗がそうである。平和的に交渉すべきで、軍事力を持ってすべきではないというのである。

 もう一つの論調は、アメリカとイランの間での協議は行き詰まりを見せていたのであり、それに期待を寄せられないから、イスラエルは攻撃したのだというものである。これは産経新聞の主張である。

 この交渉に関連して、「イランが米欧中ロなどと結んだ2015年の核合意を一方的に破棄したのはトランプ」大統領であったことを想起すべきであるとするのが朝日新聞である。

 その後の展開を見ると、どうやらアメリカは交渉をしながら、イスラエルの軍事攻撃になんらかの形の支持を与えていたようであり、上の両方の見方は修正されなければならないかもしれない。

(4)イスラエルの核保有

 イスラエルはイランが核武装することを阻止するために攻撃をしたと言うが、イスラエル自身が核を保有しているのに、そういうイラン批判をするというのは、筋が通らないという批判がある。これは、西日本新聞、信濃毎日新聞、毎日新聞、朝日新聞の社説である。イスラエルは90発以上の核兵器を保有しているというのが、広く認められている情報である。

 中でも、「イスラエルは中東で唯一、核拡散防止条約(NPT)に加盟せず、核弾頭を90発保有するといわれる。他国の核開発を理由に攻撃する正当性がどこにあるのか。」と厳しくイスラエルを批判するのが、西日本新聞であり、朝日新聞も、「NPTの枠外で核を持つイスラエルが、NPT加盟国であるイランの核開発を力ずくで阻止することに、国際社会の理解は得られまい。」と批判する。

3. アメリカの「支持」について

 アメリカは今回のイラン攻撃には関与していないというが、産経新聞はその言明をそのまま報じている。それに対し、アメリカはなんらかの責任は免れないとするものがあって、アメリカは何らかの支援をしているのでありその責任は重いとする西日本新聞や朝日新聞、アメリカは止められなかったのかとする日本経済新聞、アメリカは黙認の責任はあるとする赤旗がある。東京新聞は、アメリカが「関与」していないなら、イスラエルに「攻撃を中止するよう強く迫るべきではないか」と主張している。

 それより注目されるのは、アメリカは事前にイスラエルのイラン攻撃のことを知っていたがイスラエルを「抑え」られなかったとすると、そのことはアメリカの影響力の低下を物語るのであり、アメリカが戦争に巻き込まれるのではないかと心配する読売新聞である。アメリカの責任は別として、イスラエルの後ろにいるアメリカが巻き込まれる可能性があると指摘するのが、信濃毎日新聞である。

 その後の展開を見ると、アメリカは「抑え」ようとしていたのかどうか、不明である。表面上は、そういう姿勢を見せているが、水面下ではイランとの協議にも拘わらず、暗黙の支持を与えていたのかもしれず、真相は分からない。しかし、まさに読売新聞の言うように、アメリカは、6月21日、イランの核施設3か所を爆撃し、「戦争に巻き込まれ」、直接交戦国となった。

4. 西欧諸国の態度について

 西欧諸国のイスラエルへの態度については、評価の微妙な違いがある。イスラエルのガザ戦争についてもそうであるが、ユダヤ人迫害の歴史を持つ西欧諸国は、ロシアのウクライナ戦争についてはこれを厳しく批判するが、イスラエルのガザやイランへの攻撃についてはこれを批判しないという「二重基準」を適用しているとして、イスラエルのイラン攻撃を黙認し批判をためらっていると指摘するのが、毎日新聞、朝日新聞である。

 このような基本的認識の上で、そういう西欧諸国の態度に変化が見られ、イスラエルに批判的になってきていると見るのが、東京新聞、朝日新聞、信濃毎日新聞、赤旗である。それゆえ、離れかかっている西欧諸国を引き戻そうとしているのだと信濃毎日新聞は主張している。

 その後の展開を見ると、西欧諸国も、イスラエルを積極的に支持するドイツと、批判的なフランスに二分されてきているように見える。

5. イスラエルの国内問題について

 イスラエルがこのような「無謀」な攻撃をしたのはなぜか。これについては、ネタニヤフ首相は対外危機をあおって、国内の団結を図り、自分の政権の延命と維持を狙っているのだとするのが、東京新聞、日本経済新聞、信濃毎日新聞である。他紙は、そういう問題を立てていない。

