世界史研究所では、2020年に出版された『世界哲学史』(筑摩書房)のシリーズを数回にわたって全巻書評することにした。『世界哲学史』からは、哲学の分野においても、歴史の分野と同じような問題が生じていることが分かる。
第一巻の序章「世界哲学に向けて」はその問題を率直に語っている。それによると、これまで欧米中心に展開されてきた「哲学」という営みを根本から組み替え、より普遍的で多元的な哲学の営みを創出する運動が「世界哲学」として呼ばれ、展開しているという。生活世界を対象とする哲学、多様な文化や伝統や言語の基盤に立つ哲学、自然環境や生命や宇宙から人類のあり方を反省する哲学が、「世界哲学」の名のもとに行われようとしているというのだ。
では、何をするのであろうか。まず、地球上のあらゆる地域の哲学的な営みに注目し、 つぎに、人類・地球・宇宙という大きな視野と過去・現在・未来への時間の流れから、人間の伝統と知の可能性を見るのだという。
このような「世界哲学史」の試みは、これまでの大学や学界での哲学の個別的専門化の伝統に反するものであり、「世界哲学史」は、哲学史を個別の地域や時代や伝統から解放して「世界化」する試みであるという。
これまで「哲学史」は歴史学以上に「ヨーロッパ中心」であったようだ。それを乗り越えることがまず求められている。そして同時に、これまで哲学が扱ってこなかったか、十分には扱えなかった分野を、「世界哲学史」という場で扱っていこうとしている姿は、歴史にも通じるのではないかと思われる。それでは、どのような方法を取ろうというのであろうか。世界史でも方法は星雲状態である。
編者によれば、「たんに様々な地域や時代や伝統ごとの思索を並べ」ることは退けて、「なんらかの仕方で一つの流れ、あるいはまとまりとして」扱わないと、「世界哲学史」にはならない。そこで、本シリーズでは、まず、
① 「異なる伝統や思想を一つ一つ丁寧に見ていくこと」を基本とする。
② 次いで、「それらに共通する問題意識や思考の枠組み、応答の提案など」を取り出して「比較」する。その一つは、「比較」を歴史の文脈の中で検討することであり、もう一つは、二者か三者の間の比較ではなく、「世界という全体の文脈において比較し、共通性や独自性を確認」する。
③ その上で、「それら多様な哲学が「世界哲学」という視野のもとで、どのような意味を担うのかを考察するという。
これを見ると、「世界哲学史」においても方法はまだ模索中であるようだ。「世界史」を考えるものとしては、「比較」に次いで、「関係」や「影響」や「相互作用」や「連動」という面も考えたいところではある。
ともかく、こういう編者の狙い(というか「問題意識」)が本シリーズにいかに生かされてくるのか、「世界史」に関心を持つものとしては、注目せざるを得ないところである。
(南塚信吾)