 イスラエル国内では、ガザ戦争などをめぐって、リベラル派と極右との間の対立が激しくなりつつあり、この際、中東全体に問題の舞台を拡げて対立をぼかすという意味もあるようである。その観点から、イスラエルはイランの現体制の転覆までを狙っているのであると指摘するのが、毎日新聞である。その後、この説はさまざまな方面から確認されつつある。

6. 日本のなすべきこと

 日本はなにをなすべきか。国際秩序を守るため、外交努力により両国に自制を求めるべきであるというのは、全紙揃っている。そのうえで、信濃毎日新聞は、自衛隊が巻き込まれる恐れがあり、日本経済に影響を与える恐れがあるから、日本は「被爆国として」外交努力をすべきだと言う。ただ、「中東で侵略や植民地支配の歴史のない日本」は、国際的に影響力を行使できるのだと朝日新聞は言うが、「中東」に限って日本の植民地支配の有無を言っても、どこまで国際的に説得力があるであろうか。

 またイラン攻撃が日本の石油供給に与える影響を考慮すべきであるとするのが、読売新聞である。そして、イラン戦争の影響で、自衛隊の派遣という問題も出てくると指摘するのが、それぞれの立場は違うが、産経新聞と信濃毎日新聞である。

 

 次回は、アメリカによるイラン攻撃について、同じように各紙の社説を比較してみたい。

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『増谷英樹の歴史学を考える』が刊行されました

世界史研究所では、2024年11月15日に亡くなった増谷英樹さんの歴史家としての業績を振り返る目的をもって、2025年1月に「増谷英樹の歴史学を語る会」を開催し、その際の報告を、「世界史の眼」No.60(2025年3月)に掲載しました。この度、これに追悼文を加え、『増谷英樹の歴史学を考える』と題した小冊子を刊行しました。

目次は以下の通りです。

まえがき  小谷汪之

増谷英樹の歴史学を語る会(2025年1月25日)より
「増谷英樹の歴史学を語る会」記録  山崎信一
増谷英樹歴史研究の歩み素描  南塚信吾
増谷英樹氏とオーストリア史  古田善文
増谷英樹著『ビラの中の革命 ウィーン・1848年』『歴史のなかのウィーン 都市とユダヤと女たち』を再読する  高澤紀恵
増谷英樹氏の「都市史の方法」をめぐって  吉田伸之

追悼 増谷英樹
増谷英樹さんを追悼する  伊藤定良
増谷英樹さんの思い出 ―「ビラ」が取りもつご縁―  稲野強

あとがき  木畑洋一

なお、価格500円(+送料)にて、購入可能です。ご関心のある方は、世界史研究所(info◎riwh.jp、◎を@に変えてください)までお問い合わせ下さい。

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「世界史の眼」No.64(2025年7月)

今号では、小谷汪之さんの「湯浅克衛の朝鮮と満洲(上)―「植民地文学」の変質」を掲載しています。次号と併せて全2回の連載です。また、野村真理さんに、鶴見太郎『ユダヤ人の歴史:古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』(中公新書、2025年)の書評をご寄稿いただきました。さらにパトリック・マニングさんのブログに掲載された「帝国対民主主義の今日―ガザの危機」を南塚信吾さんに翻訳していただき、ここに掲載します。

小谷汪之
湯浅克衛の朝鮮と満洲(上)―「植民地文学」の変質

野村真理
書評:鶴見太郎『ユダヤ人の歴史:古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』中公新書、2025年

P・マニング(南塚信吾訳)
帝国対民主主義の今日―ガザの危機

鶴見太郎『ユダヤ人の歴史:古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』(中公新書、2025年)の出版社による紹介ページは、こちらです。

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書評:鶴見太郎『ユダヤ人の歴史:古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』中公新書、2025年
野村真理

 本書の図0-1「ユダヤ人が拠点とした都市間ネットワークや移民の動き」を見ればわかるように、彼らの足跡は世界各地におよび、3000年にわたるユダヤ人の歴史を語ることは、ほとんど世界歴史を語るに等しい。私の場合、近現代ヨーロッパの歴史であればほぼ頭に入っているが、同じヨーロッパでもそれ以外の時代や、ヨーロッパ以外の地域の歴史となると断片的な知識しかなく、その知識も、大昔に高校世界史を学んで以後、どこまでリニューアルされているか怪しい。たとえば本書の第2章第2節「イスラーム世界での繁栄」を読むにあたって、ササン朝、ウマイヤ朝、アッバース朝とはどのような王朝であったかと、ヴィキペディアを読み始めたりしようものなら、新書一冊を読み終えるのにとんでもない日数を要する。この点、著者の鶴見氏は「まえがき」で、「本書は、世界史やユダヤ教に関する予備知識なしでも通読できるように書かれている」(iv)と謳っているが、実際、いちいち細かいことを気にしなければ、予備知識がなくてもそれほどストレスを感じることなく通読できるように配慮ある書き方がされており、この点、見事というしかない。

 またユダヤ人は、古代の一時期を除き、彼らが活動した大半の地域においてマイノリティであり、その地域の歴史の規定者ではなかった。著者は、歴史は諸状況の「組み合わせ」の変化であるととらえ、マイノリティであるユダヤ人の歴史の見どころは、彼らが与えられた組み合わせに対し、いかにみずからを「カスタマイズ」することに成功したか、あるいはカスタマイズに成功したがゆえに、その組み合わせが変わったとき、いかなる悲劇に見舞われたかを検証することだという。歴史社会学者ならではの(?)「組み合わせ」や「カスタマイズ」という語が目新しいが、それによってユダヤ人の歴史の新しい語り方が示されたわけではない。これまで職業歴史家が「諸関係」とか、「適応/変容」その他の語を用いて語ってきたことと内容的には同じである。しかし、それを「組み合わせ」や「カスタマイズ」ということで、著者は一般読者に対して読書のハードルを下げることに成功した。ほかにも意図的に口語的表現を織り交ぜ叙述を軽くするなど、高校生にも読める本にしようとする著者の工夫が感じられる。

 さて、世界歴史を語るに等しいといっても、古代から現代まで、それぞれの時代でユダヤ人が経済的にそれなりの影響力を持ち、また彼ら自身の文化が発展をとげた地域というのはあり、その地域の時系列的移動に対応して、本書は、第1章の主たる舞台は歴史的パレスチナ(現在パレスチナと呼ばれている地域と区別し、オスマン帝国時代に大シリアの一部と認識されていたパレスチナをさしてこの語を使用する)、第2章は西アジア、イベリア半島、ドイツ、第3章はオランダ、オスマン帝国、ポーランド、第4章はロシア/ソ連を含むヨーロッパ、第5章はパレスチナ、アメリカと、ユダヤ人の歴史を語る書物ではほぼ定番といえる構成をとっている。

 そのさい本書の特徴は、著者が専門とする近現代ロシア/ソ連にかかわる記述が手厚いことだ(第4章第2節と第3節、第5章第1節)。20世紀はじめのロシア帝国は、現在の国名でいえばリトアニア、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァその他をカバーし、1900年の時点で、世界のユダヤ人人口の約半数に相当する520万人がロシア帝国に暮らしていた(175頁および図4-1)。古代の歴史的パレスチナを発祥地とするユダヤ人は、ローマ帝国時代に帝国の支配がおよんだ現在のフランスやドイツへと居住地域を広げるが、十字軍時代に迫害の激化に押されて東進を開始し、ヨーロッパのユダヤ人人口の重心は、16世紀にはポーランド・リトアニア国の版図へと移動した(第3章第2節)。日本は『アンネの日記』が最もよく読まれている国の一つであり、ホロコーストに対する関心は低くはないと思われるが、推定600万人にのぼるホロコーストの犠牲者の多くが、アンネが生まれたドイツではなく、上記の520万人から出たことはどの程度知られているのだろうか(図4-4)。ロシア帝国末期のウクライナ南部や、現在のモルドヴァの首都キシナウ(キシニョフ)でのポグロム、ロシア1905年革命後のユダヤ人の政治参加や、1917年のロシア革命後、内戦期のウクライナで猖獗をきわめたポグロムと「想像の民族対立」(202頁)など、一般読者に対し、これら520万のユダヤ人の歴史への着目を促したことの意義は大きい。

 しかし、そうであればこそ、新書という紙幅の制限があるにしても、520万のユダヤ人のうちの300万人以上が暮らした両大戦間期ポーランドの記述には少々不満が残る。著者、鶴見氏が本書でも、他の諸論考でも繰り返される持論は、シオニストにおいて、1917年のロシア革命後の内戦期ポグロムとパレスチナのアラブ人によるユダヤ人襲撃との観念的同定が、彼らにアラブ人との共生の可能性に見切りをつけさせ、アラブ人に対する彼らの態度を敵対的な方向で過激化させたということである(250頁)。だが、それをいうのであれば、両大戦間期ポーランドの「想像」ではない少数民族としてのユダヤ人が体験した迫害とナクバ(イスラエル建国の年1948年に起こったパレスチナ人の虐殺、追放/逃走)とのねじれた関係にも踏み込んでほしかった。というより、踏み込まなければ、提供される歴史的知識は偏ったものとなる。

 第一次世界大戦後に独立を回復したポーランドは、本書にも書かれているとおり(216-217頁)、人口の3分の1をウクライナ人やユダヤ人その他が占める多民族国家であったが、「ポーランド人のポーランド」を希求してウクライナ人の民族的権利要求を弾圧し、経済活動や大学等におけるユダヤ人差別も苛烈だった。ポーランドにとってユダヤ人は、できればどこかに出て行ってほしい人々であり、ここに、ユダヤ人のパレスチナ移住を促進したいシオニストとユダヤ人を排除したいポーランド国家とのねじれた利害の一致が生じる。パレスチナでは、1920年、1921年、1929年、1936年から39年と、ユダヤ人やパレスチナを委任統治するイギリスに対してアラブ人の襲撃が規模を拡大しながら続いたが、ポーランドで活動する修正主義シオニスト(252頁)の青年組織ベタルのメンバーに対し、ユダヤ人国家の設立を阻害するアラブ人やイギリスと戦うための軍事訓練を提供したのはポーランド軍だった。ウクライナ人によるテロ行為の頻発など、両大戦間期ポーランドの少数民族問題の先鋭化を身に染みて知る修正主義シオニストは、将来のユダヤ人国家で発生が予測されるアラブ人問題をけっして過小評価してはいなかった。そのさい修正主義シオニストが模倣したのは、民族の浄化を志向するポーランドの排他的ナショナリズムであり、1948年のナクバにおいて、修正主義シオニストの軍事組織イルグン(252頁)やベダルのメンバーは、ユダヤ人国家となるべき土地にいるアラブ人に対して民族浄化を率先した。現在のイスラエルでネタニヤフが率いるリクードは、修正主義シオニズムの系譜に連なる政党である。

 大型書店に行くと、ウクライナ・コーナーとパレスチナ・コーナーがあり、パレスチナ・コーナーに本書が平積みしてあった。数多の学術賞の受賞に輝く鶴見氏の知名度の高さもあり、よく売れているようだ。ウクライナにしても、ユダヤ人にしても、その歴史に注目が集まるきっかけが戦争というのは複雑な気持ちだが、ユダヤ人については陰謀論めいた「トンデモ本」も少なくないなか、本書のような堅実な歴史書が一般読者の手に渡るのは、ユダヤ人の歴史研究に携わる者の一人として喜ばしい。鶴見氏の記述に注文をつけたが、本来、ポーランドのユダヤ人の問題は、ポーランド史の研究者によってきっちりと探求されるべき事柄である。しかし、日本にはポーランド史を専攻する研究者は少なく、ましてユダヤ人の歴史の専門研究者となると数えるほどしかいない。本書の若き読者のなかから、東欧・ロシアの520万ユダヤ人の歴史に興味を持つ人が現れるようにと願ってやまない。

(「世界史の眼」No.64)

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帝国対民主主義の今日―ガザの危機
パトリック・マニング(南塚信吾訳)

新しい帝国―合衆国とイスラエル

 第二次世界大戦後、帝国は徐々に消滅してきた。140カ国が植民地支配から独立を勝ち取った。しかし、帝国を築く2つの動きがあった。イスラエルは1948年の独立以来、パレスチナ人を追放し、抑圧し続けた。1980年までにイスラエルは帝国となり、中東を支配しようとしてきた。一方、アメリカ合衆国は、1981年のロナルド・レーガン政権以降、核兵器の増強、多くの国での戦争、イスラエルとの緊密な同盟関係によって、「西洋文明」の夢を掲げつつ、過去の帝国を再び確認してきた。イスラエルとアメリカ合衆国はともに、植民地支配の廃止を支持する強い民主主義の伝統を持っていたが、多数派になることはできなかった。

 イスラエルと米国の指導者たちは、特に2000年以降、中東における産軍支配を目的とした戦略で一致してきた。米国はさらに、世界的な支配も追求してきた。米国は国連への参加を徐々に縮小し、安全保障理事会での決議の拒否権行使を除いては、ほとんど参加しなくなった。一方、イスラエルは主に、パレスチナ人を抑圧しているとの非難を否定するため、国連に残って活動を続けてきた。

 ジョージ・W・ブッシュ大統領の時代、この二つの同盟帝国はそれぞれより強硬な措置を講じ、世界における優位性を主張した。米国はニューヨークとワシントンでの9・11テロ攻撃の後、イラクとアフガニスタンへの侵攻を行い、イスラエルはガザでの反乱に対する抑圧を強化した。

 米=イスラエル同盟は、政治的・社会的な不平等を強化し、税金を秘密裏の攻撃や終わりのないプロパガンダに流用している。米国は環境改革を無視し、一方イスラエルはパレスチナ人への対応において「環境アパルトヘイト」と非難されている。

 それでも、米国とイスラエルにおいて、民主的かつ反帝国主義的な勢力が権力を掌握する可能性はゼロではなかった。

グローバル・デモクラシーとその戦略

 グローバル・デモクラシーの運動は、脱植民地化と国民レベルでの平等を目的としている。つまり、各国家の自由と、国家内におけるすべての人の権利である。国連の南アフリカにおける多数派政府樹立に向けた長期的なキャンペーンは1992年までに成功したが、パレスチナ国民の国家の樹立に向けた長期的なキャンペーンは未だ成功していない。ただし、パレスチナは138カ国から承認されている。

 国連において、各国代表は、各国と世界の福祉に関する広範な合意と関心を築きあげ、それには環境改革への広範な要望をも含ませている。彼らは、米国と他の4カ国が拒否権によって安全保障理事会の行動を阻止する拒否権の廃止を求めている。グローバル・デモクラシーと提携して大国になろうとする野心的な国々がある。それは、中国、ロシア、トルコ、フランスであり、そして時折インドが含まれる。

 国連以外では、グローバル・デモクラシー運動は、天安門、南アフリカと西アフリカ、東欧などでのデモのように、世界的なデモを通じて平等を支援する取り組みを行ってきた。真実と和解委員会は、数多くの国で紛争の解決を目指してきた。グローバルな大衆カルチャー、特にスポーツは、伝統の広範な共有を促進した。世界的なデモは、2003年のイラク侵攻に反対し、2020年にはジョージ・フロイドの記憶を偲び、差別撤廃を訴えた。特に強力な反対運動はジェノサイドへの反対であり、ごく最近ではイスラエルに対するジェノサイド訴追がある。

産軍の戦略

 推計によると、米国は2023年10月以降、イスラエルへの軍事援助を年間$200億以上増加させた。この間、米国は世界中に基地と艦隊を維持している。これには、2007年に設立されたアフリカ司令部が含まれ、これはアフリカと西アジアで定期的な攻撃を実施し、アラブや他の敵対勢力の機関を弱体化させるための秘密プログラムを維持している。

 イスラエルは植民地時代からパレスチナ指導者を暗殺してきた——この政策は2000年に拡大した際に、正式に発表された。2002年以降、米国は、パキスタンや中東だけでなく、アフリカにおいても、同様の暗殺を小規模ながら実施してきた。これらの標的殺害のほかにも、イスラエルの占領下パレスチナへの入植は、西岸地区の併合の基盤を築いてきた。このやり口に関連するイスラエルの宣伝活動は、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)に対する攻撃をでっち上げたり、米国議会議員がイスラエルの政策を支持するように政治献金をしたり、イスラエルの帝国主義を批判する者を「反ユダヤ主義」とレッテル貼りして歴史を改竄するまで多岐にわたっている。

 さらに、1980年以降のイスラエルの核ミサイル生産によって、100基を大幅に上回るミサイルが備蓄されるに至っていて、それらは主にテヘランを標的としている。

歴史の教訓―帝国の征服対世界戦争

 ナポレオン・ボナパルトは、1790年代の革命期フランスで最も成功した将軍として権力を掌握し、それから、世界支配の夢を抱いて帝国を築いた。彼は10年間その地位を維持したが、1814年にはその戦略は失敗した。それは、ヨーロッパのなかのあまりに多くの他の指導者たちや一般市民が彼に反対したためである。その後は、各国の統治者は、一度に一地域ずつ征服することによって帝国を拡大しようと試み、しばしば成功を収めた。

 イギリスとフランスは巨大な帝国を築き、ドイツ、日本、アメリカは世界大国となった。しかし、2つの大きな場合に、戦争が制御不能になった。第一次世界大戦では、大国間の戦争が莫大なコストを要したため、ドイツ、オーストリア、オスマン帝国、ロシアの各帝国が崩壊し、その植民地15カ国が独立を勝ち取った。第二次世界大戦では、ドイツ、日本、イタリアが主導した限定戦争が世界規模に拡大した。戦後、勝利した帝国もほとんどの植民地を手放さざるを得なかったが、パレスチナは例外であった(イスラエルは1948年にイギリスから独立したが、イギリスとイスラエルはパレスチナの独立を認めなかった)。

 イスラエルの現在の戦争——パレスチナを破壊し、中東を支配するための戦争——は、制御不能になり、世界大戦に発展する可能性が高い。グローバルな民主主義は、そのようなエスカレーションを阻止するために介入できるだろうか?

現在の争い

 2025年1月、停戦合意により、ガザの住民数千人が破壊された自宅の残骸に戻ることができた。人質交換が行われ、国連難民救済事業機関(UNRWA)が食料と物資の配給を実施した。しかし、数ヶ月後、イスラエルは停戦合意の第二段階を実施せず、UNRWAを退去させ、ガザでの食料と物資の配給をすべて停止した。イスラエルは3月18日にガザ爆撃を再開し、その後の2ヶ月間で5,500人が死亡したと報告されている。

 パレスチナ人が飢餓に直面する中、イスラエルと米国は「ガザ人道支援組織」という民間企業を設立し、5月26日からハマース反対派と分類された人々に対し、少量の水と食料を配布した。6月1日、フリーダム・フロティラ連合(=国際的な人権活動家のNGO)は、イギリス旗を掲げた船舶「マドリーン」に食料と医療物資を積んで、シチリアからガザへ向けて出航させた。乗組員12名には活動家のグレタ・トゥンベリが含まれていた。6月9日、イスラエル軍艦が同船と乗組員を拘束した。同様に、6月15日から17日にかけて予定されていた「グローバル・マーチ・トゥ・ガザ」は、カイロを経由してガザを目指す予定だったが、エジプトの治安部隊がグループを停止させ、解散させてしまった。

 6月12日、国連総会(UNGA)は、ガザでの停戦に関する新たな決議を採択した。この決議は、193カ国中149カ国の支持を得た一方、反対は12カ国(=米国、イスラエルなど)に留まりまった(これは、ニューヨークでの計画されていたガザに関する会議直前のことであった。この会議では、フランスとサウジアラビアが、いくつかの国にパレスチナを外交的に承認するよう促そうとしていたのだった)。

 6月13日、イスラエルはイランの原子力施設とテヘランに対して大規模な攻撃を仕掛け、科学者や将軍を殺害した。6月13日は重要な日であった。攻撃は、その日イタリアで開幕したG7会議の議題を揺り動かした。また「マドリーン」と「グローバル・マーチ」(=児童労働に反対する運動)に対するメディアの注目も途絶えさせた。さらにこれは、国連総会決議に対するイスラエルの反応であり、6月17日から20日にニューヨークで開催予定だった会議(=ニューヨークの国連本部で2国家共存による中東和平を目指す国際会議が予定されていた)を「延期」させた。しかし、最も重要なことは、イランへの爆撃によって、4月から続いていた米国とイランの核平和に関する協議が中断されたことである。ドナルド・トランプは、イランへの爆撃について、米国による海外での戦争に反対するという彼の長年の立場に反するにもかかわらず、突然、イスラエルを支持するよう迫られたのだった。

明日―民主主義か世界戦争か

 米国とイスラエルは現在、深刻な孤立状態に陥っている。G7加盟国と欧州諸国は、国内の反対意見の高まりを受けて、イスラエルの戦争から手を引きつつある。BRICS諸国(インドを除く)はイスラエルの攻撃に反対している。ラテンアメリカ、アフリカ、アジアの諸国における市民運動は、自国政府に対し、イスラエルにより強硬な姿勢を取るよう圧力をかけている。米国市民の世論はガザとイランへの攻撃に反対しているが、米国政府によるイスラエルへの支援はさらに強化されている。そして、6月22日、米国はイスラエルのイランに対する空爆作戦に参加した。トランプ大統領は、おそらくネタニヤフ首相からの迅速な行動を求める圧力に直面していたため、ナタンズ、フォルドゥ、イスファハンにあるイランの核施設に対する空爆を命じた。

 イラン攻撃において、トランプはガザのことを忘れてしまった。ジェノサイドによる民族抑圧と大国間対立との複雑な結びつきは、突然の変化の余地を多く残している*。実際、米国とイスラエルに対する真の反対は、イランの防衛からではなく、ジェノサイドへの反対とパレスチナの独立支持から来るのである。このような反対は、世界中で明確に表れている。それは公けのデモを通じてだけでなく、国連、G7、国際司法裁判所のような公式機関を通じても出てくるのである。

 私は、米国とイスラエルが最終的にはパレスチナの国家独立とイランとの平和を受け入れるだろうと信じている。その方法は、民主的な変化を通じてなのか、世界大戦を通じてなのかは分からない。いずれにせよ、ガザでの殺戮の全記録は、次第に国際社会から孤立する両「帝国」を、国際社会へ再加盟させることになるであろう。だが、これには、国際司法裁判所によるジェノサイドに関する判断を受け入れるだけでなく、グローバル・デモクラシーのより広範な原則を完全に受け入れ、大事にすることが必要となるであろう。

出典:
Patrick Manning, Empire vs. Democracy Today: The Crisis of Gaza
(Contending Voice 2025年6月24日)
https://patrickmanningworldhistorian.com/blog/empire-vs-democracy-today-the-crisis-of-gaza/

マニング氏から翻訳・掲載の許可を得てある。ただし、その後、本人からの連絡により、一部を修正してある。

*このところが不分明であったので、著者に意味を問い合わせたところ、ここでは、いくつかのことを指摘しようとしていると言う。その一つは、トランプはイラン爆撃に熱中してガザの事を本当に忘れてしまったのだという事。第二に、トランプは2セットの矛盾した目標を持っているという事。つまり、イスラエルの求めるようにガザその他のパレスチナ人を絶滅させることと、パレスチナの和平を実現すること、および、同じくイスラエルの求めるようにイランを破壊することと、イランの和平を実現することである。第三に、国連やその他の国が介入して来るかもしれないという事。とくに、ロシアと中国とパキスタンが(方法は不明だが)核兵器をイランに提供するかもしれない。こういうことがあるので、状況は不安定で突然変化が起こるかもしれないと言うのである。

(「世界史の眼」No.64)

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「世界史の眼」No.63(2025年6月)

今号では、2024年12月に逝去された伊集院立さんを偲ぶ特集を掲載します。松本通孝さんと南塚信吾さんに、伊集院さんを追悼する論考をお寄せ頂きました。また、本年刊行された、油井大三郎さんの著書『日系アメリカ人 強制収容からの<帰還> 人種と世代を超えた戦後補償(リドレス)運動』(岩波書店、2025年)を、上杉忍さんに書評して頂きました。

<伊集院立さんを偲ぶ>
松本通孝
伊集院立さんの想い出
南塚信吾
伊集院立さんの仕事を振り返る

上杉忍
書評 油井大三郎著『日系アメリカ人 強制収容からの<帰還> 人種と世代を超えた戦後補償(リドレス)運動』(岩波書店、2025年)

油井大三郎『日系アメリカ人 強制収容からの<帰還> 人種と世代を超えた戦後補償(リドレス)運動』(岩波書店、2025年)の出版社による紹介ページは、こちらです。

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